作戦概略

「その情報は間違いないのかね」
 ブレックス・フォーラは、その重大な情報に誤りがあってはいけないと思い、再度念を押すように確認した。ヘンケン・ベッケナーは報告書に軽く目を走らせ、ブレックスにうなづく。
「はい。カラバのハヤト・コバヤシ氏からの情報ですが、出所はロームフェラ財団のルフラン侯爵家だそうです。間違いないでしょう」
「例の、エイジ君とともに火星を脱出したお嬢さんだな。帝国はどうやら本腰を入れて、我々を潰しにかかるか」
「面倒なことになりますな。占領軍の新司令官……例の将軍たちとも違うようですが、いずれにせよ、並みではないでしょう」
「同感ですが……事態は動き始めています。もう後戻りはできません」
 クワトロ・バジーナ大尉が言う。サングラスの下の表情からは、余人がその意図を読むことは出来ない。
「部隊の展開を急がせよう。スウィートウォーターからは、例のM作戦がいよいよ実施されるらしいとの話もきている。大尉、スペシャルズのガンダムの件はどうなっている?」
「は、やはりガンダムMKIIが実戦でのテストを行なうというのは、間違いないようです。基地から出る前に、こちらからしかけます」
「出来れば1機でも奪取できればいいが……そこまでは望むまい。中佐にはM作戦に対応してもらいたいが」
「それはむろん構いませんが、M作戦……こちらに引き込めるとお考えですか?」
「わからんな。だが、反帝国の意思がある者たちならば、不可能ではないだろう。我々としても宇宙での基盤は手に入れたい」
「やってみましょう。新司令官の件はどうされます。ニューヤークでは就任式典が催されるらしく、カラバではその襲撃も視野に入れているようですが」
 ブレックスはそれを聞いて、さすがに少し驚いたようだった。
「カラバがな。警備は普通ではないだろうが、彼らも大胆なことを考える。万丈くんだろう。確かに、就任早々の司令官を、それもニューヤークで仕留めることができれば、帝国にも、レジスタンスにも、与える影響は計り知れないだろうが……」
「危険すぎるのは確かですが、カラバとあわせられるのであれば、やってみる価値はあるかもしれません。万丈くんが動くのであれば、ダイターンをあてに出来ます。仮に新司令官を捕捉できずとも、就任式典を潰すだけでも、十分に意味はあるでしょう」
 そのクワトロの言葉で、ブレックスは決心を固めた。
「いまだ動きかねている反帝国の志をもつ者たちを、動かすことができるか。危険な任務だが、ブライト中佐の隊に動いてもらうとしよう。大尉もそちらにいってほしい所だが、バスクの好きにさせるわけにもいかん。難しい所だな」
「ブライト中佐の隊にもリックディアスの配備を進めてもらっています。エイジくんと、例のソルフデファーも、合流させます」
「あれか。パイロットは素人だと聞くが、大丈夫かね」
「パイロットとしては未熟ですが、よいセンスをした少年です。機体性能も高いため、戦力にはなるはずです。MKIIの方は、私と部下だけでやってみましょう」

 クワトロ大尉がブライト中佐のもとへ指示伝達のために向かったあと、残ったブレックスとヘンケンは、窓の外に遠望される湖と、沈みかけた赤い夕陽を見ていた。しばらくの無言の時間のあと、ブレックスは唐突にヘンケンに話しかける。
「中佐……君は知っているかね、7年前のジオン独立戦争で、赤い彗星と呼ばれた男のことを」
 
ヘンケンは、何をいきなり、とは聞き返さなかった。
「自分は、ジオンとのア・バオア・クー決戦のときには、後方のサラミスにいましたので、直接は見ていません。しかし、赤い彗星の力というものは感じましたし……今も感じますね」
「ほう、誰にだ」
「クワトロ・バジーナ大尉にです」
 
