【承前】
 降りしきる雨の中、赤い大型車が夜道を疾走していた。運転しているのは、鼻の大きな禿頭の男…BF団のエージェント、オロシャのイワンである。
 イワンは目的地である古城に車を乗り入れると、二つのアタッシュケースを手に城の食堂へ向かう。
「これが我らBF団の手に入ったからには、長い戦いにも終止符が打てますな。では早速、作戦の開始を……」
「いや、そうはいかん。我らの同志が、まだケースを追っているらしい」
 隻眼の男、BF団十傑集“衝撃のアルベルト”の言葉に愕然となったイワンに、アルベルトの対局に座した長髪の男が追い打ちをかける。
「ここにあるケースは二つ。しかし私の用意したサンプルは……三つあった。つまりのこりの一つは、敵の手にある」
「三つのサンプル。そして三体のGR。……そろそろあの大作という少年を、本気で始末する必要があるな」
「フフフ……十傑集ともあろうお方が情けない」
 アルベルトの言葉に割り込んだのは、またしてもあの長髪の男だった。
「ミスター・アルベルト。こちらにはまだサンプルが二つある。新たに完成した二体のGRもね。二つでもあれば、とりあえず作戦を開始することはできる」
 突如室内を一陣の旋風が駆け抜ける。
「貴様! アルベルト様に、無礼ではないか!」
 超人的な疾走で長髪の男に迫ったイワンだが、その疾走は中国風の鎧兜に面貌まで下ろした人物によって阻まれる。
「まあまあ、お目付役のコ・エンシャク殿を困らせることもないでしょう。私のコードネームは“幻夜”。美しき幻の夜…それを忘れなければいい。……ケースは後から取り返すと言うことでかまいません。予定通り、『GR計画』を敢行しよう」
 長髪の男、幻夜の言葉にアルベルトもまたうなずく。
「……既に大作をおびき出す手はずは整っている。ワシのみならず、マスク・ザ・レッドとヒィッツカラルドも動くだろう。奪われたGRとケースのことは我らに任せ、貴様は貴様の仕事をするがいい」
 そして三人の声が唱和する。
「我らの、ビッグファイアのために!」



『ムーン・アタック』
OZ・作戦1&カラバ・作戦1
 月面自治都市“エアーズ”。月の裏側に初めて設けられた観測基地から発展したという特殊な性格を持ったこの都市は、住民達のほとんどが、かつての観測隊員を祖としているために月面自治都市の住民としては珍しい地球回帰願望を持ち、さらに二度と地球を見ることができないという立地・環境条件という、二つの地球崇拝から生まれた地球至上主義に支えられていた。
 そう、エアーズ市は月面自治都市群の中でも特に異彩を放つ、超保守的な都市なのである。
 オペレーション・ディブレイクにおけるジャブロー攻防戦の際、都市の防衛の為に予備役兵で組織されていた、いわば警察軍であるエアーズ市民軍は、スペシャルズ側の後方戦力としてカラジャス攻略の任についていた。
 地球のために尽くすことが市民のつとめであると信じて生きてきた彼らが、地球正統政権を名乗るスペシャルズに与したのは、当然のことといえよう。
 この攻防戦は、周知の通りレジスタンス勢力の辛勝に終わり、心ならずも彼らと共同戦線を張ることになったエアーズ市民艦隊は、レジスタンスの支配地域となったカラジャスを去り、傷ついた兵士達と共に月に帰ってきた。しかし、この艦隊にはエアーズ市民軍再建を命じられた歴戦のスペシャルズ将兵もまた、数多くの機動兵器と共に同乗していたのである。
 エアーズ市々長、カイザー・パインフィールドは、市民軍の増強と都市の防衛能力向上に努める一方、OZ政権からの再三にわたる帰属要求を自治都市への内政干渉として拒否し続けてきた。
 レジスタンス出身の大塚長官がヘゲモニーを握るOZを、レジスタンスの傀儡政権と見なしていたからである。そしてその動きの陰に、ある人物が暗躍していた。その人物の名を、マイク・サオトメという。しかし彼の本名も経歴も、OZの把握しているそれとは全く異なったものだった。
 サオトメはペズンの反乱の際、クレイによってOZ内部の不満分子(エイノー提督のように、現在のOZ政権に不満を抱く者達)や、月面自治都市群に対する煽動工作を命じられ、地球と月を飛び回っていたのである。
 彼は教導団の機動兵器パイロットではなく情報将校であり、教導団着任前は情報部に所属していたため、その経歴をクレイに買われたのだ。
 今、彼はエアーズ市のすっかり寂れた展望エリアのベンチに腰掛けていた。
 あまり広いとはいえない展望エリアだが、サオトメ以外の人影は全く見えない。昔からエアーズ市民の誰もがドームの外に広がる宇宙を見ることを拒否し続け、居住区画のドーム天井に投影される見せかけの青空にすがっているからだ。
 サオトメの視線の先には、彼の生まれ故郷が小さな光の点としてあった。サイド3。月の裏側のラグランジュ・ポイント(L2)に浮かぶ宇宙植民地である。
 かつてジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んだこのコロニーも、その独立戦争の敗北してから後は“共和国”と名を変え、地球連邦政府の強力な監視下におかれてきた。帝国の支配を受けるようになってからは、経済こそ順調に発展したものの、政治的にはいっさいの自由を奪われた植民地としての存在しか認められなかった。
「いつの日か……」
 ぽつりと彼はつぶやいた。
 いつの日か、祖国に栄光を取り戻す。その日を夢見て、「一年戦争」の後、彼はヤミで連邦軍兵士の軍籍を得て潜伏していたのである。
 雌伏七年。帝国はスペシャルズの反乱によって太陽系を追われ、さらに一年戦争後、ジオン軍残党が避難していた小惑星基地アクシズが地球圏に帰還したことにより、ネオジオンを名乗る旧ジオン軍部隊は、ついにスペースコロニーのほとんどを版図とする人類史上空前の宇宙国家へと発展を遂げた。
 その指導者こそかつてジオン公国を主導したザビ家の人間ではないが、かつて全スペースノイドの希望の星だった伝説の思想家、ジオン・ズム・ダイクンの遺児、キャスバルがその首班である以上、ネオジオンもジオンには変わりない。
 祖国に再び栄光がよみがえる日は近い。サオトメはそう確信していた。その為にもこの事件を拡大させることは、OZの戦力を弱める上では有効だった。
 彼はベンチから立ち上がり、エレベーターに向かう途中、何気なくエアーズ市内の方に目をやり、そこで瞬く光に目をとめる。
「……何だ? アレは」
 それは明らかに銃火の瞬きだった。市内で銃撃戦が行われているのだ。



「畜生! やっと潜入できたと思ったらこのざまかっ!」
 かろうじて機動兵器の格納庫に逃げ込んだエン・ホオズキ特尉は、エアーズ市の警備兵に銃火を浴びせながら毒づいた。
 単身エアーズ市に潜入して、前の戦いで猛威をふるった量産型スーパーロボット、ダンクーガMを破壊する……成功すれば大殊勲だが、いかんせん一人でできることには限界があったようだ。
(……まずいな。人数が増えてきた)
 遮蔽物から遮蔽物に移動しながら、次第に格納庫の奥へ追いつめられていくエン。身につけた大量の爆発物に引火したら一巻の終わりだ。
「こうなれば一か八か!」
 エンは近くで降着姿勢を取っているダンクーガMのコクピットに潜り込む。MSやADといった系統の機動兵器にしか乗ったことのないエンだったが、破壊工作の必要上、コクピットの形状は頭にたたき込んである。
「き、起動には成功したが……」
 突然立ち上がり、酔っぱらいのような千鳥足で格納庫を歩き回り始めた鋼鉄の巨人を見て、警備兵達は撤退を始める。その中の一人が持ち出した携帯用対MSミサイルがコクピットハッチを直撃するが、スーパーロボットの装甲にはかすり傷一つつかない。
「そんな攻撃でこいつが落とせるなら、誰も苦労はしない。……これがバーニアの作動キーか?」
 飛行ブースターに点火したダンクーガMは、格納庫の屋根を突き破り、そのまま月の重力を振り切って遁走する。
 奇跡的にα任務部隊に帰還した彼だが、マニングスにこってり油を絞られたことは言うまでもない。



 OZ・カラバ連合討伐部隊は、艦隊を二つに分け、ストール・マニングス率いる一隊がエイノー艦隊を攻撃し、パプテマス・シロッコ特佐率いる一隊がエアーズ攻略に当たるという作戦方針をとっていた。数の上で圧倒的に勝る討伐部隊にはそのような芸当も可能なのだ。しかしその優位は、ある原始的なトラップによって早くも失われようとしていた。
「チィッ。やってくれたな、教導団!」
 エアーズ市に機動兵器部隊を降下させたシロッコは、攻撃部隊が次々と行動不能になるのを見て舌打ちした。
 論理爆弾。特定条件下で発動する、一種のコンピュータウィルスである。月面降下シークェンスに入った機動兵器が、自動降下用アプリケーションを起動させることが、今回の発動条件だったらしい。
『SHAME ON YOU! (恥を知れ!)』
 機動兵器部隊のコンピュータディスプレイはこの表示で埋め尽くされ、ついで全データを破壊されて次々に沈黙していった。
「シロッコ特佐! あたしが全マニュアルの先行降下を行い、得られたデータを味方機に送信する事で、マニュアル降下の即席レクチャーをします!」
 カラバのガーネットマリオンは、レーザー通信で旗艦ドゴス・ギアに通信を入れる。
「デフォルトの百式改は、色以外飾りッ気が無い分素直よ。データ取りをするならいい素材だと思うわ。正確な機動をさせるならMSに慣れた人間が適任で、ストールさんの次にキャリアが長いのは私だと思うけど、どうかしら?」
「良いだろう。全機に次ぐ! 行動不能となっていない者は、ガーネット機の指示に従ってマニュアル降下しろ! ……ヴァネッサ、レコア、サラ。君たちはメッサーラ隊と共に行動不能になった機体を回収してくれ」
 シロッコの命を受け、行動不能となっていない機動兵器部隊がマニュアル操作による降下を敢行する。
「それじゃ、ガーネット先生の一日で出来る降下作戦の授業を始めます、なんちゃって」
 ガーネットの指示通り降下しているとはいえ、その動きはぎこちなく、機動兵器はニューディサイズの対空砲火によって次々と数を減らしていく。
(アキラ君、ちょっと怖いから……ちゃんと守ってね?)
 行動不能機の回収に数を割いたこともあり、対空砲火をくぐり抜けて降下に成功した機動兵器は、出撃当初の約半数に過ぎなかった。



「ほぅ、大した戦力じゃないか。機動巡洋艦四隻とはな。我が艦隊の六隻にエイノー閣下の艦隊を加えれば、大艦隊になるぞ。これなら月を制圧するのも容易い」
 ニューディサイズ首領ブレイブ・コッド特尉は、作戦司令室のモニターに映る連絡ステーションに停泊中の、エアーズ市民軍艦艇を見て狂喜した。
「ブレイブ。我々は武力で月を制圧するのではないぞ。それにここの艦艇はいささか旧式のようだ。単一戦闘力は、OZやカラバの艦艇の四割程度と見積もった方が良い。過大評価するのは禁物だぞ」
 参謀役のトッシュ・クレイ特尉が水を差す。
「なぁに、戦は兵器で勝つもんじゃない。技量だよ技量。前の戦いで梱包が解けず、前線に出せなかった機動兵器もたっぷりある。心配は無用だ。ここらで一発、会戦でもすりゃあ兵どもの不安も吹き飛ぶことだろうよ! そのうえで貴様の立案してくれた“月面都市連合”構想とやらを実現できりゃあ万々歳だろう?」
 “月面都市連合”構想。クレイのたてたこの計画は、大胆なものであった。
 宇宙に住みながらも重力のある大地で生活しているという特殊な立場にある月面自治都市を連合国家として独立させ、地球政権に対抗させようと言うのだ。
 ある意味、コロニー連合国家を立ち上げようとしているネオジオンに近い思想といえる。
「本当は貴様が一番会戦がしたいのだろう?」
「わかるか?」
 コッドはニヤリとした。まるで欲しいものを買ってもらえる時の子供だ。
「貴様の顔に大きく書いてあるぞ。……わかったよ。無理をせぬと約束するなら出撃してもかまわん。貴様はニューディサイズの首領だ。なのに貴様は戦闘になると一兵卒に戻ってしまって、そのことを忘れてしまうからな」
「つまらん。オレには所詮、組織のまとめ役などは務まらんのだ。頭で考えるのはあまり得意ではないからな。その役目はトッシュの方が似合っている」
「そんな事はない。貴様は俺よりも行動力がある。その行動力が今の我々の組織には必要なのだ。頭を使う人間はいくらでも見つかるが、行動力は天性のものだ。指導力とかカリスマ性と置き換えても良いだろう。頭では人は使えん。だからこそ首領は貴様でなくてはならんのだ。その能力を一兵卒として、ただの戦闘で無駄に使って欲しくはない」
「心配はない。ガンダムMkXの調子は上々だ。俺達ならやってみせるさ」
 コッドは豪放に笑って、ニューディサイズ旗艦キリマンジャロから出撃していった。



