結果ストーリー

 ピピピピピッ。
ムゲ=ゾルバドス帝国の監視衛星、そのコントロール・ルームの中に、小さく発信音が響いた。当番になっていた兵士は、点滅するモニター画面を見た。
「中尉どの、大気圏に到達すると思われる、質量の移動をセンサーがとらえました」
「ふむ……1つではないな」
「ミノフスキー粒子濃度の関係ではっきりとは確認できませんが、6つ程度の金属反応があります」
「……燃え尽きそうにないか。落下予測地点を管轄する基地に知らせておけ。捕捉できそうな部隊は展開しているのか?」
「確認します」
 いわれた兵士は、コンソールを叩き、情報を引き出す。
「……ありました。落下予測地点のうち、北米大陸西岸と中東に、スペシャルズの部隊が展開中です」
「スペシャルズか……まぁいい、一応知らせておけ。どうせ3年前の戦闘でできたゴミのたぐいだろうがな」

「少女の見た流星」
LIFE 作戦1 VS スペシャルズ 作戦3

「監視衛星は、隕石か衛星の破片の落下と報告しています」
 そのオットーの報告に、ゼクス・マーキスはかすかに笑ったようだった。オットーに対してではなく、監視衛星の異星人たちへのものだ。その笑いには、「この3年の間に、帝国軍もぬるくなった」という思いもこめられている。
「オットー特尉、隕石や衛星が、大気圏突入のウェーブコースを通ると思うか?」
「では……」
「コロニーのM作戦に間違いなかろう。いよいよ始まったな。いくつ捉えられる」
「我々が急行できる圏内では、北米の大西洋岸に落下すると思われる、1つだけです」
「ふむ……1つでも十分とするか。帝国軍にとっては我々もしょせんよそ者だ。功をあせるものではないな」
「ずいぶんと表向きな発言をなさいますな」
「フッ、私は軍人なのだよ。余計なことを考えるのは、他にまかせる。隊員に召集をかけろ。コロニーから降りてきた連中を、出迎えにいくとしよう」


 リリーナ・ドーリアンは、A級市民である。帝国の支配体制確立への貢献が認められた地球人であるA級市民は、この時代にあってはかつての政治家や企業家に匹敵する、特権階級として認知されている。リリーナの父はもともと連邦政府の高官で、敗戦後の地球情勢の安定に尽力した人物であり、反帝国の意思をもつことなくそれらの活動を行った功績により、A級市民に認定されている。
 若干14才の少女であるリリーナは、地球圏に生きる同世代の少年少女たちの中では、もっとも安全で、必要なものは全て手に入るという、保護された生活を享受しているうちの1人であった。
 その日、リリーナは一つの流星を見ていた。1年戦争以降、地球圏には戦争の結果残されたいくつもの残骸が浮遊し、ときおりそれらが地球の重力に引かれて流星となって降ってくることがある。別段珍しいものではなかったのだが、このときリリーナはこの流星に何故か心引かれるものを感じていた。その感覚は、うまく言葉にすることが出来ない。だがそのかすかな輝きに、何か予感めいたものを感じていたのだった。


 M作戦が実行に移された。
その報せは、地球解放戦線にも届いていた。これと接触するべく、すぐさまヘンケン・ベッケナー中佐の率いる部隊が、落下予測地点へと向かっていた。しかし、すでに目標地域にスペシャルズが展開しているという情報もキャッチしている。
「コロニーからどんな連中が降りてきたのかわかりませんが、我々の味方になってくれればいいんですが……」
 ガウの艦橋で、カイン・シュナイダー中尉が言った。
「そうだな。中尉、どうやらスペシャルズと交戦せずには済みそうもない。用意させておいてくれ」 とヘンケン。
「了解」
 カインはそう言って、艦橋を出ていく。そのとき、はるか前方の暗い空に、一条の光が走るのが見えた。アマール・レーテ曹長が、あっ、と声をあげる。
「あれか……」
「さて……鬼が出るか天使が出るか……楽しみだ」
 ヘンケンとルーク・ヴィンスヘル准尉のつぶやきを聞きながら、アマールはふと流星、つまり流れ星に関する旧世紀の伝承を思いだし、いかにも年若い女性らしい感想を抱いた。あの流星は、いったい誰の願いを叶えるために降ってきたのだろうか、と。


「……ついに来た……これが地球なのか……」
 大気圏突入のすさまじい振動を受けるコックピットの中で、宇宙服に身を固めたパイロットが、つぶやいた。スクリーンに映る視界が開け、眼下に広がる青々とした海と、大陸が映し出される。
 そのバイザーからのぞく顔は、まだ幼さが残る少年のものだ。しかし、するどい目だけは、戦士のそれである。ヒイロ・ユイ、といいうのが、少年に与えられたコードネームだった。幼い頃から特殊工作員としての訓練と活動をしてきた少年にとって、本名など、とうの昔に何の意味もないものと成り果てている。
 ヒイロは大気圏を突破しコントロールを取り戻した機体を、目標降下地点へと向けた。大気の抵抗がものすごく、思うように機体を動かすことができない。あらかじめシミュレーションでトレーニングしていたとはいえ、はじめての地球は、孤立無縁という以上に彼にとって過酷そのものの環境だった。
 サブモニタにアラートシグナルが出た。すばやくモニタをチェックし、敵機(単独作戦に従事している彼にとって、地球で出会うものはすべて敵機だ)の接近を知る。
「帝国にかぎつけられている……当然か」
 そのとき、モニタの端にチカチカと点滅する光があらわれた。続いて、モニタに文字があらわれる。スペシャルズ部隊を迎撃せよ、という短い一文だ。
「……任務変更、了解」
 ヒイロはパージの操作をし、大気圏突入時の防護と偽装のための外部装甲を機体から吹き飛ばした。

{ゼクス特尉!}
 流星を捕捉し、接触のためエアリーズのみで先行して上がってきたのだ。敵が上陸する前に撃破できれば、面倒なことにならずに済む。大気圏を突破したばかりであれば、そうそう戦闘行動もとれまい。
 オットーの声に、ゼクスは大気圏を突破してきた物体を見た。爆発のように見えたが、そうではなかったらしい。吹き飛んだパーツの中から、先ほどまで見ていたものより一回り小型の機体が姿を現わしていた。
「あれか……やはり輸送機ではなかったか」
 その機体はゼクスが予想していたよりも相当に小型だった。鋭利なシルエットからは、威圧感が感じられる。
「戦闘機か……」
{威嚇しますか?}
 ワーカー特士の通信に、ゼクスは一瞬だけ考え、判断をくだした。
「通用するとは思えん。撃墜しろ」
{よろしいのですか?}
 敵の正体を確認しなくてもよいのか、という意味だ。しかしゼクスの感が、目の前に飛ぶ戦闘機が極めて危険であることを告げていた。一気に叩かなくては、まずいことになる。
「レジスタンスへの新兵器と人員の輸送が目的だと思っていたが、乗っているのはそれを操縦する戦闘パイロットだ。油断するな」
 ゼクス以下のエアリーズ隊が攻撃を開始した。

「左推進システムに異常……やるな」
 被弾してぶれる機体の中で、ヒイロがつぶやく。だが、それ以上にゼクスたちは驚愕していた。
「なんだと、あれで墜とせんというのか!?」
 驚きに息を飲む兵士たちの前で、戦闘機に異変が生じた。あっ、と思う間もなく、戦闘機は人型へと変形を終えている。
「変形をした!? MSだったというのか!!」
 スペシャルズでもトーラスという可変MSを開発している。しかしこれほどまでにシルエットが変わる変形は、予想外だった。
 気をとりなおし、再度の攻撃を指示する。しかしMSの持つシールドは、その攻撃をものともせずにはじきかえす。
{特尉、あの装甲はこちらの攻撃を受け付けません!}
 MSが持つ巨大なライフルが、エアリーズ隊を指向する。
「!? あの武器……いかん! 退避しろ!」
 ゼクスが叫び、機体をひねって射界からのがれる機動を取った。その直後、すさまじいエネルギーの奔流が、エアリーズ隊を襲った。ゼクスの動きに追従しきれなかった機体が、一撃のもとに全滅した。
「フ……ハハハハハハハッ!!」
 ヒイロが哄笑する。あっけない。これではあっと言う間に終わるだろう。
「バカな、なんという威力だ。機体性能が違いすぎる……だがッ!」
 ゼクスはなおも果敢に敵MSへと挑んだ。ようは、戦い方だ。敵はMSの性能を過信し、動きが甘い、とゼクスは冷静に分析した。
 ゼクスは敵機の攻撃をかわし、背後に回り込むと、エアリーズの機体を敵機に取りつかせた。
「なにッ!?」
 ヒイロはその敵の行動に驚いた。背後からの攻撃であっても、エアリーズごときの武装では余裕で対応できるはずだった。だがまさか、とりついてくるとは。何のために? その答えはすぐに明らかになった。機体の自由がきかなくなっている。
 ゼクスは間接をすべてロックして、エアリーズを巨大な枷としたのだ。敵MSが、人型の状態では飛行能力を持たず、自由落下状態にあることも考慮しての選択だった。
「これで動けまい。後は落ちるだけだな、MS。オットー、脱出する。拾ってくれ」

