《ラグランジュ5・宇宙要塞バルジ周辺宙域》

「艦長、作戦発動30秒前です」

 マーチウィンド艦隊司令、ブライト・ノア特佐はオペレーターの少女の声に小さく頷いた。
 旗艦ラー・カイラムの周囲には、戦艦、空母、巡洋艦など、数万隻に達する艨艟(もうどう)群が、眠っているかの如く黒い影となってうずくまっている。

「3、2、1、じか〜ん!」

 視界を埋め尽くす大艦隊に、一斉に灯が灯る。これらの艦艇は眠ってなどいなかった。
 来るべき一大決戦に向け、静かに闘志を秘め、牙を研いでいたのだ。

「『オペレーション・ガウガメラ』、現時刻を以て発動しました」

「うむ。予定通りバルジ砲の発射後、次元跳躍を開始する。エンジンを臨界まで回しておけよ」

『オペレーション・ガウガメラ』。古代の征服王アレクサンドロスが、当時世界最大の帝国だったアケメネス朝ペルシャを滅亡に追いやった一大会戦の名を冠する、グラナダ条約機構軍起死回生の大作戦である。
 狙うは、銀河系全体のほぼ半分を支配する世界帝国、ムゲ・ゾルバドスの主星。彼我の戦力差は、まさしくアリと巨人のそれに等しい。
 これまで数々の絶望的状況を乗り越えてきた人類だが、今度のそれは極めつけも良いところだった。
 地の利が味方する太陽系内が戦場であったこれまでと違い、人類史上初の他星系への侵攻作戦、それも、ムゲ宇宙という異空間へ攻め込もうというのだ。
 ムゲ宇宙への移動については、これまでの戦いで拿捕したムゲ戦艦を解析し、実用化にこぎ着けた次元跳躍装置を使用する。
 しかし、作戦に参加する全艦艇にこれを搭載する時間はない。
 そこで、人類が持つ最大級の巨砲である宇宙要塞バルジのバルジ砲を改造し、無改造の艦艇を強引に跳躍させて作戦参加させることとなった。
 当然ながら片道切符となるので、これらの艦艇は今作戦果切りの使い捨てとなる。
 格納庫一杯にモビルドールを満載し、作戦終了後は全乗員がランチで次元跳躍装置を装備した艦に移乗した後、自沈する手はずとなっている。

「バルジ砲、発射10秒前!」

「総員、対ショック、対閃光防御!」

「バルジ砲、発射!」

 かつてのソーラ・レイを思わせる巨大な光の束が一万八千隻の艦艇を呑み込み、亜空間へと転移させる。

「続いてネオジオン艦隊、跳躍します。旗艦グワダンより発光信号。『ワレニツヅケ』以上です!」

「ヤマザキ中佐か。トーレス、アレクサンドリアに発光信号を送っておけ。文面は同じで良い。マーチウィンド艦隊発進! 後れを取るなよ!」

 ブライトの号令一下、マーチウィンド艦隊が一斉にムゲ宇宙へと跳躍する。一時間ほど後、ラグランジュ5を埋め尽くしていた大艦隊は、一隻残らず太陽系から姿を消していた。


『遙かなる賭け』
グラナダ条約機構軍・作戦1&2
《ムゲ宇宙・ムゲ・ゾルバドス城》

「帝王様、奴らがやって参りました。その数、観測できただけで約二万。まだまだ増え続けております」

 デスガイヤー将軍は、ムゲ帝王の膝下に跪き、地球軍の来襲を奏上する。

「我が方の防備は?」

「はっ。衛星軌道防衛要塞群に直衛艦隊が五千。その前面に、本国艦隊五万が布陣しております。……残念ながら、各星域に派遣中の艦隊は銀河帝国軍の攻勢によって拘束されており、本国の救援は不可能となっております」

「……」

 ムゲ帝王は、不気味な魔獣の頭部をかたどった兜を脱ぐと、地球艦隊の迫る虚空を睨みつける。

「我々は奴らを見くびりすぎたようだな」

「はっ」

デスガイヤーの顔が悔しげに歪む。

「まあよい。こんなこともあろうかと、ギルドロームに本国艦隊の指揮を任せてある」

「しかし……ギルドローム将軍が、万が一敗れた場合は?」

 ムゲ帝王は、デスガイヤーの懸念を笑い呼ばす。

「フフフ、それも面白いではないかデスガイヤー。 もしそのような強敵がこの宇宙に現れたのであれば、貴様と二人また思う存分戦おうではないか。そして再び力の帝国を築き直すのだ。 さあ、立てデスガイヤー!」

「はっ! ありがたきお言葉、身に余る光栄! このデスガイヤー、若き日を思い出し思う存分戦う覚悟!
来るなら来い地球人! 貴様等はこのデスガイヤーが倒す!
必ず叩き潰す。燃える! 燃えるぞ! 血が、戦いの血が騒ぐ! 」

 デスガイヤーの咆吼に震撼し、ムゲ・ゾルバドス城に集う悪霊達の慟哭が、風に乗って流れる。
 それは彼らの苦しみの日々が終わることを予感してのものなのだろうか…それとも……



《ガンドール・艦橋》

「葉月博士、バルドゥイン・シュタインホフ上級特尉より入電! 前方にムゲ艦隊発見。距離、約三万五千!」

「よし、直ちにブライト特佐に転電しろ。全艦第一種戦闘配備!」

 やがて、艦隊の前方に布陣するムゲ・ゾルバドス帝国本国艦隊と、その中央に仁王立ちする独眼の機動兵器が見えてくる。

「うはははははっ!」

 突然地球艦隊の通信回線に、独眼の機動兵器ギルバウアーからの通信が割り込んでくる。

「あれは!? ヤツは……あの一つ目野郎!」

 ダンクーガのコクピットで藤原忍が毒づく。

「フフフ、愚かな地球人よ。貴様らの勝利はつかの間の夢であったことを、このギルドロームが教えてくれよう。
そして、この戦いが悪夢の始まりであることを知るであろう。フハハハハハハハッ!」