「本物の宙戦を見せてやれ! 砲戦距離一五、○○! 各個砲撃、撃て!」
 ニューディサイズ側に身を投じたエイノー提督の座乗するブル・ランから砲撃開始の指示が飛んだ。指揮下の艦艇から一斉に光の束が発射される。
 前方の討伐部隊からも返礼のビームと無誘導ミサイルの弾幕射撃がエイノー艦隊に襲いかかる。
 運悪く射線上にいた両軍の機動兵器が光の球になって宇宙に消えていく。
「攻撃してきているのはカラバのα任務部隊とやらか。貴様ら山賊が、厚かましくもOZの同盟相手を名乗るに足る器かどうか、このハゲタカが確かめてやろうじゃないか」
「これ以上やらせない! もう・・・もう同じ人間同士の殺し合いなんて嫌なのッ!!! 御願いだから退いて!!」
 可変MAメッサーラを駆るシンシア・アルマーグ特尉は、涙を流しながらエイノー艦隊直衛機動兵器群と死闘を繰り広げていた。
 メッサーラ特有の大加速で戦場を駆ける彼女の傍らで、2機のガブスレイが立て続けに爆散する。
「な……!? どこから撃ってきたというの!?」
 彼女のメッサーラの傍らをシュッと何かが通り過ぎ、次の瞬間、メッサーラの巨体は宇宙空間に散華した。

「インコム・システムか。上々だな」
 パイロットのコッドはそういって舌なめずりした。MkXから分離した二つの小さな円盤は、コッドの意志のまま縦横に飛び交い、次々とビームを発射する。また艦隊直衛の百式改が一機爆散し、巡洋艦にもわずかながらの被害を与えた。
「ハッハッハッ……腰抜けども。もう俺に、このガンダムMkXにかかってくる奴はおらんのか!? ……ん?」
 MkXのメインカメラに、大加速で接近してくる機動兵器が映し出されていた。

「良くも俺のダチを殺ってくれたな! 礼はさせてもらうぜ!」  リョウ・ルーツは闘志むき出しでMkXに迫る。

ALICE ALICE ALICE ALICE

『……友達は大切にするもの……友達を傷つけられたら、相手に復讐しなければならない……友情という名の義務……でも、その為に他の人間を傷つけても良いの?……』

ALICE ALICE ALICE ALICE

「インコムにはインコムをってな。手前ェのデータはお見通しだぜっ!」
 ペズンでの戦いで得られたデータから、ガンダムMkXを特定した討伐部隊は、オーガスタ研から、この機体の全データを受け取っていた。実際の機体もSガンダムの2号機と共に廻されてくることになっていたが、今回の作戦には間に合っていない。
 Sガンダムの頭部が開き、MkXのそれと同じ円盤が飛び出してMkXを襲う。コッドのMkXもインコムで応戦し、月軌道上で三つの有線ビット兵器と、二機のガンダムの激しい戦闘が繰り広げられた。
 二体の機動兵器の性能はほぼ互角。しかし、パイロットの技量は圧倒的にコッドの方が上回っていた。Sガンダムの火器は次々と破壊され、好機と見たコッドが突貫する。
「山賊の小僧ォォ、死ねェェェィィ!!」
「嫌だ、嫌だっ! お、俺は、まだまだやりてェ事があるんだよぉォッ!」
 発狂寸前の恐怖だった。迫ってくる“ガンダム”は、明らかに彼を殺そうとしているのである。全身の筋肉が金縛りにあったように硬直して言うことをきかない。
「死にたくねェーよォォォォォーッッ!!」

ALICE ALICE ALICE ALICE

『生存本能。そして種の保存欲求……。生き物にしか、人間にしかない素敵なもの。妥当……』

ALICE ALICE ALICE ALICE

 次の瞬間、倒れ込んだのはMkXの方だった。下に潜り込んだSガンダムのビームサーベルの切っ先が、見事にMkXの胴を切り裂き、両者はそのままの姿勢で、あたかも彫像のように静止していた。
「ば、馬鹿な……」
 コッドは自分の意識が暗い淵に落ち込んでいくその間際に、青く美しい星に抱かれる夢を見た。
「やっと……地球へ、帰、れ、る、な……ァ」
 MkXは小さく震えてから、彼が葬ってきた機体と同じように宇宙空間に散った。
「か、勝ったのか、よ?」
 爆発から逃れるようにジャンプしたSガンダムのコクピットの中で、爆発光と共に消えていくMkXを不思議な気持ちで見つめ、「生」に感謝した。



 エアーズ市のドームは、激戦の末陥落した。しかしその周辺の各所では、市民軍の機動兵器が抵抗を続けている。シロッコは、損傷したドゴス・ギアで宙港を制圧すると共に、ヴァネッサとメイリーン・エヴァンス両特尉に、一隊を率いて市長を逮捕するよう命じた。
「市長を押さえれば、抵抗してる連中もおとなしくなるわ。ヴァネッサ、急ぎましょう!」
 彼女たちが市長室のドアに手をかけたとき、ドアの向こうでカチッという金属音と、乾いた破裂音が聞こえた。
 事情を察したメイリーンは足を止めたが、ヴァネッサは銃を構えて室内に突入し、自決を遂げた市長を前にパニックを起こしかける。
「ま、まさか……し、死んで……」
 メイリーンは連れてきた兵士達に市長の遺体を丁重に扱うように指示すると、震えの止まらないヴァネッサに肩を貸して静かに市長室を出た。

「ひどい……なんて事……」
 市内には市民の負傷者があふれていた。ガーネットは自身の傷の痛みも忘れて救護兵を手伝いながら、その惨状に胸を痛めた。
「ねえ、ママ。ガンダムはボク達の敵なの? ガンダムはボク達を殺しに来るの?」
 広場にあるモニターテレビで戦闘の様子を見ていた男の子が、まだ若い母親に尋ねていた。その子の手には、塗料が剥げた一年戦争のヒーロー、金属製の“RX−78ガンダム”の玩具が握られていた。
 尋ねられた母親は、何も答えられないで男の子を固く抱きしめて泣くだけだ。男の子は、大好きなお母さんを泣かせてしまったヒーローの玩具を、力一杯塀に叩きつける。だが、ガンダムの玩具は塀に当たっても壊れなかった。
 ガーネットはその玩具を拾い上げると、男の子に手渡してやり、優しく語りかけた。
「もう、終わったのよ……ガンダムは正義の味方よ……。ボク達を殺しに来るわけがないでしょう?」



 エアーズ市は全ての抵抗を停止した。しかし市が陥落する寸前、ニューディサイズの将兵は、市のマス・ドライバーを使って脱出に成功していた。
 討伐部隊は推進剤をほぼ使い切っており、損傷の激しさも相まって追撃はできなかった。エイノー提督の残存艦隊と合流したニューディサイズ残党は、宇宙の闇に姿を消してしまったのだ。

▼作戦後通達
1:エアーズ市は陥落しました。ニューディサイズの行方については不明です。
2:アキラ・ランバードとサイシェス・ビューに月勲章が授与されます。
3:アレス・ラングレイに月勲章と剣勲章が授与されます。
『光断つ剣』
ネオジオン・作戦1
 焼け焦げた地面に、数知れぬ機動兵器の残骸が転がっていた。脱出をしくじったのか、コクピットハッチから焼けぼっくいのような腕が虚空をつかんで伸びている残骸もある。
 OZのニュータイプ研究機関、ムラサメ研究所。OZの最重要機密である研究所を守るため、ここに配備されていた大隊規模の機動兵器部隊は、たった二機の機動兵器によって壊滅させられたのだ。ムラサメ研が産み出した二人の強化人間の駆る悪魔のガンダム、二体のサイコガンダムによって。
「……あっけないものだな。後はゼロが戻るのを待つだけ……」
 フォウ・ムラサメは、そう言って転がる残骸に目をやった。彼らの断末魔の想いは、疑似ニュータイプである彼女の心に刻み込まれている。
「これだけのことをして……もう会えないね……カミーユ……」

 累々と横たわる警備兵や科学者の遺体。そのただ中にゼロはいた。一人の老科学者を片手でネックハンギングツリーの様に吊し上げ、残る片手に空になった注射器を持って。
「さあ博士。話してもらおうか。……俺達の記憶をどこにやった?」
 特殊工作員でもない科学者が、自白剤に抵抗できるはずもない。彼は全てを語った。ゼロやフォウが、元々記憶を失った戦災孤児だったこと。研究所に被検体として送られてからも、仲間と過ごした記憶を催眠暗示と薬物刺激で奪い、NT能力の発現を促したことなど。
 多くの被検体が人体実験の果てに死んでいった。フォウの親友、ジル・ラトキエとアマリ・ガーフィールドも、彼らの『知的探求心』の犠牲となり、若い命を散らしていったのだ。
 ムラサメ博士は別に狂っていたわけではない。彼は自分の知的好奇心と名誉欲に正直だっただけだ。しかし彼は純粋でありすぎるが故に、人間として大切な何かをどこかに置き忘れてしまった。彼のような人物はいくらでもいる。俗に『高知能のイヌ』と呼ばれる人種である。
「フハハハハッ! 科学の進歩には犠牲がつきものなのだ! ウジ虫のような孤児どもなど、いくらでも湧いてくる! オーガスタ研の奴らなどに、フラナガン博士の愛弟子たるこのワシが後れを取ることなど許されんのだよ! 人類の栄光は、このワ……」
「……もういい。黙れ」
 乾いた銃声と共に、老科学者は静かになった。ゼロは博士の遺体からIDカードを取り上げると、聞き出しておいたパスワードを入力し、管理者権限で研究所の全研究データをダウンロードし、血臭漂う研究所をあとにした。

「……そう。私たちの記憶、研究所にあるって言うのは嘘だったのね。これからどうするの?」
「このままOZにいることはできない。他陣営に亡命するしかないだろう。この研究資料を手みやげにすれば、受け入れてもらえるはずだ」
「他陣営というなら、カラバへ行こうよ! カミーユならカラバにも顔が利くはずだから、きっと私たちを受け入れてくれる!」
 勢い込むフォウ。しかしゼロの答えはにべもなかった。
「ダメだな。カラバには強化人間の技術がない。封印された俺達の記憶を蘇らせることはできないだろう。トレーズ派とはいえ、OZとつるんでいるのも気に入らん。行くのならネオジオンだな。奴らにはフラナガン機関以来のニュータイプ研究の実績がある」
 記憶を取り戻す。そのことが彼らの至上命題である以上、他に選択の余地はなかった。二機のサイコガンダムは、MA形態に変形して飛び立った。
(……ごめんね、カミーユ。私、記憶が欲しいの……)



