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結果ストーリー
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それはこの3年の間、いくども繰り返されてきた光景かもしれない。帝国の無人機と、スペシャルズと、反帝国レジスタンスとの戦いは。
しかし帝国に与しているか否かに関わらず、誰もが漠然としたある予感を、振り払うことができずにいた。
何かが、大きく動き始めたのではないかという、そんな予感を。
暗い部屋だった。壁に空いた小さな穴から差し込む光以外に、しめきられたその部屋に明かりというものは存在していない。その部屋には簡素なベッドが一台。そしてベッドに横たわる老人が1人と、その脇に立つ2人の若者の姿があった。
「師匠……」
赤毛の少年は、いまにも泣きだしそうな顔でつぶやく。灰色の髪の少年は、無言のまま、その表情からは彼が何を考えているのかは、うかがい知れない。
「……わしはもう長くない。あと1日か2日……そんなところだろう」
老人がとぎれとぎれに、弱々しい小さな声で言う。
「お師匠様……ご用件をうかがいましょう」 と灰色の髪の少年。
「うむ……お前たちがわしのもとに来てから、何年になるかな……」
「確か……10年ほどであったと」
「そうか……まだまだお前たちに教えていないことも多いが……もはやわしにはお前たちにそれを教えてやる時間は残されておらぬ」
「そんな ッ! 師匠、そんな言葉は、俺は聞きたくない!」
「黙っていろ、ブラッド!」
ブラッド、と呼ばれた赤毛の少年は、ぎゅっと拳を強く握り込む。
「ブラッド……お前たちのことは、わしは心配しておらん。わしがいなくなっても、お前たちはもう1人でやっていけよう。3年前……お前はまだまだ未熟だというのに、異星人との戦いに赴こうとした。わしはそれをいさめたな。いまなら、それが何故だか、わかるな……?」
「はい……わかります」
「ブラッド、カーツ。わしが死んだら、アースゲインとヴァイローズを持ってゆくがよい。お前たちのこれからの戦いと、さらなる修行のためにな」
「ッ!? 師匠、それは……」
「もはやお前たちを止める理由はない。弱き者たちのために、その力を使うのだ」
「異星人と戦えと?」 カーツと呼ばれた灰色の髪の少年が、静かに聞き返す。
「力はな……そこにあるだけでは無意味だ。生の意味は、何を為したかによって、決められる。お前たちならば、きっとできる。混沌のこの時代を救う力……虐げられた人々を救う、希望の光となるのだ。世界の現状をしり、己の為すべきことを為すのだ。強き者、力持つ者の義務を、果たすために」
「師匠……」
「……お前たちを、わが流派の正当な後継者と認める。わし亡き後も、精進せい……」
老人は久しぶりに長く話したことで疲れたのか、ゆっくりとそれだけ言うと、目を閉じた。
もうすぐ、彼はいなくなってしまう。そのことの意味をかみしめながら、2人はしばらくその場に立ち尽くしていた。
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「流転」
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スペシャルズ作戦1 LIFE作戦1
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「シュターゼン特尉」
「特士、場所は確認出来たか?」
シン・ハセガワ特士の通信に、エルリッヒ・フォン・シュターゼンはそう聞き返した。
「はっ。しかし……」
「どうした」
「正規軍の無人機が出ているようです。当該地域にコードCが発令されています」
「なんだと? 無人機にコードC……それでは、無差別攻撃と同じではないか。ゲリラ掃討のためとはいえ、それでは何も残らん」
「このままでは、非戦闘員まですべて巻き添えになります。特尉……我々でどうにか出来ないのでしょうか」
「……追跡していた試作機がそこだというのなら、我々もそこへ行く他はない。そしてこの任務のために、我々もそれなりの権限を与えられている。間に合えば無人機を抑制できるかもしれん」
「では……」
「急ぎ向かうとしよう。エマ・シーン特尉、聞いた通りだ。全員に通達してくれ」
「了解。放っておいては住民が全滅する可能性も低くはありません。それは我々で抑えたいものです」
「そうだな……間に合えばよいが……」
「オレンジが入らなかったのは予定外だったな。エミリア、怒るだろうなぁ……。まぁ、しかたないよな。代わりにチーズが手に入ったし……」
アークライト・ブルーは、現在世話になっているおばと、近所に住むエミリアという少女とに頼まれた買い物をすませ、足早に彼らの暮らす地区へと戻る所だった。
コロニーに生まれた彼が、地上へと降りてくることになった原因は、1年戦争にあった。この戦争で両親は死に、彼のコロニーは崩壊してしまった。まだ10歳の子供であった彼に唯一残っていた血縁は、地上に暮らすおば夫婦だけで、そのとき彼ははじめてこの重力の井戸の底へと降りてきたのだった。
それから、3年前のムゲ=ゾルバドス帝国の侵略戦争がおき、またしても彼の生活は変化を強いられた。幸いにして彼もおば夫婦も生き延び、再びこの小さな街で生活を始めた。エミリアという少女とであったのは、その頃だった。
戦後の混乱期、彼女の両親は食料を目当てに押し入った盗賊たちに命をうばわれた。たった1人生き残った彼女は、だが絶望にかられるのでも悲嘆にくれるのでもなく、必死に生きようとしていた。それも、恐らく生来のものであろうその快活さを失わずに。アークライトにとっては、異星人の支配下におかれたこの3年もの間の生活は、その少女の存在そのものが救いとなって、生きながらえることができたようなものだった。
後になってアークライトはそのことを思い出す。少なくとも、この時代の中にあってその生活は、“幸福”であり“平穏”なものであったのではなかったのか、と。
だが、それが終わりを告げる時は、彼のもとへ突然にやってきたのだった。
「なんだ、あれ……」
倒壊した建物と建物の間に張り巡らされた電線や、洗濯物の群れの間に、それはフッと現われたように見えた。その直後、すさまじい轟音と爆風が、アークライトを襲った。
「うわあぁぁぁぁーっっ!!」
ごろごろと転がり、吹き飛ばされてくるコンクリートの破片から頭を守りながら、アークライトはゆっくりと顔を上げた。もうもうとあがる煙と、留まることのない爆音と振動の中で、彼はそのシルエットを見上げていた。見間違えようはなかった。帝国軍の無人機が、街を攻撃しているのだ。あちこちから悲鳴と怒声、倒れた人間たちの発するうめき声と、小さな子供の泣き声が、聞こえてくる。
「て、帝国軍!? は、早く戻らなくっちゃ……」
アークライトは彼の手から離れてどこかへ転がっていった買い物かごを探すこともせず、走り出した。
街はまさに戦場そのものと化していた。帝国の無人機は容赦無く人々を襲い、街のあちらこちらからは、ロケット砲やライフル銃で武装したゲリラたちが、応戦を始めていた。しかしその戦力差は絶望的だった。ゲリラたちとて機動兵器を有してはいたが、旧式のものが数機のみ。これだけの無人機を相手に切り抜けられるものではなかった。
「くそっ、帝国め! 散開して迎撃しろ!」
ガンタンクのポップミサイルを無人機に向かって放ちながら、ゲリラの男が叫ぶ。この男が現在戦闘している部隊のリーダーなのだろう。彼の指示にしたがって、3機のザクが建物の間を縫うように別れていく。
主砲の狙いをつけようと焦るが、その間にザク1機が撃破された。
「例の奴はどうした!?」 と通信機に向かって叫ぶ。
「……運搬用の車両が破壊されました! 移動はできません!」
すぐに返答がきたが、それは彼の期待するものとは、かけ離れた内容だった。
「くそっ! こうなったら、あれも戦闘に出せ! 応戦しろ、俺もそっちに行く! 誰か動かせる奴くらい、いるんだろう!?」
「少尉、みんな出払っています!」
「誰でもいい、呼び戻せ! 非戦闘員は退避させろ!」
「まわりは敵だらけですよ!?」
「クワトロ大尉の隊が来てくれる! それまでなんとしても持ちこたえるんだ!」
ガンタンクを移動させながら、そう叫ぶ。しかし、通信を切ったあと、彼は悔恨ともあきらめともつかない声で吐き捨てていた。
「くそ……だめかな、こいつは……」
「みんな、はやく!」
荒い息を吐きながら、アークライトは彼の後ろに続く人々に声をかけた。おば夫婦やエミリア、それに数人の住人たちが、戦場となってしまった街を脱出しようとしているのだ。
アークライトは走って街路まで向かうと、無人機の姿がないかどうかを確認する。大丈夫だ。ここは通り抜けられる。すばやく後ろを振り返り、また声をあげた。
「エミリア、早く!」
「アーク、待って! おばさんが……」
エリミアが、倒れてしまった彼のおばのもとへと駆け寄っていったとき、その向こう側から無人機が数機現われた。
格納庫がわりにしている街はずれの倉庫へと向かっていた少尉は、その様子を見てキャタピラを急回転させた。
「逃げ遅れた連中か……? いかん!!」
住民たちを攻撃しようと降下してきた無人機に主砲を叩き込み、彼はガンタンクを突進させた。敵がこちらを発見するのが遅れたことが幸いし、先制攻撃で2機の無人機を撃破する。
だが、そこまでだった。後続の無人機はすでに攻撃を開始していた。必死に逃げようとする人々の周囲で爆発がおき、崩れかかっていた建物が爆発の振動で彼らの上へと轟音とあげて殺到する。
「うわああああああっっっ!!」
一番手前にいた少年が、爆風にあおられてガンタンクのすぐ横まで転がってきた。
「しまった!? くそぉっっ!!」
主砲とポップミサイルを撃ち込み、最後の無人機を沈黙させると、少尉は外部スピーカーのスイッチを入れ、倒れている少年に呼びかけた。