「つかの間の勝利って……何度も何度も負けまくってよく言えるよね」

 ユキ・タチバナが呆れたように言うと、ブリューナク隊の仲間がうんうんと頷く。

「莫迦なこと言ってないで出撃しなさい。夢見がちなオッサンに、現実ってヤツがどんなに辛くてきびしーか、私達ブリューナクがしっかり『教育』してやろうじゃない」

 エミィ・ユイセリアの命令一下、五つの穂先を持つ神槍が解き放たれる。

 両軍の艦隊は一斉に機動兵器を発艦させると、そのまま正面からの砲雷撃戦を開始した。

「来やがれ! 一つ目のバケモノめ!」

「出たなダンクーガ! 今この宇宙を貴様の墓場としてくれる!」

 シンシア・アルマーグ上級特尉の先導で敵艦隊中央を突破したダンクーガは、怨敵ギルバウアーに躍りかかる。
 特一級の打撃力をぶつけ合う二大特機の対決。ギルバウアーの旗本隊が大将を救おうと集まってくるが…

「ダンクーガの邪魔はさせませんよ。ほ〜らお花畑♪」

 シンシアのデンドロビウムから発射されたコンテナから、マイクロミサイルが奔流の如く迸り、周辺宙域を爆炎で埋め尽くす。

「ほあっちゃっちゃ〜っ! 俺は味方なのに〜!!」

「莫迦なことやってるんじゃありませんわ!」

 無誘導でばらまかれたマイクロミサイルに追われて逃げまどうランドール・ランス少尉を、ネオジオンのお子様パイロット、キャロライン・スチュアート少佐《12歳・女性》のメリクリウスが、プラネイト・ディフェンサーの多重展開で救援する。
 機体は無事だったが、男のプライドはちょっと傷付いたかも知れない。

「どわっ! うぬぬ、思ったよりのスピードパワー。未開の星のマシーンとしてはなかなかやるな。だが、ギルドローム流のやり方は、パワーでもスピードでもない!」

 ダンクーガに追い込まれたギルドローム。その機体が放つどす黒いオーラが、急激に増加していく。

「みなさん! ギルドロームの精神攻撃が来ます! 注意して!!」

 フィン・フリッグが注意を促すやいなや、凄まじい精神攻撃が周囲のパイロットを襲う。

「うっ、バケモノめ。また目眩ましを始めやがったな!」

 うめく藤原。
「クククッ、ダンクーガが壊れなくとも、間もなく貴様達の脳が、精神がずたずたになる! ……どわっ!!」

 かさにかかってダンクーガに襲いかかったギルドロームだが、突如大口径メガキャノンの十字砲火を浴びて大ダメージを受ける。

「……心のないモビルドールに精神攻撃は効きませんよ。EXAMシステム、ゼロシステム連結起動! マリオン、ゼロの導きの元に人形達を舞わせなさい!」

 ヒカル・コウガのカスタムリーオーには、モビルドールの指揮管制機能も付与されている。元々はOZの指揮官機だったのだから当然だが。

『乱暴な人は嫌い! あっちに行っちゃえ!』

 カスタムリーオーで同時起動されたゼロシステムとEXAMシステム。EXAMの妖精マリオンが命じるまま、ビルゴの群は餓狼の如くギルバウアーに襲いかかった。
 ニュータイプを滅ぼすために作り出された狂気のシステム、EXAM。クルスト・モーゼスの妄執が、特殊能力を持つギルドロームを敵と認識したのだ。

「お、おのれ小娘! 操っているのは貴様かっ!」

「射程距離外!? しまっ…!」

 ギルバウアーの一撃を受け、華奢なリーオーはひとたまりもなく撃破される。しかし彼女の攻撃で精神攻撃を続けられなくなったギルドロームの命運は、その時既に尽きていた。

「喰らいやがれバケモノ! 断空光牙剣!」

「な、なんだとぅ! ぐぅわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



《ムゲ宇宙・ムゲ・ゾルバドス城》

「今、我らの宇宙の風が乱れた」

「は!?」

 怪訝そうなデスガイヤー。ムゲ帝王は淡々と言葉を続ける。
「……現れおったな」

「なんと!?」

 ムゲ帝王は不敵に嗤う。本国艦隊が壊滅し、要塞群が陥落しようとも、戦はまだまだこれからなのだ。

「生き物とは己の生きうる空間を心得てこそ、生き延びることが出来るもの。
己をわきまえぬ愚か者どもめ!」

「それでは、地球人どもが!? 奴らがこの我らの地に入り込んだと!?」

「うむ」

「では、やはりギルドロームを打ち破って……」

 デスガイヤーにとって、俄には信じがたいことだった。
 仮にも銀河系覇権国家の本国防衛を任される部隊である。その訓練はデスガイヤー自らが徹底的に行った。
 将であるギルドロームも、その性格はともかく力量は十分に信頼できる歴戦の宿将である。その彼らが為す術もなく敗れたというのか。

「その勢いもここまでのこと。奴らはこの宇宙全てが、この私自身だと言うことをすぐに思い知るであろう!」

「では、アレを? あの戦法で戦いを?」

 俄にデスガイヤーの表情が明るくなる。

「うむ。久しぶりにな。デスガイヤー、貴様も獲物を思う存分かわいがってやれ。 ホロ星雲はどれを選ぶ?」

「闘技場は、是非とも赤い宇宙を!」

 勢い込んで応えるデスガイヤーに、ムゲ帝王は鷹揚に頷く。

「うむ。赤い宇宙とな。我が宇宙に眠る悲しき魂どもよ。このムゲ・ゾルバドスの声に応えよ! 行け! 赤い宇宙へ!」

 ムゲ・ゾルバドス城からあふれ出す悪霊の群。ムゲ本星は瞬く間にその様相を一変させていた。深紅の闘技場へと……



《ムゲ本星・赤い宇宙》

 衛星軌道上を固めていた、最後の要塞が大爆発を起こす。
 グラナダ条約機構軍は、ムゲ主星の大気圏内へと軍を進めていく。
 先陣を切るのは、三年前の戦い以来ムゲと戦い続けてきた獣戦機隊の面々である。

「奴らの宇宙に入ったんだね!」

 弾んだ声を出していた式部雅人だが、ブラックアウトから回復したカメラが写しだした光景に息を呑む。
 見渡す限り荒涼とした赤茶けた荒野。到底銀河の半分を治める星間帝国の主星には見えない。

「はなっから、歓迎パレードは期待してなかったけどね!」

「う、こ、これは!?」

 吐き捨てるように言う結城沙羅。藤原忍は、襲いかかる凄まじい敵意に戦慄する。
 ニュータイプでも超能力者でもない彼らでも、この空間に充満する物質化しそうなほどのプレッシャーはまざまざと感じ取ることが出来た。

