『アフターコロニー195年、8月。
かつてここは、宇宙時代の地上でもっとも栄え、自由に満ちていた、ニューヤークと呼ばれる街でした。今は、暗闇と恐怖の支配する、名を禁じられたムゲ=ゾルバドス帝国の街……。それでも、いつかきっとくる自由の光を待って、誰もが息を潜めている。
わたしの名は、アンナ・ステファニー。17歳。
あの日……宇宙から無数の光の柱が降り注ぎ、地上の都市のほとんどが焼き尽くされてしまったあの日から、すでに3年……もう3年もの月日が流れてしまいました。
なんと長く、そして短い3年だったのでしょう。地球も、そして私たち地球人も、大きく変わってしまいました。いえ、変わらざるを得なかったのです。
連邦政府の崩壊、帝国の支配、弾圧と血の粛清……。彼らは私たち地球人を、自分たちよりも劣った種族であるとして、それを徹底的にわからせようとしたのです。私たちを待っていたのは、生活も仕事も、安全も、命さえ保証されない、恐怖に満ちた日々でした。
それでも最初の1年が過ぎる頃には、状況も落ち着きを見せ始めました。帝国は、私たち地球人を分類し、管理しはじめたのです。このころには帝国から与えられた仕事につく人々も増え、町の飲食店では帝国の人々が談笑し、すでに地球は帝国の一部となってしまったかのようでした。帝国の支配に激しく抵抗していた人たちも、帝国の厳しい追求の中で次々と数を減らしていき、生き残った人の多くはその行動の中心を地下活動へと移し、市街での戦闘も少なくなっていったのです。人々はようやくのことで、無意味に命が奪われることのない居場所を、生活を、手に入れ始めていました。そう、帝国の市民として……。
しかし、地下活動を展開し、帝国への反抗を続ける人々は、やがて驚くべき事態に遭遇します。同じ地球人が、反帝国運動の取り締まりを行ない始めたのです。“スペシャルズ”と呼ばれたその組織は、しだいに規模を拡大し、対レジスタンス部隊へと変貌していきました。私には、とても信じられません。彼らは帝国軍の一部となって、反帝国活動をする地球人を、次々と殺し始めたのです。その行動は、まるで帝国軍のように、いえ、もしかしたらそれ以上に、容赦のないものだったのです。レジスタンスの活動拠点となっていたとして、いったいいくつの町を、そこに暮らす普通の人々とともに破壊してきたのか、きっと彼ら自身ですら覚えていないでしょう。
彼らはこう言います。地球は負けたのだから、もう抵抗はやめるべきなのだと。たとえ強行な手段をとったとしても、反帝国運動をすべて終結させ、帝国領地球としての平和のあり方を模索すべき時代なのだと。
それが正しいのかどうか、今の私にはわかりません。でも、戦うことは出来ないけれど、私も帝国の文化矯正策に反対し、地球文化の破壊を食い止めようとしている1人です。町のやさしい人たちは、口々にいいます。
「そんなことをしていたら、あなたも殺されしまうよ。おやめなさい」
たとえそうであったとしても、私はやめるつもりはありません。
3年前、火星にいた私たちは1人の少年と出会い、彼に守られて、地球へと帰ることができました。帝国と地球との、両方の血を引く、エイジ・アスカのおかげで。
彼は最後の戦いのあと、私たちのもとへ戻ってくることはありませんでした。でも、私は彼が生きていると信じています。そして、彼が本当の故郷と同じように愛しているといってくれた、この地球の文化を、決して失わせはしないと誓ったのです。
今日もまた、街のまわりには恐ろしい無人機が飛び、文化矯正隊によって何の罪もない人々が、捕らえられていきました。スペシャルズは組織を拡大しつづけ、各地でゲリラとの戦闘を続けています。噂では、大きな反帝国のグループが、組織的な武力闘争を始めようとしているといいます。
地球は、いったいどうなってしまうのでしょう。本当は、私も恐怖と不安で押しつぶされそうです。エイジがいてくれたら……。私は、そう思わずにはいられませんでした……』
○ ○ ○ ○ ○ ○
「大尉、状況はどうだね」
「はい、やはり試作機を入手したというのは、本当のようです。しかし協力してくれた開発会社の者は、すでに捕らえられたとのことで、あまり猶予はありません」