《ホンコンシティ・行政官執務室》

「ウォンよ。ムラサメ研究所、壊滅したそうだな。監督不行届ではないのか?」
 不意に背後に現れた弁髪の老人に声をかけられ、行政官ウォン・ユンファは書類から目を離して両手を組む。
「これは東方先生。手厳しいですね。ご心配には及びません。人的被害は深刻ですが、研究データのバックアップはありますし、今後はオーガスタ研の方で研究や開発を引き継ぐことになるでしょう。多少、開発スケジュールに遅れが出るでしょうがね。……それはともかく、デビルガンダムの方はどうなっているのです? だいぶ派手にやられたと聞いていますが?」
 東方不敗の顔に苦渋の色が浮かぶ。
「コアであるキョウジの肉体は、もはや限界だ。早急に新しいコアを手に入れる必要がある」
「それは困りましたね。先生の方でコアが入手困難とおっしゃるなら、私の方にも用意がありますが?」
「余計な手出しは無用だ。既に奴を手に入れる算段は付いておる。貴様はムラサメ研から送られるはずだった物資を早急に再手配しておけ」
 ウォンは意地の悪い笑みを浮かべる。
「わかりました。そちらの方は急ぎ手配しましょう。コアの方はお任せしますが、あまり時間はありませんよ。既に諸葛孔明殿からは矢の催促が来ているのですから」
「奴らなど吠えさせておけばいい! 奴らのGR計画など、ワシに言わせればただの人形遊びに過ぎん。物資の件、しかと頼んだぞ!」
 東方不敗は現れたときと同様唐突に消え、ただ一人残されたウォンは含み笑いを漏らして再び書類を広げた。



《サイド3・ニュータイプ研究所》

「……はっきり言ってひどい代物ね。これに人間を乗せて戦場に出すなんて、作った奴の顔が見てみたいわ」
 ネオジオン・ニュータイプ研究所、新フラナガン機関の長、ナナイ・ミゲルは、運び込まれたサイコガンダムを調査した技師達の報告書を見て嘆息した。
「……そんなにひどいのか?」
 ゼロにしてみれば、共に死線をくぐった愛機である。けなされればいい気はしない。
「ジェネレーターやフレーム、装甲の素材は良いものを使ってるわ。特にコンピュータ関連の技術は、私たちよりかなり進んでるわね。ただ、肝心のサイコミュ関係の機器がお粗末すぎるのよ。こんなのに乗ってたら、命がいくつあっても足りないわ」
 フォウの親友、ジル・ラトキエは、まさにそのサイコミュの犠牲となって命を落とした。研究所の資料でそのことを知ったフォウは、辛そうな表情を浮かべる。
「あなた達には、治療が済むまでの間パイロットとして戦ってもらう約束なのだけれど、この機体はこのままでは実戦に出せないわね。開発中の、XNZ−000のサイコミュシステムが使えると思うから、それで調整してみるけど、調整が完全に終わるまでは出撃は禁止。治療の方に専念してちょうだい」
 検査の結果、ゼロとフォウの治療には長い時間が必要なことがわかった。遺伝子治療、催眠暗示の解除、薬物の投与など。人間の体をこわすのは簡単でも、その逆には大変な手間がかかるのだ。OZを脱走した二人の強化人間は、手渡された治療タイムテーブルに目を通し、ため息をついた。

「……同じNT研究機関でも、ムラサメ研とはずいぶん違うね」
 あてがわれた宿舎までは、バスで30分ほどかかる。車窓を流れる風景を眺めながらフォウがつぶやく。
「お前が奴らを信用するのは勝手だ。しかし俺はごめん被る」
「……どういう事?」
 車内に他の乗客はいない。何らかの監視は付いているだろうが、聞かれて困る話でもないと判断したゼロは、ネオジオンに付いてから考えたことについて話し始めた。
 ゼロは言った。ムラサメ研究所を背後から操っていたウォン・ユンファには、ニュータイプ研究を本気で行う気などなかったのだと。
「強化人間の研究、バーサーカーシステムの開発……奴がそれらを通じて欲したのは、人の体を人為的に人以上のものに変貌させる技術、その為のデータだ。その技術でウォンが何をしようとしているのかまではわからなかったがな。」
 ゼロはムラサメ研で奪った機密データの内容を思い出して表情を険しくする。
「そしてネオジオンだが……今のネオジオンを支配してる連中は、ザビでもダイクンでもない。奴らの背後で財布を握っている月やコロニーの巨大資本だ。奴らはニュータイプの精神感応能力を、電波やレーザーに代わる次世代のコミュニケーションツールとして認識している」
 あまりにも広大な宇宙空間。そこを舞台とした経済活動には、そこここに散らばるスペースデブリや残留ミノフスキー粒子、各種宇宙線に阻害されない優秀な意思疎通手段が必要不可欠だ。それを制する者は、文字通り地球圏全体の経済を制することになるだろう。
「しかし民間市場を狙う以上、ウォンのようになりふり構わない研究は不可能だ。リスクが大きすぎるからな。新フラナガン機関の連中は、別にお優しいから危険な研究をしない訳じゃない。スポンサーの意向で、したくてもできないだけだ」
「……じゃあ……私たちって……」
「生きた研究資料を、治療名目でいくらでも研究できるんだからな。笑いがとまらんだろうよ。……まあ、せいぜい研究するがいいさ。奴らが俺達を利用するように、俺達も奴らを利用してやる。……どんな手を使っても、俺は俺の記憶を取り戻す!」
 ゼロの瞳に暗い炎が揺れる。
「……」
『知っている人がいてくれるから、生きていけるんだろ!』
 フォウの脳裏に、ホンコンシティで出会った少年の言葉が蘇る。
(なら、敵になるのをやめて、あたしに優しくしてよ……いじめられるの、嫌なの……)



《宇宙要塞ア・バオア・クー作戦会議室》

「すまない。待たせてしまったな」
 ネオジオン軍総帥キャスバル・レム・ダイクンが入室した時、既に室内には今日の会議の参加者全員が顔をそろえていた。
 参謀総長の要職にあり、自らもネオジオン最強の作戦艦隊と要衝ア・バオア・クーを麾下に置くハマーン・カーン。
 総帥の妹であり、派遣艦隊司令官として三つのコロニーのネオジオン加盟を成し遂げたアルティシア・ソム・ダイクン。
 新たに設立されたコロニー護衛総隊の総司令官であり、武装市民軍ホワイト・ファングを統括するカーンズ。
 そしてネオジオンの同盟国、バイストンウェルのアの国の国王ドレイク・ルフトの名代、騎士団長バーン・バニングス。ネオジオン軍の中枢ともいえるメンバーである。
「30バンチ事件の結果、世論、そして議会は対OZ強硬論一色に染まっている。結果はどうあれ、目の前にいながらOZの暴挙を防ぎきれなかった我々への不信もまた根強い。我々は結果を出さねばならん。それも早急にだ」
 室内に重苦しい空気が漂う。
 彼らの手元には参謀本部が立案した作戦計画書が置かれている。地上、そして宇宙で、ネオジオン軍が企てている大攻勢。参加総兵力はかつてのジオン公国軍の全軍団をも凌ぎ、人類間で行われる戦いとしては史上最大規模となる。
 その主目標は、OZデルマイユ派の一大拠点であり、大がかりな化学兵器プラントを持つサイド7、グリプスだ。
「本来であれば私自ら出撃したいところだが、今は議会対策で身動きがとれん。……細部を詰める前に、意見があったら述べてもらいたい」
「よろしいか? 総帥閣下。我らアの国は、自国の存亡を賭けた戦いに臨もうとしている。貴国はこの戦いに全面的な支援を約束したが、助攻撃とはどういうことか。最初から及び腰の兵に何ほどのことができる?」
 アの軍勢とネオジオン地上軍は、ゲア・ガリングを追撃するナ・ラウ・カラバ連合軍を撃破し、欧州方面へ侵攻するべく一大攻勢を準備している。
 アにとっては国の命運を賭けた一戦だ。
「参謀本部としても、貴軍との合同作戦の重要性は理解している。この作戦は確かにグリプス攻略戦を側面から支援する助攻撃であるが、ナ・ラウ・カラバを撃破した上でロームフェラの本拠地たる欧州を突く構えを見せねば、OZの脅威とはならず作戦意図を達成できない」
 ハマーンはそう言って不敵な笑みを浮かべる。
「作戦に加わる機動兵器パイロットは、7年の長きにわたりゲリラとして帝国と戦い抜いてきた猛者ばかりだ。既に新型機への機種転換訓練も終え、士気は極めて高い。当てにしてくれてかまわんよ」
 不意にアルティシアが挙手し、発言を求める。
「私の艦隊の編成表に戦艦グワンガンの名がないのですが」
 グワンガンの艦長ユーリ・ケスラー提督はアルティシア艦隊の実質的な指揮官であり、機動兵器部隊を束ねるランバ・ラルと共に、車輪の両輪となってアルティシアを支えていた。
「ケスラー提督には、本国で新たな任務についてもらう。アルティシア。艦隊の指揮はお前自身でとれ。艦は、アナハイムから購入した新造艦を廻しておいた。……OZのブライト特佐と交渉し、トレーズ派の艦隊をグリプス救援に来させないようにしろ」
 アルティシアは兄から渡されたファイルに目を通す。
「艦については了承しました。……交渉については私に全権をゆだねていただいたと解釈してよろしいのですね」
 キャスバルはかぶりを振って肯定する。
「無論だ。サイド1は反連邦色も強いが、ジオンに対する感情も決して良好とは言えない厄介なコロニーだ。こちらとしても無理に取り込もうとは思わんよ。相手がOZの穏健派なら、パイプを作っておくのも悪くはないが、交渉の実を上げる事までは期待していない。お前の裁量で、やれるだけやってみればいい」
 アルティシアは、硬い表情でうなずく。そこで、一段落したと見たカーンズが、スクリーンに画像を投影させる。
「デルマイユは、サイド7でコロニー建設資材を転用し、史上空前の巨大兵器を建造している事実を、我々の同志がキャッチしました。……この映像がその外観です」
 巨大なオーラバトルシップ、ウィル・ウィプスを見慣れたバーンも、その兵器の巨大さには息をのむ。
「秘匿兵器……グリプスUか……」
 キャスバルの低いつぶやきが、静まりかえった会議室にこぼれた。



《ネオジオン第37任務部隊・空母『ドロテア』士官喫茶室》

 ネオジオン機動部隊の中核となる超巨大空母『改ドロス級』。一年戦争期の原型艦を遙かに超えるこの巨艦は、四個機動兵器大隊からなる一個師団を単艦で運用する。それだけの大所帯が長期にわたって生活する必要上、艦内には小都市並みの生活関連施設が存在する。喫茶室もその一つだ。
 偵察任務から無事に帰投し、愛機を整備班に預けて喫茶室に足を運んだヒロシ・ササキ中尉は、部屋の隅で黄昏れている見知った顔に気付き、声をかける。
「よお。リョウじゃないか。何凹んでんだ?」
「ああ、ヒロシさんですか。……ちょっと色々ありましてね」
 OZから来た二人の強化人間は、ようやく改装の終わったサイコガンダムの機体サイズの関係でこのドロテアに乗り込んでいる。
 リョウ・クルート少尉は、その一人、ゼロ・ムラサメにかつて生き別れた友人の面影を見いだし、思い切って声をかけたのだという。
「……はあ。それでお前さんが昔の知り合いだと名乗って、奴さんは何と?」
「ええ…あいつの言うには、そう名乗って出たのは俺で8人目なんだそうです」
 人類の全人口のほぼ半数が命を落とした一年戦争。その爪痕は、運良く生き残った残り半数にも暗い影を落とした。肉親や知人が消息不明になった者は数知れず、その後の帝国軍の侵攻で事態はさらに悪化している。
 一方で、身内の死を確認したわけではない残された者達は、彼らがどこかで元気にしていると信じている者がほとんどだ。
 ゼロとフォウの亡命とムラサメ研究所の非道はネオジオンのマスコミで大きく取り上げられたので、名乗り出た者が多かったのは不思議なことではない。
「一年戦争の前だと、もう7年もたってるからなあ。……家族って訳でもないから遺伝子鑑定も期待できんだろ?」
「ええ、そうなんです。でも、あの態度はなあ」
 嘆息するリョウ。彼には、ゼロの無感動な反応が意外だったのかもしれない。
「まあ、そう焦るな。記憶が蘇れば、奴さんの態度も変わるさ。まずは目の前の戦いを、ちゃっちゃと片づけちまうとしようぜ♪」
 軽い調子でリョウを力づけるヒロシ。しかし彼もこの先に待ち受ける戦いを、決して楽観視してはいない。
 かつてスペシャルズ最強の小隊、イレギュラーズを率いて幾つもの死線をくぐり抜けた経験が、かつてない危険の存在を彼に直感させていた。
(……死ぬんじゃねえぞ。記憶を取り戻した奴さんに、辛い思いをさせたくねえならな)