 ヘンケンらがようやく到着したとき、すでにM作戦で降下してきたと思われるMSが、すさまじい水柱を上げて海中に没する所だった。
「やられてしまったの!?」
 アマールが信じられない、という声をあげる。
「あのMS、ガンダムのように見えましたが……」
 カインが言うが、ヘンケンは首をふった。
「いずれにしても、もう遅い。あの高度からの落下では、パイロットも衝撃に耐えきれまい。機体の海中からの回収は、我々には無理だ」
「中佐、スペシャルズが接近中です!」とルーク。
「まさかM作戦とやらが、たった1機のMSだけとはな。ええい、無駄足だが、やらずに引き上げることもできんか。全機、発進しろ!」

「こんなものか……」
 ゼクスは地上に降りたオットーのエアリーズのマニュピレーターの中で、海面の波紋を見ていた。
「ゼクス特尉、レジスタンスです。解放戦線と思われます」
「フッ、M作戦の支援にでも来たか。だが、遅かったな。オットー、輸送機から予備のMSを出させろ」
「やりますか」
「当たり前だ。これで終わってしまっては、地上に残っていた兵士たちも納得がいかんだろう。迎撃させろ」

「流星が落ちた日」
カラバ 作戦4 VS スペシャルズ 作戦4

 M作戦の流星は、中東のカラバでも捕捉していた。一年戦争の後、戦争博物館の館長をしていたハヤト・コバヤシは、すぐさま調査に向かうことを決定する。ハヤトは解放戦線からM作戦についての情報を持ってきた、セレイン・メネスを探した。
「エリア・コーデリアス、セレイン・メネスはどこか」
「機体整備やってますよ、館長。出発ですか」
「そうだ。用意しておけ」
 ハヤトが格納区画へいくと、セレインは持ち込んできた自機“スヴァンヒルド”を整備している所だった。
「セレイン・メネス。M作戦のものと思われる流星の落下を観測した。これから現場に向かうが?」
「了解した」
 こちらを振り向きもせず返答だけかえしてくるセレインに、ハヤトはある匂いを感じ取る。それは長い間ゲリラをやってきた者が放つ、日常生活と隔絶した殺伐とした匂いだった。それを悲しいと感じ、ハヤトは感傷的になっている自分を笑った。

「すでに落下していると聞きましたけど?」
 現場へと向かう途中、リュウ・イシュマイルが言った。
「そうだ。我々としてはできるだけ急ぐほかはない」
「コロニーか……いま上はどんなことになってるんだろう」
「さーてね。なんにしても、M作戦とやら、しっかり見定めさせてもらうわ」
 リュウの言葉を受けて、エリアは雲ひとつない空に目をすえながら、そうつぶやいた。


 “流星”の落下地点は、一目瞭然だった。それが、自然の隕石のたぐいではなかったことも、地面に残された跡をみれば、明らかだ。大きな大気圏突入カプセルが残されたその現場には、無数の巨大な足跡がつづいている。
「これほどのMSが降下してきたっていうのか……?」とリュウ。
「いや……1機だ。どうやら出迎えがいたようだな。コロニーの何者かは、地上の部隊と合流したとみたほうがいい」
 セレインがセンサーを操作しながらいう。事前に確認した情報では、確かこの近辺に帝国の観測基地があるはずだった。案の定、センサーが爆発光をとらえる。
「館長」
「……帝国軍に攻撃をかけているのか?」
「我々も向かおう! M作戦は我々の味方なんだ!」
 そう言ったのは、ジュワニ・ティルマンだ。
「うかつすぎるぞ、ティルマン。もっとも、いくほかはないがな。情況は確認しなくてはな」


「武器を捨てて投降しろ。命まで奪うとはいわない」
 爆発の炎にうかびあがる、ガンダムタイプのMSの拡声器から発する声が、響き渡った。その周囲には、みなれぬMSの一団がいる。
 小さな観測基地の守備隊の隊長は、その宣言を聞いて、投降しようなどという気は起こさなかった。いかに小規模な守備隊といえども、まだその数は眼前の敵よりも多いのだ。
「ふざけやがって! くらえ!」
 隊長は突出していたガンダムタイプに先制攻撃をかける。
 たが、そのMSはリーオーの攻撃をものともせず、一気に接近して手にしていた格闘戦用の武器でリーオーを両断した。爆発がMSをも包み込むが、ものともしない。驚異的な頑丈さだった。
「こちらカトル、隊長機は破壊した。これより、基地を殲滅する」
 カトルと名乗った少年は、周囲のMS隊に指示を出す。どうやらこの少年が、一団のリーダーのようだ。
「さすがですな、カトル様。よぉし、お前ら、一気にカタをつけるぞ!」
 カトルの言葉を受けて、ラシード・クラマが言う。ほかのMSが一斉に攻撃を開始するのをみながら、カトルはつぶやいていた。
「言ったよ……僕は、投降しろって……」

「ちっ、どうやら遅かったってわけかよ」
 リッシュ・グリスウェルは、予想はついていたといわんばかりの無感動な声で言った。M作戦を迎撃するべく出動してきたスペシャルズ部隊が到着したとき、すでに基地は壊滅状態になっていたのだ。現場にはみたことのないガンダムタイプMSと、ほかのMSは……マグアナックだった。中東を中心に活動しているとされる、独立組織だ。これまで明確な敵対行動をとったことはなかったはずだが、どうやら事情が変わったらしい。それがM作戦によるものなのかどうかは、わからなかったが。
「カトル様、スペシャルズです!」そういったのは、ラシードの部下、アフマドだ。
「くっ、さすがに彼らは行動が早いね」
「どうしますか」
「……殲滅しなければ、僕たちも逃げ切れないでしょう。それで構いませんか、ラシード?」 
「了解です。なに、ちょっとばかり数が多いようですが、カトル様は無事脱出させてみせますよ」
「ラシード隊長、後方からもMS隊が接近してますぜ」
「なんだと、新手か!?」

「帝国基地は壊滅……向こうにいるのは、スペシャルズだな」
 とセレイン。
「手前がM作戦の連中ね。ガンダムタイプだったとはね。どうするんです」
 エリアの言葉を聞いていたのか、ハヤトはM作戦のMSに呼びかけた。
「そこのMS、聞こえるか。こちらはカラバ、私はハヤト・コバヤシだ。M作戦で降下したのは君だな。帝国と戦っている以上、敵とは思いたくないが……」
「カトル様?」
(カラバ……確か地球の反帝国組織だ。確かに彼らは僕のターゲットではない……だけど、味方と判断するには情報が少なすぎる)
「僕はカトル、カトル・ラバーバ・ウィナー。確かに僕はコロニーから来ました。しかし、今は敵ではない、としかいえません。邪魔はしないでください」
「ちょっと待ってくれ、スペシャルズと戦うなら、俺たちは協力できるはずだ」
 ジュワニはカトルを説得しようとする。
 その会話を聞きながら、セレインの目はスクリーンに映るスペシャルズを見ていた。先頭の機体のシルエットは、間違いなくヴァルキュリアのものだった。シグルーンと呼ばれる機体だ。解放戦線に参入するきっかけとなった、あの戦いが脳裏をよきる。確か、パイロットは上級特尉のリッシュ・グリスウェルと名乗っていたはずだ。
 リッシュもまた、スヴァンヒルドに気づいていた。
「ほう……やはり俺の運もまんざらじゃないな。聞こえるか、セレイン……また会えると思ってたぜ」
「……やはり、貴様か」
「どうだ、ここは一つ、その機体をおとなしく渡しちゃくれないか。気に入った女とやりあうのは、性にあわん」
「ふざけるな! 貴様の戯言など、聞いていられるか! やれるものならやってみるがいい。だが、あのときとは違うぞ」
「やれやれ、しかたないな。全機、攻撃開始だ」
 リッシュの号令で、スペシャルズMS隊が一斉に動き出す。
「カトル様、のんびり話しをしている余裕はありません!」
「……やむを得ない。ラシード、撤退しましょう。この状況では、彼らも僕たちを追跡するわけにはいかないはずです」
「いいんですか?」
「かまわないよ。カラバの方、すみませんが僕たちは退かせてもらいます。会えてよかった。次に会うときも、敵ではないことを、祈ります」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 ジュワニが呼び止めるが、カトルとマグアナック隊はすでに接近するスペシャルズを迂回しはじめていた。カラバとスペシャルズそれぞれの先頭部隊が戦闘を開始する。もはやほかのことを考えている余裕はなかった。
「ハヤト館長、どうするんです?」とエリア。
「スペシャルズを叩く。それが最優先だ」
「コロニーのことを聞きたかったが……やるしかないか」
「M作戦は地上に降りた。なら、機会はあるわ、まだ」
 リュウの言葉に、エリアがそう返した。