ブレックス・フォーラ准将の問いに、クワトロ・バジーナ大尉はそう答えた。
北米大陸、五大湖の一つを遠望する屋敷の一室だ。室内には数人が集まっている。地球解放戦線機構の中枢機関が拠点としている場所の一つである。
「もう一つの方も同様ですな。救援を求める連絡が入っています」
そう言ったのは、ヘンケン・ベッケナー中佐だ。
「例の“メンフィス自由軍”か」
「どうします? 試作機とやらの入手を断念すれば、またしばらく現状を維持できると思いますが」
「いや、中佐。確かに戦闘は避けられないだろうが、それもやむを得んだろう。要はタイミングの問題だ。私はこれをよい機会だと考えている。大尉はどう思う」
「同感です。いま動くことには、それなりの意味があると考えます」
「そうだ。どちらにせよ、スペシャルズもこちらの動きをつかみ始めている」
「では、決まりですな」
ヘンケンはそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。
地球解放戦線機構は、現在残っている反帝国組織の中で、最も大きな組織である。地球征服前の旧連邦時代から、戦後のことを考えたブレックスやイゴール将軍らの主導で組織づくりが開始されていた。
もちろん、彼らに与えられた時間はごくかぎられたものであり、当初はそれほど大きな組織ではなかった。しかし、人材と物資を確保した状態で戦後の混乱期を生き延びた解放戦線は、ブレックスらの根回しとその後の地下活動の結果、軍事組織としての体裁を保ちながら、ひそかに組織力を拡大しつつあったのである。
○ ○ ○ ○ ○ ○
北米大陸南部・メンフィス近郊……。
「よぉセレイン、こんなところにいたのか」
足もとに散らばるガレキを避けながら暗い部屋の中へ入ってくると、メンフィス自由軍リーダーの青年は、銃の手入れをしている人物へそう声をかけた。
「ハミルトンか……何か用か」
その声は固く、感情も込められてはいなかったが、年若い女性の声だった。ランプの明かりの中に浮かぶ横顔は、引き締まってはいるものの、まだ少女といっていい。
「例のやつを回収した。修理すれば間違いなく動かせる。システムチェックくらいは手伝って欲しいんだがな」
「わかった。いこう」
カシャン、と手にしていたライフルの最後のパーツをはめ込んでから、セレイン・メネスはハミルトンの後について歩き出した。
「帝国の試作機……。よくこれだけの損傷で回収できたな」
倉庫代わりに使われている建物の中で、ザクに引き起こされた状態のその人型兵器を見て、セレインがつぶやいた。全体的に泥がこびりついてはいたが、確かに損傷も少なく、容易に動かすことができそうだ。
「ぶっ倒れたとたん、パイロットは逃げ出しちまったからな。作戦勝ちだ」
「そのためにずいぶん無理をした」
「その話はもう終わったはずだ。解放戦線もこいつを欲しがっている。こいつを手土産にすれば、いい条件で連中と合流できる。いいように使われなくて済むんだ。どっちみち俺たちだけじゃもう限界なんだ。うちのエースのお前が、一番よくわかっているはずだろう」
「……そうだな」
「もう向こうにも連絡はつけた。近いうちにここは引き払うぜ。それまでにこいつを動く状態にしなけりゃな」
「しかし……まずいな……」
セレインは試作機を見つめたまま、そう口にする。
「あ? 何がだ?」
「帝国の試作機とはいっても、SPTか何かのマイナーチェンジだろうと思っていた。だが、これはMSですらない。完全な新型兵器だ」
「結構なことじゃないか」
「わからないのか? これだけの機体なら、帝国が黙って放っておくはずがない。我々程度ならともかく、解放戦線やカラバでは、独自に兵器開発を始めていると聞く。帝国は機密保持のために、回収か破壊を目的とした部隊を送り込んでくるぞ」
ハミルトンの顔がとたんに真剣なものへと変わる。
「……確かにそいつはまずい。お前のいうことは間違ったためしがないからな。いつ頃ここを嗅ぎつけると思う?」
「わからない。だが、すぐ来るだろう。帝国の無人機に……恐らく、スペシャルズが」