「坊や、おい坊や、生きてるか!? 早く起きて逃げろ!!」
その声に反応したのか、少年が埃まみれの姿でゆっくりと立ち上がった。
「う……あ……み、みんなは……?」
頭をふって、意識をはっきりさせようとしながら、アークライトはつぶやいた。
「……残念だが、瓦礫の下だろう。くそっ帝国め、見境なしに攻撃してやがる」
少尉がそう吐き捨てた時、アークライトは煙の充満する街路へと、のろのろと戻ろうとしている所だった。
「おい坊や、何をしてる!!」
その叫びは、彼には届かない。アークライトは逆にはじかれたように走り出した。
「おばさん……おばさん! おじさん!!」
「バカなことはやめて早く逃げろ! 奴らはまたすぐ来る。お前も死ぬぞ!」
「エミリア! 返事をしてくれ、エミリアッ!!」
アークライトは、巨大なコンクリートの破片に手をかけながら叫んだ。少尉が言うまでもなく、下のいるはずの者たちの生存が絶望的なのは、誰の目にも明らかだった。だいたい生存者がいた所で、人の手でどうにかできる状態ではない。だから少尉が彼を逃げさせるため、瓦礫の下の人々のわずかな生存の可能性を無視したとしても、それは正しいことだった。
「やめろ坊や! もうみんな死んじまってる!!」
慎重に周囲をスキャンしながら、ガンタンクはアークライトの所まで進んできていた。もう仲間からの通信もほとんど入ってこなくなっている。結局、例の機体も起動できなかったようだ。状況は最悪、増援も間に合いそうにない。もはや彼にできることは、少なかった。
「エミリア……なんで……なんで……。あ、あんたたちが、こんな所で戦争なんて始めるからっ……!! うわあぁぁっ!!」
アークライトは叫びながら、瓦礫の山へ突っ伏した。
「……すまんな、坊や。だが言い訳をするわけじゃないが、奴らははなからこの街が狙いだったんだ。皆殺しにするつもりだったのさ。あの無人機の行動をみりゃわかる。奴らのやり方は、3年前から少しも変わっちゃいない」
アークライトは瓦礫の中にうずくまり、嗚咽するだけだった。
少尉の視界に、また新たな無人機が数機、接近してくるのが見えた。
「逃げろ坊や。俺たちはもう長くは保たない。頼む、せめて君だけでも逃げてくれ!」
だが、アークライトは動かない。しかしもはや少尉には彼を気遣う余裕はなかった。
「くっそぉっっ!!」
キャタピラを逆回転させて一気に後退して距離をとると、ドゥンッドゥンッと主砲を放つ。しかし、今度の無人機たちはすでにガンタンクを優先目標としてとらえていた。散開し攻撃を回避し、ガンタンクに迫る。
「逃げろよ、坊や……」
次の瞬間、ガンタンクの頭部は吹き飛び、立て続けに加えられた攻撃で爆発した。
「うわっっ!!」
またもやアークライトは、爆風に吹き飛ばされるはめになった。全身に打撲と擦り傷を抱え、血をにじませた姿でよろよろと立ち上がると、目標を彼に切り替えた無人機のレーザーセンサーが彼をとらえようとしている所だった。
「ひっ!?」
本能的な恐怖に駆られて、アークライトはようやくのことでその場を離れて走り出した。その動きをとらえ、無人機が追う。
どれくらい走っただろう。わずか数十秒のことが、無限にも思えた。無人機の追跡は執拗で、ときおり放たれる対人用のレーザーにいつ焼き払われるか、その恐怖だけがアークライトの足を動かし続けていた。肺は限界に近く、足の筋肉も彼の命令に抗議して悲鳴を上げ始めた。
「なんで……なんでだよ……」
別のガンタンクの残骸のわきを走り抜けようとした時、無人機の攻撃が残骸に命中する。飛び散った破片が、アークライトのふくらはぎにザクッと突き立った。
「うあっ!?」
その激痛に、すでに限界を越えていた足がついに力を失った。走っていた勢いのまま、アークライトは街路にずさっと倒れ込む。
「……ちくしょう、なんで……」
何故こんな目にあわなければならないのか。何度目かになるその問いを口の中でつぶやいてみるが、誰も応えてなどくれるはずがない。振り向くと、無人機のセンサーが今まさに彼を指向した所だった。
アークライトは慌てて立ち上がろうとして、また倒れた。足が、動かない。恐慌に陥りそうになりながら、すぐ左手に開いたままのドアを見つけ、まだ動く方の足と手で、必死に飛び込んだ。
中はひらけており、どうやら倉庫か何からしかった。
胸が苦しくなるくらいはぁはぁと息をしながら、なおも逃げようとするアークライトの目の前に、大きなシルエットが浮かび上がった。
「ひっ!?」
一瞬、すでに敵がこの倉庫のような建物の中にまで入り込んでいたのかと思ったが、そうではなかった。確かに人型の機動兵器のようだったが、それは帝国の無人機とは明らかに違う。恐らく、ゲリラが持ち込んだものなのだろう。半分シャッターの降りている正面の方には、何人かの人影が転がったまま動かないのが見えた。爆発の振動が伝わり、上の方から何かがパラパラと落ちてくる。
(武器があれば、やりかえせる)
そんな思いが頭に浮かんだ。
足に食い込んだ破片を引き抜いてみる。大きな血管は切れていなかったようで、一気に血が吹き出してくることはなかった。アークライトは少し安堵して、壁を背に、脚部を伸ばして座り込んでいるようなその人型の機械に、足を引きずりながら近づいた。
操縦席らしき場所へよじ登ろうとして、気付いた。先客がいる。
「あ……あの……」
返事はない。少しだけ待ってみたが、その人影はピクリとも動かない。アークライトは、その人影がよじ登ったであろうルートに、はっきりと目印があるのに気がついた。血がべっとりと付着している。
よじ登っていき、操縦席の入口に半分だけ体を入れていた、そのゲリラらしい人物の顔をのぞき込んだ。見開かれて、そのくせ何も見つめてはいない目が、彼がすでに生きてはいないことをはっきりと示していた。操縦席の中にはいくつものランプが点灯し、この機械に動力が入っていることがわかる。
恐らくこの人物は、ケガをしたまま、この機械を使おうとやってきたのだろう。操縦席にたどり着き、動力を入れたはいいが、そこで力尽きたのだ。
不気味な音がして、建物の正面を通りすぎる無人機の足が、シャッターの下から見えた。アークライトは、すみません、とつぶやいてからゲリラ兵をどけ、操縦席へと入った。
もちろん、こんなものを使ったことはない。だが、マニュピレーターににぎられている大きな銃を撃つことだけでも出来れば、あの恐ろしい無人機に痛烈な一撃を加えてやることができるかもしれないではないか。
ハッチを閉めるスイッチは、それとわかるようになっていた。スクリーンに、外部の光景が映し出された。
「シ……システムが生きてる……? これ……どうやって……」
コンピュータのソフトウェアを扱う仕事をしていたアークライトは、スクリーンの視界を邪魔しない位置にあるウィンドウの表示から、おおよその検討をつけてキーをいくつか叩いてみた。
ヴゥゥゥゥンッ。機体全体がかすかに振動し、スクリーンに新たな表示がいくつか現われた。アークライトはその表示を読む。
「う、動くのか!? 動作モード……市街戦……フルオート? こっちのは……操作ガイダンスか……」
それは最初からセットしてあったらしい起動オプションで、現在の設定が市街戦のフルオートモードになっていることを示していた。そして、フルオート時の操作方法も、スクリーンに表示されている。訓練用なのかもしれない。一瞬、まさか武装がないのでは、という疑問を持ったが、ゲリラが模擬戦用の銃など持っていないだろうことに思いあたる。
やれるかもしれない。そう思ったとき、正面のシャッターが赤く発光した。次の瞬間にシャッターは根こそぎ吹き飛んでいた。無人機が来たのだ。
「ちくしょう!! どうせ死ぬんなら、1機くらいはっ!! 動け、動けよ!!」
ぽっかりと空いたその空間に、煙にまかれながら無人機が現われたとき、アークライトの乗った人型兵器の腕は持ち上がり、長く大きな銃を正面入口へと向け始めた。
「なんてひどい……」
エマ・シーン特尉は、その破壊の様相があまりにも徹底的であることに、衝撃を受けていた。
「くっ、間に合わなかったのか……」 ハセガワ特士が、うめき声に近い声を上げる。
「うむ……一足遅かったようだ。帝国の無人機などにやらせるから、非武装の市民まで巻き添えになる」
シュターゼン特尉は、非武装の市民を巻き添えにするような戦闘をするのが、実は帝国の無人機ばかりではなく、ほかならぬ彼らの所属する組織でもあり得るのだということを、いや実際にあったことを知っていたが、今はそれを口にする時ではなかった。
「シュターゼン特尉……先行した索敵隊の報告では、レジスタンスはほぼ壊滅しているようです。どういたします?」
「直接光信号で入力すれば、無人機のモードを変更できる。シーン特尉、君のコードでも受け付けるはずだ。そちらはまかせる。残っている無人機をすべてAモードにしてもらいたい。我々は残存兵に注意しつつ、試作機の捜索と負傷者の救助を優先する」
「了解」
「ハセガワ特士、君たちは、負傷者の救助だ。急げよ」
「ハッ!」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
無人機を一撃で撃破したすさまじい破壊力に驚き、アークライトはそのまま動けずにいた。しばらくしてから、このままではまずいことに気づき、機体を直立させる。そのままの姿勢で次の敵が来るのを待っていたが、無人機はあらわれなかった。
アークライトはガイダンスの表示にしたがって、震える指先で左の操縦桿の先についているキーを押し、ゆっくりと機体を外へ出した。
最初にそれを発見したのは、メイリーン・エヴァンス特士だった。
「特尉、例の試作機です!」
「どこだ?」
「10時の方向、距離300」
「……間違いない、ソルフデファーだ。乗っているのはレジスタンスのパイロットだな」
ソルフデファーの操縦席にいるアークライトも、すでに新たな敵機の出現に気付いていた。
「ま、まだいる!? やっぱりだめなのか……エミリア……俺もすぐ行くから……」