「黒いガンダム」
LIFE 作戦2 VS スペシャルズ 作戦2

「レジスタンスでない者が、なんでスペシャルズにケンカをふっかけるんだ、ええっ!? おかしいじゃないか!」
 暗い、小さな部屋の中に、カクリコン・カクーラーの怒声が響いた。スペシャルズ基地内の、取調べ室だ。一切の返答をこばんで、じっと黙ったままうつむいているのは、カミーユ・ビダンという17歳の少年だった。
 カミーユは、控えめに言ってもカッとなりやすい少年で、いまスペシャルズにつかまって、レジスタンスの嫌疑をかけられるようなハメになったのも、そのためだった。
 基地に隣接している街に出ていたジェリド・メサ特尉が、カミーユの名前を聞いて「女の名前なのに、なんだ男か」と言った。それを聞きつけたカミーユは、幼馴染みの少女ファ・ユイリィの制止を振り切って、ジェリドに殴りかかったのだ。もともと自分の名前にコンプレックスがあったカミーユである。「カミーユが男の名前でなんで悪い! 俺は男だよ! なんだはないだろう!」というわけだ。
 当然ながらカミーユはあっというまに兵士たちに取り押さえられ、基地へ連行されてしまった。とはいえ、いまのこの情況には、カミーユも後悔していた。カッとなってあんなことをしてしまったが、これからどうなるんだろう。言葉にしてみればそんな感情だ。
 取調べは執拗に続いていた。カミーユがレジスタンスの一員ならば、有効な情報が櫃出せるかもしれなかったからだ。まだ若い少年ではあるが、ゲリラに年齢など関係ない。10歳の少年でもライフルを使うご時世なのだ。
 何度目かの中断でカクリコンは出て行き、カミーユはまた一人で残された。いったいどうしたら無事に抜け出せるのか。考えても答えはでなかった。いまさら本当のことを言っても信じて開放してもらえるなどという甘い考えは、カミーユにもなかった。ゲリラと断定されれば、処刑までありえるのは、よく知っている。
 どうにもならない絶望感に天井を見上げる。ふと、プラコンクリートが透けて、はるか上空の宇宙、その星々のキラメキが見えたような気がして、カミーユはとまどった。疲れて目がおかしくなったのかな、と思う。
 突然の爆発音と衝撃がきたのは、そのときだった。
 
 クワトロ・バジーナ大尉は、奇妙な感覚にとりつかれていた。感応、というのも違うようだが、知っている気配がする、といった感覚だ。言葉にすれば簡単だが、実際にはそんな単純なものではなかった。
(なんだこの感じは……アムロ・レイ……ララァ・スンか。……いや、違うな……)
「アポリー、ガンダムは出ているのか?」
 そんな感覚を頭から振り払い、リックディアスのクワトロはアポリー中尉に確認する。
「自分はまだ見ていません。守備隊のリーオーとジムだけのようです」
「大尉、敵はとまどっています。一気にいきましょう」
「ロベルト、過信は禁物だ。カイン少尉、隊を率いて退路の確保にあたれ」
「了解。ご武運を、大尉」
 ザッフェ・カイン少尉、ティア・カレス曹長らが退路を確保するためにわかれていく。
「目標はあくまでもガンダムだ。この基地に集結していた敵も出てくる。油断はするな」
(クワトロ大尉……あの赤い彗星と噂されるが……お手並みをみせてもらうとしよう)
 リーオーを一撃で撃破し基地に接近していく赤いリックディアスを見ながら、ウミ・チノ曹長はそんなことを考えていた。

「くそっ、こんな所に敵がくるのかよ!」
 カクリコンはMSに乗り込みながら、罵声を発した。
「ガンダムMKIIがも目的だろうね。とにかく対応するんだよ。来たよ。ジェリド、守備隊の連中は下がらせて援護にまわらせるんだ」
「わかっている!」
 カクリコンとジェリド、エマ・シーン特尉の乗ったガンダムMKIIが、格納庫から発進する。ライラが搭乗しているのは、アナハイム製の新型マラサイだ。解放戦線のリックディアスをつくったアナハイムが、その技術を流用してスペシャルズ用につくったMSと噂されている。戦争商人のやりそうなことだったが、どちらにとっても、アナハイムの協力は必要だった。

「大尉ッ!」
 リドル・フェイテッド少尉が、声をあげた。目標があらわれたのだ。
「あれか……黒いMS……ガンダムMKIIだな」
「黒い……ガンダムか。……嫌な雰囲気だな」
 リドルはそのMSの姿に、何か不穏なものを感じてつぶやいた。
「大尉、どうします」とアポリー。
「まずは戦闘データをとる。全機、続け。赤いMSも新型のようだ。注意しろ」

「戻ってこない……なんだっていうんだ」
 カミーユは、戦闘がはじまっているであろう音と振動が断続的に聞こえてくるなかで、放置されていた。建物にも被弾したらしく、電気が消えてパラパラとプラコンクリートの破片が落ちてくる。このままでは、ここで死ぬかもしれない。そんな恐怖があったから、カミーユは「逃げ出そう」と考えることになった。電源が落ちているためか、ドアは渾身の力をこめることで、ゆっくりとスライドした。
 通路には煙が流れ、警告灯の赤い光で照らし出されていた。叫び交わす怒号は聞こえるが、兵士の姿は見えなかった。
 カミーユが入り込んだのは、どうやらMSの格納庫らしかった。大きなシャッターはひらきっぱなしで、外の戦闘の様子がうかがえた。カミーユの想像以上に大規模な戦闘が発生しているらしかった。
 このまま逃げ出せるか……そう思ったが、別の衝動もまたカミーユを捕らえている。理不尽に自分を苦しめた連中に、しかえししてやりたい、そんな衝動だ。それは過剰にすぎる反応ではあるのだが、それがカミーユ・ビダンという少年の抑えようのない性でもあった。
 そのカミーユの目に、駐機している1機のMSがはいった。黒いMS……周囲には、誰もいない。それが腕部の故障のためテストを見合わせていたことは知らなかったが、それがガンダムMKIIだということは、カミーユは知っていた。ほとんど接点のなくなってしまっているん彼の父母が、その開発スタッフだったからだ。瞬間的にカミーユは情況を理解した。攻撃をしかけてきたのはレジスタンスで、目標はガンダムMKIIなのだ。
 周囲を確認しながら、MSに走りよる。
「ちょっとあなた、待ちなさい!」
 格納庫の入り口にあらわれたMSのパイロットがカミーユを見咎めた。エマ・シーン特尉は、格納庫のMKIIを確保するために、戻ってきていたのだ。カミーユはその制止を無視して、MSに乗り込んだ。イグニッションをセットして機体の動力をいれる。ガンダムMKIIが、ゆっくりと身を起こし始めた。もともとMSが立てるようなスペースはない。MKIIは格納庫の天井を突き崩しながら、立ち上がる。
「危ないですよ、下がってください!」
 カミーユはMKIIを格納庫の外へと歩かせる。格納庫が轟音をたてて崩れ落ちた。
「きゃあっ! なに、あの子、MSを知っている……?」
 明らかに民間人、ただの市民に見えた少年だった。ゲリラであれば敵地であんな格好はしていないし、なによりとっくに自分は撃破されているはずだ。では、いったいどういうことなのだろう? そのエマの戸惑いとは関係なく、通信機から罵声が流れ出る。
「何をしておる! 早く出させい!」
 バスク・オム特佐だ。
「バスク特佐、あれに乗っているのはパイロットではありません!」
「なんだと!? パイロットでないものが、なぜMSに乗っているか!? やめさせろ!」

「大尉、あれを!」
「もう1機だと?」
「どうもようすがおかしいですね……」
「ふむ……アポリー、リドル、あれを捕獲するぞ」

「4号機を出したのか!? ちょうどいい、援護してくれ! 赤いのをやるぞ!」
 交戦中だったジャリドが、カミーユのMKIIを味方と見て通信を送る。しかし、反応がない。
「4号機に乗っているのはパイロットじゃないわ! 抑えて、ジャリド特尉」
「なに!? どういうことだ!?」
 その情況の異常さは、すぐにクワトロも気づいた。
「敵ではない……? 全機、ほかを牽制しろ!」
 そのクワトロの言葉に、カミーユは反応した。どのみち、目の前の情況にどう対応すべきか、まったくわからなかったのだ。スペシャルズは敵とみなしているが、襲撃中の部隊がどうなのか、判断できなかった。しかし、いま隊長らしき人物が攻撃の意思がないと言った。ならば、それに乗るだけだった。
「そうだ! 僕は敵じゃない! あなた方の、味方だ!」
「なんだと、何を言っているんだ!?」
「子供の声!? なぜMKIIに子供が乗っている!?」
 ジェリドとライラが口々に言う。しかし、確認しているような余裕はない。交戦中なのだ。
「証拠を見せてやる!」
 カミーユはそう叫ぶと、バーニアを点火して一気に加速した。近くにきていたリーオーが、MKIIの体当たりで基地の司令塔ビルに叩きつけられる。
 そのときになって、ジェリドはようやく思い出していた。あのパイロットの声に、聞き覚えがある。
「あの声、カミーユとかっていう、女みたいな名前の……!? くそっ、あのガキ、やっぱりレジスタンスだったのか!!」