「く、クソッ! 一体ここは何だってんだ!?」

「まるで……まるで地獄だね。死神達がパーティーでも始めそうだよ」

「ちょ、ちょっとやめてよ沙羅」

 沙羅の不吉な言葉に、雅人がたまりかねて抗議する。

「たどり着いた。たどり着いたところが、これか」

 司馬亮が吐き捨てる。

「まったくだね、亮。あんたの言うとおりだ。アタシ達、奴らと戦ってきた。戦って、追いつめて、そんでたどり着いたところが……地獄見るために戦ってきたんじゃない。戦いの向こうには幸せが、明るい光が見えるんじゃないかってね」

 この星はまさしく地獄だった。
 見渡す限り都市どころか人家の影もない。赤茶けた荒野と、響き渡る悪霊の声。
 三年にわたるムゲ統治の時代も、ムゲ本星の情報はまったく伝わっていなかった為、条約機構軍は軍としてあるまじき事ながら、ムゲ宇宙の実体をまったく把握しないまま今回の軍事行動に及んでいたのだ。
 ムゲ本星はムゲ帝王のお膝元として政治・軍事の最高意思決定機関ではあったが、行政・経済の中心はグラドス星にあり、帝国の運営を行っているのは事実上グラドス星人であった。
 わかりやすく言うと、ムゲ・ゾルバドス帝国の「首都」はグラドス星であり、ムゲ本星は「王城」でしかない。
 一介の植民星に「王城」についての情報がなかったのもむべなるかな。
 しかしその結果、文化国家の首都における市街戦を想定していた条約機構軍は、戦術の根本的転換を迫られる一方、将兵の士気にも悪影響が及んでいた。
 しかし迎え撃つ帝国軍は、彼らに立ち直るための時間を与えようとはしなかった。

「いよいよ来たな、ダンクーガ! 地球人どもよ。俺はこの日を待っていたぞ!
地球での、あの敗北! あの屈辱を晴らすためにな!
今、貴様達をこの赤い地獄の海の底へ、永遠の苦しみの中へ沈めてくれる! 行くぞ!」

 突撃を開始するデスガイヤー部隊に続き、ついにムゲ帝王自らが赤茶けた大地に立ちはだかる。

「愚か者達が。この私の宇宙の聖域に踏み込み、そしてこの私を怒らせてしまったことを後悔させてやる。
肉体よ滅びるが良い。獣性を超え人知を超え神とならん。それがお前達の精一杯の進化。ダンクーガに託した願いであったとしたら、それは地球人の底知れぬ無知というもの。
なぜなら、お前達地球人の理想の進化の究極は、この私だからだ!
我が悪霊の餌食となれい!!」

 条約機構軍も、心を持たぬモビルドールを中心に戦列を組み、この猛攻をかろうじて受け止めはしたが、ムゲの機動兵器は損傷を受けても、少々の損傷なら何故かすぐに再生してしまう。一般兵士は依然として士気阻喪に近い状態だった。

「まずいわね……これは」

 ガーネット・マリオンは、ラー・カイラムのブライト艦長に連絡を入れ、意見具申をして了承を受ける。

「ゼロシステム起動。ゼロ、ムゲ野郎の手品の種を解析しなさい!」

 ガーネットの求める答えはすぐにもたらされた。彼女はそれをラー・カイラムの通信システムを経由して全軍に伝える。

「みんな聞いて。このムゲ宇宙は、哀しみや怒り、憎悪といった負の感情と、帝国軍に殺された人々の怨念をエネルギー源にして機体を再生させているの!
過去の復讐の為でなく、未来の希望を勝ち取る為に戦うという強い意志を持って!
それが奴の力の源を断つわ!」

 ゼロシステムのもたらす精神的苦痛に耐えながら、かろうじてメッセージを伝え終えるガーネット。
 しかし、人間の感情というものはそう簡単に理性で割り切れるものではなかった。

「殺してやる……私から何もかも奪ったお前達、全員殺してやるからああ!」

 ピアチェーレ・リズムレスの駆るGP−04が、ビームマシンガンを狂ったように乱射しながらムゲ帝王めがけて突撃する。

「ククク、小娘か。貴様の家族の無念と哀しみ、この上ない甘露であった。貴様も家族同様我が悪霊の一部となれい!」

「ピア姉ぇぇぇっっっ!!!」

 ムゲ帝王の一撃を受け、大地に叩き付けられるGP−04。アサヒ・ブリュンゲルグのガラバが割り込もうとしたが、到底間に合う距離ではなかった。
 旧式化したモビルスーツの耐えられる一撃ではない。しかし、ピアの機体は手ひどいダメージを喰らいながらも、爆散することなくそこにあった。

「ピア姉、もうやめてくれ……もう、俺は見ていられない……!」

 大急ぎでピア機を回収するアサヒ機。しかしピアは呆然としたままシートで硬直し、アサヒの言葉を聞いてなどいなかった。

『ピア姉ちゃんをやらせたりしない……』『ピア、生きなさい。憎悪で全てを捨ててはだめ……』『ピア姉、死なないで……』

「あの子達……母さん……」

 ムゲ帝王の一撃を受ける瞬間、彼女の機体の盾となった懐かしい人々の幻影。
 GP−04のGはガンダムのG。ガンダムという機体は、しばしこういう奇跡を引き起こすのだ。

「ゼロが勝利の為の未来を見せているというのなら…この戦いに憎しみはいらないのよ!
憎しみを捨てろとは言わない、だけど…それより大事な、今を生きる人の為に、愛する人の為に、ただ明日を望む、希望だけを胸に!
私に続けぇーッ!」