アークライトは死を覚悟した。突然どこかのスピーカーから声が飛び出した。
「聞こえるか、そこのパイロット。残っているのは貴君だけだ。無益な戦いはやめ、投降したまえ」
「……人の声!? だ、誰が!」
無人機ばかりと思っていたのに、この虐殺を行なった“敵の人間”の声を聞き、アークライトは激昂した。
(……若いな、あのパイロット)
声には隠しようもないふるえも聞き取れた。おそらく、旧連邦軍人が主体となっているという解放戦線の、正規のパイロットではないのだろう。まだ戦闘経験も浅い、少年兵ではないか、とエルリッヒは見当をつけた。あるいは、正規のパイロットが死亡し、初めて実戦をこなしたばかりなのかもしれない。
「少年、私の任務はレジスタンスに強奪された試作機……つまり今君が乗っているそれの回収か……あるいは破壊だ。おとなしくそのマシンを降りてくれれば、この私エルリッヒ・フォン・シュターゼンの名にかけて、君の命は保証しよう。だが、聞き入れてもらえぬのならば……」
「うるさいんだよ、この人殺しが! 今さら、今さら俺一人生き残ったって!」
「……やむを得まい。これ以上、死者を増やすのはしのびないが、これも任務なのでな」
「特尉、あれはよく動けないようです。アタシがやります!」
メイリーンがエアリーズをソルフデファーに向けようとしたとき、索敵隊から通信が入った。敵の増援が発見されたのである。
「くそっ、なんてことを。あれじゃ、奴らは街の人たちまで……」
コウジ・ツキガセ曹長は憤りのあまり言葉をつまらせる。確認できるかぎりの街の様子からでも、街自体が攻撃を受けてそこかしこから煙が上がっているのが見て取れた。
「大尉、こいつは……」
「間に合わなかったか……」
アポリー中尉の声に、クワトロ・バジーナ大尉はそう応える。しかし、街外れの大きな建物のそばに、情報にあった試作機らしき姿を認めた。
「いや……あの1機、例の試作機か……?」
「そのようです」 とアポリー。
「あれはまだやれるようだな。あれだけでも回収しなければ、危険をおかしてここまで来た意味がない」
現地の組織はほとんど壊滅状態だろうが、交戦してでも試作機を確保せねば、死んだ兵士たちも浮かばれなかろう。しかし、展開しているスペシャルズの部隊は、やや数が多いようだった。
「どうします、大尉?」
「アポリー中尉、その機体でやれそうか?」
クワトロ機とアポリー、ロベルトのリックディアスは、解放戦線が独自開発したものだ。これは、その初の実戦でもある。
「コックピットが違っても、三日もあれば自分の手足にすることができます。大丈夫です」
「自分たちは、マニュアル通りの訓練などやってはおりません。それで、1年戦争もくぐり抜けてきたのですから」
アポリーとロベルトがそう応える。
「ロベルト中尉、その過信は自分の足をすくうぞ?」
「はっ、クワトロ大尉」
「解放戦線機構!?」
メイリーンは慌てて機体に制動をかけた。
「そのようだな。先頭の3機、データベースにはないようだ。レジスタンスが独自に開発したものと見える。情報部もあてにならんな。狙いは、あれか……」
「特尉、どうしますか」
「あれを持っていかれるわけにはいかん。二手にわかれるぞ」
「はっ!」
「なんだ……敵……じゃないのか……?」
アークライトは、さらに街の外から現われた部隊を見て、動きを止めた。投降しろと言ってきた方の反応から、どうやら彼らの味方ではないようだとはわかる。
コンソールにあるキーが、点滅をはじめた。アークライトがそれを押すと、さっきとは別の人物の声が飛び込んできた。
「そこのパイロット、まだやれそうか?」
「えっ……?」
「解放戦線のものではないのか? こちらは味方だ」
わかるものか、とアークライトは思う。反帝国ゲリラだって、一般人を巻き添えに戦闘をするのは、帝国とかわりはしない。
「どうした? 聞こえているのだろう?」
「ほっといてくれよ!」
アークライトは、その声の落ち着き払った態度に怒りを感じ、そう叫んだ。この街の状況を見て、なんでそんなに静かに話ができるんだ。だが相手はそれでも動じなかった。
「残念だが、そういうわけにもいかん。それは我々が苦労して入手したものだ。放っては置けない。それに、君のような若者を無駄死にさせるわけにもな」
「勝手なことをッ!」
「どう思ってもらっても構わんが、今はスペシャルズを排除することが先決だ。君も、死にたくなければ戦うのだな。援護する」
クワトロは通信を切ると、そのまま味方へ指示を出す。
「よし、敵を牽制しつつあの試作機を確保する。クルート、カレス、クロウリーは試作機の援護に回れ。他はスペシャルズを叩く。敵にも新型がいるようだ。試作機の情報が確かなら、同型のあれの武装もかなりの威力だろう。注意しろ」
「了解!」
リョウ・クルート曹長、ティア・カレス曹長、エース・クロウリー曹長らが同時に声をあげる。
「奴らとの本格的な戦闘……この機会を、待ちに待った。やってみせる」
シンディ・ヤマザキ曹長は、ドムの熱核ジェットホバーの出力を一気に上昇させた。
街は無残なありさまだった。
戦闘が終わったのを知り、避難していた人々が少しづつもどって来始めたようだ。
街はずれの丘のふもとに、ソルフデファーを中心に数機のMSが駐機している。ソルフデファーのコックピットの前には、クワトロとアポリーが取りついていた。
「コックピット、開きます」
アポリーが外部からの強制解除スイッチを入れると、プシューッと音をたてて、それは開いた。
「君、大丈夫か?」
「うっ……うぅっ……」
クワトロが中をのぞき込みながら、そう聞いた。コックピットにいたアークライトは、ただコンソールに突っ伏して、泣き続けるだけだった。
「……生きてはいるようだな」
「大尉、やはり現地の組織は壊滅状態です。しかし、負傷兵や民間人の中に、敵に手当てを受けたものがいるというのが、妙ですね」
「ふむ……あの指揮官か……。ロベルト中尉、撤収の用意をはじめさせろ。長居はできん」
「はっ」
ロベルトがパイロットたちに何ごとか指示しながら、走っていく。クワトロは、ロベルトと入れ換えに、試作機に乗っていた少年が歩いてくるのに気付いた。
「あの……ありがとうございました。……大尉」
「反帝国運動組織、地球解放戦線機構のクワトロ・バジーナだ。もと連邦軍人が中核となっているレジスタンス組織でな。おかげで、いまだに階級で呼びあうクセが抜けずにいる」
「アークライト・ブルー……です。地球解放戦線機構の名前は、聞いたことがあります。この街は、レジスタンスを支援する人たちが、多くいましたから」
「ああ。君が落ち着いて話ができるようになってくれて、助かる。またすぐ、帝国軍がくるだろう。できれば我々と一緒に来てもらいたいのだが、どうする? 君がここに残りたいというのなら、止めはしないが……」
「…………いえ、いきます。僕には……もう何も残っていませんから……」
「そうか……」
「あの、少し時間をください。おば夫婦や……友達を……せめて埋葬してあげたいんです」
「構わんが……我々も手伝おう」
「でも……」
「急ぐ必要がある。MSを使う方が早くすむのでな。それに、君はあまり見ないほうがいい」
「はい……」
「ヤマザキ曹長はここで待機。アポリーとツキガセ曹長は私と一緒にきてくれ」
「……ひどいもんですね。どこもかしこもめちゃめちゃだ」 とアポリー。
「そうだな……」
クワトロは丘の上につくったばかりの、簡素な墓の前にたたずむアークライトを見た。それは、一年戦争が膠着状態にあった頃の、ゲリラたちの姿を思い起こさせた。
(ごめん……エミリア。今は、どうしたらいいのかわからないんだ。俺、とりあえずこの人たちと一緒にいくよ。必ず戻ってくるから……さよなら、エミリア……)
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「出撃! スイームルグ」
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スペシャルズ作戦5 カラバ作戦1
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「これが……あたしのスイームルグ!?」
マナミ・ハミルは、目の前にそそりたつ優美な姿をしたロボットを見上げ、感嘆の声をあげた。廃墟に偽装したカラバの中継基地である。ふだんは数人の連絡員がいるのみだが、今回の作戦のために利用されている。もともとは広い地下通路があった所らしく、機体を収容する場所には事欠かない。
「ふむ……さすがでございますな」
ハミル家の執事であり、マナミの後見人でもあるローレンス・ジェファーソンも、その姿に圧倒されたようにつぶやいた。
「いや、設計データが完全だったからだ。我々ではまだ1からこれだけのものはつくれん。早乙女博士と兜博士くらいだろう。残念だがな。背面にブースターらしきもののジョイントがあったんだが、それはデータがなかったので、設計を変更して強度を確保してある」
アランの説明は、ほとんどマナミの耳には入っていなかったようだ。ここまで持ってきた操縦者に走りより、あれこれと話を聞き始めている。
「シモーヌ・ルフランが到着するまで、また時間がかかる。すこし操縦に慣れておいたほうがいいでしょう」
「かしこまりました。さっそくお嬢様に試していただくことにしましょう」
機体の整備をしていたター・ラグナロクは、その会話が耳に入ったのか、顔をあげてスイームルグを見た。よくもまぁ、こんなものが開発できたもんだ。とターは思う。こっちにももっといい機体をまわしてもらいたいもんだぜ、とも。彼の他にも数名が使っているケンプファーは、性能はいいとはいえ、しょせんは旧式なのだ。
(ま、向こうは重要人物だからな……)
スイームルグの足もとで、はしゃぐという表現がふさわしい行動をとっている少女は、あのロームフェラ財団の一員だったと聞かされている。ターはもう一度スイームルグを見上げ、ため息をついてから整備作業に戻った。