「そろそろ潮時だな。アポリー、MKIIも確保した。撤退するぞ。カイン少尉に信号を出せ」
「了解!」
 解放戦線のMS隊は、交戦しつつ撤退を開始する。被害を受けすぎたスペシャルズ側は、バスク特佐の思惑がどうであれ、追撃しきれるほどの戦力は残っていなかった。
「レジスタンスにあれほど強力な部隊が編成されているなんて……それに、あの子……」
 エマは肩の力を抜いた。ジェリドは、悔しさのあまり拳をコンソールにたたきつける。
「あのMS……赤い彗星だったと思いたい。でなければ、立場がない……」
 それが、指揮をまかされたライラの率直な感想だった。

(こんなことしちゃって、俺……ファは大丈夫なんだろうか……)
 機械的にMSを進めながら、カミーユは物思いに沈んでいた。勢いでやってしまったが、もはやスペシャルズが自分をレジスタンスとしてマークされたのは確実だ。つかまったとき一緒にいたファのことが気になったが、それも、もはやどうにもならないことだった。
「どうした、カミーユくん。こないのか?」
「……いえ、行きます。帝国軍は嫌いですし、なによりスペシャルズはもっと嫌いなんです」

「カンザス・シティ攻防戦」
LIFE 作戦3 + カラバ 作戦5 VS 百鬼・ミケーネ軍団

「もと連邦地上軍第1機甲師団第8特殊機甲実験隊所属、結城沙羅中尉、司馬亮中尉、式部雅人少尉、着任いたしました」
 黒にピンクのメッシュが入ったストレートロングの女性、沙羅が敬礼しながら告げた。カンザスへと向かうガウの中のことである。
 ブレックス・フォーラ准将は、3人を見ながら返礼する。
「ご苦労、獣戦機隊の諸君。イゴール君から連絡は受けている。よく来てくれた。君達が健在でなによりだ」
「それで、カンザスと聞きましたが?」 と亮。
「そうだ。市民が武装蜂起した。我々はこれを救援に向かう」
「敵は何なんです、准将」と雅人。
「いまの所、百鬼およびミケーネと報告を受けている」
「な〜んだ、ムゲ野郎やスペシャルズじゃないのかぁ。久しぶりにあいつら相手にやれると思ってたのにさ」
「心配せず、すぐにその機会もあるさ、少尉。しかし、獣戦機隊は確か4人ではなかったかね。戦死したとは聞いていないが」
「忍は見つからないんですよね、どっちいっちゃったまま。沙羅が寂しがっちゃって大変なんですから」
 雅人が軽口を叩くと、沙羅は憮然とした表情で雅人をにらみつける。
「うっさいんだよ、雅人。居場所は大体検討がついてるんだ。首に縄つけてでもひっぱってきてやるさ」
「まったく、あのバカはな。獣戦機隊も4機そろわなければさまにならん」
「そうか……君たちもいろいろあったようだな。今回の作戦ではカラバと共同であたることになる。カラバのアラン君を紹介しよう」
「いえ、その必要はありません、准将。彼らとは占領直後にともに戦っていた時期があります」
「なんだ、誰かと思えばアランの旦那かい。最近はずいぶんとご活躍だそうじゃないのさ」
「フッ、お前たちも相変わらずのようだな、結城。元気そうでなによりだ」
「こりゃ、忍がいなくてよかったかもね」
 そういって雅人は肩をすくめる。知略を重要視するアランと、場当たり的に猪突する忍は、その見解の相違から、当時さんざんやりあったものだったのだ。もっとも、多かれ少なかれその忍の特性は獣戦機隊の他の面々、特に沙羅と雅人にもあるものだ。アランとはウマが合うとは言い難いのだが。
「しかし、藤原がいないとなると、ダンクーガは使えんな」
「なに、アンタに心配してもらうほどのことじゃない。これだけ戦力が揃っているなら、獣戦機でも十分だ」
 その亮の言葉に、アランもうなづいた。
「確かに、そうかもしれんな。ちょうど先行していたウチの連中の一部が戻ってきた所だ。来てくれ、作戦を検討しよう。准将?」
「そうしてくれ。カラバをつくった男の手並みも、拝見させてもらおう」

「へぇ、あれが本家の獣戦機隊か……」
 アキラ・ランバートは去っていく面々を興味深げに見ながら言った。3年前に会ったことがある連中の話では、軍人にしては相当クセのある連中だと聞いている。いまのを見ただけでは噂通り、とまでは言わないが、確かにまともな軍人ではないのは間違いなさそうだった。噂ではそういった精神性も、獣戦機を扱うために必要とされるのだという。
「どれ、ちょっと本物の獣戦機って奴をみせてもらうとするかな」
 アキラは獣戦機計画に志願するつもりでいる。アランたちが戻ってこないのを確かめると、アキラは格納庫へ向かって歩いていった。

「状況はあまりおもわしくない」
 アランが口を開いた。
 先行しているカラバのメンバーの報告では、すでに戦闘は街中に及んでいる。敵はミケーネの空中要塞と戦闘獣、機械獣が数体づつ、それに百鬼の指揮官用巨大ロボと、メカ暴竜鬼、そのほかムゲの小型戦闘艇などが多数。一方の蜂起した市民は、重火器で武装しているものの、すでに一方的な攻撃を受けつつある。
「なんてこと……急がないと街への被害が広がるいっぽうだわ」
 マコト・カグラが唇をかみ締める。
「ムゲの小型艇はともかく、やはりミケーネと百鬼がやっかいだな」
「戦闘獣と機械獣ね……上等だよ、やってやろうじゃん」
 アランの言葉に、沙羅が吐き捨てる。
「わいは百鬼もミケーネもこわないでぇ!」
 古参兵であるイワタ・テツゾウも、自分を鼓舞するかのように声を上げた。
「そんなことより、できるかぎり市民への被害を食い止める方法を考えなくては」
 そういったのは、ディスカイ・アズール准尉だ。カヲル・アサヒナもうなづく。
「ええ、わたし達に賛同して蜂起してくれた人々を、助けなくては。わたし達がそれだけの力を見せなければ、これからもっと多くの人々に立ち上がってもらうことなんて、できはしないもの」
「そうだ。いかに戦力を整えてきたとはいえ、所詮我々は少数にすぎん。異星人を地球圏から排除するためには、我々だけではどうにもならない。それには、彼ら絶対多数の市民たちの協力が不可欠なのだ」
 とブレックス。
「それはむろん、私も万丈もそのように理解していますよ。そのためのカラバです」
「そいつはいいが、どうするつもりだ、アランさんよ」
 腕を組んで、壁にもたれたまま話を聞いていた亮が、アランに問いかける。
「うむ、まず奴らを街の外へ引きずりださねばならん。敵の主力である百鬼とミケーネを誘き出せれば、こちらも二手にわけ、一方を市民たちの救援にまわらせることができるだろう。非武装市民の誘導は、先行したこちらのスタッフにやらせる。敵を誘き出す囮役も、我々が担当しよう。准将、そちらの主力は、百鬼とミケーネの中枢戦力を引き受けていただきたい。むろん、街中での戦闘がおさまれば、我々も援護に向います」
「了解だ、アラン君。まかせよう」
「なら、アタシは黒騎士隊と一緒に囮をやらせてもらうわ。いいんでしょ、アラン? せいぜい派手に挑発してやろうじゃない」
 ガーネット・マリオンがニッと笑いながら言った。


 カンザス・シティでの戦闘は、ほぼ作戦とおりに進んでいた。ミケロスの地獄大元帥以下の強力な戦闘獣や機械獣、百鬼のグラー博士と暴竜鬼らは、カラバの囮部隊によって郊外まで誘い出されていた。戦場は想定とおり街の外へと移っている。もっとも、ミケーネ・百鬼の連合軍は強力であり、主力を引き受けた解放戦線は苦戦を強いられていた。
「女子供が優先だぞ! 急げ!」
 ツバサ・カゼノベがコックピットから身を乗り出して叫ぶ。街の外の戦闘の音が、ここまで聞こえてくる。通りの向こうでは、トオル・タケミが負傷者の応急処置のための物資を武装市民たちに受け渡しているところだった。上空ではときおりムゲ戦闘機との交戦が起きているが、街中での戦闘は散発的になっている。どうやら、市民の救援、という点はほぼ成功しそうだった。後は、敵を撃退できるかどうかだ。