 ガーネットの言葉が、意気消沈した将兵の心を揺さぶる。
 ピアの起こした奇跡を目にしたカミーユ・ビダンは、ガーネットの言葉を聞いてある決意をする。

「分かるはずだ、こういうやつは生かしておいちゃいけないって !
分かるはずだ、みんな、みんなには分かるはずだ!
みんな。俺の体をみんなに貸すぞっ!!」

 人並み外れたニュータイプの力が、悪霊に取り込まれていた人々の魂を呼び集める。

「莫迦な……我が悪霊達が……」

 ムゲ軍の集中砲火がカミーユのZUに襲いかかるが、それはことごとく不可視の何者かに弾かれてかすり傷一つ与えることが出来ない。

「分るまいムゲ帝王! 戦争を遊びにしている貴様には、この俺の体を通して出る力が!」

「体を通して出る力!? そんなものが進化の究極たる私を倒せるものか!!」

 ピアには分かった。カミーユに力を与えているものが何なのか。

「カミーユはその力を表現してくれるマシーンに乗っている……ガンダムに……」

 もはやムゲ全軍が大混乱に陥っていた。本能的な恐怖に囚われ、目の前の条約機構軍を無視してZUに攻撃をかけ、条約機構軍の餌食となる機体が続出する。

「まだ、抵抗するなら!」

 ウェーブライダー形態となり、ムゲ帝王に突撃を開始するカミーユ。
 デスガイヤーらがその前に立ちふさがろうとするが…

「カミーユの邪魔はさせない! いくわよキンナラ!」

『ああいう男の子、嫌いじゃないわ。良いわよキサキ・リン、手を貸して上げるからちょっと我慢しなさい!』

 無理矢理自性輪身へと変じた那羅王キンナラが、デスガイヤーに襲いかかる。

「喰らいなさい。必殺! 『那羅朱霊華』!!」

「ぐ、ぐおおおおおっ!!!」

 半ば以上スクラップとなって吹き飛ぶザンガイオーは、追撃してきたダンクーガの光牙剣の前に斃れた。
 そして……

「莫迦な……何故落ちぬ! 落ちろ、落ちろぉっ!!」

 ムゲ帝王の必死の攻撃をことごとくはじき返しながら、ZUは突撃する。
 カミーユの背後には、今や幾億、幾兆とも知れぬ魂が集い、その機体は巨大な光の弾丸となっていた。

「命は、命は力なんだ! 命は、この宇宙を支えているものなんだ!!
それを、 それを、こうも簡単に失っていくのは、それは、それはひどいことなんだよ!
ここからいなくなれーーー!!」

 光の弾丸と化したZUはムゲ帝王の体をぶち抜き、その巨体を完全に両断する。

「ぐ…お……莫迦な……この私が……だが…私だけが……死ぬわけがない……貴様の心も一緒に連れていく…カ、カミーユ・ビダン……」

「やったのか!? ……あ…光が、広がっていく!?」

 ムゲ帝王は爆炎の中に消え、帝国の残存兵力は条約機構軍の前に投降する。
 そして……




「各機の収容を急げ! 積み切れん機体は全て破棄だっ! 左翼艦隊! 収容作業遅いぞ! 何やってんの!!」

 ムゲ帝王という核を失ったムゲ宇宙は、ついに崩壊を始める。
 ブライトの叱咤激励の甲斐もあり、条約機構艦隊は敵の捕虜も含む全生存者の収容に成功する。
 次々と跳躍していく僚艦を横目に、ヴァレス・ベルメインは魅入られたように崩壊していくムゲ宇宙を眺めていた。

「世界の死を見る機会なんざ滅多にねぇぜ……。そう思わねぇか?」

 しかしながら彼に話しかけられたゲンノジョウ・カンナギには、そんな情感を覚える心の余裕など無かったようだ。

「ど〜でもいいわい、そんなもん。そんなことより、折角盗み集めたワシの戦利品が……」

 この男、戦闘そっちのけでムゲ・ゾルバドス城に忍び込み、高価そうな調度品をコンテナ一杯かき集めたのだが、機体収容を優先した母艦の整備班員に、コンテナの積み込みを拒否されてしまったのだ。

『(こやつ、坊主のくせにきづいとらんのか? 盗品の代わりにずいぶんとたくさんのモノをお持ち帰りしとるようだが)』

 ゲンノジョウの不肖の(?)相棒、アスラには見えていた。ゲンノジョウに山ほどとり憑いたムゲ宇宙の悪霊達の姿が。

「――世界ですら滅びるんだ。コロニーはおろか、地球だって……分かりゃしねぇさ」

 ヴァレスの表情もなにやらアブナくなってきたようだ。……少しお裾分けされたのかも知れない。
 ともあれ、この作戦の勝利によってムゲ宇宙は消滅し、グラドスの刻印を超えて地球圏へ侵攻することは不可能となった。
 地球はようやく外患の脅威から解放されたのである。
 しかし戦い疲れた彼らは知らない。これより先、彼らを待つ過酷な運命を。

▼作戦後通達
1:ムゲ帝王は倒れ、グラナダ条約機構は、この戦いの勝利を宣言しました。
2:ムゲ帝王、デスガイヤー将軍、ギルドローム将軍は戦死しました。
3:カミーユ・ビダンは心に深い傷を負い、前線での勤務が不可能になりました。
『恐怖! 地球制圧作戦!!』
グラナダ条約機構軍・作戦3
《光子力研究所周辺》

「うわぁぁぁっ! 畜生、来るんじゃないっての!」

 カイン・ラファスは、突進してくる戦闘獣に向けて、愛機Gキャノンの主砲を連射する。

「ガオオオオンッ!!」

 直撃を受けた戦闘獣は、着弾の衝撃で行き足が止まったところをボロドール部隊の集中砲火を浴びせられて爆散する。

「ふう、なんとかなったか。……畜生。前衛がこいつらだと不安でかなわんな」

 そうこぼすカインだったが、部隊内通信機を入れっぱなしだったのはまずかった。

「なによ。私が前衛だと文句があるって言うの?」

 画面にぷりぷりと怒ったシキ・タカスナが現れる。カインはあわてて弁解した。

「嬢ちゃんの事じゃないって。八の天竜に文句があるわけないだろ。ボロドールだよボロドール。俺の機体は支援機だぜ。前衛がボロットだと、どうもな」

 戦力の大半をムゲ宇宙に送り込んだグラナダ条約機構軍だったが、そこに生じた戦力的空白を黙って見過ごしてくれるほどミケーネは生やさしい相手ではなかった。
 しかし守るべき地域はあまりに広大で、残る戦力は少ない。そこで、カインは各陣営に残る旧式機動兵器をモビルドール化して守備兵に当てることを提案したのだ。
 彼の提案は、一部修正を加えた上で採用された。
 各陣営の旧式機は、いったん解体してボロドールとして再生された上で各地域に配備されたのだ。
 トラゴスやリーオーといった旧式機をそのままモビルドール化して使うよりも、ボロドールの方が単機性能、整備性共に高く製造コストが安いからなのだが、外見がボロットであるため、カラバ生え抜きのカインとしてはいささか頼りなく感じてしまう。

「まったく、カインのおじさん、いい年して情けないんだから!」

 通信を切ってもご機嫌斜めなシキ嬢。

『あら。私は彼の感想ももっともだと思うわよ。悔しかったらもっと防御の仕方を覚えなさいな』

 シキの愛機兼姉貴分である闥婆王(だっぱおう)ガンダルヴァからツッコミが入る。
 彼女が見込んだだけあって、シキは心根もまっすぐで修行もきちんとこなすが、感情の起伏の激しさと防御のへっぽこさがガンダルヴァの悩みの種だった。