ブレックスはその返答をあらかじめて予想していたかのように、特に驚いた様子も見せなかった。あるいは彼自身が、すでにそのように思っていたためかもしれない。
「……彼はこの戦いの中で、ジオン・ダイクンの遺志を我々に伝えようとしているのかもしれん」
「しかし……すべては強圧的な異星人から、地球圏を解放した後の話です」
「そうだな……困難ではあるが、我々はやらねばならない。かつて連邦は堕落し、宇宙の民をかえりみなかった。そのために起きたのがジオンの独立戦争だ。しかしいまとなってはそれも、ムゲ=ゾルバドス帝国と比べれば取るにたりない問題だったと認めねばならん」
「しかし、帝国を退けることができれば、難を逃れて隠れている連中が、また地球圏の実権を手にしようと動き出すことでしょう」
「むしろ危険なのは、スペシャルズを創設し、帝国に食い込むロームフェラ……デルマイユやジャミトフだろう。今の我々には、目の前にある現実に対応していく他はないがね……」

「占領軍に新司令官だって!?」
 呼ばれもしないのに来ていたデビッド・ラザフォードは、驚いて声をあげた。ニューヤークにいた頃には、そんな情報はカケラもなかったのだ。
「ああ、クワトロ大尉があんたたちをこっちに寄越したのって、そういうことなんだ」
 ルー・ルカは、納得した様子で言った。
「そうだ。解放戦線はカラバと協力して、ニューヤーク襲撃を考えている。新司令官は、グレスコ総督の息子だそうだ」
 そのブライト・ノアの言葉を聞いたエイジ・アスカの頭に、一つの名前が浮かんだ。グラドス星で直接の面識があったわけではない。しかし、その男の噂は、よく聞いていた。
「……ル・カイン」
「エイジ、君はその男を知っているのか?」
「ええ……天才的な戦術家、そして、自信とうぬぼれの区別のつかない男です。あいつが来る以上は、これまで以上に帝国の支配か強まるでしょう」
「それは……冗談じゃないな」
 とコウ・ウラキ少尉。
「まったく、やっかいなことだ。詳しくはおって伝える。パイロットは対空監視の当番からはずさせる。お前たちは、機体の整備をして、休息をじゅうぶんにとっておけ。今度は直接ニューヤークだ。前回よりも厳しいことになる。ルー、アークライトの面倒をみてやってくれ」
「え〜、あたしがですか? あたし、ああいう暗いの苦手なんですよね……」
「つべこべ言うな。わかったら、全員退出!」


 豪奢な赤い髪をした青年は、靴音をならしながら、地球における帝国の中枢、グラドスタワー内の通路を歩いていた。大きなハメ殺しの窓から、ニューヤークの街が展望できる。
(地球か……私か来たからには、帝国に刃を向ける者たちも、私の足もとに血塗れの体を投げ出すことになる)
 ゴミゴミとした街並みを一瞥して、その青年、帝国の地球占領軍新司令官ル・カインは、謁見室へと入っていった。
「ご苦労様です、ル・カイン閣下」
 待機していたギウラ大尉が、ル・カインを迎え入れる。部屋にはギウラの他に、2人の人物がいた。
「その者たちか、役にたつ地球人というのは」
「トレーズ・クシュリナーダと、ロアン・デミトリッヒです」
「ロームフェラ財団とスペシャルズを代表し、閣下の就任をお喜び申し上げます」
 トレーズが如才なく口にすると、ロアンもまた深々と一礼した。
「お呼びいただき、光栄であります。私にできますことは、なんなりとお申しつけください」
「なるほどな。よかろう、お前たちは、ギウラとともに、私の就任式典の用意をしろ」
「閣下、ゲリラの間で、不穏な動きがあると報告を受けております」とトレーズ。
「そんなことは私の耳にも入っている。貴様らのすべきことは、そやつらを私の前に引きずり出すことだ。就任式典の間にな」
「それは、すばらしいお考えです。閣下の思慮の深さも知らず、余計なことを口にいたしました。お許しください」
「彼らは極めて短絡的です。必ずや、出てくることでしょう」
 すでに、エイジとレイズナーの帰還を知っているはずであったが、ロアンの表情にはそのことに思い悩むような様子は、欠片も見られない。トレーズは、占領軍に協力する地球人としてこのところ急速に頭角をあらわしてきたロアンが、かつてエイジ・アスカとともにSPTに乗り帝国と戦った1人であることを知っていた。しかし、それに関しては口を閉ざし、ロアン自身に対しても何も語ってはいなかった。
「フ、用件はそれだけだ。下がってよい。働きが良ければ今後も使ってやろう。だが、私は無能な者には用はない。肝に銘じておけ」