《グリプスU・艦橋》

「閣下! ピケット・ラインからネオジオン艦隊発見の報告です! 規模は超大型空母12・戦艦36・機動巡洋艦128!」
 バスク・オムは、オペレーターからの報告を聞き、不敵に笑った。
「……宇宙人どもめ。平民どもの圧力に耐えきれずに動き出しおったか。今の時期にこのグリプスを強襲するなど、平民ごときに動かされる民主主義が愚民政治であることの良い証拠よ。大塚のたわけには、そのところが見えておらん」
 今の時期…ついに完成したグリプスUは、一通りの完熟訓練を終えて実戦配備に付いている。数の上ではネオジオン艦隊に劣るグリプス駐留艦隊だが、この巨大兵器は傾いた戦力バランスを一気に逆転しうるだけの戦闘力を持っていた。
「……閣下。バルジやロンデニオンへの救援要請はいかが致しましょう?」
「不要だ。バルジの小娘や、山賊上がりのブライトに泣きを入れることなど、できるものかよ! …願ってもないグリプスUの実戦テストだ。データの収集を忘れるな!」
(……地球圏防衛の切り札として建造したこのグリプスU……初の実戦が、同じ人類相手とはな)
 巨費を投じて建造したこの巨大兵器が、期待通りの力を発揮できるか否か。この戦いはその為の試金石といえるかもしれない。バスクは、敵艦隊が存在するはずの宇宙空間を、ゴーグル越しに睨みつけながらそんなことを考えていた。



《サイド7宙域》

 ネオジオン艦隊を発した機動兵器部隊は、艦砲に支援されながら一直線にOZ艦隊を目指す。途中、彼らはOZの機動兵器部隊を視界に捉えた。
「大尉殿! 敵機です! 一気に仕掛けましょう!」
「……うろたえるな。奴らのお相手をするのは俺達じゃない。奴らもこっちに手は出さんはずだ。このままやり過ごせ」
 ショウ・フラックは、そう言って部下をたしなめる。両軍の機動兵器部隊は、一糸乱れぬ編隊を組んだまますれ違った。目的は、お互いの艦隊だ。
「攻撃と直援。オフェンスとディフェンスの役割分担は戦場の基本だ。良く覚えておけ」
 レーザー通信で部下に注意しながら、ショウはネオジオン兵の練度の低さに暗澹とした気分になる。勢力の急速拡大に伴うパイロットの質の低下は、ネオジオンに限らず3勢力全ての悩みの種だ。
 やがて彼らの前に、ブリーフィングで見せられた敵の超巨大兵器と、それを守る艦隊、機動兵器部隊が姿を現す。
「全機! 各シュヴァルム(小隊)ごとに散開して攻撃を開始せよ!! 護衛任務の者は敵機を深追いするなよ!」
 攻撃隊を指揮するハマーン・カーン中将の檄が飛ぶ。ショウは彼女に遅れじと、配下のシュヴァルムを率いて戦場に飛び込んだ。

「……畜生! なんてバケモノだよ。メガ粒子砲が通じやしねえ」
 シン・マツナガ、ジョニー・ライデンら、歴戦のエース率いる護衛部隊がモビルドールを引きつけている間に、ヒロシ達ガザ隊はグリプスUに取り付こうとした。滝を逆さにしたような対空砲火を浴びて、たちまち数機が炎に包まれる。
 秘匿名称グリプスU……その真の名は宇宙戦艦リーブラ。菱形のパーツを四つ結合させたその特異な形状は、明らかに地球外文明の影響を伺わせる。OZが帝国から手に入れたムゲ・ゾルバドスの技術体系の粋を集めて建造された、人類史上最大の宇宙戦艦である。
 その装甲はきわめて強靱であり、ガザタイプが搭載する強力なメガ粒子砲を持ってしても、なかなか有効打を与えることができなかった。
「クソッ! 何とか装甲の薄いところを探して……何っ!?」
 次の瞬間、対空メガ粒子砲の直撃を受けたヒロシの機体は、火球となって宇宙に散華した。

「ふむ。グリプスUを前面に出したのは正解だったようだな」
 艦橋で満足げに頷くバスク。ネオジオン軍の攻撃隊は目立つグリプスUに集中し、他の艦の被害はほとんど出ていない。そして格好の目標となったグリプスUも、主要部分は未だ無傷だ。
「閣下、主砲のエネルギーチャージ、完了しました」
 オペレーターが報告する。グリプスUことリーブラの主砲は、かつてグレスコ艦に搭載されていたものと同型式であり、その破壊力はコロニー・レーザーに匹敵する。
「よし。照準を敵艦隊中央部に合わせろ。……主砲、発射!!」
 バスクの命を受け、発射ボタンを押す砲手。しかしその意志に反し、リーブラから憎しみの光が放たれることはなかった。
「どうしたというのだ! この肝心な時に故障だとでも言うのか!」
「……故障ではありませんよ、特佐どの?」
 バスクの疑問に答えたのは、突如艦橋に乱入してきた一群の男達だった。銃器で武装した彼らに、艦橋はたちまち制圧される。
「……貴様ら。ネオジオンの手の者か」
「左様。武装市民軍ホワイトファングの、カーンズと申します。バスク特佐、この艦は我々ホワイトファングが制圧しました。武器を捨てていただきましょう」



 OZデルマイユ派最大の拠点、グリプスは陥落した。
 人類同士の戦いとしては史上最大規模の戦いであったこのグリプス攻防戦で、両軍は共に大きな損害を被った。このことが後の戦いにいかなる影響を与えるのか、神ならぬ彼らに知るよしもなかった……

▼作戦後通達
1:グリプスは陥落し、サイド7はネオジオンへの帰属が決まりました。
2:グリプスUこと戦艦リーブラはネオジオン軍に接収されましたが、OZの残存艦隊はルナ2に撤退しました。
3:バスク・オム特佐はネオジオン軍の捕虜となりました。
『シャングリラの少年』
OZ・作戦2&ネオジオン・作戦2
《サイド1近郊:暗礁宙域》

「グレミー殿。ザムス・ガルへようこそ。長旅、大事ありませんでしたかな?」
「……社交辞令は結構。危険を冒してこんなところまで来たのだ。時間が惜しい」
 ネオジオン軍の若き士官、グレミー・トトは目の前に座す鉄仮面をかぶった人物に、いらだたしげな表情を見せる。
「ふむ。では、本題に入ろうか。……小娘の艦隊がサイド1に来るのは間違いないのだな?」
「ああ。参謀本部からの情報だ。間違いはない。……だが、この程度の兵力なら、鉄仮面殿ご自慢の、クロスボーン・バンガードの兵力を持ってすれば殲滅は用意だろう」
「おいおい、公国派の若き旗頭としてはダイクンの小娘が目障りなのだろうが、我々の目的は別にある」
 クロスボーン・バンガード。コロニーでも最大級の財閥、ブッホ・コンツェルンが抱える私的軍隊である。その最高指揮官たる鉄仮面ことカロッゾ・ロナは、ネオジオンの現体制に強い不満を持つグレミーにとって、心強い同盟者であった。
 鉄仮面が、さらに言葉を続けようとした時、不意に部屋の内線が鳴った。
「……私だ。どうした?」
「はっ! アルティシア艦隊のものと思われる、MSに捕捉されました」
「直ちに直援のMSを出してたたき落とせ。グレミー殿が、今ここにあることを、アルティシアに知られてはならぬ」
「はっ!」

「……これが謎の艦隊か。見たこともない形式だな」
 コクピットに映し出される艦隊の威容に、ヴァレス・ベルメインは、思わずうなった。
 彼らは、謎の艦隊調査のためにマシュマー・セロの命で放たれた先行偵察隊だ。空振りにならず艦隊の所在をつかむことができた安堵感で、ヴァレスとしても肩の荷を下ろした気がする。
「ヴァレス少尉! あそこに我が軍の戦艦がいます! グワンザン級1、ティベ級1、ムサイ級3!」
 シアルナーラ・ヴァファー准尉が緊張した声を出す。ヴァレスが彼女の示した方向を確認しようとした瞬間、不意に至近距離をビームがかすめる。
「チィッ! 発見されたか。シアルナーラ准尉、突破するぞ!」
「了解!」
 残念ながら数が違いすぎた。襲いかかってきた敵艦隊のMS隊との戦闘は、かなり一方的なものとなった。たちまち撃墜されるヴァレスとシアルナーラ。
 ヴァレスの脱出カプセルは、数時間後、運良く味方の偵察機に回収されたが、シアルナーラの行方は杳として知れなかった。



《シャングリラコロニー近郊宙域》

 ジュドー・アーシタにとって、それは楽な仕事だった。プチモビに乗って、コロニーの外、つまり宇宙空間で末弟さえすれば、獲物は向こうからやってくるのだ。
 重力の緩衝地帯にあるコロニー周辺には、様々なものが浮遊している。その大半は、戦闘によって破壊された戦艦や機動兵器の残骸だ。その中で使えそうなものを回収して、本職のジャンク屋に卸すのが、ジュドーの仕事というわけだ。
 それが十代半ばの少年の仕事として、ふさわしいものであるかどうかは、実のところジュドーにはわからなかった。しかし家計を助け、さらに妹の学費まで捻出しようとするならば、これほど手っ取り早い金儲けの手段は存在しなかった。
「おっ!?」
 漂う隕石片の中に、丸い人工物があった。機動兵器の脱出カプセルに違いなかった。大急ぎで回収するジュドー。
「やった! これは高く売れるぞ!」
 ジュドーは仲間のビーチャ達に連絡を入れ、脱出カプセルを抱えてコロニーへ向かう。そのとき、彼の目に今にも入港しようとしている、白い戦艦の姿が飛び込んできた。
「アーガマ……OZの戦艦だな。あいつら、何しに来やがったんだ」
 ジュドーは、良い獲物を捕まえて高揚した気分に水を差されたような気がした。OZがサイド2で何をしたのか、知らないスペースノイドはいない。
「ま、いいか。今日はおいしいもの食べられそうだし♪」

「凄いや、これ! まるっきり壊れてない!」
 脱出カプセルを点検したイーノ・アッバーブが歓声を上げ、ビーチャ・オレーグ、モンド・アガケはハイタッチを交わす。
 しかし、内部を点検しようとしてカプセルを開けた四人は、とんでもないものを発見した。薄暗い内部に人影がある。まだ若い(と言ってもジュドー達よりは年上だろうが)女性だ。
「パイロットの生き残りだ……」
「死んでるのかな……」
「これじゃ、ジャンク屋に売れないよ」
 驚きあわてるジュドー達。しかしその声で、気絶していたパイロット、シアルナーラが目を覚ます。
「……ここは……どこ?」