「げげ、大物来ちゃった」

『女の子が「げげ」なんて言わないの!』

 第一陣の攻勢が跳ね返されたのを知ったミケーネ軍は、今度は量産型グレート部隊を投入してきた。

 たちまちカインらの砲火の洗礼を受けるが、恐るべきくろがねの城はただの一機も止まりはしない。
「ねね、ガンダルヴァ。私、力貸して欲しいんだけど……ダメ?」

 教令輪身形態の天竜は、天竜自身の協力が得られれば一時的に自性輪身という天竜本来の姿に転身し、真の力を振るうことが出来る。しかし……

『甘えてるんじゃないの! 無理な転身は生体中枢である貴女に凄い負担がかかるわ。下手をすると命と引き替えなんだから、使いどころは考えなさいな』

 一時間後、シキ達の奮戦の甲斐もあって光子力研究所を襲ったミケーネ軍は大きな損害を出し、撤退していくことになる。
 しかしミケーネの攻勢はこの地域のみではなく地球全土に及んでおり、条約機構軍は各地で苦戦を強いられていた。



《衛星軌道上・百鬼科学要塞島》

 かつて百鬼帝国のブライ大帝が座していた玉座に腰を下ろし、ブレックス准将は画面上に表示される世界地図に注視していた。
 彼が預かるグラナダ条約機構軍は、寡兵で広大な地球圏を守るため、全軍を二分していた。
 その一方は各地に展開する守備隊で、敵と接触した場合、主力の到着まで敵の足止めをすることを目的としている。先に登場したカイン達はこの守備隊に当たる。
 もう一方はブレックス自ら指揮する主力部隊で、いくつかの艦隊に別れて衛星軌道上に展開している。
 守備隊からの連絡が入り次第、敵前降下を敢行してミケーネ軍主力に決戦を強要することを目的としている。
 画面上では、ミケーネを示す幾つもの赤い輝点が、味方守備隊を示す青い輝点と接触し、交戦状態にあることを表していた。
 赤と青の円舞曲は画面上の各所で繰り広げられ、ミケーネが同時多発的大攻勢に出たことを伺わせる。しかし、彼らの主力部隊発見の報は未だもたらされてはいなかった。

「BF団の策士孔明……我々の鼻面を引き回すつもりか」

 ブレックスの傍らで、今回の作戦を意見具申したクルト・ヴァイスが顔をしかめる。
 ミケーネの同盟者であるBF団は、正面戦力となる機動兵器部隊こそ規模が小さいものの、不正規戦、諜報戦の分野で、ある意味ミケーネ以上の難敵として条約機構軍を苦しめていた。

「ミケーネに与するBF団。対する我が軍にも、多くの百鬼や帝国、銀河帝国出身の兵が参加している。単純な地球人類と侵略者の戦いという構図ではないな、今度の戦は」

 そんな折、ついに待ちかねたミケーネ主力部隊発見の報が司令部にもたらされる。
 ブレックスと彼の幕僚達は、情報の内容を吟味した上で、衛星軌道上の艦隊に集結を命じた。
 暗黒大将軍の目指す目的地、そして条約機構軍とミケーネ軍の決戦の地の名は、グラドスタワー。



《北米・グラドスタワー近郊》

「うむ。もはや特攻しかあるまい」

「お前は他にセリフを知らんのかぁっ!!」

 にこやかに敵のど真ん中に突っ込むライムント・バルテンを、カイト・キサラギは必死で追いかけてバックアップ位置に着く。

「今や弾尽き剣は折れ、城の周りは敵だらけ…」

「引っ掻いて噛みついて戦うのはいやじゃぁぁぁぁっ!!」

 その歌詞を知っているのかカイト!
 この二人はともかく、戦場を支配しつつあるのは条約機構軍であった。
 機動力に優れたオーラバトラー部隊で戦闘獣軍団を攪乱し、陣形が乱れたところにスーパーロボット部隊を突っ込ませるブレックスの戦術はうまくいった。
「スゥトォナァァァァァァッ!!! サァァアァンシャァァァインッッッッ!!!!」

「ブレストファイヤァァァァァッッッ!!」

 特機の中でも圧倒的な力を誇る真ゲッターとゴッドマジンガー。彼らとミケーネの守護神、GRシリーズとの激突は文字通り天地を揺るがした。
 激戦のさなか、量産型グレートによる防衛線を突破した剣鉄也率いる突撃部隊は、地獄大元帥の座する本営への突入に成功していた。

「さあ地獄大元帥、そろそろ年貢の納め時だぞ」

 地獄大元帥とマジンガーブレードで切り結びながら剣鉄也がうそぶくと、地獄大元帥は嘲笑を持ってそれに応えた。

「その通りじゃな。……そろそろ始まる頃じゃわい」

「何だと!? 貴様何をした!」

「ロスト・ニュークリア。人類が生み出せし、最も愚かな遺産じゃ。存分に受け取るがいい!!
 グハハハハハハハッ!!」



 至急報を受けたブレックス准将は、血の気の失せた顔でその報告書を睨みつけていた。

「ロスト……ニュークリアだと!?」

 ロスト・ニュークリアとは、失われた核兵器のことである。
 東西冷戦の終結後、南極条約が締結されるまでの期間、政情不安定な旧東側諸国において、多くの核兵器が所在不明となった。
 かつてのオデッサの戦いで、マ・クベ司令が仕様を試みた核ミサイルも、そうしたロスト・ニュークリアの一つであった。
 得意とする諜報活動によって多数のロスト・ニュークリアを入手していたBF団は、条約機構軍がミケーネの攻勢への対応に追われた隙を突いて、条約機構軍の生産拠点288カ所に対して、その呪われた炎を解き放った。

「幸いにして使用された核兵器はいずれも戦術核で、軍需工場以外の被害は余り大きくはありませんが、使用された数が多く、『核の冬』が起きる可能性は無視できません。
 また、いわゆる「汚い核」が多かったことから、死の灰による周辺地域の汚染も深刻です」