哨戒任務中のジェリド・メサ1級特尉は、その通信が終わると、いまいましげに舌打ちした。
「どうしたの、ジェリド?」
「情報部からの指令だ。ゲリラどもに情報を流していたらしいロームフェラの女が逃げたとかで、俺たちに抑えろと言ってきた。アン特佐の許可ずみだとさ。くそっ」
「いいじゃない。何ごともなく哨戒任務を終えるよりは、よほどましよ」
マウアー・ファラオ2級特尉は、小さな通信スクリーンに映るジェリドに、言い聞かせるように言う。
「そうだが……」
「その女がこの地域に入ったことは、確かなの?」
「ああ。バイクに乗ってることもわかっている」
「なら、早く終わらせましょう。もしかしたら、仲間と合流するつもりかもしれない」
「そうたな。了解だ、マウアー。データを送る。捜索プログラムを開始する」
マナミが完熟訓練を終える頃、アランのもとに警戒部隊からの連絡が入ってきていた。
「間違いないのだな?」
「ああ、確認したよ。スペシャルズだ。ついでに言うと、こっちも発見された。悪いけど、俺たちじゃ相手をしきれる数じゃない」
「アランさん、アタシの分のドールは持ってきてくれてる?」
イン・バックスタッバーの通信にそう割り込んできたのは、シモーヌ・ルフランだ。
「君か。予定より早いようだが、どういうことか説明してもらいたいな」
「アタシが情報流してたのが、バレちゃったのよ。そっちの連絡員がつかまってね。もうそっちに合流するつもりだったからよかったけど、それで追っ手がかかって、慌てて逃げ出してきたってわけ」
「スペシャルズの通信を傍受して、探してたんだ。こっちが先に見つけてよかったぜ」
「うるさいわね。お礼なら、逃げ切れてからたっぷり言ってあげるわよ」
「やむを得んな。バックスタッバー、できるかぎり敵を引きつけておけ。こちらから出る。この場所は発見されたくない」
「わかった、なんとかする。急いでくれよな」
休憩で紅茶を飲んでいたマナミは、その報せを聞き慌てて格納区画へと走った。
「ローレンス、ローレンスッ!!」
「お嬢様……どうかなされましたか?」
「なにをしているの、ローレンス! スイームルグを出すわよ!」
マナミはそう言うと、さっさと昇降機にとりついて、操縦席に向かっていく。
「すまん、実戦になる。シモーヌ・ルフランと合流したうちの部隊がスペシャルズに発見された」
アランもまた黒いパイロットスーツに着がえをすませ、地下格納庫にやってきた。
「では……お嬢様! いきなり実戦をなさるおつもりですか!?」
ローレンスは驚いて、すでに操縦席に入り込もうとしているマナミをふり仰いだ。
「あたり前でしょ! さぁ、早くッ!」
スピーカーから、大音量でマナミの声が響いた。
「マウアー、奴らどこの連中だかわかるか!?」
「解放戦線ではないようね。あの旧ジオン系のMS……カラバで使っているという情報があったはずよ」
「カラバか……なら奴らは斥候だ。どこかに本隊がいる。奴らの隠れ家をつぶすチャンスだ。俺はついている!」
「ジェリド、第一目標は、女を確保することよ。忘れないで」
「わかっている! 女を確保した上で、他の奴らも叩けばいい。やれるはずだ」
「特尉、しかけますか?」
そういったのはヒロシ・ササキ上級特士だ。
「……よし、行け。まずは奴らの反応を探る」
「了解!」
そういうが早いか、ヒロシのソロムコはカラバらしき敵の小部隊に、まっしぐらに突っ込んでいった。
「くっそぉぉぉぉっ!! 撤退する!!」
ジェリドは部隊の全機に屈辱的な指令を出さなければならなかった。情報員の女も、カラバの拠点も、ましてやカラバの部隊の殲滅すらできず、ジェリド隊は敗北したのだ。
「ジェリド……」
「笑ってくれ、マウアー。俺は結局このざまだ」
「しかたがないわ。あの黒い機体はブラックウイング、黒騎士と呼ばれるカラバの指導者の1人よ。それに、あのケタ違いのパワーの新型、あんなものが出てくるとは、予想できなかった。とてもこれだけの隊で相手に出来る戦力ではなかったのだから」
「だが……」
「カラバの動きと、連中が開発した新兵器のデータが取れただけでも、意味はあったわ。生き残りさえすれば次があるわ、ジェリド」
「……そうだな、マウアー。これは突発的な事態だった。そういうことだな……」
「ふぅ……」
操縦桿を握ったままこわばった手をゆっくりとはずし、マナミはシートに体をあずけてため息をついた。
(あれがスペシャルズ……あたしの敵というわけね……)
「どうやら、終わったようですな」
下方にあるサブコントロール室にいるローレンスの声が、足もとから聞こえてくる。
「……そうね」
「ご苦労だった。すごいものだな、その機体は。問題はないか?」とアランの声。
「ええ、大丈夫です。ちょっと疲れたけれど」
「敵は完全に退いたようだ。無人機も出ていない。我々はとあえず一旦中継基地に戻る」
「シモーヌ様ッ!」
「あら、見慣れない機体があると思ったけど、貴女のだったのね。すごいわね、あれ」
「はい。おじい様が設計を残してくださった機体で、スイームルグというのですわ、シモーヌ様」
「……ねぇ、ハミル家のお嬢さん?」
「はい?」
「“様”はやめましょ。アタシはだいたいそういうのは性に合わないし、お互いもう、ただのレジスタンスなんだから」
「それで、状況は?」
「帝国の連中も本腰を入れ始めたわ。これまでみたいな暴動や突発的な戦闘に対する治安部隊なんかじゃなくて、組織的な軍事行動に対応する部隊を編成し始めたみたいね。それにともなって、ここしばらくのゲリラ狩りで功績があったとかで、スペシャルズの権限も拡大しているわ」
シモーヌはアランの問いにそう応えた。帝国の高官から仕入れた情報だ。もっと詳しいデータもあるが、それはすでにギャリソンのもとへと送る手配がされている。
「ふむ……スペシャルズといえば、財団が組織したとされる地球人の部隊ですな」
紅茶を載せたトレーを持ってきたローレンスが言う。
「そこの所は、そっちでも確認はとれなかったのか?」
「残念ながら。恐らく幹部会のレベルの話なのでしょう。いろいろと手を尽くしてみましたが、結局財団内部からのスペシャルズに関する情報というのは、ほとんど手に入りませんでした。ですが、クシュリナーダ家の若当主のことを考えれば、まず確実なことと思われますが」
「そうか……」
「許せない。ロームフェラもスペシャルズも、自分たちの権益を確保するために、同じ地球人に対してあれほど非道な行ないをするなんて」
マナミはギリッと唇をかんだ。いままで、どれだけ長いことその“許せない”者たちの仲間のフリをしていなければならなかったことか……。
「結局、帝国の支配下にあるうちは、地球人には3種類の生き方しかないのよ。生きるために帝国に逆らわずおとなしく生活するか、帝国に協力するか、帝国に反抗するか、のね。いやな時代だわ、ホントに。3年前のことを考えれば、まだ生きて戦っているってだけでも、十分かもしれないけどね」
「シモーヌ様……」
「だから、“様”はやめてって言ったでしょ」
「ふむ……しかし帝国軍がそう動くとなると、やはりこの先、かなり厳しくなってくるな……。よし、君の持ってきてくれた情報を、急いで分析させよう。これからどうするか、万丈とも相談しなければな」
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「戦え! 熱き血のファイターたち」
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カラバ作戦2
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「師匠……」
小高い、見晴らしのよい山の中腹。ブラッドはちいさな盛り土の前で、瞑想するかのようにかがみ込んだまま動かないでいた。
その背後から、ザック一つに荷物をまとめたカーツがやってきた。
「貴様、いつまでそうしているつもりだ、ブラッド。もう師匠はいない。そして俺たちには、するべきことがあるはずだ」
「カーツ……しかし……」
「フン、あきれた軟弱さだな。貴様がそれでは、師匠も草葉の陰で泣いておられるだろうさ。もういい、俺はいくぞ。どのみち俺たちの戦いは、まだ修行の一環。共に行かなくてはならん理由はない。貴様はそこで、いつまでもそうしているがいい」
ふもとの町の方から、ズゥゥゥゥン、ズゥゥゥンという、振動のような音が聞こえてきたのは、カーツがそう吐き捨ててきびすを返そうとしたときだった。
「ムッ! これは!?」
それは断続的に、しだいに激しく聞こえてくるようになった。
「爆発……戦闘の音だ! ふもとの町を、最近ゲリラが拠点にしているという噂だったが……」
「状況を確認するぞ、ブラッド」
ブラッドとカーツが、ふもとの町が遠望できる場所までたどり着いたときには、町からはすでに火の手があがりはじめていた。巨大な飛行物体や、奇妙な生物のような形をした巨大メカが、町の周囲にいるのが見て取れた。ブラッドたちは知らなかったが、それは遙か昔から地球に存在していたという、ミケーネという非人類種族の戦闘メカであった。
ときおり走る火線で、町にいるおそらくはゲリラであろう者たちが応戦しているのはわかったが……。
「いかん、あの戦力差では話にならんぞ!」
「そうだな……全滅も時間の問題だ。ここは俺たちが戦うべき敵の一つを、よく見ておくのがいいだろう」
「なに!? ばかなことを言うな、カーツ! アースゲインとヴァイローズを出すんだ! 師匠の言葉をもう忘れたのか!?」
「バカは貴様だ、ブラッド。ゲリラが戦いで敗れるのは、しかたのないこと。今、俺たちがいったからといって、奴らにはなんの成長もなかろう」
「ああ、ゲリラはいい。自分から戦いに臨んだのだろうからな。だが、このまま放っておいては町の人たちはどうなる!? 俺はゆくぞ!」
ブラッドはそう叫ぶと、彼らの暮らしていた小屋の裏手にある洞くつへと走った。