「くそっ、奴らにゃうってつけの役回りだな。だが……事態は深刻ってことか。いまからじゃ撤収も間に合わん。……勝てると思うか?」
「……この前の戦闘で、まともに動く機体が数機しかない。撤退戦をやるしかない。どのみち、ここはもう放棄するしかないだろう」
「わかった、全員呼び集める。お前も、こいつのシステムの再起動くらいは、やっておいてくれ。シートの下にマニュアルの束があるはずだ。駆動部の処置は後でやらせる。まったく、お前のいうことが間違いであってほしいと、今ほど思ったことはないぜ」
○ ○ ○ ○ ○ ○
欧州の貴族や特権階級を中心としたロームフェラ財団は、帝国に率先して協力を始めた地球人の集まりである。彼らは地球連邦時代に手に入れた自らの権益を、帝国の支配下でも維持しようとし、そしてそれは現在の所ほぼ成功しているといっていい。
しかしその中にあっても、それに異をとなえる者もいたし、財団の方針に非協力的なものもわずかだが存在した。先代の当主とその婦人が3年前の地上攻撃で死亡した、ハミル伯爵家も、その一つである。現在の当主は、マナミ・ハミルという、16歳の少女だった。
「お嬢様、お茶が入りました。本日はロシアンティーでございます。どちらにお持ちいたしますか?」
「……ローレンス、お茶などどうでもいいわ。あたしはいったい、いつまで待てばよいのです! こうしている間にも、あの者たちは非道な行いを続け、苦しみ、恨み言を口にしながら死んでいく者たちがいるのよ!?」
ローレンスと呼ばれた初老の男性は、少女の剣幕にいささかも動じることはなかった。
「お嬢様、私どもの活動とて、反帝国を志す方々にとってはとても重要なものなのですぞ。他の方では手に入らぬ情報も、お嬢様がロームフェラの一員であるからこそ、手に入れられるのです」
「それはうんざりするくらい何度も聞きました。では、聞き方を変えます。あたしはいったい、いつまで帝国の非道な行いを黙って眺めていなくてはならないの!? おじい様の残してくださった“スイームルグ”さえ完成すれば……」
とそこまで言ってから、何か思いついたようで、マナミは表情を変えた。
「ローレンス、あなたまさか」
「はい、なんでございましょう?」
「あたしの身を案じて、何か勝手なことをしているのではないでしょうね?」
「滅相もございません。しかし、あの方からのご連絡がないかぎり、私どもが動くわけにはまいりません。どうか、いましばらくのご辛抱を」
しばらくローレンスをにらみつけた後、マナミは大きくため息をついた。
「もういいわ。……ローレンス」
「はい」
「お茶は、こっちでいただくわ」
「はい、お嬢様」
そのようなやり取りがあってから数日後、屋敷の一角から音楽が流れ出た。ローレンス・ジェファーソンは、かすかに音楽が聞こえてくるその奥まった一室の、さらに奥の部屋へと入っていく。作りつけのキャビネットを開くと、通信端末が納められていた。音楽はその端末から流れていたのだ。
「はい……」
いくつかの操作を行なってから、ローレンスはそう口にした。
次の瞬間、モニター画面に1人の青年が映し出されていた。
「やあ。元気そうだね、ローレンス」
「これはこれは、お久しゅうございます。この回線をお使いということは、もしや……」
「ああ、そろそろ僕たちも動くことになってね。マナミさんはいるかい?」
「しばしお待ちを」
「お待たせいたしました、マナミです。万丈様、あたしずっとご連絡を待っていましたのよ?」
「すまなかった。長い間いやな仕事をしてもらって、悪かったね」
モニタの中の破嵐万丈は、笑いながら言った。
「では……」
「うん、こっちの方もようやく用意が整ってきた。スイームルグも調整まで終わったそうだ」
「本当ですか!? では、いよいよ始めるのですね」
「そうだ。そちらの準備が整い次第、来てほしい。こちらからはアランが向かえに出ることになっている。詳細はギャリソンに連絡させるよ。僕は今から、もう1人にも連絡をしなくてはならないからね」
「どなたですの?」
「君と同じく、帝国の動きを探ってもらっていた人でね。やはりロームフェラ財団の、ルフラン公爵家のご令嬢だ」
「ルフラン公爵家……シモーヌ様ですね? そういえば、あの方は3年前にも帝国と戦ったことがあったと聞いていますわ」