 ブレックス准将は、黙したまま画面に表示された戦況図に視線を向ける。
 グラドスタワーを巡る戦いは条約機構軍の勝利に終わっていた。
 撤退に転じたミケーネ軍は条約機構軍の追撃を受け、壊滅的な被害を出して撤退していった。
 しかし、対する条約機構軍とて、決して無傷で勝利を収めたわけではない。多くのパイロットが機体を失い、帰還した機体も修理のために多くの資材が必要とされるだろう。
 しかし、新たな機体や部品を生み出す軍需工場の多くが、キノコ雲の下で失われてしまった今、今後の軍事行動は大幅に制限せざるを得ない。

「死者、行方不明者は、概算値で1千万人を超えるものと思われます」

 真っ白くなるまで握りしめられたブレックスの掌から血が滴る。
 第一ラウンドは敗北だ。多くの尊い人命が失われ、軍の生命線とも言える兵站に大きなダメージを受けた。
 失われた軍需工場の再建には長い時間がかかり、その全てを再建するための資金すらない。

「直ちに各地の守備隊に救援命令を出せ。風による死の灰の拡散状況を予測するのを忘れるな」

 ブレックスは、必要な指示を出し終えると再び戦況図を睨みつけた。

(良いだろう。認めよう。今回の戦いは我々の敗北だった。しかしこの戦争、最後に勝利するのは我々だ。
 ミケーネは、マンパワーという面に置いて我々の足元にも及ばない。今回の戦いで主力部隊が負ったダメージは大きいはずだ。
 この戦い、我々も苦しいが、敵もまた苦しい。オペレーション・ガウガメラが成功すれば、ほぼ全ての戦力をミケーネに向けることが出来る。
 負けはせぬぞミケーネ!)

 戦闘の後処理に追われる司令部に、ムゲ宇宙遠征軍の期間と、その勝利の報がもたらされたのは、それからまもなくのことであった。

▼作戦後通達
1:地球上における条約機構軍の生産拠点は、核攻撃によりその80%が壊滅しました。
2:ミケーネ軍のGRシリーズの内、GR2、GR3の破壊に成功しました。
3:ミケーネ軍の主力部隊は、戦闘獣の三分の一を失いました。
『闇の中で蠢くモノ』
グラナダ条約機構軍・作戦4&5
《コスモバビロニア・王宮》

 かつてシャングリラと呼ばれたバビロニア・コロニー。
 コスモバビロニアの建国と共に建設された白亜の王宮で、宰相ウォン・ユンファは参謀本部からの報告に耳を傾けていた。

「クロスボーンの名を騙る海賊どもは罠にかかりました。討伐艦隊の布陣は万全です。これで奴らも年貢の納め時でしょう。
……しかし、よろしかったのですか?」

「……何がです?」

 参謀本部からの連絡将校は、韜晦するようなウォンの言葉に不満げな表情を浮かべる。

「グラナダ条約機構軍です。彼らの実働戦力の大半はムゲ宇宙へと旅立ちました。
我々に対する押さえの艦隊は残っているようですが、我が軍が総力を挙げて攻撃すれば打ち破ることは難しくありません。
なのに何故、彼らに対する攻勢を指示されぬのですか」

 独裁国家としては珍しいことに、コスモバビロニアは文民統制が行き届いている。
 行政府の命令無しに、軍は指一本上げることすら許されないのだ。

「……銀河帝国が倒れた今、孔明殿との同盟関係は解消されています。今更彼らの妄執に、我々がお付き合いする必要はありません」

 策士孔明を仲立ちとして結ばれたミケーネ・BF団とコスモバビロニアの軍事同盟は、あくまで銀河帝国の脅威に対抗するためのものだった。
 その前提が崩れた今、ミケーネとBF団はウォンにとって倒すべき敵でしかない。

「たしかに条約機構軍は打ち破ることが出来るでしょう。しかしその後は?
国力に劣る我が国としては、条約機構とミケーネには精々つぶし合って貰わねばならないのですよ。
その為にも、今は条約機構の戦力は削げないのです」

 連絡将校は、納得したのか一礼して退出する。
 ウォンは、それを見届けて再び決裁中の書類に目を落とす。

(……これが完成すれば、ミケーネも、条約機構も根こそぎにすることが出来ますね。
クククッ、完成が待ち遠しいですよ)

 ウォンの手にある作戦計画書。そこには『デビルバグ』という表題が印字されていた。



《L7・暗礁宙域》

「なんてこった。情報の裏は取ったはずなのに!」

「そう言うなキンケドゥ。所詮ワシらは海賊一年生というわけじゃよ。……アンナマリー! そっちに三機行ったぞい!」

「わかってる! ウモンの爺さん、こっちは引き受けるからそれ以上抜かれるな!」

 ベラ・ロナ率いる宇宙海賊クロスボーンバンガードは、コスモバビロニアの欺瞞情報に引っかかり、危機的状況に追い込まれていた。
 裏社会に生きる者なら、当然それなりの情報網を持っているためにこうした罠に易々と引っかかったりはしないものだが、彼らは揃って元堅気、裏社会へのコネはあまり持っておらず、今回の失態へと繋がったわけである。

「ちぃっ、エネルギーの残量が心許ない。F91に比べればましだけど、それでも……」

 キンケドゥが舌打ちをする。
 わずか二機のクロスボーンガンダムと旧式のボール一機で数十機のデスアーミーを相手取って戦線を崩壊させていないのは大したものだが、機動兵器というものは補給も整備も無しで長時間戦い続けることはできない。
 パイロットである彼らの疲労も相当なものだ。本来なら後退で母艦に戻って補給と休息を行うべきなのだが、現状で一機でも抜ければたちまち母艦であるマザーバンガードが危険にさらされるだろう。

「キンケドゥ! L5方面から戦艦が一隻突っ込んでくるわ。艦種不明……通信が入ったわ。強制介入!?」

 突如クロスボーンバンガードの各機に通信が入る。

「こちら宇宙戦艦ピースミリオン。ワシは艦長のハワードじゃ。クロスボーンの衆、聞こえるかのう。
暑苦しいお届け物じゃ。受け取ってくれい」

 ピースミリオンの援護射撃の元、カタパルトから次々と機動兵器が発艦する。

「我らシャッフル同盟は、遥かに過ぎ去った昔から戦いの秩序を受継ぎ護る者。
デビルガンダムを利用せんとするコスモバビロニアよ。キングオブハートの名にかけて、俺は貴様達を許しはしない!」