《シャングリラコロニー・市街地》

 数時間後、シアルナーラとジュドー達はシャングリラ市内のファミリーレストランにいた。
 カプセルを売った金は人数割りで折半され、持ち主(?)のシアルナーラも分け前をもらっている。
「それじゃ、ネオジオン艦隊と連絡を取る手段はないというの?」
「ああ、ネオジオン艦隊が近くにいるらしいけど、民間人レベルじゃ連絡の取りようがないぜ」
 ビーチャが打つ手なし、と言うように両手を上げる。
「どーしても、ってんなら、サイド3行きの密輸船にでも同乗するしかないんじゃない?」
 OZとネオジオンの間に国交などありはしない。しかし、経済は生き物だ。表向きは行き来できなくとも、蛇の道は存在するのである。
 しかしネオジオンへ行きたがる人間は多く、密輸業者もそれにつけ込んで同乗希望者にかなりの金額を請求するようになってきている。
 カプセルを売ったわずかなお金では、とうていおぼつかない。シアルナーラはため息をつく。
 そのとき、無言でジュースを飲んでいたジュドーが、不意に立ち上がった。
「あ、そう言えばいい金儲けの方法があったぜ。みんな、ちょっと耳かしてくれ」
 よからぬ相談を始める五人。話を聞くに連れ、シアルナーラの表情が、だんだん情けないものに変わっていく。
「金も入って、OZにも一泡吹かせられる。これで行くとしますか♪」
 ジュドーは、いたずらっぽい笑みを浮かべてそう宣言した。



《シャングリラコロニー・フロンティアホテル》

 東洋風のホテルに設けられた会談所で、ブライトは居心地悪げに時計を見た。
「アルティシアが来るのはもうすぐだったな」
「ええ、その筈です」
 護衛役のジャンヌ・ベルヴィル准級特佐が答える。
「最後に彼女に会ってから、もう七年か……」
 マーチウィンドの駐留するサイド1に、アルティシア率いるネオジオン艦隊が現れたのが三日前。彼女の停戦交渉申し入れに、両軍の間を忙しく使者が往復し、やっと今日の会談にこぎ着けたのだ。
 交渉が行われるシャングリラのコロニー内には、双方の代表を乗せた艦、一隻ずつが入港する手はずになっている。アーガマが入ったのとは逆方向にある港口に、先ほどネオジオン艦隊旗艦、スペースアークが入港したとの知らせが入っていた。
「……この交渉、カギになるのはサイド1の帰属問題だろうが……厄介なことだ」
 政治向きのことが好きではないブライトにとって、荷が重い交渉になりそうだった。



《シャングリラコロニー・ベーカリーショップ『テスの店』》

 セシリー・フェアチャイルドが、焼きたてのパンを店に並べていると、店の入り口から元気な声が飛んできた。
「セシリーさん、こんにちは!」
「リィナちゃんとリィズちゃんね。いらっしゃい。もう、学校終わったの?」
 店に飛び込んできた二人の少女、リィナ・アーシタとリィズ・アノーは、セシリーの通うフロンティアサイド校の初等部の生徒だ。
「うん、さっき。セシリーさん達中等部は、今日は試験で半日だったんでしょう? お兄ちゃん、ちゃんとできたのかなあ」
 トレイにパンを乗せながら、リィナは兄ジュドーの日頃の態度を思い浮かべる。試験期間中だというのに、兄が勉強している姿など見た記憶がない。
 それを聞いたセシリーが、困ったような表情になる。
「……うん、試験は今日までだったんだけど、ジュドー君、期間中一度も出席してないのよ」
「……そ、そんな」
 それはまずい。最悪、ジュドーは留年すら覚悟しなくてはならないだろう。リィナは目の前が真っ暗になったような気がした。
 落ち込んでしまったリィナを、必死で慰めるリィズとセシリー。そのセシリーの耳元に光るイヤリングを、店の奥から鋭い目で見つめる男がいた。
 シオ・フェアチャイルド。セシリーの父親である。
 父親と言っても、血はつながっていない。セシリーは、彼の妻、ナディアの連れ子なのだ。
 また、セシリー・フェアチャイルドという名も本名ではない。彼女の本名はベラ・ロナ。コロニー屈指の財力を持つブッホ・コンツェルンを支配するロナ家の一族だ。
 妻に逃げられて以来、男手一つでセシリーを育ててきたシオのもとに、ロナ家の使者と名乗る男が現れたのは、数日前のことだった。
 男は、シオを説得し、セシリーをロナ家に引き渡すことに同意させた後、シオにイヤリングを手渡して言った。
『近く、このコロニーは襲撃を受けます。ベラお嬢様には、必ずこのイヤリングを身につけていてくださるようにお願いします』
 シオは、セシリーにイヤリングを手渡したが、襲撃のことやロナ家への引き渡しについては伝えていない。
(……セシリー、全てはお前の為なのだ)



《翌日・シャングリラコロニー・宙港》

 港口から、二機のMSが入港してくる。管制室からそれを見ていたロバート・ラプター准級特佐は、窓から片手を上げて、機体から降り立つパイロットをねぎらった。
「二人ともお疲れ様でした。良いデータがとれましたよ」
 ZZガンダムのコクピットから降りたカミーユ・ビダンは、ドリンクを二つ取り、F91から降りてきたライラ・ミラ・ライラ上級特尉に一本を手渡す。
「ありがとうよ。……アンタも若いのに大した腕だね」
「そんな……ZZの性能のおかげですよ」
 アナハイムの新型MS、ZZと、サナリィの新作、F91は、この地で様々な状況を想定したトライアルに挑んでいた。ライラとカミーユは、そのテストパイロットなのだ。
 彼らが管制室に上がり、データをチェックしていたロバートとブリーフィングを始めた頃、宙港のゲートを一台のトラックが通過した。
「こんにちは〜! 生鮮野菜の納品です♪」
「お、ご苦労さん。新人さんかい? アーガマはあっちだよ」
 運転席に座るジュドーからオレンジを受け取った門衛は、親切に道を教えてくれた。
 まさか積み荷もトラックも、かっぱらわれた品だとは思いもしない。
「アーガマの人たちも新鮮な野菜に植えてるだろうからね。早いとこ届けてくるよ!」
 ジュドーの陽気な声を、荷台のホロの中でシアルナーラは情けない思いで聞いていた。ジュドーの計画とは、とどのつまりOZからMSをかっぱらって売り飛ばそうというものだった。
 大型MSを扱える彼女は、この強奪計画の片棒を担がされる羽目になったのだ。
「お姉さん、着いたぜ。アレが獲物だ」
 ビーチャに肩を叩かれてシアルナーラが外を見ると、目の前にトリコロールカラーに塗られた新型ガンダムの巨体がそびえ立っていた。

「ガンダムが盗まれただって!? ……わかった。私の機体はすぐ出られるな。すぐに後を追う!」
 叩きつけるように内線を切ったザッフェ・カイン上級特尉は、小隊員のサラ・ハーミルトン一級特尉の方を振り返る。
「……またガンダムが盗まれたらしい。追撃をかける。ついてきてくれ」
「わかったよ。……それにしてもガンダムって機体はよく盗まれるね」
 彼らのいた旧地球解放戦線機構も、当時のスペシャルズからガンダムMk2を盗んでいるので、あまり人のことは言えないかも知れない。
 二人はジェガン一個小隊を率いて、盗まれた二機のガンダムの追跡を開始した。



《シャングリラコロニー・メンテナンスハッチ》

 ……最初は赤い点だった。
 いくつか同時に生まれた赤い点は、ほんのりと赤い軌跡を残して直線を描き、全ての軌跡が交わった瞬間、特殊合金製のメンテナンスハッチは宇宙空間にはじけ飛び、ゴーグルをかけたような頭部を持つ数機のMSが姿を現した。
「……ここまでは順調だな。さて」
 クロスボーン・バンガード軍の士官、ザビーネ・シャルは、コンソールを操作して、愛機ベルガ・ギロスの背にビーム・フラッグを屹立させる。
「ルビコン河は渡った。今は征くのみ」



《シャングリラコロニー・フロンティアサイド校》

 試験から一夜明けたフロンティアサイド校中等部では、学園祭が開催されていた。
 色とりどりの模擬店が並び、高等部や初等部の生徒達が楽しそうに行き交っている。
「ビーチャのあほ〜!! 手伝うって言ったくせに!」
 ミス・フロンティアサイドコンテスト実行委員のエル・ビアンノは、手伝いの約束をすっぽかしたビーチャとモンドを毒づきながら、舞台裏を走り回っていた。
「ハイ、メイクはこんなモンかな。早速出番だからね!」
「大丈夫かな。緊張しちゃうな」
 エルは、コンテストに出場するセシリーの手を引いて、舞台の方へ誘導する。舞台上では、司会兼進行役のシーブック・アノーがセシリーの名を呼んでいた。
 セシリーが覚悟を決めて一歩を踏み出した瞬間、不意に日が陰り、突風が吹き寄せてくる。
「な、何なの……あれ……」
 フロンティアサイド校の上空を、見慣れない機動兵器が飛んでいた。クロスボーン・バンガードの主力MS、デナン・ゾンだが、この時点でその名を知る者はごく少数だった。
 そしてコロニー守備隊のOZ軍との戦闘が始まる。撃墜されたジムUが体育館をぺしゃんこに押しつぶした時、我に返ったシーブックは、咄嗟にセシリーとエルの手をつかむ。
「ここにいたら危険だ! シェルターに避難しよう!」
 シーブックに手を引かれ、二人は人混みの合間を縫って走り出した。



《シャングリラコロニー・フロンティアホテル》

「ブライト特佐! 大変です! 謎の機動兵器部隊がこのコロニーに攻撃をかけてきています! コロニー防衛隊が応戦中ですが、戦闘の余波で市街地に被害が拡大しています!」
「なんだとっ!」
 室内に飛び込んできたルクス・フィスト一級特尉の報告に、会談中だったブライトとアルティシアは席を蹴って立ち上がる。
「外の艦隊は何をしていたかっ! こうも易々と敵機動兵器の進入を許すとは!」
「はっ、我が艦隊、及びネオジオン艦隊は、謎の大艦隊の猛攻を受けております。現在モビルドールの大量投入でかろうじて支えておりますが、戦況は思わしくありません」
 舌打ちをするブライト。ネオジオン側も、親衛隊のシャルル・ウェンディー中尉が無線で旗艦スペースアークに連絡を取る。
「姫様! スペースアークは港口からコロニー内に避難したとのことです! 急いでこの場を離れましょう!」
 そこでレナ・ウォーカー少尉が意見具申をしてきた。
「姫様。OZ共と組むのは、本来死んでも御免ですが、謎の宇宙艦隊を相手取るには戦力不足なのも事実です。姫様に旧知の仲であるブライトとこの場限りの不可侵条約を結んで、それぞれ別個に帝国軍を相手取るべきかと」
 アルティシアは、傷跡の残るレナの顔見て一瞬痛々しそうな目をしたが、直ぐに表情を引き締めてブライトの方に向き直った。
「ブライト特佐。この状況では正式な休戦交渉を行うというわけにも行きませんが、この場だけでも不戦協定を結びませんか? 」
「……わかった。直ちに全軍に徹底させよう。……今日の続きを近いうちに行えることを祈っている」
「……ご武運を!」
 護衛に付いてきたジャンヌやシャルル、レナ達がホテル脇に駐機してあった機動兵器に走る。最後尾を走っていたアフィーネ・アーマライト上級特尉は、隣を走っている男に見覚えがあることに気づく。
「アルカード・レイディファルト!」
「……アフィーネ。相変わらず元気そうだな」
 かつて同じイレギュラーズ小隊で肩を並べて戦い、図らずもOZとネオジオンという敵対陣営に分かれた二人の、思いがけぬ再会であった。
「……こんな戦いで死ぬなよ」
「うん……アルカードもね」
 二人の男女は微笑みを交わし、そして別れた。