「ふん、いつまでたっても短絡的な奴だ。いいだろう、腕ならしにはちょうどいいくらいかもしれん」
「貴様ら、待て!」
アースゲインとヴァイローズ、2体の戦闘ロボットは、敵の首魁がいると思われる飛行メカ(ミケロスというのだが、彼らは知らなかった)と対峙した。
「なんだ、貴様らは? 邪魔をするなッ!」
のぶとい、辺り一面に響き渡る声が聞こえた。人間のものとは思えないその威圧感は、すさまじいものだったが、ブラッドは怒りのあまりそんなことはまったく気にしていなかった。
「黙れッ! なんの抵抗もできぬ町の人々までをも巻き添えにするとは、なんと見下げ果てた奴らだ! 俺たちが相手だ、来いッ! 叩きつぶしてやるッ!」
「ぬうぅ、この暗黒大将軍を相手に、よくもほざいたな! それほど死にたいなら、貴様らも一緒に地獄へ送ってやろう。ゆけ、戦闘獣よ!」
2体のメカが、暗黒大将軍率いる軍団と戦いをはじめたとき、それを見ている者たちがいた。
「ほほぅ、なんとも正義感のある勇敢な者たちでございますな」
「ああ、先を越されたようだね。ギャリソン、あれを見たことは?」
「いいえ、ございません。あのようなものの存在は、聞いたこともございませんな」
「強いね、あれは。ふむ……あの口ぶりからすると、彼らは仲間になってくれるはずだとは思わないかい?」
「はい、万丈様」
「のんびりしている場合か! 町が破壊されているんだぞ!」
ゲンジ・カタギリは、状況を忘れたような万丈とギャリソンのやりとりに、業を煮やして叫んだ。
「おっと、そうだった。どのみち、あの数じゃ彼らもつらいだろう。よし、みんな行くぞ!! カァァァムヒアッ! ダイタァァァァァンスリィィィーッ!!」
「なに!? また新手かぁっ!」
ブラッドは新たに現われた一団を見て、身構える。
「待て、僕は反帝国組織カラバの、破嵐万丈だ。君たちに加勢する」
「なんだと!?」
「敵ではない。僕たちも、奴らを倒すために、いや、町を守るためにここに来た」
「いいだろう。どうやらお前たちは、自信があるようだ。腕前を見せてもらおう」
「それはもう、たっぷりとね。みんな、かかれ!」
「万丈さん、あれやってくださいよ!」
リュウ・イシュマイルが言うと、万丈は当然とばかりに、ダイターンを前に出した。
「世のため人のため、ミケーネ一族の野望を打ち砕くダイターン3! この日輪の輝きを、恐れぬのならばかかってこい!」
暗黒大将軍が捨てゼリフを残して撤退していったあと、アリサ・セキニシらカラバの面々は町の人々の救助活動に大わらわだった。
「あらためて自己紹介しよう。僕は、カラバの破嵐万丈だ。そして彼が……」
「万丈様の執事、ギャリソン時田と申します。以後お見知りおきを」
独特の防護服を身につけたブラッドとカーツは、万丈らの前に所在なげに立っていた。
「“武機覇拳流”カーツ・フォルネウスだ」
「“武機覇拳流”ブラッド・スカイウィンド。頼んだわけじゃないんだ、加勢の礼はいわないぜ、万丈様とやら」
「構わないさ。それから僕の事は万丈でいい。失礼だが“武機覇拳流”というのはなんだい?」
「俺たちの師匠ヴィロー・スンダがつくりあげた、ロボットによる格闘術と、その専用機体を動かすための技の流派だ。俺のアースゲインと、カーツのヴァイローズのな」
「今は誰も知らなくとも、いずれこの地球圏で知らぬものはいなくなる。俺たちの手によってな。万丈、察するところお前は金持ちのようだな? 金持ちは帝国がいうところの、A級市民とやらではないのか」
「ああ、君のいうことは理解できる。こっちにも色々と複雑な事情があるんだ。僕は戦前から資産家だったわけじゃないのさ。だから目をつけられることも、資産を押さえられることもなかった。そのおかげで反帝国の人々に支援もできたし、そのための組織もつくれた、というわけだ。つまり僕は、C級市民ですらない」
ブラッドはその説明を聞いて、つまらなそうに鼻をならした。
「フン、帝国側じゃないなら、アンタらの背景事情はどうでもいいことだ。いいかげんアンタが俺たちを引き留めた理由を、聞かせてほしいもんだな」
「おっと、僕としたことが。率直にいって、君たちの力を借りたい。僕たちの組織もかなり活動範囲を広げているが、帝国軍と直接わたりあえる戦闘ロボットも、その操縦者も、まだまだ不足している。君たちが帝国と戦う心と力をもっていることは、すでに見せてもらった。ぜひ協力してほしい。帝国軍と戦うつもりなら、悪い話じゃないだろう?」
「1つだけ聞く」
「なんだい?」
「アンタらがしているのは、人々のための、正義の戦いなんだな?」
そのブラッドの言葉を聞いて、万丈はニッと笑った。
「当然、世のため人のため、さ」
「いいだろう、その話のったぜ。カーツ、お前もくるんだろう?」
「…………」
カーツは、何ごとか考えているようだった。黙ったままのカーツに、ブラッドはなおも呼びかける。
「おい、カーツ」
「……いまの状況を知るためには、その方がよさそうだな。いいだろう、そうさせてもらうとするか」
「よし、決まりだ。これからよろしく頼む、ブラッド・スカイウィンド君、カーツ・フォルネウス君。なにか必要なものがあったら、僕かギャリソンに言ってくれ。今はいないが、後で僕のアシスタントたちも紹介しよう」
「アシスタントね……。まぁいい、ブラッドと呼んでくれ。これから、よろしく頼む」
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「硝煙の中で」
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スペシャルズ作戦2 LIFE作戦2
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セレイン・メネスは、ふるびたザクのコックピットで、じっとスクリーンを見つめていた。
やはり無理だったのだろう……。
手入れをしていない髪がほつれて頬にかかるのを、わずらわしげにかき上げながら、セレインはそう思った。
もうずいぶんと長い間、戦ってきた。その間、どれだけ多くの仲間たちが、命を落としてきただろう。それでもいままで戦ってこれたのは、敵が甘かったからだ。だが最近は、スペシャルズとぶつかることも多くなり、“メンフィス自由軍”も追い詰められていた。
セレインが最初にスペシャルズと戦ったのは、もう1年以上も前、まだ彼女が“メンフィス自由軍”に入る前のことだった。当時帝国軍を相手に戦いを続けていた彼女たちの前に、設立されたばかりのスペシャルズが現われたのだ。トレーズ・クシュリナーダという男が指揮していたその戦いで、セレインたちの組織はほぼ壊滅にまで追いやられたのだった。
そして、またもや彼女の前に立ちはだかったのは、スペシャルズだった。同じ地球人を狩る、忌むべき連中……。
“メンフィス自由軍”は独立組織としての闘争が困難になりつつあった。その状況を打開するため、解放戦線と接触し、彼らからリークされた帝国の試作機実戦投入の情報に飛びついた。解放戦線に吸収されても、試作機を手土産にすれば、それなりの待遇は与えられるだろう。ハミルトンはそういったが、彼女にとってみれば、それこそお笑い種だ。こんな時代、こんな生き様をしている者たちですら、周囲からの扱われ方を気にしてしまうのだから。セレインにとっては、どうでもいいことだった。奴らと戦えれば。いつか、戦いの中で死ぬことになるとしても。
結局、ハミルトンたちのその選択は、死期を早める結果になるだろう。スペシャルズの規模と権限の拡大とともに、小規模ゲリラの生き残りは極めて難しくなった。どのみち、“メンフィス自由軍”という組織に、未来はなかったのだ。だが、それでもいい、とセレインは思う。戦いの中で、戦って、抗って、そして死ねるのならば。
喉が乾いたな……。
セレインがふとそう思ったとき、通信が入った。
「セレイン、落とされたプローブからの最後の情報の解析が終わった。お前のいう通り、スペシャルズだ。もう数分で、ここに来るだろう。……やっぱり撤収は間に合わなかったな」
「ああ……」
「すまんな……お前が正しかったよ。くだらん面子なんか忘れて、さっさと解放戦線に助けてもらえば……」
「ハミルトン、いまさら言っても仕方のないことだ。この期に及んでは、やる他はない」
「そうだな……戦闘開始と同時に、全員各自の判断で切り抜けてそのまま脱出するよう指示した。うまくいけば、何人かは逃げ延びて、解放戦線に合流できるだろう。いや……これも、甘い見通しか」
「…………」
セレインは何も応えなかった。もう誰もが真実は知っている。それを言っても意味はないし、そうであるからには、気休めもまた意味はない。
しばらく沈黙が続いたあと、いきなりコックピットに警告音が響き始めた。
「来やがったな……セレイン、運があったら、また会おう」
ハミルトンのガンキャノンが、砲撃位置へ移動する。それをスクリーンの端に捕らえながら、セレインはザクを敵の侵入方向に対して左側へと移動させていった。
戦闘は、最初からわかっていた通り、一方的なものとなりつつあった。
仲間たちの武装ジープやMSも次々と撃破されていき、もはや残っているのは、セレインとハミルトンの機体のみだった。そのハミルトンも、いままさに、致命的な一撃を受けた所だった。
「やられちまったか……くっ、俺はもうだめだな。お前と一緒にやれて……よかったぜ。……セレイン、なんとかお前だけでも……」
ハミルトンの最後の言葉は、ノイズにかき消される。彼のガンキャノンが、爆発したのだ。
「ハミルトン!? くっ……」
確認するまでもなく、彼が死んだことがわかる。セレインは唇をかみしめた。
だがセレインもまた、追い詰められていた。ザクの左腕はすでになく、マシンガンもバズーカも、いま最後の弾を撃ち尽くした所だったのだ。
「ぐうぅっ、これまでか……!?」
反撃がないと悟った敵機は、一気に距離を詰めてくる。まだヒートホークが残っていたが、旧式のザクの機動力では、まともにやり合う前に撃破されてしまうだろう。