 ゴッドガンダムの攻撃を受け、たちまち数機のデスアーミーが火球と化す。

「来てくれたのかドモン! それにみんなも!」

「兄ちゃん、キンケドゥとか言ったな。この間の借りを返しにきたぜ。早く彼女を助けに行ってやりな!」

 プロトG・γに乗るスコルツァライト・ウィンチェスターが男臭い笑顔を見せてサムズアップする。

「この場はマナミ・ハミルといちごクレヨン小隊が引き受けるわ。早く母艦に戻って補給を済ませて。
その後は母艦の直援に就いていて!」

「すまない。感謝する!」

 後退するクロスボーンバンガードのモビルスーツ隊と交代し、シャッフル同盟を中心とするグラナダ条約機構軍義勇部隊は、一斉にデスアーミーに襲いかかる。

「うおおおおおおっっっ!!」

 先陣を切って突っ込んでいったショウヤ・サガミのソウルゲインだったが、その突進は一機のベルガ・ダラスによって阻まれる。

「……元気が良いな。だが我々も任務がある。これ以上やらせるわけにはいかんのだよ。
デビルガンダム四天王、ドレル・ロナの名にかけてね!」

「な、こいつ……変形するだと!?」

 ショウヤの目の前で。ベルガ・ダラスはみるみる巨大化しながらその姿を変えていく。

「獅王争覇グランドガンダム。……さあ、少年。殺し合おう!」

 そう言うドレルの顔は半分以上DG細胞で覆われていた。



 その頃、マナミ・ハミルといちごクレヨン小隊は、漆黒のベルガ・ギロスを相手取っていた。

「デストラクションブーメランっ!!」

 マナミのスィームルグSの攻撃を、ザビーネ・シャルのベルガ・ギロスは、かろうじてビームシールドで防ぐ。

「この姿では不利か。……ならば!」

 スィームルグSを蹴り飛ばし、エンカイ・ナンジョウジのファントマをガル・シュテンドウのサンシャインガンダムに叩き付けて隙を作ったザビーネ機は、見る間にその姿を変える。
 その姿は、かつてランタオ島で死闘を繰り広げた彼らには忘れられない悪夢だった。

「デビルガンダム四天王……ランタオ島でマナミさんがバリアーをうち消した時、すべては終わったはずなのに…なんで!?」

 レイリル・ハーヴェルの嘆きをよそに、天剣絶刀ガンダム・ヘヴンズソードは悠然と翼を広げた。

「さあ、こうなってしまったらもう優しくはないぞ。私はデビルガンダム四天王、ザビーネ・シャル。
 少女よ。この私を止められるか?」

「…上等! 私はレイリル・ハーヴェル。あの時の小隊全滅…その借りをかえすよっ!」

(そうだよねレイリル。行こうハッツ、私達、負けられない!)

「ティア、オマエモナ〜♪」

「…マコト・カグラ、吶喊します!」

「DG細胞という修羅道に落ちた莫迦者め。エンカイ・ナンジョウジが骨身にしみて御仏の慈悲を刻み込んでくれる。この拳でなぁっ!」

「この戦いに言葉は不要。全ては我が拳で語るのみ。守天流ガル・シュテンドウ、参る!」

 次の瞬間、天の凶鳥と五つの星が激しく交錯し、漆黒の宇宙に閃光が走った。



《マザーバンガード周辺宙域》

「莫迦な……これだけのモビルアーマーが戦列を組んでさえ、奴を食い止めることが出来ないというのか!?」

 ネオジオンのリョウ・クルート大尉が信じられないといった表情を浮かべる。

 この宙域では、彼のアプサラスUを始め、シャルル・ウィンディー大尉のノイエジールU 、サムソン・ハヤマ準級特佐のアプサラスV、キョウカ・アオツキ準級特佐のサイコガンダムという、いずれも一個大隊にも匹敵する強大なモビルアーマー四機がマザーバンガードを守っていた。
 しかし、無敵の盾を思わせるその戦線は、今、無惨に突破されようとしている。
 たった一機の規格外の存在によって。

「フハハハハハハッ! 怖かろう。貴様ら雑魚に用はない。道を空けいっ!!」

 それは宇宙に咲く大輪の禍花。かつてシーブックとの戦いに敗れ、サイド1宙域で散華したはずの超巨大モビルアーマー、ラフレシア。

「こうなったら機体を盾にしてでも……きゃああぁぁぁっ!」

 キョウカのサイコガンダムが、大型トラックにはねられたかのように弾き飛ばされる。
 リョウとサムソンのハイメガ砲、シャルルのファンネルが追撃するが、Iフィールドと異様に分厚い上に再生する装甲に阻まれて致命傷を与えることが出来ない。

「貴様……鉄仮面? 生きていたのか!?」

 補給を終えて再出撃したキンケドゥのクロスボーンガンダムがラフレシアの前に立ちふさがる。
「……いつぞやの少年か。確かにワシは一度死んだよ。しかしDG細胞の驚異の前に、死などかりそめのまどろみに過ぎん。
今のワシはデビルガンダム四天王が一人、鉄仮面卿カロッゾ・ロナ。
さあ、娘を返して貰うぞ。我らが大義のため、生け贄となって貰わねばならんのでなあっ!」

「それが親の言うことかあっ!!」

 ビームザンバーを抜いて襲いかかるクロスボーンガンダム。
 しかしかつてのF91の如き質量を持った残像での幻惑が出来ないクロスボーンガンダムでは、無数にわき出すラフレシアのテンタクラー・ロッドを凌ぎきることは出来なかった。

「うああああああっ!!」

「ふっふっふっふっふっはっはっは!! 娘は貰っていくぞガンダムの少年!
さあベラ、我が元へ来るのだ!」

 ラフレシアのテンタクラー・ロッドがマザーバンガードの艦橋を貫き、中のベラ・ロナをカプセルの中に捕らえる。

「巫女は手に入った。ドレル、ザビーネ、引き上げだ!」

 ベラの入ったカプセルをコクピット内に収容した鉄仮面は、全軍に引き上げの命令を下す。
 ベラを奪い返さんと決死の追撃をかけるドモンたちであったが、ゾンビ兵MF部隊の壁を突破することが出来ず、コスモバビロニア艦隊はL7宙域から姿を消した。



《コスモバビロニア・某所》

「ウォン様、鉄仮面卿から通信です。『巫女は我が手に』以上です」

 連絡将校からの報告を聞いたウォン・ユンファは、満足そうに頷いた。

「デビルガンダムのコアには、誰でもなれるというわけではありません。
DG細胞の侵食に耐える強い生命力を持ち、新たなる生命を生み出すことが出来る者。
汝の名は女なり!」