「そういうこと」
「わかりました。すぐにでも出られるようにしておきます」
「そうしてくれると有り難い。アランはスイームルグを持っていくつもりでいる。たぶん、すぐにでも必要になるからね」
「はい。楽しみに待っていますわ」
通信を終了するとすぐに、マナミはものすごい勢いで部屋を駆け出していった。
「ローレンス、何をぼさっとしているの!? すぐ用意をはじめてちょうだい!」
○ ○ ○ ○ ○ ○
スペシャルズが財団の下部組織であるというのは、ちょっと事情を知るものであれば、すぐにでもわかることである。
そもそもの設立を行なったのが財団の幹部デルマイユ公爵とジャミトフ・ハイマン伯爵であったし、そして、総司令官に就任したのが、これもまた財団幹部のトレーズ・クシュリナーダであったという一事を見ても、それは明らかであった。
スペシャルズは、反帝国ゲリラ鎮圧のために設立された、ゲリラ狩り部隊だ。地球の事情にうとい帝国人よりも、同じ地球人の方が彼らを狩り出しやすい。そのような理由で帝国側もその存在を認めたのだが、設立当初からその戦果は高く、現在では有用性を認めた帝国側によって、帝国軍の一部として認められ、独自のMS開発までも行なっている。
地球人が地球人を制圧していくその行動の大前提として、彼らは一刻も早い紛争の終結をかかげている。そのためにどれだけの地球人が犠牲になろうとも、徹底的に抵抗運動を排除し、帝国の一部であったとしても地球圏を平和にする。地球が混乱すれば、また帝国軍の一方的な虐殺に発展し、より多くの人々が犠牲になるのは明白であり、それを防ぐためのやむを得ない手段なのだ。それがスペシャルズの存在理由である、と宣伝している。
しかし……多くの士官や兵士たちはともかく、財団の側にはまたべつの思惑も存在する。
「順調なようだな、トレーズ」
デルマイユ公は報告書を読み終えると、満足げな表情で正面のモニタに映る青年に言った。
「すでにいくつかの基地が、我々の設備として稼働を開始しています。宇宙での活動についての承認が降りれば、そちらも進むことでしょう」
「さすがだな。やはりOZの実働部隊をお前にまかせたのは正解だったようだ。今後とも頼むぞ」
「承知しております」
「トレーズ、例の件はどうなっている」
そういったのは、ジャミトフ・ハイマンである。
「FI社の技術者から、解放戦線の名前が出たとのことです。間違いないでしょう」
「ブレックスか……この期におよんで、無駄なことをする。詳細はつかんだのか」
「概要はといったところです。今後の展開次第でしょう」
「万が一奴らが一気に動き出せば、まずいのではないか?」
とデルマイユ。
「むろん、それは抑えてみせます」
「……わかった。貴公はレジスタンスども潰すことに全力をあげろ。帝国のことはこちらで対応する。MS開発の予算も増額させよう」
「レディ・アン特佐を呼んでくれたまえ」
呼ばれて入ってきた特士が、パッと敬礼して再び部屋を出ていく。
通信が切れた後、トレーズは笑みを浮かべた。しかし、果たしてそれが心の中を反映しているのかどうか……。
○ ○ ○ ○ ○ ○
デビッド・ラザフォードはニューヤークの、あるバーガーショップへと入っていった。店の中にいる客は、多くない。
目があうと、店員は奥の方へあごを向ける。デビッドはそのまま奥へと入っていった。
このバーガーショップは、デビッドが所属するゲリラ組織の拠点なのだ。むろん、店員もその一員である。
地球の食文化をよくないものとする帝国人たちは、特にこのような店に入ってくることはまずなかったから、目を付けられやすいという欠点を考慮してもなお、拠点として都合がよかった。
デビッドが倉庫の一角につくられたスペースに入ると、すでに仲間たちが集まっていた。
「みんないるのか。ライフの女はどうしたんだ?」
「いるわよ、ここに」
解放戦線のルー・ルカ准尉はそう言ってデビッドの近くへと歩いてきた。
「それで、決まったわけ? もう時間がないってこと、わすれないでよね」
「わかってる。人数は、ここにいるだけで全部だ。全員パイロットだぜ」