「あれが獣戦機のアグレッシブモードか……すっごいな」
 アキラの目の前を、2頭の巨大な獣が咆哮をあげ疾駆していく。ランドライガーとランドクーガーのアグレッシブ・ビースト形態である。敵の攻撃を跳びかわし、飛びかかり、噛み砕き、引きちぎる。その動きは、まさに野獣そのものだ。かつて、高度に自動化された地球兵器は、ムゲ帝国軍の技術の前では反応が簡単に予想されてしまったために、なすすべもなく撃破されていった。唯一MSのみがどうにか対抗できた兵器だったが、当時のMSでは装甲も火力も、帝国兵器におよびもつかなかった。そんな中で、多大な戦火をあげたのが、性能で帝国兵器を凌駕するレイズナーであり、パワーと火力のあるブラック・ウイングであり、連邦が開発途中であった獣戦機だった。“野獣の本能”を機体コントロールの基本にすえたがゆえに、獣戦機の動きは帝国の高度なコンピュータでも推測不能だったのである。単体での戦闘力がそれほど高くはない獣戦機は、さらに4機が合体することで絶大なパワーと機動力を発揮するダンクーガとなる。解放戦線が進めている第2次獣戦機計画は、その合体機能を排除することで生産性をあげた獣戦機を量産し、ムゲ帝国軍に効果的に対応できる戦力の拡充を目指すものなのだ。だがその設計ゆえにそれでも獣戦機は量産が難しく、また機体の調整、パイロットとの適合性など、多くの問題を抱えているのではあったが。
「獣戦機隊、いまだ健在なり……ってとこか」

「アラン隊長、バックスタッバーの奴、やりましたよ」
 アランはフランシスの声で視界をめぐらせ、その光景をとらえた。ニギ・グリューネが自らの機体と引き換えにオベリウスに致命的なダメージを与え、イン・バックスタッバーのケンプファーがとどめをさしたのだ。
「ほう、戦闘獣をやったか」
 やがて、戦闘獣1体とすべての機械獣を失った地獄大元帥は捨て台詞を残して撤退し、慌てたグラー博士も暴竜鬼をともなって引き上げていった。敵首魁を撃破できなかったものの、カンザス・シティを守り、敵を撃退するという目的は、十分達成されたのである。
 この戦い以後、カンザスで蜂起した多くの者たちが合流し、カラバと解放戦線の人員は大きく増えることとなる。

「苛烈! 猛攻のエルブルス」
カラバ 作戦3 VS スペシャルズ 作戦5

 運命は皮肉なものである、といってしまえばそれまでだが、このときマナミ・ハミルの置かれた状態は、まそにそれであった。
 スペシャルズの奇妙な動きは以前からカラバの情報担当スタッフらによってキャッチされていたが、それが“財団の裏切り者”である彼女自身の所在を確認するためのものであったとは露にも思わず、にも関わらずニューヤーク攻撃作戦に参加せず残留していたマナミは、その彼女を探す者との最初の対決を迎えることになる。

「そういえばマナミさん」
 整備中のスイームルグを眺めながら、ナシュア・アバーナントが言った。
「なに?」
「いやほら、前にアランさんが言ってた、背部に取りつけるはずだったパーツって、結局どうなったのかなと思って」
「……そういえば、そんな話をしていたわね。あたしも聞いたことなかったけど……ローレンス、何か知ってる?」
「はい、先々代よりおうかがいしたことがございます」
 もとハミル家の執事ローレンス・ジェファーソンは、まったく表情を変えずに応える。
「ちょっと、あたしは一言も聞いてないわよ」
 ティーカップを口もとに運ぼうとしていた手がピタリと止まり、マナミはローレンスをにらみつけた。そもそも知っているなどという返答がくるのを予想して、尋ねたわけではなかったのだ。
「なにぶん、私も当時一度だけ設計図を拝見させていただいたのみでした。その後どうなったのかは存じませんし、不確かな情報は混乱を生じるだけでございますので、お話したことはございませんでした」
「……まぁいいわ。それで、どんなものだったの?」
「私の記憶では、単体での運用も可能な飛行ブースターであったかと」
「飛行ブースター……戦闘機のようなものだったのかしら」
「残念ですね。それがあったら、スイームルグもきっともっとすごかったんだろうなぁ」 とナシュア。
「そうね。それがあればスイームルグも飛べたのでしょうに。一体、どこへ行ってしまったのかしら、その設計データは」
 そのとき、警報が鳴り響いた。近隣の山間部に設置したプローブが、敵影をとらえたのだ。一気にカラバスタッフの動きが慌ただしくなる。そもそも戦闘要員でここにいる者は、これを想定して待機していたのだ。
「へへっ、きよったきよった。こっちに残っとったんは正解やったな。返り討ちにしたるわ!」
 アリサ・セキニシがブラックウイングX2に乗り込みながら、喜々として言う。
「アリサ、先に出て索敵、お願いね。みんな、でるわよ! ローレンス、スイームルグの起動急いで!」
「わかってるがな、マナミはん。ほな、行っくでぇ!!」

 一方、記録上は正規の編成ではないスペシャルズ部隊は、設置されていたプローブの一つを破壊した所だった。
「情報通り……ゲリラの基地はこの近くですわね」
 財団からの要請によって、1級特尉待遇でスペシャルズに所属することになったアイシャ・リッジモンドは、周囲を確認するモニタの画面を次々と切り替えながらつぶやいた。その麾下に配属された兵たちも、すでにこの一連の作戦行動の目的が、レジスタンスに転身したハミル家の当主を発見、拘束することにあるのだと聞き及んでいる。そして、今回目標としているカラバの秘密基地にいる可能性が極めて高いことも。
 そのこと自体は、特に不思議は覚えないが、一部の兵士たちが疑問に思うのは、なぜこの女性が、ということだった。アイシャはリッジモンド子爵家の令嬢で身分が高いが、軍事訓練をほとんど受けていない民間人には違いないし、まだわずか17歳の少女にすぎない。そんな人間を送り込んでくるとは、財団側は何を考えているのか。もっとも、今のところ素人であるがための失敗はしていなかったし、立場的な問題からも、そんなことを口にする者はいない。
 当初一度だけ、それに関連するようなことを聞いた兵がいた。エドウィン・ファン特士だ。アイシャとマナミとの間に個人的なつながりがあるのだろうと考えたエドウィンだったが、その内容よりも聞き方がまずかった。いつものように、軽く、親しみを込めて(悪く言えば馴れ馴れしく)聞いたのだ。それに対するアイシャの反応は、冷たいを通り越して、苛烈だった。侮辱されたと感じたときに貴族が取る行動など、たいがいの人間が予想できるだろう。たまたまその場にいたロバート・ラプター2級特尉がうまく取り成したので、事なきを得たのだが。
 エドウィンは彼の部下でもあったので、かわって丁重に詫びを述べたロバートに、アイシャは言ったものだった。
「軍にも少しは常識をわきまえた方がいるようね。安心いたしましたわ、ラプター卿」
 そんな経緯があったためか、戦闘時にロバートと彼の部下たちがフォローに入るのを、アイシャは「必要ない」としながらも、止めもしなかった。もっとも、それによって貸しの一つもつくっておければと思っていたロバートも、すでにアイシャがそんな精神構造をしていないこと、つまり借りを借りとは決して認めないだろうことに、遅まきながら気づき始めていたが。


(む……あれは、もしや……)
 いままさに戦闘が開始されようかという時、ローレンスはモニタスクリーンに映る1機の機影に目を奪われた。スキャンしてみるが、識別データにはない。
「……やはり、間違いない。お嬢様」
 スイームルグの複座型コクピットは、空間的なつながりはあるものの、それぞれが独立したブロックとして、上下に分割されている。ローレンスは上を向いて、上部コクピットにいるマナミに声をかけた。
「なに?」
「あの鳥のような戦闘機がお見えになりますか。あれは、このスイームルグとともに設計された機体です」
「本当なの、ローレンス!?」
「わたくしの目に間違いございません」
「そんな……おじい様の残してくださったものを一体誰が……」
 マナミはスクリーンに小さく映る、翼のあるような戦闘攻撃機を凝視する。
 通信機から声が飛び出したのは、そのときだった。
「ようやく見つけましたわ……マナミさん」
「誰ッ!?」
「……わたくしの声をお忘れになったのかしら? 3年ぶりですものね」
「3年ぶり……?」
「そうですわ。あなたときたら、ちっとも財団の集まりに顔をお出しにならないのですから」
「財団の……まさか……アイシャなの!?」
「情けないこと。いとこの声を思い出すのに、ずいぶんと時間がかかるものですわね」