「よお、ジュリアァァ。聞いたぜぇ、ゲイルの野郎は、こ、小僧にやられちまったそうじゃねぇか。ええぇ?」
 アルバトロ・ミル・ジュリア・アスカにそう言ったのは、多少顔形が変わってはいるものの、間違いなく3年前月面でエイジに撃破され、戦死したはずのゴステロだった。3年前……死亡状態で収容されたゴステロは、体の大部分を機械に置き換えることで、生き長らえた。つまり、サイボーグだ。しかし、人間の全身サイボーグ化は帝国の技術でもまだまだ不完全で、ゴステロは神経束と機械部分との接続不良による後遺症に悩まされる身でもある。
「死にかけたと聞きましたが……貴方はあいかわらずのようですね」
「お、俺がくたばるわけがねぇ! あの小僧は、この俺がゲイルの後を追わせてやる!」
「ゴステロ、貴様なぜここにいる!? さっさと失せろ!」
 ゴステロの声を聞きつけたカルラ・エジール大尉は、ゴステロに言い放った。
「なんだとぉ!? う、うぉ、脳がいてぇ」
「さっさと失せねば、ル・カイン閣下にご報告するまでだ。貴様ら死鬼隊は、ここへ出入りする許可をされていない」
「ちっ……まぁいい、小僧をばらばらにしたときには、お前らにも手足くらいは残しておいてやる。ひゃーはははははっ!!」
 狂ったような笑い声を残し、ゴステロは退散する。後に残ったのは、カルラとジュリアの2人だった。
「ジュリア・アスカ……まさかお前までが来るとはな」
 カルラは憎しみの表情をあらわにして、吐き捨てる。だか、言われた相手であるジュリアは、何の表情の変化も見せない。それがカルラをさらに激昂させる。
「お前に、ブラッディカイザルに乗る資格などない! ゲイル少佐の愛機と同型のあの機体には、少佐の復讐を遂げられる者が乗らねばならない! お前にその資格があるのか!? エイジと血のつながっているお前に!?」
「…………」
「ふん、何も言えまい。そもそもブラッディカイザルには、少佐の信頼と、そして愛を得ていた私が乗るはずだったのだ。それが、どうしてお前のような女が出てくる!」
「……愛とはどういう意味です」
「お前の知らない3年で、男と女の間に何があったかくらい、想像がつくだろう」
「いいえ、嘘です。あの人と貴女の間に、上官と部下以上の関係が存在したはずがありません」
「なぜそんなことがお前にわかる! 少佐と私は3年の間、寝食をともにしながらこの地球で生活してきたのだ。その間のことが、お前にわかってたまるものか! ……何がおかしい!?」
「わかっていないのは、貴女の方です。あの人は、私の中で生きています。私はあの人との愛を貫くために、家族と決別し、弟のエイジとの戦いをまっとうしようとしているのです。私の中のあの人は、そのことを全て理解してくれています。貴女の嘘は、彼への侮辱でしかありません」
「なんだと!? 安全なグラドス星でぬくぬくとしていた女が、よくも、ぬけぬけと。ふん、いいだろう、せいぜいやってみるがいい。もっとも、エイジと地球人どもに、やられてしまわなければの話だがな」
「…………」


「万丈、ギャリソンが呼んでるぜ」
 ブラッド・スカイウィンドは、アシスタントのビューティたちと日光浴をしていた破嵐万丈にそう声をかけた。
「ギャリソンが? それで、なんだって?」
「なんでも、例の野郎の就任式典の情報を手に入れたんだとさ」
「なるほど、それは重大だ。すぐにいく。すまないが、そこのタオルを取ってもらえないかな」

「実は、襲撃計画に見直しが必要かと思いましてな」
 とギャリソン時田は切り出した。
「どうしたんだ?」
「就任式典の警備情報を手に入れたのですが、それがどうも故意に流されたものではないかと。内容にも不審な点がございます」
「どれ……なるほど、これはクサイな。みんな、どう思う?」
「あたしたちが狙うと知って、逆に罠をしかけているってことかしら」
 そのマナミ・ハミルの言葉に、シモーヌ・ルフランもうなづく。
「そうね……十分に考えられるわ。これはちょっと、難しくなってきたんじゃないの?」
「ええ……少し様子を見たほうがいいかもしれないわね」
 だがブラッドは、そんなシモーヌたちに反論する。
「バカを言うな。それが本当なら、そいつは俺たちが襲撃するつもりなのを知ってて、そうしてるってことだろう。これは、俺たち地球人に対する挑戦だぜ。なのに、じゃーやめましょうって、あんたらそれでいいのかよ」
「ああ、向こうはやれるもんならやってみろって言ってんだ。そこまでされて、はいそうですかって、黙って見てろってのか?」
 