 哄笑を上げるウォンの前には、修復成ったデビルガンダムの魁偉な姿がそびえ立っていた。

▼作戦後通達
1:新たなデビルガンダム四天王、ドレル・ロナ、ザビーネ・シャル、カロッゾ・ロナの存在が確認されました。
2:マザー・バンガード艦長、ベラ・ロナの身柄が奪われました。
3:傷付いたマザーバンガードは、一時ハワードの元に身を寄せました。




《月面都市グラナダ・条約機構最高議会議場》

 オペレーション・ガウガメラは人類の勝利に終わり、この地にはグラナダ条約機構に加盟する諸勢力の首脳が顔を揃えていた。
 しかし参加者の表情は一様に暗かった。先のミケーネ戦における、核兵器の大量使用が彼らの心に重い影を落としているのだ。

「まず報告します。ミケーネの核攻撃による死者、行方不明者の総計は、1264万6512名。一度の作戦における民間人の死傷者としては過去最高を記録しました」

 レディ・アン特佐の報告に、議場の空気が一層重い物となる。

「次に、こちらのグラフをご覧いただきたい。これは条約機構軍の物資調達計画に、この事件が及ぼす影響についてまとめてあります」

 高度な加工を必要とする工業製品や機動兵器などのプラントは、従前から月やコロニーに用意されることが多く、それらをフル稼働させることである程度壊滅した地上の工場群の代わりが務まることが分かった。
 また、日本に多い特機の研究所や付属プラントも、その警備の厳重さから攻撃対象に選ばれておらず、被害を受けることはなかった。
 しかし、船舶、航空機、車両などの生産設備や、電子部品など広範な分野に渡る生産設備が手ひどい打撃を受けている事実に代わりはない。

 失われた施設、そして宝石より貴重な熟練労働者達。この損失はとても一朝一夕で補える物ではないし、そうするだけの予算もない。

「続いて、我々が掴んだミケーネの次なる攻撃目標について説明する」

 立ち上がったのは、梁山泊三大軍師筆頭である韓信元帥である。

「ミケーネはチベットのラサ近郊の地底に、宇宙艦隊の一大根拠地を建設していることが分かった。
 彼らはここから艦隊を宇宙に上げ、月面とコロニーの生産プラントを壊滅させるつもりだ」

 諜報活動はBF団の専売特許ではない。今回の作戦でBF団にまんまと出し抜かれ、多くの無辜の人命をみすみす失わせてしまった梁山泊の、文字通り必死の諜報戦の成果だった。

「彼らはグラドスタワー近郊の会戦で機動兵器部隊に大きな損害を出したが、その宇宙艦隊は温存されている。
 この艦隊に核ミサイルを搭載し、月とコロニーを焼くつもりなのだろう」

 密閉空間であるコロニーや月面都市で核攻撃を受ければ、中の住民に生き延びるすべはない。
 それは、まさしく一年戦争初期の再現。わずか一週間で、全人類が人口の半分を失ったあの悪夢の。
 おそらく、十数億の人命が失われることになるだろう。

「なお、ラサの根拠地はヒマラヤ山脈の分厚い岩盤に守られており、天然のシェルターとなっている。
 戦略核兵器を使用しても、その破壊は困難だと思われる。
 また、発進口周辺は完全に要塞化されており、地上部隊による侵攻も困難だ」

 報告を終えた韓信元帥が席に戻ると、議場はざわめきに包まれた。
 オペレーション・ガウガメラで、条約機構軍の宇宙艦隊は大きなダメージを受けている。
 無傷のミケーネ艦隊を、完全に阻止することはほぼ不可能だった。

「その点について我々に提案がある」

 口を開いたのはネオジオン総帥、キャスバル・レム・ダイクンだった。

「核を用いても破壊できぬ地底要塞の破壊、それは我が軍にとって検証し尽くされた命題だ。
 これを見て欲しい」

 議場の大スクリーンに、一つの小惑星が映し出される。

「資源採掘用小惑星、フィフスルナだ。あまり大きくはないが、その質量はコロニーに倍する。
 この小惑星を大気圏に突入させ、ラサに落着させれば、理論上敵根拠地は壊滅できる」

「冗談ではない!」

 激昂して立ち上がったのは、カラバ代表のブレックス・フォーラだった。

「コロニー落としの悪夢を、今ここで再び繰り返せと言うのか!
 それに、ミケーネの核攻撃によって多くの塵が大気中に舞い上がっている。
 ここでフィフスルナを落とせば、核の冬が起きて地上に人が住めなくなるぞ!」

 ブレックスは更に続けた。
 うち続く戦乱によってラサ近郊の交通インフラは壊滅状態にあり、住民を避難させるのには膨大な時間が必要であることを。
 フィフスルナがラサに落着した場合、その衝撃でおそらく数千万人の命が失われることを。

 議論は白熱し、最終的に多数決に持ち込まれた。
 その結果――――賛成4(ネオジオン、OZ、自由ギシン、ベガ星)、反対3(カラバ、ア、ナ)で、フィフスルナ落としは可決されるに至った。
 ブレックスはゆっくりと立ち上がる。

「チベットを含むアジア地域は、我らカラバの保護下にある。我々には、そこに住む人々の生命、財産を守る義務があるのだ。
 条約機構が無法に彼らの命を奪うというのであれば、我らカラバは本日ただ今を持って条約機構を脱退し、実力をもってこの暴挙を阻止させていただく」

「愚かな! この非常時に、再び人類同士の戦いを繰り広げようと言うのか!
 大の虫を活かすためには、時として小の虫を殺さねばならん。
 一国の代表者がそのことを理解できぬと言うおつもりか!」

 憤激したレディ・アンが席を蹴って立ち上がるが、ブレックスは意見を変えようとはしない。

「『犠牲なくして平和は得られないのか』――亡き草間博士のお言葉でしたな。
 私は敢えて言わせていただこう。罪無き人々の犠牲を前提条件とした平和など間違っていると!」

 ブレックスはそのまま議場を出て行った。

 恐るべき異星からの侵略を退けた人類。しかし、それは国家間のエゴをむき出しにする結果へと繋がってしまった。
 グラナダ条約機構から脱退したカラバ。
 再び、人類が互いに殺し合う時代が幕を開ける……

次回予告
 宇宙に住む者と地上に住む者。守らねばならぬ命。それは時にカルネアデスの船となって悲しき戦いを呼び起こす。
 異星文明による脅威の去った地球。しかし大地を焼く戦火は絶えることがないのか。

 次回War in the Earth、『スターダスト・メモリー』

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