 そのやり取りを聞いていたアリサは、マナミの通信に割り込まないように、ローレンスのサブシステムにチャンネルをあわせる。
「ちょい、じいさん。なんや知り合いみたいやけど、あれ誰や? あんたも知っとるんやろ?」
「……リッジモンド子爵家の、アイシャお嬢様です。マナミお嬢様のいとこにあたる方です。なるほど、エルブルスの設計図はリッジモンド家にあったというわけですな」
「じゃあ、彼女も仲間になってくれるのかな」
 そういったのはナシュアだ。
「いえ……残念ながら、どうもそれは期待できぬようです。それにあの機体はスペシャルスで建造されたものに違いありません」

「アイシャ……あなた一体……どうして?」
「どうしてですって? 申し上げたはずよ。わたくしは、貴女を探していたのですわ」
「では、なぜスペシャルズと一緒なの!? 同じ地球人を平然と狩り立てる、裏切り者のスペシャルズと!?」
「裏切り者ですって? それを貴女に言われるのは心外ですわ。貴女がそうやってレジスタンスと一緒になって邪魔をするから、リッジモンドの家までもあらぬ嫌疑をかけられるはめになったのです!」
「そんな……」
「お戻りなさい、マナミさん。今ならばまだ、わたくしがとりなして差し上げるわ」
「待ってアイシャ! あなたは間違っているわ! ロームフェラは……」
「お黙りなさい! もしも貴女に戻る気がないとおっしゃるのなら、わたくしはリッジモンドの名にかけて、貴女を倒します!」
「なぜ!? なぜ、いまこの時に地球人同士で争わなければならないの!? 敵はムゲ=ゾルバドス帝国のはずでしょう!?」
「ロームフェラの導く、新たな時代のためですわ! さぁ、戻らぬとあらば、覚悟なさい」
「アイシャ!」
「問答は無用です!」
 アイシャはそれだけ言うと、一方的に通信をカットした。そのまま、味方機に通信する。
「ラプター2級特尉、わたくしはあの者以外に手をわずらわすつもりはありません。おわかりですわね」
「よろしいでしょう、ほかは我々が引き受けます」
「結構です。それでは、まいりましょう」



「くっ、このわたくしが、こんなことで……。覚えておきなさい、マナミさん。いずれ必ず、貴女を倒してご覧にいれますわ!」
 マナミとの戦いで損傷を受けたエルブルスが限界に近いと見たアイシャは、撤退という苦汁の決断をした。すでに味方も3機大破している。無理をしていたずらに損害を増やせば無能とのそしりを免れ得ないし、バスクあたりに嫌みをいわれるのは避けたい所だった。
「アイシャ……どうして……」
 撤退していくスペシャルズへの深追いを止めさせてから、マナミはぽつりとつぶやいた。

「華麗なるル・カイン」
LIFE 作戦4 + カラバ 作戦1 VS スペシャルズ 作戦1

 ニューヤークで占領軍の新司令官就任式典を襲撃する。それは、解放戦線にとっても、カラバにとっても、これまでで最大の軍事行動であり、極めて危険も大きい。それをあえて実行に移したのは、万に一つでも新司令官ル・カインを倒すことが出来れば後の活動への影響ははかりしれなかったからであり、そしてまた、レジスタンス達がそれだけの戦いを挑むことができるということを、地球圏の人々に知らしめるためでもあった。
「状況は!?」
 ブライト・ノア中佐が、声を荒げる。
「陽動はうまく行っています。あとは、ニューヤークに入ったカラバがしかけるのを待つだけです」
 そう応えるのは、オペレーターのトーレスだ。
 解放戦線・カラバともに、それぞれ別方面で陽動作戦を展開している。解放戦線は獣戦機を中核とした部隊で、カラバの方は詳しくは連絡を受けていない。しかし、それぞれニューヤーク守備隊の一部を割くことに成功しているようだった。
 後は、ニューヤークに潜入したカラバの破嵐万丈以下の襲撃部隊が、パレード中のル・カインに攻撃をしかける手はずだ。解放戦線主力部隊の突入は、それからである。

 そのニューヤークでは、すでに就任式典が始まっていた。
 万丈以下、ニューヤーク潜入組は、すでに所定の位置についている。現地のゲリラの手引きがあったとはいえ、この厳重な警戒体制の中、あまりにも簡単に潜伏できていることが、すでに罠の存在を明示しているといっていい。しかし、それは承知の上での作戦だ。
{こちらレイカ。パレードが出発したわ。ル・カインは中央のディマージュ。まもなくそっちにいくわよ}
 万丈の持つ通信機から、レイカの声が流れ出る。解体作業中の廃ビルの中だ。
「いよいよだ。みんな、準備はいいか」
「こっちはいつでもいいぜ」
「まかせてくれよ、万丈さん」
 ブラッド・スカイウィンドと兜甲児が、口々に言う。弓さやかはいまだに不安げだ。
「僕の計算によれば、この計画は90%の確率で成功するね」
 そう言ったのはブライアン・タイムである。あまりに状況にそぐわない言葉に、さやかは顔をしかめる。
「それは、控えめに言っても数字が大きすぎるんじゃないかな。そう信じるのはいいが、僕たちが敵の罠の中へ飛び込むんだってことは、忘れないでくれ」
「フッ、いいじゃないか。その自信のほど、見せてもらうぜ」
 うっすらと額に汗をにじませたブラッドが、ニヤリと笑う。すでに“内の息”といわれる独特の行為を通して、ルン(気、生体エネルギーのこと)の流れを活性化させているのだ。それはアースゲインとヴァイローズが、戦闘を行う際に必要とされるエネルギーの元となる。そのために“武機覇拳流”の機体は鍛錬を積んだ者にしか扱えない。ギャリソン時田の分析によれば、その鍛錬法は東洋の密教僧のそれに似るという。
「よし、いくぞ! カムヒアッ、ダイターン3!!」
 タイミングをはかっていた万丈が合図する。すでにパレードは彼等の目の前を通過しつつあった。

「なに!?」
 ディマージュの頭部にあるコックピットに立ち、沿道に群がる人々にその姿を見せていたル・カインは、慌てて警護隊に命令を発した。
「おのれ、ゲリラどもめ。迎撃せよ。一人も生かして返すな!」
 パレードの真っただ中へと飛び込んだカラバ各機と、パレードの警備部隊の間で、激しい交戦が開始される。しかしなんといっても、マジンガーZ、アースゲインといった強力な戦闘ロボである。それにプラスして、高空から対空防衛網を突破して一気に降下してきたダイターンがいる。並みの戦力では、容易に押さえられない。
 やがて、シモーヌ・ルフランの一撃が、ディマージュの頸部に命中した。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
 ル・カインが爆発の中に消える。
「あっけなさすぎる……やっぱり、囮だわ!」
「そのようですな。すでに完全に囲まれております。どうやらこの街から外へは出さぬつもりです」
 とギャリソン。
「ちっ、うじゃうじゃと出てきやがったぜ」
 甲児が言うとおり、警備隊よりも重武装のSPTやMSが、次々を姿を現わしていた。上空もすでにエアリーズやソロムコによって封鎖状態だ。
「ああ、どうやら本物もおでましだ」
 万丈は接近するSPT群の中に、金色に輝くSPTを見つけていた。
「どうやら噂通り、ただ者じゃなさそうだね」
 その金色のSPTザカールに乗っているのは、先ほどディマージュに乗っていたのとうり二つな、赤い髪をした男だった。しかし、すでにカラバ側もわかっている通り、さきほどの男は影武者にすぎなかった。
 ル・カインはすっかり囲まれ、動きがとれなくなっているレジスタンスたちの前に、ことさらその姿を見せつけるかのように機体を制止させる。
「罠と知りつつあえて出てきたというのか? 地球人ごときが、こざかしい真似をする。だが、その浅はかさを身をもって知ることになる」
 ル・カインは一呼吸おいてから、レジスタンスに、というよりも、それを聞くすべての地球人へ対しての宣言を行った。
「地球人どもよ、聞け! 私に立ち向かうことが、いかに愚かな行為であるか、今から見せてやろう。我々に逆らおうとするな。お前たち地球人の幸せは、我々に支配されることにあるのだ。支配するものと、されるもの、およそ宇宙にはその原理しかない。よりよき支配と無垢なる従順。これこそが理想なる世を現出する、ただ一つの真理だ。私が地球に来た理由は、その原理に基づいて真の平和を確立するためにある。いまより地球的なるものは一切捨てよ! 我を信じよ! 帝国を信じよ!」
 それはあまりにも一方的で、不遜で、傲慢な宣言であった。真っ先にそれに反応したのは、万丈だった。
「黙れッ! この地球に僕たちがいるかぎり、かならず帝国の支配を打ち砕いてみせる!」
「フフフ、なかなか楽しませてくれそうだな。ならばまず、ここでそれを見せてもらおうか」
 ザカールの左腕が、上空へ向かって差し伸べられる。その腕が振り下ろされ、一斉攻撃が開始されようかというその時、ニャーヤークの外縁部で立て続けに爆音が響いた。
「ヘヘッ、来た来た! 別働隊と解放戦線もようやくご到着だぜ! いくぜ、ロケットパーンチッ!!」
 マジンガーZの前腕部が、勢いよく飛び出していく。それを合図に、カラバの面々は一気に囲いを突破するべく戦闘を再開した。
「閣下! 敵の別働隊です!」
「愚か者が。罠と知りつつしかけてきたのだ、当然であろう」
 焦りの見えるギウラとは裏腹に、ル・カインは極めて冷静だった。
「待機しているすべての部隊を出し、敵を殲滅せよ」
「りょ、了解いたしました!」