倒壊したビルの影に隠れて敵の攻撃をやりすごしながら、セレインはまだ戦う術が残されていることを思い出した。
「いや……まだだ」
あの試作機がある。修理した駆動系が戦闘機動に耐えられるかどうかわからなかったため、使わなかったのだ。それでも壊れたザクよりはマシなはずだ……。
セレインはタイミングをはかって飛び出し、試作機がおかれているビルの残骸へザクを突っ込ませる。そのままコックピットハッチを爆破して脱出すると、試作機へと駆け寄った。
「火はいれたままのはず……よし!」
カン高い駆動音を日々かせ、帝国の試作機“スヴァンヒルド”が立ち上がる。動作はおそらく相当に悪くなっているのだろうが、それでもザクと比べれば十分なレベルだ。これならば、やれる。
セレインは接近していた敵機を立て続けに2機撃破して、敵の包囲の中へと突進しながら叫んでいた。
「さぁ来い、まだ私は死んでいないぞッ! 1機でも多く道連れにしてやる!」
特に問題もなく終わる任務のはずだった。そのときまでは。
リッシュ・グリスウェル上級特尉は、そろそろ戦闘停止の命令を出そうかとすら考えていたのだ。ところが、敵が息を吹き返し、友軍機が次々を撃破されていると、慌てた声で報告してきた部下がいる。シグルーンをそのエリアへ向けたリッシュは、目を疑った。
味方機を撃破していたのは、どうみても彼の機体と同型のものだった。しかし同じではない。それは彼の機体の試作段階にあった機体、スヴァンヒルドだった。
「おいおい……ありゃスヴァンヒルドじゃねぇか。けっ、なんだよ、ゲリラどもがもう使ってやがるのか? おい、報告書じゃたしか大破してたはずだな?」
「そのはずです、特尉。でなければ、我々がパーツの捜索を命じられるはずがありません」
ロバート・ラプター上級特士がそう応える。
「まったくだ。じゃ、なんだ、あれは壊れたパーツか?」
「いえ、そうは見えません」 とロバートはきまじめに言った。
「冗談だよ、いちいち応えなくっていい。くそ、ゲリラどもが大破した機体を、こんなに早く動かせるかよ。パーツとはよくも言ったぜ。まったく、楽な任務のはずだったんだがな……」
「新手か……やはりここが墓場になりそうだな……」
セレインはそうつぶやいて、機体各部の損傷状況と残弾を確認したとき、敵からの通信が入ってきた。
「おい、そこの。俺はスペシャルズのリッシュ・グリスウェル上級特尉だ。お前らの組織の壊滅と、そいつを回収か破壊するのが任務でな。前者はもう終わった。後は、お前とそいつだけだ。だから、降りるのか、やるのか、選ばせてやる」
「…………」
「もっとも、どちらにしても命の保証はしてやらんがな」
「フン……」
「どうした? いっておくが、そいつ1機じゃ勝ち目はないぜ?」
「笑わせるなッ! 貴様が誰であろうと関係ない!」
「……ほぅ、女か……?」
「どうせ最初から、勝ち目があるとは思っていない。貴様らには、私の最後の戦いにつきあってもらうぞ。せいぜい損害が少なく済むのを祈ることだ」
「ふん、いい覚悟だ、気に入ったぜ。女、撃破する前に、名前を聞いておいてやる」
「……セレイン・メネスだ」
「中佐どの、ありゃあだめだね。連中もう壊滅しちまってる」
「みりゃわかる! くそ、もう少し保たせられんのか。いくらなんでも早すぎるぞ」
カレン・ジョシュア曹長の言葉に、ヘンケン・ベッケナー中佐は苦々しげに応える。
「しかし、例の機体はまだ無事のようです」 とシロー・アマダ少尉。
「ほう……あれか。よーし、なんとか馬鹿をみずに済んだな。アマダ少尉、お前の隊は間にいる敵の排除、アブドゥフ少尉、マディガン曹長、お前たちは敵の足を止めろ。あれに接触するぞ」
「了解! カレン、サンダース、俺に続け!!」
シロー以下第08MS小隊がまっさきに飛び出していく。ナーディル・アブドゥフ、ロバート・マディガンらも、わずかに遅れて敵集団へと向かっていった。
「まいったぜ、こりゃ」
リッシュはおもわずため息をついた。ラクな任務のはずだったのに、試作機はゲリラが使っている、おまけに地球解放戦線機構の連中までくる。これではうまく行くわけがない。“メンフィス自由軍”とやらの殲滅だけはどうにか達成できたが、部隊の損害は極めて深刻な状態だ。試作機の破壊はできなかったが、これ以上の戦いの継続は不利益ばかりが多すぎる。
「ここは、退いておくとするか。全員、撤退しろ。やーれやれ、こいつは始末書じゃ済まんな……」
リッシュは、彼の機体と同型の試作機“スヴァンヒルド”が、まだ戦闘を続けているのを見た。試作機が健在のまま敵の手に渡ったとなれば、その破壊任務はしばらくは継続するだろう。
「セレイン・メネス……“ネメシス”か。噂以上だな、あれは。……また会おうぜ、セレイン」
「これが帝国の開発した新型……ヴァルキュリアってやつか。“スヴァンヒルド”とかいう名前だったかな」
ヘンケン中佐は、目の前にたつ無骨な赤い機体をながめながら言った。
「はい。セレイン・メネスです。助けていただいて、感謝します」
「いや、構わんさ。どうせ君たちと接触するつもりで来たんだ。もう少し早ければ、他のメンバーも救えたかもしれんのが残念だが……」
「戦闘の結果です。しかたありません」
ヘンケンの言葉に、セレインはあっさりとそう口にする。
「ふむ……その覚悟はいいが、それでは長生きできんぞ?」
ヘンケンはあごひげをなでながら、セレイン・メネスと名乗った少女を見た。ずいぶんと暗い目をしているな、というのが、彼の最初の印象だった。この3年の間に、似たような目をした若いのを何人も見てきた。おそらく、もう誰も生きてはいまい。
「君1人になってしまったようだが、どうする、我々に加わるのか?」
「そちらがよろしければ」
「我々はむろん構わんが、それでいいのか?」
「スヴァンヒルドは、仲間が命と引き換えに手に入れたものです。ただ渡すわけにはいきません。それに安全な生活をのぞむのなら、そもそも銃をとったりはしません」
「優秀なパイロットが増えるのは助かる。しかし、死に急ぐような真似は謹んでもらいたいな?」
「わかっています。ご安心を」
セレインがそう言ったとき、ヘンケンはふと、彼女の名前に聞き覚えがあったことを思い出した。
「そうか……セレイン・メネス……君があの。こいつは頼もしいな」
「……どのような噂をお聞きなのかは知りませんが、私はたった今も仲間を失ったばかりです。これまで生き残ってきたのは、運がよかったからにすぎません」
「しかしな、我々のような組織では、運も、噂も、人の力のうちだ。特に周囲の人間にとってはな」
「それは、わかります。私はただ、私のような者をあてにされても困ると言いたかっただけです」
「ン……まぁそれもわかるがな。だが我々もそれほど甘くはない。まありみくびってもらいたくはないものだな?」
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「時は流れた」
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スペシャルズ作戦4 LIFE作戦3
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逃げ切れない。
デビッド・ラザフォードは、そう悟っていた。すでにともに脱出した仲間たちのほとんどが、敵の追撃隊の手にかかって撃墜された。ジョージも、マイケルも、ジェイムズも……。
「くそぉ……」
「まいったわね。ここまでしつこく追撃してくるなんて、予想外だわ」
「ロアンの奴め……おい、どうするんだよ!?」
「どうするったって……逃げ切るしかないでしょ!?」
デビッドの怒声に、ルー・ルカはそう切り返す。
「デビッド……」
「アンナ、しっかりつかまってろ。大丈夫だ、こんなとこでくたばりはしないぜ」
デビッドは、ドールのコクピットに取りつけた簡易シートにしがみついているアンナ・ステファニーに言った。そうだ、こんな所で死んでたまるか。俺たちは、エイジが帰ってくるのを待たなくちゃならないんだ。
エイジは生きている。それは、あの3年前の火星から、彼とともに地球へ帰還した者たち全員の共通した想いだった。いや、いまとなってはロアン・デミトリッヒだけは、別のことを考えているのかもしれなかったが。
背後の山の稜線に、敵機のシルエットが現われる。アンナがそれを見つけた。
「くそ、来やがったか……」
「少佐、残りはあれだけのようです。本気で逃げられると思っていたのなら、地球人はよほど間抜けと見えます」
カルラ・エジール大尉は、前方を全力で逃げていく数機のゲリラ機を見下ろしながら言った。すでに友軍機が射程内にとらえようとしている所だった。
そのとき、索敵に出していた兵から、アーマス・ゲイル少佐の機に通信が入った。
「見つけたか」
「ハッ、少佐の予想通りであります。敵部隊が接近中です」
「やはりな。カルラ、スペシャルズの部隊はどうした」
「まもなく合流予定です。少佐は敵の増援を想定して、奴らに兵を出させたのですね」
「そうだ。ゼクス・マーキスと言ったか、スペシャルズの指揮官に連絡しろ。敵を挟撃する」
「ふむ……なるほどな」
“ライトニング・バロン”の異名を持つゼクス・マーキス上級特尉は、その通信を受けてようやく正規軍からの要請に得心がいったようだった。
「特尉、どうされましたか」
「いや……オットー特尉、作戦を変更する。我々の敵は、ニューヤークから脱出したゲリラではない。連中が合流しようとしていた相手になる」
「やはりでしたか。特尉の予想が当たりましたね」
オットー2級特尉は、感嘆の声をあげる。
「当たり前だ。たかが少数のゲリラ追撃に、どうして正規軍が我々などあてにすると思う。全機に通達。敵を叩くぞ」
「ハッ!」
「ワーカー特士、記録を開始しろ。敵はおそらく、地球解放戦線機構だ。貴重な戦闘データとなる」
「了解しました。記録を開始します」
「なんだ……なんで奴ら攻撃してこない?」