「う〜んと……12人ね。了解したわ、それでOKよ。それで、今後の予定なんだけど……」
「デビッドッ!!」
ルーが話を続けようとしたとき、店の方から男が1人走り込んできた。
「どうしたんだ?」
「文化矯正隊が治安部隊と一緒に、57番街に向かってる!」
「なんだと!? くそっ、どこから情報が漏れたんだ」
「いこうぜ!」
ゲリラたちは、積み上げられたハンバーガーの箱から銃を取り出し、次々と飛び出していく。
「ちょっと、どうしたっていうのよ! 何をするつもり!?」
「あそこには、残ることになってる仲間の拠点があるんだ!」
デビッドたちが駆けつけたときには、すでに治安部隊が踏み込んだ後だった。人だかりの中を移動するアンナたちを見つけて、デビッドは駆け寄った。
「アンナ、無事だったか」
「デビッド。子供たちが知らせてくれたからなんとか間に合ったのよ。でも……」
「アンナ、やっぱり置いていくわけにはいかない。ここは奴らのおひざ元だ。俺たちみたいに銃を持っていなくたって、捕まっちまう。行こう!」
「でも……私は……みんなを置いていけないわ」
「行きなさい、アンナ。私たちなら、大丈夫だ。でもあんたは、3年前のことで帝国のリストにも入っとる。行けるところがあるなら、行ったほうがいい」
「おじさん……」
「デビッド、まずい! 奴らこっちにくるぞ!」
「くそっ、アンナ、走れ!」
デビッドはアンナの手をとって走り出す。しかし、その行動は治安部隊に発見されていた。
「ん? そこのお前たち、動くな!」
「ちっ」
ガガガガガッガガガッ。
ゲリラたちがマシンガンを撃ち、あたりは一気に騒然となる。治安部隊が逃げ惑う人々にはばまれている間に、デビッドたちは一気に通りを駆け抜け、路地へとまわりこむ。
だが、角を曲がったところで、先を行っていた1人が銃撃を受けて倒れる。慌てて逆戻りしようとするが、後ろからも敵がせまっていた。
「ムダだ。お前たちは包囲されている」
「くそぉ……」
なんとかこの場を逃れられないかどうか……デビッドたちは周囲の様子をじっと見ながら、マシンガンを持つ手に力をいれる。
と、その時だった。
「おとなしくした方がいいですよ。無理をして、むざむざ命を捨てることもないでしょう」
正面をふさいでいた治安隊員たちの後ろから現われたその声の主は、一目で帝国人ではないとわかった。帝国の機関で働く、地球人の協力者が着せられる服を着ていたのだ。
「ッ!! 貴様……噂は本当だったのか!?」
「どういうこと!? ロアン、説明して! 私には信じられない!!」
「僕の方こそ驚きましたよ。2人そろって、こんなことをしているなんてね」
「売ったのは貴様か! このクソヤロウがっ!!」
「君たちが見ているとおり、僕は裏切り者。いまさら何をいわれても、こたえませんよ」
ロアン・デミトリッヒは手を後ろに組んで立ったまま、平然とそういい放つ。
アンナはあまりの出来事に、膝が崩れそうになった。
「どうしてなの? ……どうしてあなたが帝国の側に?」
「つまらない地球人の誇りなどすてて、帝国の支配を受け入れればいいのです。そうすれば、それなりに平和に生活していけます。君たちも僕を見習ってそうしたらどうです。いまなら、君たちくらいは処刑されずに済ませることもできるかもしれませんよ」
「えぇっ!? ロアン、あなたって人は……」
デビッドたちが怒りのあまり声もでなくなっていた時、唐突に銃撃が加えわれ、治安隊員がばたばたと倒れていく。
「うわあぁぁぁっ」
「なんだ、仲間が残っていたのか!?」
「あんたたち、早く逃げるのよ!」
ルー・ルカの叫び声が聞こえて、それから銃撃戦が始まった。
「うおおおっ!!」
ゲリラたちも一斉に銃を撃ちながら走り出し、包囲を突破する。遅れた何人かが背中に銃弾を受けて倒れ込んだが、デビッドたちはどうにかルーたちと合流する。
「ありがてぇ、助かったぜ!」
「そんなことはいいから、例の場所へ急いで! もう連絡はしたわ。このまま街を出るのよ」
「ああっ。アンナ、走れ!」
「え、ええ!」
こうしてデビッドたちはニューヤークをからくも脱出した。しかし、帝国のSPT部隊が追撃に出てくるにおよび、さらに数を減らしていったのである。