《シャングリラコロニー・市街地》

「この守備隊は何を考えているんだ! 市街地の被害を拡大してどうする!」
 ザッフェは市街地の惨状を見て、吐き捨てるように言った。
 OZのコロニー守備隊は、あたり構わず火器を撃ちまくっていた。練度不足で敵のMSを捉えられないビームやミサイルは、コロニーの建造物を片端から破壊し、下も見ずに走り回るMSの巨大な足に、逃げまどう群衆が踏みつぶされる。
「アーガマ隊のザッフェ・カイン上級特尉である! 貴様ら、何をやっているかっ!」
 無線で怒鳴りつけたザッフェのもとに、守備隊のMSから通信が入る。
「おお、新型をもっとるようだな。……ちょうどいい。ザッフェ特尉。ワシはコズモ・エーゲス准級特佐だ! 貴様らワシの指揮下に入れ。これは命令だっ!」
 ……何でこんな人物がトレーズ派にいるんだ、とザッフェが怒る気力すら失せかけている時、彼らに追われていた強奪犯達も否応なく戦闘に巻き込まれていた。
「畜生! こいつら何なんだ!?」
 ジュドーは初心者とも思えないほどZZを乗りこなし、襲いかかるクロスボーン軍を凌いでいたが、プロのパイロットであるはずのシアルナーラは、F91の性能に完全に振り回されていた。
 そして相手も悪すぎた。ベルガ・ダラスを駆るドレル・ロナは、クロスボーン屈指のエースパイロットである。
「……未熟者は戦場に出てくるなっ!」
「きゃぁぁぁぁっ!」
 ドレルの蹴りをコクピットにたたき込まれ、シアルナーラは意識を失って墜落した。



 シーブック達は市街地を逃げまどううち、ビーチャ達のトラックに合流していた。シーブックの家でリィズとリィナを拾った彼らは、入ることができるシェルターを探して走り回っていた。
「お兄ちゃん、危ない! モビルスーツが落ちてくるよ!」
「畜生! ところ構わず戦争をやりやがって!」
 ハンドルを握るシーブックの必死の急制動で、トラックはかろうじて落ちてきたF91につぶされずに済んだ。
「……コクピットハッチが開いている? ……シアルナーラさん! 無事かっ!!」
 ドレル機の蹴りでコクピットハッチが開いたらしく、中で気を失っているシアルナーラをビーチャが助け出す。そして入れ替わりにシーブックがコクピットに乗り込んだ。コンソールを操作してF91を再起動させる。
「シーブック!? そいつをどうするんだ?」
「この機体のバイオコンピュータを作ったのはお袋なんだ。何度かバイトで動かしたこともある。……この機体でトラックを守る!」
 シーブックは、襲いかかってきたデナン・ゾンのコクピットにビームサーベルを突き立てて撃破すると、続いて降下してきた部隊を牽制し始めた。



「セシリー! こっちだっ!」
 シオは、イヤリングに仕込まれた発信器を頼りにして、ようやく見つけたセシリーに手を振る。シーブックに代わってハンドルを握ったイーノが直ぐに気付き、彼の隣りにトラックを止めた。シオがセシリーのいる荷台に走り寄る。
「お父さん!? ……な、何をす……」
 シオにクロロホルムをしみこませた布を押しつけられ、意識を失うセシリー。この狼藉に驚き、飛びかかろうとしたビーチャ達に、シオは銃を突きつける。
 そしてシオの背後に、黒い機動兵器が降り立った。ベルガ・ギロス。クロスボーン軍のトップエース、ザビーネ・シャルの機体である。
 シーブックのF91とジュドーのZZが駆けつけようとするが、ザビーネ配下の黒の部隊に阻まれて近づくことができない。
「セシリーを返せっ! セシリーっ!!」
「……よくやった。ベラ様は預かる。シオ、お前も乗れ」
 ベルガ・ギロスにセシリーが連れ去られた直後、メイファ・タチバナ・ウォン准尉率いる数機のドムが、トラックの側に突進してくる。シアルナーラが意識を失う前、要請していた救援部隊である。
「シアルナーラ准尉! 無事ですかっ!」
 シアルナーラは、少年達もろともスペースアークに救助された。



《スペースアーク・数時間後》

 クロスボーン・バンガードの奇襲攻撃は成功した。アーガマとスペースアークは、かろうじて脱出に成功し、それぞれの艦隊と合流して撤退することができたが、サイド1はクロスボーン・バンガードに占領された。
「……畜生。あいつらセシリーを……」
 ガールフレンドを守る事が出来ず、落ち混んでいるシーブックの肩をジュドーが叩く。
「落ち込みなさんなって。セシリーを取り返すんだろ? 手伝うぜ」
「……ジュドー」
「……俺達のコロニー、奴らに占領されちゃったしな。やられっぱなしってわけに行かないでしょ」
 ビーチャやモンド、イーノ達も同意する。
 ジュドー達が与えられた居住区にあるモニターテレビでは、クロスボーンの総帥、マイッツァー・ロナが声高らかに新国家、コスモ・バビロニアの建国を宣言していた。
 事実上世界を敵に回しての建国宣言である。一度は引いたOZも、宇宙要塞バルジに巨大な兵力を集結させつつあるし、グリプスを落としたネオジオンの大軍団もまた動くだろう。
 彼らの故郷が再び業火に焼かれることはほぼ確実と言えた。
(セシリー……必ず助けに行く。それまで、無事でいてくれ)
 ア・バオア・クーへ向かうスペースアークの窓から遠くなっていく故郷を見ながら、シーブックは、セシリー救出を心に誓った。


▼作戦後通達
1:サイド1はコスモ・バビロニアを名乗り、独立しました。OZ、及びネオジオンはこれを認めず、軍事行動を起こす模様です。
2:ジュドー・アーシタ、リィナ・アーシタ、シーブック・アノー、リィズ・アノー、ビーチャ・オレーグ、モンド・アガケ、イーノ・アッバーブ、エル・ビアンノの8名は、ネオジオン軍に保護されました。
3:ZZとF91は、戦闘のどさくさでスペースアークに収容されています。
『燃え尽きない流星』
OZ・作戦3VSカラバ・作戦2
 北欧の大地は、既に熱い氷雪に覆われていた。酷寒の大地に降りしきる雪。そのような土地にも人々は住居を建て、わずかばかりの大地の恵みを糧に、日々の生計を立てていた。
 かつてこの地には小さな王国があった。長い歴史と伝統を持つその小国の王は、気高き理想を掲げて多くの人々の心を動かした。
 しかし時の地球連邦政府にとって、その理想、完全平和主義はあまりにも危険なものだった。少なくとも、連邦政府の実力者達はそのように判断した。
 そしてAC182年、その王国は滅びた。
 連邦軍の無慈悲な軍事力の前に、ガラスのように砕け散った。
 その王国の名はサンク・キングダム。国王夫妻をはじめとする王国の要人達は捉えられ、極秘裏に殺害された。絶対民主主義を標榜する者達の手によって。
 しかし、国王の二人の子、ミリアルド王子とリリーナ王女の二人の行方は、杳として知れなかった。
 時は流れ、AC195年。かつてこの地から落ち延びた子供達は帰ってきた。再び父の理想を掲げるために。
 そしてかつての連邦政府の後継者を自認する者達は、再び兵を挙げた。その理想を軍靴で踏みにじるために。
 かくして歴史は繰り返される。しかし、ただ一つだけかつてとは違うことが起こった。
 政府の横暴と非道に怒り、銃を取って立ち上がった者達がいたのだ。氷雪の大地は、鉄と炎の地獄へとその姿を変えようとしていた。



《ロームフェラ財団本部》

「ピースクラフトの小娘が立ったそうだな」
 自室を訪れたジャミトフ・ハイマン伯爵に、デルマイユ公爵は開口一番そう声をかける。
「そのようですな。クスコの聖女隊も協力しているとの報告も入っている。その関連で、カラバの一部が動いた、ともな。既に私の裁量で討伐隊の出撃準備命令は出しておいた」
 ジャミトフの言葉に頷くデルマイユ。しかしその表情は依然として厳しい。
「宇宙ではネオジオンが一大攻勢に出たらしい。また、アフリカのドレイク軍もヨーロッパを目指して進軍を開始したとの情報もある。この時期に、完全平和とはな。……死んだ父親同様、時を読めぬ小娘だ」
「……しかしこのような時代だからこそ、小娘の言葉は戦乱に飽いた民衆の心を捉えるだろう。帝国の再度の侵攻がいつ行われるかわからん今、完全平和主義は人類そのものにとって危険すぎる思想だ。……火事はぼやのうちに消し止めねばならん。早急にな」



《サンクキングダム王宮・ルクレツィア・ノイン私室》

「ここに集まってくださった皆様のお気持ちは、本当にありがたいと思います。……ですが、やはりサンクキングダムの理想を掲げる身である以上、皆様方の戦いを容認するわけには参りません。無礼を承知で申し上げますが、どうか思いとどまっていただけませんでしょうか」
 サンクキングダムの女王、リリーナ・ピースクラフトは、そう言ってカラバの面々に頭を下げる。彼女の脇で肩を落とすノイン侍従の姿を見て、カラバの戦士達はため息をついた。
 今回の出兵要請は、ノイン侍従の独断で行われた。仮にも完全平和主義を唱えるサンクキングダムが、自衛のためとはいえ公に兵を挙げるわけにはいかないからだ。
 しかしリリーナ女王は、その動きに気づかないほど愚かでもなければ、『部下が勝手にやったこと』として見て見ぬふりをする事ができるほど無責任でもなかった。
「女王に申し上げる。いささか誤解があるようだが、我々は貴国の防衛ために兵を挙げたわけではない。我々Esperanzaは、対OZ軍事行動の一環として、この地に侵攻するOZ軍団を攻撃対象として選定した。無論この行動が貴国の主権を踏みにじることは承知しているが、ここは敢えて踏みにじらせていただく」
 Esperanza隊の司令官、ロジャー・ウィルダネスの発言に、一同は息をのむ。
 まるで悪党のセリフだが、彼は敢えてそうすることで、完全平和主義の名が傷つかぬよう配慮しているのだ。
「相手は30バンチで無辜の民衆を虐殺したOZだ。市街地へは戦禍が及ばぬよう配慮するが、それのみでは被害を完全に押さえることはできまい。そこで、民間人の脱出計画を用意している。この計画への協力を頼みたい」
 事務的な口調で淡々と語りかけるロジャー。しかしその目には優しい光があった。
「……ご配慮に……感謝します」
 リリーナの目元に光るものがある。
「完全平和主義なんていうのは、この時代にあって馬鹿げているとは思うが、こういう馬鹿げたことを真顔で言う人間は嫌いじゃない。あんたを助ける理由があるとしたら、たぶんそこだろうな」
 それから彼らは一般市民の脱出計画について話し合う。ロジャーは、破嵐万丈に掛け合って、マッド・アングラー級潜水母艦を数隻、フィヨルドに潜ませていた。この艦で市民をカラバの勢力圏内に輸送するのである。
 その為に必要な車両や船舶の手配、市民への周知方法や誘導方法について話し合った後、パーガン侍従長が茶菓を出して来たのを期に、一同は一息入れることにした。
「リリーナ女王様、ちょっと教えて欲しいんだけどよ!」
 レイ・タケダが挙手した。無礼な言葉遣いにロジャーが眉をひそめるが、リリーナは微笑みを浮かべて先を促す。
「……完全平和主義ってなんなんだ? 例えばよ、カーツとブラッドは今ここで決着をつけようとしてるんだろ。でも、それってのは完全平和から見たら悪い事なんだよな。そいつを否定するなら、相手より強くなる事で自分の道を示そうとする奴らはどうやって示せばいいんだ?」
 ブラッドもレイと同じ事を感じていたようだ。無言でリリーナの返答を待つ。
「……そうですね。まず先に申し上げたいのは、闘争と戦争は違う、ということです。闘争は、あくまで当事者だけで行われるものですが、戦争はそうではありません。多くの人々が意に反して巻き込まれ、命を失います。完全平和とは、そのような悲しいことが二度と起こらないようにしたいという、人々の切なる願いなのです」
 ブラッドが、納得したというように頷く。
「……戦うから悪なのではなく、他の人に迷惑をかけるから悪って事か」
「『完全平和主義』は、その実現の困難さゆえに非現実的と捉えられがちだけど、私が思うに、実はそれほど異常な考え方ではありません。なぜなら、属する国家や集団によらず『人類』という立場で訊ねたならば、まず間違いなく全人類の過半数は戦争よりも平和を選ぶから。すなわち『完全平和主義』っていうのは、人類にとって相当に普遍的かつ不変的なコモンセンスなわけです。そして、腐敗のない純正な民主主義、すなわち「何らかの『力』による保障によらず、コモンセンスによってのみ成立する民主主義」を実現する上で必要なファクターのひとつとも言えるでしょう。要するに。個々の国、個々の集団などといったローカルな民主主義ではなく、人類全体を包括する最もグローバルな民主主義を実現するためには、たとえ困難であろうとも『完全平和主義』の理念を避けて通ることはできないだろうということです」
 リディア・チャオも自説を披露する。
 理想論には違いあるまい。しかし地球圏の人々が、心からその理想を欲していることもまた事実なのだ。
 市民救出作戦の打ち合わせは、深夜まで続いた。