そう言ったのは、兜甲児だ。
「ちょっと甲児くん、何言ってるのよ。そんな所へわざわざ行ったって、こっちの被害が大きくなるばかりじゃない」
「だけどよ、さやかさん。こいつは放っておけないぜ」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
 弓さやかと甲児がにらみ合いを始めようかというとき、万丈が割って入った。
「まぁまぁ、みんなちょっと待ってくれ。こいつは確かに罠だと、僕も思う。新司令官のル・カインというのは、ずいぶんと大胆なことをするようだね」
「じゃ、襲撃は中止する?」
 三条レイカが聞く。レイカは、万丈のもう1人のアシスタントだ。
「いや、だとしても、僕たちがこれから戦っていく上で、敵の総大将の出端をくじくのは、重要な意味がある。アランも言っていたが、ここで一気に彼を倒すことができれば、帝国に与える打撃ははかりしれない。仮にル・カインを倒せなくとも、式典を潰すだけでも、やはり影響は大きい。向こうが罠をしかけているなら、なおさらだ」
「では、決行ですな」とギャリソン。
「もちろん。ただし、作戦は立て直す。解放戦線の方からも話があったはずだ。あちらとこちらで、もっと大掛かりに陽動をかける。タイミングも少しずらした方がいいだろうしね」
「へっ、そうこなくっちゃな!」
「よーし、見てろよムゲ野郎め!」
 そのブラッドと甲児の声は、たまたま近くを通りかかったボスの耳に飛び込んだ。
「どうしたんだよ、兜ぉ」
 そういって部屋をのぞき込んだボスは、驚いた。何か話し合いでもしていたかのように、みんなが集まっている。
「ありゃりゃ? みなさんどうしてこんなに集まっちゃってるわけ?」
「どうしてって……ちょっとニューヤーク襲撃について話してたんだよ」
 
甲児はそう言ってから、しまった、と思った。案の定ボスは甲児たちに食ってかかる。
「ちょっと、俺さま抜きでそんな話をしてるなんて、ひどいじゃないのさ! まさか俺さまをのけものにしようっていう魂胆なら、許さないわよ!」
 別にボスが許さなかったからといって、どうなるものでもなかったが、いささか面倒だった。そんな意思はなかったにせよ、じゃあボスに何か期待しているのかというと、それもまた違う。みんながどうしたものかと考えていた時、口を開いたのは、シモーヌだった。
「安心しなさい。あんたには、とっておきの役割を頼むから。とっても重要な任務よ」
「あら、ちょっとお姉さん、話がわかるじゃないの。それで、俺さまに頼みたいことってなんだわさ」
「ニューヤーク攻撃の陽動よ。これがうまくいかないと、ニューヤークへ行く部隊は全滅するっていう、この作戦のもっとも重要な部分だわ。それを、あんたにまかせたいの」
「おおっ、もっとも重要……すばらしいひびきだわさ。みなさん、安心して俺さまにまかせてちょーだい! そうと決まったら、さっそくボロットの調子を見てくるだわさ」
 そう言って、ボスは上機嫌で去っていく。一行はあっけに取られてそれを見送る。
「ちょ、ちょっとシモーヌ、あんなこと言っちゃっていいの!? ホントに重要じゃない!」
「あらマナミ、本格的な陽動はどうせ解放戦線でやってくれるわ。こっちのは、単に少しばかり敵の数を減らす、囮になってくれればいいんだから。そんなの誰だってできるわよ」
「はははっ、確かにシモーヌさんの言う通りかもしれない。最もかどうかは別にして、陽動が重要なのは確かだし、それで彼も納得してくれるんだ。いいんじゃないかな」
「あ、あァ……まぁ、そうだよな」
 といいつつ、甲児は少しばかりボスが可哀想になった。あくまで、少しばかりではあったけれど。
「さてと。じゃあ、みんな。細かい所について詰めよう」

ミッション内容
SPECIALS
地球解放戦線機構
KALABA
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