デビッドはいままさに攻撃してこようとしていた敵機が、自分たちとは別の方向へと転進したのを見て、いぶかしがった。何かの作戦かもしれないと思ったが、自分たち相手にそんな面倒なことをしてくるはずがないと思い直す。
しばらく進むと、突然前方で爆発光と、ビームの射線が交錯するのが見えた。
「なんだ……?」
「きゃーっ、やったぁ!!」
ヘッドセットから、突然大音量でルーの歓声が飛び込んだ。
「きっと味方よ! 間に合ったんだわ!!」
「なんだって?」
「ライフの部隊よ。向かえに来てくれたんだわ!! 私たちも急ぎましょう!」
ルーの考えた通り、交戦を開始しているのは、ブライト・ノア中佐指揮する地球解放戦線機構と、ゲイルの帝国軍部隊・ゼクスのスペシャルズ隊の合同部隊だった。
「うわあぁぁーっ!!」
アーノルド・ウィノー曹長は、叫び声をあげながら、敵に突進していった。民間から解放戦線へと加わったアーノルドは、本格的な戦闘はこれが初めてとなる。この感覚は訓練で得られるものではなく、アーノルドは初陣の恐怖から恐慌をきたしかけていた。
「ちょ、ちょっと曹長ぉ!?」
ジュリエット・アスティン准尉はアーノルド機の動きにつられて、機体を一気に加速させた。慎重に、慎重に、と自分に言い聞かせてはいたのだが、本格的なMS戦を久しくしていなかったため緊張しすぎていたのが、裏目に出た。
「え……なに!?」
慌てたのは、シルク・ガーラント特士だった。まさかいきなり敵が突っ込んでくるとは、思いもよらなかったのだ。こちらもまた初陣の緊張のため、適切な対応ができなかった。あやうくシルクが撃破される所を、クリストフ・アーカム特士のエアリーズが間に割ってはいり、どうにか敵をやりすごす。
「ガーラント特士、相手がゲリラといっても、油断しすぎだぞ!」
「まったく、なにやってんの!」
ブライト・ノア中佐は、思わずそう叫ぶ。特に味方の動きが悪いわけではないのだが、なにしろ帝国軍とスペシャルズに挟撃されるなど、想定もしていなかった事態だ。しかも帝国軍の部隊には、グライム・カイザルの姿があった。乗っているのが3年前と同じアーマス・ゲイルかどうかはわからないが、恐らくあれが指揮官機で、能力の高いパイロットであるに違いない。恐ろしい相手だ。
「中佐、SPTです!」
「そんなことはわかっている!」
ブライトは、何をばかなことを言っているのだと操縦士に罵声を浴びせる。しかし、操縦士の返答は、ブライトの予想外のものだった。
「いえ、その、敵ではありません。識別信号はカラバのものです。1機だけです」
「……なんだと? どこだ!?」
「あそこです、あの蒼い機体!」
ブライトは操縦士が示した方向に、敵機を撃破して通過していく蒼いSPTがいるのを見た。陽光の照り返しを受けて、キラリとキャノピーが輝く。
「蒼いSPT……あれは、まさか……」
「……デビッド、見て!」
アンナは思わずそう声をあげていた。自分の目が信じられなかった。
「あれは……レイズナーだと!?」
「やっぱり、あれはレイズナーなのね!?」
「あぁ、間違いない! 俺がレイズナーを見間違えるはずがない! まさか……エイジだってのか!?」
「間違いないわ! きっとそうよ!!」
「くそっ、確認してやる!!」
デビッドは戦闘中であることも忘れ、ドールを飛行形態へ変形させると、上空で戦闘を繰り広げるSPTを追いかけていった。
「エイジ、おいエイジ!! レイズナーに乗ってるのはエイジなんだろ!? 返事をしてくれ! 俺だ、デビッドだ!」
「……デビッド!?」
わずかに間があってから、そう問い返すような声が聞こえた。
「デビッド……本当に君なのか?」
デビッドとアンナは、その瞬間全身の力が抜けていくような感覚を味わった。エイジはやっぱり生きていた……。
3年の間に声は多少変わっている。しかし、間違いない。間違えるはずもない。
「エイジ! エイジ、俺だけじゃない、アンナもいる!」
「アンナまで……?」
「エイジ……本当に……本当に、エイジなのね!?」
「ああ、本当だ」
「エイジ……」
「アンナ……デビッドも、元気そうでよかった」
「へへっ、ばか野郎、俺がそう簡単にくたばってたまるかよ」
デビッドが笑って言う。顔が見えれば、エイジはデビッドやアンナが涙を浮かべているのがわかったはずだ。
「ドールに乗っているということは、カラバに?」
「いや、そうじゃない。こいつはあの月での戦いのよしみって奴で、黒騎士からのプレゼントさ。まぁ誘われはしたけどな」
「やる……」
スペシャルズのルシェア・フェルスタイン特士は、帝国軍の技量の高さに驚いていた。いや、正確には“帝国軍の”ではない。アーマス・ゲイルとカルラ・エジールの、だ。それ以外は帝国軍といえども技量そのものはたいしたものではない、と見ていた。彼らは実戦から遠ざかっていた。スペシャルズは、創設されてより常に、ゲリラとの前線に投入される実戦部隊だったのだ。
しかしそんな帝国軍の中にあって、その2人はあきらかに別格だった。機体性能もあるだろうが、なにより戦い方が違う。3年前の戦いではこの2人のために何十機もの連邦のMSが落とされたというが、その噂は誇張ではないようだった。
そのゲイルは、たったいま自分の視界の端にとらえられた蒼い軌跡を追うため、機体を反転させた所だった。反転させざま、攻撃をしかけてきた敵機を逆に撃破する。
「まさかな……」
ゲイルは自身の懸念を確かめるべく、その軌跡を追う。カルラ機もそれに続いた。
ドールとレイズナーの間を、ビーム光が通過した。はじかれたようにドールから離れたエイジが見たものは、グライム・カイザルだった。
「あれは……グライム・カイザル! まさか、ゲイル先輩か?」
「やはりレイズナーか。エイジ・アスカなのか!?」
そのゲイルの声は、通信機を通してカルラにも聞こえた。
(エイジ・アスカ……まさか、あの女の弟が生きていたのか!?)
エイジ・アスカは3年前、死んだとされていたはずだ。それゆえにゲイルは、エイジの姉であり、カルラの恋敵でもある婚約者のジュリアと、疎遠になっていたのだ。それが、いまさら生きていただと!?
「やはり……ゲイル先輩!」
周波数をあわせてきたその声に、カルラは激昂した。
「アルバトロ・ナル・エイジ・アスカ! よくもぬけぬけと、生きて少佐の前に現われた! ここでもう一度殺してやる!!」
「カルラ、やめろ! エイジ……まさお前が生きているとは、思わなかった」
「ゲイル先輩……」
「エイジ、お前が生きていたと知れば、ジュリアも喜ぶだろう。ここでお前と出会えてよかった。投降しろ、エイジ。今の状況ならば、私の権限でお前の反逆罪の刑罰も軽くしてやることができる。エイジ、帝国に戻れ」
「それはできません。あの戦いでも、そして今の地球を見ても、帝国が間違っているのはわかるはずです」
「……お前の体に流れる地球人の血か……。エイジ、お前のためならば私は、反逆者の弟を持つというそしりも、甘んじて受けよう。今ならまだ間に合う。我々に投降しろ」
「先輩こそ、なぜ間違っていると知ってなお戦うのですか!?」
「……そうだな、お前は3年前もそう言った。この3年の間も、お前は……」
「先輩……」
「……わかった、エイジ。もう、お前を連れ戻そうとは思わん。敵となるのならば、撃破するのみ。最後に一つだけ聞かせてくれ。なぜお前はそうまでして地球のために戦おうというのだ」
「地球人も俺たちと同じ人間です。彼らは、この星に誇りを抱いて生きている。俺も同じです。この地球を、もう一つの俺の故郷を、グラドスと同様に愛しているんです」
「そうか……」
「お願いです、ゲイル先輩! 帝国のやり方は、間違っているんです!」
ゲイルは一瞬だけ目を閉じて、グラドス星での過去のすべてを思った。幸せな生活だった。3年前の帝国の地球侵攻がすべてを変え、そして、もう二度とは戻らない。
(ジュリア……もう一度君をこの手に抱きたかった。だが、弟の血にぬれた手で君を抱くことは、許されない。さらばだ……)
目を開いたとき、ゲイルの心は決まっていた。
「エイジ……もはや話は終わった。敵であるならば、覚悟を決めろ!」
いい放ちざま、それを戦いの合図とでもするように、レイズナーの脚部をかすめる攻撃を放ち、ゲイルはグライム・カイザルを急上昇させた。
「くっ、ゲイル先輩!!」
「どうしたエイジ! この地球の重みとやらを背負って、攻めてこい!!」
すさまじい戦いだった。デビッドも、カルラも、周囲に展開するそれぞれの友軍機も、レイズナーとグライム・カイザルの戦闘に手だしはできなかった。
エイジの技量もまた、3年前よりも確実に優れたものになっている。それでもなお、ゲイルの方がエイジを上回った。次第にレイズナーの被弾箇所が増えていき、エイジはじりじりと追い詰められていった。
{アラーム! 機体ダメージ臨界! コレ以上ノ戦闘継続ハ危険! アラーム!}
レイズナーの管制A.I.“レイ”の声がコックピットに響く。
エイジは迷っていた。3年前、ゲイルに撃破されかかったとき、初めて“フォロン”が現われた。レイの裏にいる、もう一つのレイズナーのA.I.。フォロンは自律的にV−MAXを発動させ、エイジはからくもゲイル機を退け脱出に成功したのだ。
その後の戦いで、エイジはフォロンの秘密を知り、交渉によってV−MAXを自分の意思で使えるようになっていた。それを使えば、グライム・カイザルは倒せるだろう。だが……。
しかしゲイルにとっては、エイジのそんな迷いなどは、関係なかった。
「次で終わらせるぞ、エイジッ!!」
裂帛の気合いとともに、グライム・カイザルが迫る。もはや躊躇している余裕はなかった。やらなければ、やられる。ここで死ぬわけにはいかないのだ。エイジはついに覚悟を決めて、叫んでいた。
「くっ……レイ、V−MAX発動!!」
{レディ}
なんの感情も込められていない機械音声が、そう告げる。
その途端、レイズナーの機体各部から、蒼い炎のように見えるものが吹き出した。レイズナーは、はじけ飛ぶような急加速に入る。