《同時刻・クジラ艦内》

「ねえ、セレイン。……ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
 スヴァンヒルドの整備を終え、自室に戻ろうとしたセレイン・メネスは、カンザスで拾ったゲリラの少女、レラに話しかけられ、歩みを止める。
「アタシ、何がなんだかわからなくなったんだ。アタシには、完全平和主義なんて、よくわかんないよ」
「レラ……」
「アタシには、戦うことがすべてだったんだよ。もう戦いがないっていうんなら、アタシにはもう、何も残ってやしない!」
「戦いは……なくならない。本当に実現できるのならばいいと思うがな。だが……無理だろう。敵がいる以上は、自分たちの未来は戦って勝ちとるしかない。それができなければ死ぬだけのことだ」
「……そう、そうだよね。でもセレイン、全部終わって、世界は平和だっていえるようになったらさ、アンタ、どうするつもりなの?」
「……さあな。考えたこともない。終わるまで生きられるとは、限らないしな」
「そっか……やっぱりそうなんだ」
「なにがだ?」
「アタシもさ、アークに聞かれたんだ。『平和になったらどうするんだ?』って。そんなこと考えたこともなかったから、答えられなくて。そのとき、アンタはどうなのかなって思ったんだよ」
「そうか……昔はな、そんなことは考える必要すらないと思ってたのさ。どうせどこかで力尽きて死ぬだけだとね。勝てるかどうかもわからないのに、そんなことばかりいってる奴もいた。私はそいつが嫌いだった。現実を見れないバカ者だと思っていたからな。実際そいつは、帝国のゲリラ狩りであっさり死んだ。ただ……」
「ただ?」
「ただ最近、時々思うことがある。もしかしたら、そういうことを考えられる奴の方が、私などよりもはるかに強くなれるのかもしれない。これからは、そういう奴が必要なのかもしれないと……ここには、そんな奴が多いからな」
「……ふうん。あ、いけない! もうこんな時間だ。早くデッキに行かないと」
「こんな時間に任務か?」
「うん。アタシ、ここの偵察兵小隊に配属されたんだ。そこの変な名前の片眼の隊長と、アークと3人で、今夜何か特殊任務に就くんだって」
「そうか……がんばってこい」
「うん……今のアタシにできることはこれくらいだから」
 セレインは、走り去るレラの背中を見送り、ため息をついて再び歩き出す。
「今の私にできること……か」



《サンクキングダム討伐艦隊旗艦・アレキサンドリア》

「エルリッヒ・シュターゼン上級特尉、入ります」
 ブロック・ブレイカーの異名を取るOZのエースパイロット、エルリッヒ・シュターゼンは、アレキサンドリア艦内に設けられた司令官公室のドアをくぐる。その彼を出迎えたのは、この部屋の現在の主、ジャマイカン・ダニンガン特佐の冷たい視線だった。
「来たか。どのような用件か、わかっておろうな」
「は……いえ、自分にはわかりかねます」
「フン、貴様の指揮能力に対する評価はこのところ、著しく低下しておる。我々OZも、あまり余裕のある状況ではない。これ以上の失敗は容認できん」
「はっ、それはよくわかっております」
「汚名返上のチャンスをやる。カラバの一部とマーチウインドの連中が、どうやらサンクキングダムに入ったようだ。リッシュ特尉とともに、先鋒集団を率いて奴らを撃滅しろ。ここでやってみせねば、最後だと思え」
「は……了解であります」
 ジャマイカンの顔に、粘液質な笑みが浮かぶ。
「ときに貴様、婚約者がいるそうだな。……名は何といったかな?」
「……アリンディーネでありますが……それが何か?」
 怪訝な顔をするエルリッヒ。
「そうそう、そのアリンディーネ嬢だが、貴様の働きぶりを最前線で観戦することになった。……未来の妻に良いところを見せる意味でも、精々頑張ることだ」
「っ!!!!! ……くっ……わかり…ました」
「クククククッ……貴様の働きに期待しておるぞ?」
「……失礼します」
 エルリッヒは力無くそう答えると、司令官公室から出ていった。
「……くそっ!」
 エルリッヒは、廊下の壁に激しく拳を叩きつける。これは明らかに人質だった。
 ネオジオン軍とドレイク軍が北伐を開始した今、OZとしてもこの方面に長々と兵力を貼り付けておくことはできない。
 まして、完全平和主義の思想はロームフェラ財団内部にも数多くのシンパを持ち、末端の兵士達にも支持者が多い。OZの分裂や、30バンチ事件の影響もある。裏切りやサボタージュに対する警戒は、これまでに類を見ないほど厳しくなっていた。
(すまない……アリンディーネ)

「……私達、本当に正しいコト……してるんだよね」
 ジュリエット・アスティン1級特尉は、ブリーフィングルームで誰に言うともなくつぶやいた。
「こんなことが許されるわけないですよ! …私は毒ガスで300万もの命を奪い、更に平和主義を武力で壊すような、そんな思想は持ち合わせていません! ディスカイ・アズール、マーチウィンドの名の元にサンクキングダムを救援します!」
「……へぇ。力入ってンじゃん。そう言うつもりなら、俺の方でちょっとした計画あるんだけど、一口乗る?」
 ユウキ・エイガ2級特尉の提案に、顔をつきあわせてコソコソと密談を始める3人。話の内容が内容だけに、周囲には十分気を配っていた3人だったが、いつの間にか背後に迫っていた人物に誰一人気づかなかった。
「……面白そうな話だがよ。この作戦中はやめといた方が良いぜ」
「「「……わわっ!?」」」
 突然背後から声をかけたリッシュ・グリスウェル上級特尉に驚いてのけぞる3人。
「そこの窓から格納庫の方見てみな」
 リッシュの言葉に、3人が窓の外を見ると、1人の女性パイロットが機動兵器に乗り込もうとしているところだった。
「リュクエア・ステイフォワード上級特尉……督戦隊の指揮官だ。この戦い、下手なまねをすると、前からじゃなく後ろから飛んでくる砲弾で死ぬことになるぞ」
「……っ!?」
 督戦隊とは、味方の士気を維持するために、合法的に味方兵士を射殺する役目を負った部隊である。
「ジャマイカンの野郎……そこまでやるかよ。リッシュさん、アンタまさか……」
 慄然としたユウキを見て、リッシュは鼻を鳴らす。
「冗談じゃねえ。俺はジャミトフだのバスクだのといった連中のやり方が気に入らん男だぜ。お前らが出て行こうとしてるのは知ってたが、誰にも知らせちゃいねえ。ま、そうしろという命令は受けてたがな」
「……それで、どうするおつもりですか?」
「どうするっていわれてもな、俺にも立場ってもんがある。この場の責任は果たさにゃならん。……お前ら、今回の作戦は俺の下に来な。俺の部隊は最前線の激戦区に配置される。激戦区じゃあ、督戦隊も自分の命が危ねえ。そうそう見張ってもいられんさ」
 激戦区から常に生還する男、“不死人”と呼ばれたリッシュはそう言って豪放に笑った。



《サンクキングダム国境・森林地帯》

「ロジャーさん、奴ら、お出ましのようですよ」
 移動要塞艦クジラの艦長であるユウイチ・サイトウは、そう言ってロジャーに通信機のマイクを手渡す。
「……そうか。インの情報通りだな」
 クジラの艦橋にある通信機は、事前にOZの使用する周波数に合わせてある。ロジャーは軽く咳払いをして、迫りくるOZ軍団に向かって語り始めた。
「OZの指導者層に問う!帝国を追い払った今、このタイミングでなぜに地球人同士で争う必要があるのか? 今必要なのは戦争ではなく、地球圏の復興および、コロニーとの和平であり、戦争の傷口をいやすことではないのか? ましてや! この地は、完全平和主義を掲げる一切の武力を持たない地域である! この場所を攻めるに、OZが得られる利益より、不利益が多いことは明白である! 
1・自分と意見の違う人間を排斥することは民主主義の精神に反する。このことによってOZの内部の結束力がさらに弱まること!
2・武力を持たない国に武力強大な国が攻めるのは、古来から悪の行いである。このことによって一般市民からも更なる批判を受けるであろうこと!
3・以上二つをあえて行おうとするならば! 強いものに抗うためではなく、弱いもののために力を振るうことをためらわぬ連中を敵に回すことだ!
是非、冷静な判断を願いたい!」

「……ふむ、山賊め。言いおるわ……回線を廻せ!」
 ジャマイカンは不敵に笑ってマイクを手に取る。
「この地は、我々OZの軍政下に置かれた、固有の領土である。この地を不当に占拠すること。及びその輩を助けんと不穏の策動をなす貴様らの行動は、我らOZの主権に対する重大な侵害である。……直ちに武装を解除して投降せよ! さもなくば我が軍は固有の自衛権を行使し、貴様らを実力で排除する!」
 OZの返答を聞いたロジャーはにやりと笑う。反応は全て予想の範囲内だった。
「OK、話し合いの時間はおしまいだ! 世のため、人のため! OZの野望を打ち砕く独立部隊Esperanza! この翼のマーキングをおそれぬなら、かかってこい!」
 ロジャーの言葉を合図に、両軍の火器は一斉に火蓋を切った。



 戦場の天候は次第に荒れ、横殴りの雪で視界は徐々に閉ざされつつあった。しかしマナミ・ハミルの愛機、スィームルグに搭載された高性能のセンサーは、前方の森を行軍中の無数のモビルドールを探知していた。
「前方の森に無人機多数。みんな、準備は良いわね?」
 マナミは直属小隊のいちごクレヨン隊の面々を振り返る。
「いちごクレヨン小隊、いつでも出られます。……この戦い、あの人も参加してるんですかね」
 小隊指揮官のガル・シュテンドウが心配そうにつぶやく。彼の愛機、ボロットの操縦席は吹きっ晒しなので、分厚い防寒具を身につけてはいても、やはり寒そうだ。
 昨夜偵察兵小隊のイン・バックスタッバーらが行った偵察行で、戦闘機タイプの機影が確認されている。
 マナミやいちごクレヨン小隊とは因縁浅からぬ、アイシャ・リッジモンド子爵令嬢の機体、エルブルスである公算が大きかった。
「アイシャのことは……いずれ決着をつけるつもり。でも今は、目の前のモビルドールに集中なさい。ビルゴタイプはなめてかかれる相手ではないわ」
 雪原を蹴って吶喊するスィームルグ。ガルのボロットと、レイリル・ハーヴェルのノーブルグレイスが後に続く。
 いずれ……それは、今でないいつかを示す言葉……しかし、その「いつか」は意外に早く訪れた。
 ビルゴ集団との戦闘の真っ最中、上空から支援していたティア・ブルフィナのレイズナーが、超高速で飛行する機動兵器に追われて地上近くまで降下してきたのだ。
 そして蒼い機体を猛追する深紅の翼……エルブルズもまた戦場に突入してきた。
「あら、そこにいらっしゃるのはマナミさんじゃありませんこと? 今日こそ決着をつけて差し上げますわっ!」
「アイシャなのっ!?」
 スィームルグとエルブルス。設計段階では一体の存在だった2機の機動兵器が、北欧の大地で激突した。