 ニューヤークの街は、すさまじい激戦に突入した。
 そんな中、万丈たちはなおもル・カインを仕留めるべく狙っていたが、敵の親衛隊と思われる一団は恐ろしい勢いで接近する機体を葬っていく。
 そこへ1機の蒼いSPTが飛び込んできた。エイジ・アスカのレイズナーである。
「カラバの方、遅れてすまない」
「いやいや、いいタイミングだった。さすがはブライト中佐だ」
 万丈がエイジに応える。エイジはすぐに、金色のSPTがル・カインであると理解し、言った。
「ル・カイン……俺はお前とグレスコ総督を、必ず地球から追い出してみせる!」
「あいにくだが、私は血のにごった男の世迷いごとを聞く耳は、持ち合わせておらん」
「なにッ!?」
「エイジ・アスカ……帝国の裏切り者。フッ、貴様とは必ず会えると思っていたぞ」
 ル・カインは不敵に笑う。エイジがなおも言葉を続けようとしたとき、耳障りな声が飛び込んできた。
「エイジ……エイジィィィィ!!」
「まさか……ゴステロッ!?」
「ひゃーははははっ! き、貴様が生きていてくれてうれしいぜ! これで、貴様をぶっ殺してやる楽しみができたからなぁ!!」
「ゴステロ……生きていたのか」
 エイジの脳裏に3年前の月での戦いがよぎった。
「さぁてなぁ、この体のどこからどこまでが生きているのやら。聞いたぜぇ、貴様こそゲイルの野郎を殺ったそうじゃねぇか、ええっ!? ぐ……脳がいてぇ……」
「黙れ、ゴステロ。貴様ごときが口を差しはさむでない!」
 ル・カインは嫌悪感をあらわに、そう吐き捨てる。
「は……はぁっ! お許しください、ル・カイン閣下ぁっ!」
「ふん、つまらん邪魔が入った。もう少しざれ言につきあってやろうと思ったが、気が変わった。貴様らがどこまでやれるか、とくと見物させてもらうとしよう」

 一方、就任式典に出席していたスペシャルズ総帥トレーズ・クシュリナータらは、カラバの襲撃が開始された時点で、すでにメイン開場からの退避をはじめていた。
 グラドスタワーをやや離れたビル、その多くをスペシャルズが管理しているのだが、そのビルのもとへと向かっていたのだ。
 そこへ、スペシャルズの部隊も到着する。ノウルーズのエルリッヒ・フォン・シュターゼン上級特尉は、トレーズとレディ・アンの姿を認めた。
「閣下、ご無事で」
「こちらは問題ない。それよりも、わかっているだろうがこれからが本番だ。レジスタンスを殲滅せよ。そのための作戦なのだ」
「了解しております。数名おつけいたします、閣下。しばらくのご辛抱を」
「構わないよ。私はここで我がスペシャルズの兵たちの戦いぶりを、楽しませてもらうとしよう。存分にやってくれたまえ」
「ハッ。スチュアート特尉、アーカム特士、この場の警護にあたれ。閣下とアン特佐をお守りしろ。他の者は規定の戦術パターンに従い、敵を各個撃破せよ」
「了解! トレーズ閣下がご覧になっている。ル・カイン新司令もいらっしゃる。フフフッ、これって、あたしを売り込むチャンスだわ。やってみせる!」
 接近する解放戦線の陸戦ガンダムの一隊へ向けて発進したノウルーズを追うように、ヴァネッサもまた敵へと向かっていく。メイリーン・エヴァンス上級特士らは、敵の退路を断つべく外縁部へと回り込んでいく。その場に残されたのは、数機だった。
「アオイ・スチュアート2級特尉であります。この場の防衛を担当させていただきます」
「まかせる、スチュアート特尉」
「ハッ!」
「トレーズ様、中へお入りください。ここでは狙撃されます」
 レディ・アンがそううながし、トレーズともどもSPに囲まれて、ビルの中へと消えていく。
 その同じビルの中では、すでにロアン・デミトリッヒが、かつて生死をともにしたはずの仲間たちの戦いを、じっと見つめている。
「ばかなことを……」
 上空を飛ぶレイズナーの姿を認め、ロアンはそうつぶやいた。



 カラバと解放戦線の目的はル・カインであったが、戦場の混乱ぶりひどく、ほとんどの者が金色のSPTを目にすることも無く推移していった。それはまた、レジンタンス側が見事に分断され、迎撃に当たる帝国軍やスペシャルズに極めて有利な状態を作り上げていく。もっとも、最初から彼らは優勢な立場で戦いを進めているのだが。
 エルリッヒは、その戦域にいる彼の乗機と同型の機体を、見逃しはしなかった。
「ソルフデファー……乗っているのは、あのときの少年か?」
 言い様にビームマシンガンを一連射する。
「くっ……あいつはッ!」
 アークライト・ブルーは、横からの攻撃でくずれた体制を整えると、その敵に向かって小型ミイサルを発射する。目くらましの意味もあったのだが、敵機はミサイルが着弾するよりも先に、接近しつつあった。ビームマシンガンを乱射する。
「またあんたかッ!」
「どうやら……腕をあげているようだな。少年、なぜ君はそうも戦える」
 攻撃をかわし、悠然と立つ敵機に、アークライトは恐怖を覚えた。あのあとアポリー中尉から、シュターゼンという士官がスペシャルズのエースパイロットの1人であることを聞かされている。しかし、恐怖よりも、その物言いに対しての怒りが勝った。
「俺の街を焼いたのはあんた達だ! 俺がここにいるのは、こんなことしなくちゃならないのは、あんた達のせいだろうが!!」
「なるほど、そういうことか……たが、戦場に出てくるならば容赦はせんぞ、少年!」
「このおぉぉっ!!」
 アークライトは必死に抗戦する。しかし、機体は同等のはずだが、腕の差がありすぎた。直撃こそかろうじて避けていたものの、あっと言う間に幾度も被弾する。
「くうぅぅっ……」
 コンソールはすでにアラートシグナルで真っ赤に染まっていた。
「それ以上は無理だな、少年。その機体は返してもらおう。早く脱出しろ。むざむざ死ぬことはない」
 エルリッヒはそう言ったが、しかし彼は試作機を奪還する機会をまたも逃すことになった。解放戦線のMSが数機、戦域に飛び込んできたのである。

 その頃、エイジは海上で恐るべき敵と戦っていた。ル・カインではない。ゴステロでもない。それはエイジが予想だにしなかった敵、実の姉ジュリアであった。その赤いグライムカイザルの同形機を見たエイジは、当初ゲイルが生きていたのかと思ったものだ。
 エイジは戦わねばならない、という想いと、姉と戦いたくない、という想いで苦しんでいた。本当にゲイルを殺したのか、という問いにも、答えられなかった。攻撃を避けるばかりのエイジに、ジュリアが叫ぶ。
「戦いなさい、エイジ!」
「くっ……やめてくれ、姉さん!」
 エイジはなおもその攻撃を避ける。
 いずれは撃破されるか、撃破するしかなくなる。もはやどうにもならない、と思ったとき、戦いはあっけなく終わった。解放戦線かカラバか、それともスペシャルズかわからなかったが、執拗にエイジを追っていたジュリアは、バックパックに流れ弾の直撃を受けてしまったのだった。ブラッディカイザルはコントロールを失い、海へと落下していく。
「くっ、姉さん……俺は……」
 しかしエイジもまた、乱戦のただ中にある。感傷に浸ることは許されなかった。