デビッドはその様子を見て、3年前を思い出した。蒼い炎の尾をひいて飛ぶその姿から、連邦の兵士たちは畏怖と期待を込めて、蒼い流星と呼んでいた。
勝負は終わりを告げた。グライム・カイザルはV−MAXを発動させたレイズナーのすさまじい機動と四方八方からの連続攻撃の前に、あっと言う間にぼろぼろとなっていった。
「くっ……見事だ。お前の覚悟、確かに見せてもらった。……強くなったな、エイジ……」
「先輩……」
「さらばだ、エイジ……生きのびろよ」
「ゲイル先輩ッ!? 脱出してください!」
無駄だ、と知りながらも、エイジは叫ばずにはいられなかった。
「…………あぁ……ジュリア……」
次の瞬間、グライム・カイザルは爆発した。アーマス・ゲイルは、戦死したのだ。
「くっ……先輩……」
「あ……」
カルラは、一瞬の出来事に、反応することができなかった。そうでなければ、自分が身代わりにでもなっていたはずだ。全身の血が一気にひいていくのがわかる。顔が真っ青になっていた。
「ゲ……イル……? 中佐!?」
V−MAXは本来緊急脱出用のシステムで、機体に極度の負担をかける。使用後には必ず強制冷却が必要だった。レイズナーは離脱を開始する。
「おのれ、よくもッ! 許さんぞ、エイジ!!」
カルラは叫び、レイズナーに向かって突進した。だが、ショックと怒りのあまり、レイズナーしか見ていなかった。突然横からの攻撃を受けてバックパックからのびるスラスターの一方が破壊され、ディマージュはきりもみ状態になって落下しはじめた。
「うわあああぁぁぁぁーっ!?」
「やった!?」
デビッドは、ダメージを与えたディマージュを追うことはせず、レイズナーに追従する。
「エイジ、エイジ! 戦線を離脱するぞ!」
「なんだと!? 間違いないのか!?」
ゼクス・マーキスはその報せに慄然とした。しかし、クリュウ・ラス特士の報告は、疑問の余地のないほど簡潔だった。
「はっ、グライム・カイザルは、敵の蒼いSPTに撃破されました!」
その言葉にゼクスは奇妙に納得していた。敵SPTがあの月で見たレイズナーであるとするならば、その結果もあるだろう、と思えたのだ。
「カルラ・エジール大尉はどうしたか」
「被弾していますが、無事です。しかし戦闘の継続は不可能でしょう」
「そうか……」
ここが退き時か、とゼクスは思った。
「ご苦労だった、特士。オットー特尉、全機に離脱の指示を出せ。撤退する」
「ハッ、了解しました!」
(アーマス・ゲイルが戦死したか……トレーズ閣下がさぞや残念がることだろうな……)
エイジは沈んでいた。殺したくはなかった。生きて、共にあってほしかった。しかし、3年前のあの決別の時から、いつかこうなる日が来ることもまた、わかってはいたのだ。
「エイジ!!」
デビッドとアンナが、エイジに駆け寄る。
「デビッド」
エイジは、ゲイルへの想いを振り払い、数年ぶりにあう仲間たちに、彼にとって初めての地球の友人たちに、笑顔を見せた。
デビッドはその顔を見て、心配が杞憂だったことを知った。エイジとゲイルの関係は、よく知っている。3年前のエイジならば、きっと、相当に打ちのめされていたはずだ。エイジもまた、この3年の間に、成長したらしかった。軟弱とも思えた、やさしすぎるといって良いほどだった顔つきも鋭さをまし、体つきもたくましくなっている。
「貴様ぁ、どこへ行ってたんだ、この3年」
「会いたかったよ。きっと、会えると思っていた」
「こいつ、生きていたなら、とっとと連絡くらい寄越しやがれ! ハハハッ、アンナ、こいよ! 本物のエイジだぜ!!」
デビッドは、少し離れて立っているアンナを手招きする。アンナは、まるで喜びをあらわにした途端に、エイジがいなくなってしまうとでもいうように、身動きできずエイジを見ていた。
「アンナ……久しぶりだね」
「……エイジ……エイジッ!!」
エイジの言葉に、アンナは今まで我慢してたものがすべて吹き出したかのように、エイジに走りよって抱きつくと、声を殺して泣き始めた。
しばらくたってから、エイジが言った。
「……すまなかった。長い間、連絡もできずに……」
「いいの……もう、いいの……」
アンナは顔をあげて、エイジを見た。間違いなく、本物のエイジが、いまここにいるのだ。
「……エイジ・アスカ、すまんが説明してもらえないか」
ブライトは彼らの再会に水をさすつもりではなかったが、早急に撤収しなければならなかったので、エイジに声をかけた。
「あなたは……確か……」
「覚えていてくれたか。我々は君が死んだものと思っていた。なぜ生きていたのかも聞きたい所だが、それよりもなぜここに現われたのか、聞きたい。君はカラバに所属しているのか?」
「いえ、協力はしていましたから識別コードはもらっていますが、カラバではありません」
「では、なぜここに?」
「ニャーヤークでの情報収集の帰りだったんです。相手がスペシャルズだけなら手だしはしないつもりでしたが、帝国軍が出ていたので、助力しました」
「そうか……助かったよ。礼を言う」
「おい、エイジ。カラバじゃないんなら、俺たちと一緒にいこうぜ。俺たちは、これから解放戦線に世話になることになってるんだ」
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「そうか……アーマス・ゲイル少佐が戦死したか……」
トレーズ・クシュリナーダは、執務室でその報告を受け、つぶやいた。トレーズは3年前に月で一度だけ、ゲイルと交戦したことがある。その時は、ゲルググの改造機では勝負にならないほどあっさりとあしらわれた。優れたパイロットだった。そして帝国人としては驚くほど、地球人に対して偏見なく接する人物でもあった。
「はい。帝国軍にしてはよい士官だっただけに、残念です」
「そう思う。しかし、こちらも結構な損害が出たな。ゼクス、君ほどの男が不始末をした。帝国から要請された試作機関連の作戦も散々だった。君までがそうでは、財団のうるさがたを黙らせるのに一苦労だ」
「申しわけありません。しかし、解放戦線にあのブライト・ノアがいること、それにレイズナーが加わったことを確認できました」
「ブライト・ノア……それにエイジ・アスカか。ニュータイプと言われたノア氏はともかく、エイジ・アスカまで生きていたとはな。あの時の少年は、いまだ戦いをやめず、か」
「カラバとも関わりがあるのでしょう。彼とレイズナーが健在であるならば、レジスタンスがドールを開発できた理由も、わかるというものです。対応はどうされますか」
「レイズナーのかね? 帝国軍にまかせておきたまえ。わかっているだろうが、今は大事の前だ。戦果をあげることも重要だが、こちらの損害が大きすぎては、困った事になる」
「了解しております」
「近々、占領軍の新司令官として、総督のご息子が着任する予定だ。私もニューヤークへ出向かねばならないだろう」
「グレスコ総督の息子ですか。そのような方がいたとは、初耳です」
「そうだろう。本国からわざわざ呼び寄せたとのことだ。噂ではかなり過激な人物と聞く。この機会に、なんとかこちらの計画も進めねばならん。忙しくなるよ」
「はっ」
「ああ、それとワーカー特士が言っていたモビルスーツ、プロトリーオーの件だが、修復作業を急がせている。たいした機体だが、私か君くらいしか扱えそうにないな。使いこなせれば、グライム・カイザルも凌駕するかもしれないがね」
「では、やってみませしょう」
トレーズの挑発めいた言葉に、ゼクスは仮面の下の口を少しだけゆがませて、笑った。
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次回予告
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戦後3年が過ぎ、再び地球圏全域で戦禍が巻起ころうとしていた。
地上のみならず、宇宙でもまた、帝国に対する反抗の意思が、動き始める。M作戦とは一体なにか? それぞれの思惑が交錯する中、帝国もついに再び重い腰をあげた。
グレスコ総督の息子にして、華麗なる支配者ル・カイン。彼の駆る金色のSPTが地上に舞い降りるとき、新たなる戦いの幕が開かれる……。
次回『War in The EARTH』第2回 “華麗なる、ル・カイン”
「戦いの末に待つものは、闇か、それとも光か……」
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あとがき
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とりあえず最初ということもあって、64における各主人公たちの描写をメインに書いてみました。
あいかわらず筆が滑りすぎ(キーを叩く指が滑りすぎ?)、ちょっとやりすぎてしまいましたが……。
これじゃあ読むのも一苦労ですもんねぇ(書くのも相当にしんどいですけど)。
次回以降は彼らの出番も少なく、ストーリー部自体もできるかぎり簡潔にすませる予定です。ご安心ください。
今回登場PC一覧
地球解放戦線機構
502 ナーディル・アブドゥフ少尉
529 ジュリエット・アスティン准尉
544 シンディ・ヤマザキ曹長
573 ロバート・マディガン曹長
588 コウジ・ツキガセ曹長
622 リョウ・クルート曹長
644 ティア・カレス曹長
665 エース・クロウリー曹長
673 アーノルド・ウィノー曹長
カラバ
531 イン・バックスタッバー
546 ター・ラグナロク
549 アリサ・セキニシ
587 ゲンジ・カタギリ
635 リュウ・イシュマイル
スペシャルズ
505 ヒロシ・ササキ特士
513 メイリーン・エヴァンス特士
527 ロバート・ラプター上級特士
599 シルク・ガーランド特士
617 ルシェア・フェルスタイン特士
619 クリストフ・アーカム特士
663 クリュウ・ラス特士
697 シン・ハセガワ特士
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