「くそっ……俺は……」
 アークライトは無意識のうちに、脱出経路をたどっていた。警告音がして、目の前の開けた通りの向こうに、数機の敵を発見する。
 まだ向こうからは気付かれていない。
 アークライトがモニタは注視した。敵機の背後のビルの窓に、いくつかの人影がある。アッブにすると、それはスペシャルズの高官たちであるとわかった。
 アークライトも解放戦線の一員として、ある程度の経験を積んできている。以前は知らなかったスペシャルズのことも、今は知っている。
「まさか……トレーズもいるのか!?」
 そう判断した。スペシャルズはトレーズの強力なリーダーシップとカリスマ性によって成長してきた組織だというのが、一般的な見方だ。トレーズを倒せば、少なくともスペシャルズは弱体化する。
 アークライトはビットガンのエネルギー状態を確認すると、人影が見えたフロアをまるごと吹き飛ばそうとした。しかし、疲れ果て、気が焦るアークライトは、別の敵機の接近に気付くのが遅れた。
「しまっ……うわあぁぁぁぁぁーっ!!」
 銃身に直撃を受けて、その爆発でソルフデファーは吹き飛ばされる。衝撃でアークライトは気絶し、制御コンピュータが破壊されて機体ももはや動かなかった。
「スチュアート特尉、敵機が接近し始めた。警戒を怠るな」
 ジャンヌ・ベルヴィル1級特尉そう味方に通信すると、ソルフデファーの動力が落ちたことを確認する。誘爆はしないようだが、もはや動くまい。
「いま、トレーズ総帥をやらせるわけにはいかんのでな。悪く思うなよ」
 ジャンヌは別の敵機を探し始めた。

 ニューヤークでの攻防は、帝国軍とスペシャルズの優勢のうちに、終結しようとしていた。すでにカラバおよび解放戦線の多くが、撤退を開始している。
 ル・カインは撃破できなかった。であれば、状況を見極めて、追撃を耐え、無事に逃げ延びることに全力を尽くす他はない。
「くっ、やはり無理だったか……」
 万丈が苦渋の声をもらす。
「フッ、口だけではないようだが、この程度で帝国を倒すなど、片腹痛いわ」
 もはや周囲の味方もほとんどいない。脱出を決断する時だった。
「ここは退くしかない……か。みんな、引き上げるぞ!」
 万丈たち最後に残っていた戦力も、撤退を開始する。エイジもまた、ゲイルや姉のことを胸の中に押し込め、ル・カインへ最後の言葉を叩きつけた。
「ル・カイン! 誇りのためだけに戦うこともできるのが、地球人だということを、よく覚えておけ!」
 ギウラがレジスタンスの追撃を指示する。
 撤退していく機影をみながら、ル・カインは笑っていた。
「フフフッ、面白い。この星は刺激に満ちている。気に入った! ハーッハハハハハハハッ!!」

 こうして、ニューヤークの戦いはレジスタンス側の大敗という形で、幕を閉じる。
 だがこれは、より激化していく戦いの、最初の一幕に過ぎないことを、誰もが理解していた。解放戦線とカラバにとっては、この敗北は今後の帝国のレジスタンス対策がさらに過酷になることを意味していた。
 いままで帝国のレジスタンス対策は、その大部分をスペシャルズが請け負ってきた。新司令官ル・カインのもとで、その状況は大きく変化するだろう。ル・カインはそのために、地球へやってきたのだから。
「ル・カイン新司令は無傷……か……。異星人の護衛など……私は何をやっているというのだ……」
 ようやくのことで一息つくことができたメイファ・タチバナウォン特士は、夕陽をあびて金色に輝くSPTを無意識にみやりながら、そんなことをつぶやいた。


 ニューヤークの攻防戦から数日後……。
「報告は聞いたよ、大尉。ニュヤークはしかたがあるまいが……すごいものだな。彼がカミーユ君かね」
「はい、准将」
「よい若者たちが集まってきたということか」
「……いえ、そんな……」
「君やアークライト君、セレイン君らの協力で、帝国の新型兵器がこれほど手に入ったのだ。普通ではできないことだ」
「僕も……ですか」 とアークライト。
「偶然が重なっただけです。結果としてこうなっただけで、僕は別に……」
 カミーユが言うが、ブレックスは笑ってそれを受け流した。
「その偶然も、人の力があってのものだと信じたいのだよ、私は」

「私の期待しすぎかな。彼らをニュータイプだと思いたいが」
 カミーユたちを退出させたあと、ブレックスはクワトロやブライトらにそう言った。
「大尉の話を聞いたかぎりでは、アムロの再来と思えなくもありませんが……大尉はどう思う?」
「ニュータイプは超能力者のことではありません。目に見えて違うことはありませんが……資質は感じます」
「そう思う。大切にしてやってくれ。1年戦争とあの3年前の戦い、その後の帝国の粛清政策によって、地球圏は中高年者の極端に少ない社会構造になってしまった。生き残った若者たちには、次の時代をつくってもらわねばならん」
「はい。しかしその次代への熱意が、誤った方向へ向ってしまったのがスペシャルズです。それは、認めたくはないものです」
「そうだな、大尉……」

次回予告
 海と大地の狭間にある世界、魂の安息所バイストン・ウェル。
 地上世界の争乱はかの地の理をもゆがめ、その戦いの想念は数多の戦士たちを飲み込んで、オーラマシンという形となって地上へと現出する。
 そしてスペシャルズの監視を逃れ、ついに行動を起こす一年戦争の英雄アムロ・レイ。
 その姿を現わす6つ目の流星と、それを追う新たな戦士。
 ル・カインの苛烈な反帝国勢力つぶしと、スペシャルズ総帥トレーズ・クシュリナーダの策謀……。
 激しさを増していく戦いの中、戦士たちは苦悩する。それぞれの、進むべき道を探して……。
次回『War in The EARTH』第3回“哀・戦士たち”
『戦いの末に待つものは、闇か、それとも光か……』
あとがき
・というわけで、いろいろあってずいぶん遅れてしまいましたが、第2回結果ストーリーをUPいたします。
・うむぅ……ヒイロ対ゼクスは、書いてる最中に、PCもいないしこんなん書いてもしょーがないなぁ、と思いつつ、結局最後まで書いてしまいました。
・今回は作戦申請時のコメントによるもの以外にも、目立った戦果をあげた数名のPCが登場しています。ヴァネッサは、コメントに戦果がともなっていたために登場とあいなりました。ちなみに、結果ストーリーへの登場を目指してコメントを書く場合は、せめてPCの口調などの登録はしておいてくれると助かります。
・余談ですが、アリサ・セキニシ嬢の口調は、設定通り「えせ関西弁」です。というよりも、私は正しいのを知りませんし(笑)。河内弁とかいろいろと分かれるのは知ってるんですが……。ですから今後登場するすべては「えせ関西弁」となってしまうことを、あらかじめお断りしておきます。仕事でやる時は、ちゃんとそっちの人間にチェックしてもらうんですが、関西の方、ご容赦を。
・ちなみに校正もろくにしていないので、誤字脱字誤変換、おかしな文脈が残っていると思います。なにかありましたらぜひご一報下さい。
・「64」をプレイした方はカンザス・シティ編で“レラ”が登場するのを期待されたむきもあるかもしれませんが、このゲームではアークライトとセレインが同時に存在しているため、レラは出せませんでした。どちらか一方とだけからむ、というのも何ですし。「64」キャラについては、主人公とライバルのからみのみ、ということで。
・さて次回ですが、予告にある通り、いよいよオーラバトラーが登場します。オーラバトラー乗り希望のみなさん、お待たせしました。もっとも乗れるのは第4回からですけど。さらにアムロとあの男も登場です。はたしてどうなることやら。ちなみに「64」未登場のカツくんも一応、登場予定です。なんか挑戦されそうだけど(笑)
・しかし……手を抜こうとして、実際抜いているわりには、なぜだか大変になる一方……。うーむもはや「抜本的な対策」が必要ですね。

今回登場PC一覧
解放戦線
506 カイン・シュナイダー中尉
530 リドル・フェイテッド少尉
535 ザッフェ・カイン少尉
538 ニギ・グリューネ
551 イワタ・テツゾウ少尉
618 ディスカイ・アズール准尉
631 ルーク・ヴィンスヘル准尉
644 ティア・カレス曹長
744 アマール・レーテ曹長
848 ウミ・チノ曹長

カラバ
531 イン・バックスタッバー
549 アリサ・セキニシ
561 マコト・カグラ
579 ナシュア・アバーナント
614 アキラ・ランバード
625 トオル・タケミ
635 リュウ・イシュマイル
654 ジュワニ・ティルマン
784 ツバサ・カゼノベ
791 ブライアン・タイム
794 カヲル・アサヒナ
807 エリア・コーデリアス
812 ガーネット・マリオン

スペシャルズ
503 ジャンヌ・ベルヴィル1級特尉
527 ロバート・ラプター2級特尉
554 アオイ・スチュアート2級特尉
574 マーガレット・ラム特士
584 エドウィン・ファン特士
619 クリストフ・アーカム上級特士
660 ヴァネッサ・ギャラウェイ2級特尉
723 メイファ・タチバナウォン特士

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