《サンクキングダム国境・山中》

「OZの部隊はやっぱり練度が違うね。早い進軍だ。カラバやサンクキングダム防衛軍じゃこうはいかんだろう。悔しいがね」
 冬期迷彩服を身につけたイン・バックスタッバーは、雪に埋もれた灌木の間に身を伏せたままつぶやいた。
 彼の目前では、OZのビッグ・トレー型陸戦艇が駐機し、前線指揮を行っている。
「なんでカラバはダメなのさ! アタシらだって勢力は拡大してるじゃないか!」
 インの言葉にかちんと来たレラが毒づく。
「……兵站がすぐに準備できんからな。さすがの移動要塞島も、今の時期は北極海に入れないだろ? 空路しか補給路がないとなれば、どんな精強な部隊も満足に活動できないってモンさ」
 実際には、輸送部隊そのものの充実度もお寒い限りだったりする。今回の作戦に備えて、サンクキングダム国内の各所に物資の集積所を作ってあるものの、それを使い果たしたら、事実上カラバ部隊は戦闘力を失うことになる。
「インさん! 見つけました! 敵艦右舷中央部の舷窓です。情報通りです!」
 双眼鏡を構えていたアークが報告する。ビッグトレーの舷窓に、愁いを帯びた表情の美しい女性の姿があった。
(やれやれ。痺れる命令をくれとは言ったが、まさか真っ昼間から拐かしをやる羽目になるとはな)
「装備は重いかもしれんが、25秒で走れ。ロジャーの手配で内通者がハッチのロックを外してくれてる筈だから、敵艦に着いたらそのまま突入。障害は即座に無力化」
 インは短く指示を出すと、レラとアークを引き連れ、猛然と疾走を開始した。



《サンクキングダム国境・森林地帯》

「ブラッド……本気で自分の技を使わずに戦うつもりか?」
 ヴァイス・スティルザードは、前方を行くアースゲインに向かって声をかける。
「……ああ、そのつもりだ。……大丈夫だ。俺は負けない。勝って……勝ってあいつを取り戻す!」
 ブラッド・スカイウィンドは力強く言い放った。
 武機覇拳流。ヴィロー・スンダが編み出したと言われる機動兵器格闘術。モビルファイターの如く、人間の武闘家の動きに機体が追随するのではなく、あくまで人機一体となった時にのみその強さは発揮される。
「……俺はアースゲインの声を聞いた。……そして、力無きが故に悪に踏みつぶされる人々の慟哭を聞いた。いまのカーツでは、俺を倒すことはできない。……絶対にだ」
「だが、戦いってのはいつも正しい方が勝つとは限らないぞ?」
 クルト・ヴァイスが疑問をぶつける。
 かつてゲリラとして帝国軍と死闘を繰り広げてきた彼は、素晴らしい男達が帝国の圧倒的な力の前に、無惨にもひねりつぶされる姿を幾度となく見てきた。
「……ああ、言いたいことはわかる。俺もいろいろと見てきたからな……来たか。」
 300メートルほど先の崖の上から、一機の機動兵器が姿を現す。武機覇拳流でブラッドの同門だった男、カーツ・フォルネウスの駆るヴァイローズが。
「待ちわびたぞ! ブラッド・スカイウィンド!! 今日こそ、このカーツ・フォルネウスが証明してやろう。貴様のその機体を、俺の足下に叩き伏せることによってなあっ!!」
「カーツ……一つだけ聞いておこう。お前はこの戦いをどう思っている?」
「ん? 妙なことを聞く。俺にとって重要なことは、貴様を倒すことだけだ! 弱者など、どこでどうなろうと知ったことではない!」
「……そうか。ならばお前は俺に勝つことはできない。絶対にだ」
「大口を叩くのは、俺に勝ってからにすることだな! 我が連撃は全てを貫く! 魔槍連脚!! ……な、ぐほぅあっ!!」
 超高速で交錯した2機の機動兵器。ヴァイローズが放った連続蹴りはことごとく空を切り、逆にアースゲインの連続蹴りがヴァイローズに突き刺さる。
「な……魔槍連脚だと!? なぜ貴様がその技を使える!!」
「……アースゲインが教えてくれた」
「何っ!?」
 ブラッドは淡々と語り始めた。
「アースゲインが教えてくれたんだ。……遠い昔、アースゲインとヴァイローズは、一体の機体だった。8体の眷属を率い、踏みつけにされる弱き者達のために、絶対なる三者と戦ったのだと」
 ヴァイローズもアースゲインも動こうとしない。ブラッドの声だけが淡々と流れていく。
「師のお言葉を思い出せ、カーツ! 悪を倒し虐げられた人々を救えと師はおっしゃった! アースゲインもヴァイローズも、まさにその為に生まれてきたんだ! ……カーツ、お前は強さを追い求めるあまりそのことを見失ってしまった。ヴァイローズの悲しみがわからないのか? ……今のお前とヴァイローズはバラバラだ。慣れない足技を使う俺にすら勝てないほどにな」
「……抜かせっ!」
 ヴァイローズの繰り出した強烈な足払いを、アースゲインは軽いサイドステップでかわす。
「……俺は……俺とヴァイローズこそ最強! ならばこの技で葬ってやろう。我が最大最強の技……受けてみるがいいっ!!」
「……バカヤロウ」
 ヴァイローズから凄まじい闘気が噴出する。アースゲインも静かに構えた。
「己が全身全霊を持ちて眼前の敵を葬らんと欲すれば、我が一撃で全てを滅する! 鬼神となりて討ち果たす!  天王捷破斬ッ!!!」
「……天王捷破斬!」
 光の矢となった2機が、超高速で交錯する。
 ……次の瞬間、アースゲインの肩アーマーが砕け散り、ヴァイローズが全身から白煙を吹き出してガックリと膝を突いた。
「おぉぉぉぉぉぉぉーーっ!? 認めん! 俺は認めんぞぉっ!」
 絶叫するカーツに、アースゲインが静かに歩み寄る。カーツはヴァイローズを立たせようとするが、限界を超えた機体は既に身じろぎするのがやっとだった。
「動けヴァイローズ! 動けっ!! ……っ!?」
 カーツは信じられないことを聞いたというように凍り付く。
「……泣いている? ……泣いているのかヴァイローズ!?」
 武機覇拳流の使い手は、己と機体のブラーナを一体化させる。カーツの肉体に流れ込んでくるヴァイローズのブラーナは、明らかに悲しみの色に染まっていた。
 カーツはヴァイローズの声を聞き、そして悟った。ブラッドが語った事柄が真実であることに。
「……帰ってこい、カーツ。お前のいるべき場所はそこじゃない」
 ブラッドの言葉に、カーツは自嘲的な笑みを浮かべる。
「……同じ事を言うのだな。貴様も。ヴァイローズも。……こんな俺でも、まだ必要だと貴様は言うのか?」
 アースゲインは、ヴァイローズにゆっくりと片手を差し出す。
「ああ、カーツ。……俺にはお前が必要だ」
「……甘い野郎だ……貴様は」
 ヴァイローズが、差し出されたアースゲインの手を取った瞬間、突如目も眩むような閃光が迸った。
「……っ!?」

 戦場の上空を、ログレス・ファングバードはふらふらと飛び続けていた。
 愛する妻、アリサの命を盾に、この戦いに加わることを強制された彼は、この戦いで死ぬつもりだった。
(自分の思う通りに世界は動かない。当たり前の事だけど、カラバのみんなと接する事で…少しは変えられると信じて…そしてOZに飛びこんだ挙句この有様だ。
私は自分が愛した人を危険から遠ざける為、かつての仲間と戦う。こんな結末など予想もしていなかった。そうだ、結末だ。
全てに失敗した私がどうして生きている事ができよう。平和を願っていた男の死に場所が完全平和主義の国家とは皮肉も良いところだが、3年前の戦争で死ぬべきだった男が、ここまで生き長らえたんだ。もういいよな、ロイ…ウィノー…)
 目の前にカラバのブラックイーグルが、両の翼を発射炎で真っ赤に染めて突っ込んでくるが、ログレスは避けようともしなかった。
 ログレスがゆっくりと目を閉じようとした時、彼の視界は白光に包まれた。
(……なんだ? 俺は死んだのか?)
 何かが踊っていた。……人に似た姿をした何かが。
(……機動兵器?)
 ……そこは戦場だった。赤茶けた大地。そしてそこかしこに転がる機動兵器の残骸。照りつける三つの太陽……
(地球じゃない?)
 彼らは戦場のただ中で、踊るように戦っていた。数をも知れぬ機動兵器群が猛烈な射撃を浴びせているが、彼らにはかすり傷一つつけることができない。
 逆に彼らの手が、脚が、優雅な動きを見せるたびに、機動兵器が何体もまとめて壊れた人形のように弾き飛ばされて爆散していく。
 数分とも……あるいは永劫とも知れぬ時の果てに、踊る機動兵器達は全ての敵を殲滅し去っていた。
(……全部で9体か……中央のあの機体は、どことなくアースゲインに似ているな)
 不意に、9体の機動兵器が一斉に構えを取る。……その前方の空間が歪み、3体の巨大な機動兵器が姿を現した。
(……ジェイクラップス……ヴァルディスキューズ……アヴィエスレルム……)
 見たことのないその機体の名を、なぜかログレスは思い出すことができた。
 ……そして死闘が始まった。9体の機動兵器は恐ろしく強かった。しかし、新たに現れた3体は、3倍の敵を相手に互角以上に戦い抜き、ついに9体全てを叩き伏せた。
 やがて視界は暗転し、ログレスの面前に、踊っていた機動兵器の1体が立っていた。
『平和を求めし者よ。汝、力無き者が為の刃となるや?』
(……お前は何者だ!)
『我が名は夜叉王。夜叉王ヤクシャ。八の天竜が一角なり』
 ヤクシャと名乗った機体の胸部装甲が開く。
(……コクピットか?)
 ヤクシャのコクピットには、一人の若い男が眠るように座っていた。……そして次の瞬間、男の体は塵となって消え失せた。
『我、我が半身として造られし生体中枢を失えり。生体中枢なくして、我が力振るうことあたわず。汝、ログレス・ファングバードよ。我が生体中枢となりて、共に力無き者のために戦うか?』
(俺に……戦えと言うのか)
 ヤクシャは静かに頷き、次の瞬間、ログレスは不時着したコスモクラッシャーVのコクピットで目が覚めた。
「今のは一体……」

 同じ時、ヴァイス・スティルザード、クルト・ヴァイス、キサキ・リンの3名も、ログレスと同じ幻影を見ていた。
『我が名は天王。天王ディーヴァ。八の天竜が一角なり。ヴァイス・スティルザードよ。力無き者の盾を自認する男よ。汝、我が生体中枢となりて、共に力無き者のための盾となるか?』
 クルト・ヴァイスの前に現れた機体は、猛々しき龍と人を合わせたような姿をしていた。
『我が名は竜王。竜王ナーガ。八の天竜が一角なり。汝、クルト・ヴァイスよ。我が生体中枢となりて、共に邪悪なる者どもを討ち滅ぼす矛となるか?』
「お、俺は……」
 キサキ・リンの前に現れた機体は、女性的なフォルムを持ち、その声もまた明らかに女性のものだった。
『我が名は那羅王。那羅王キンナラ。汝、キサキ・リンよ。我が生体中枢となりて、愛するものを失い悲しみに沈む者達に成り代わり、悲しき時代を切り開くか?』

 ブラッドとカーツの面前には、アースゲインに似た機動兵器が立っていた。
『我が名は舞踏王。舞踏王ナタラージャ。八の天竜を統べし者なり。汝等の知るアースゲインであり、ヴァイローズでもある』
『……我が半身、ヴィロー・スンダと我は、遙かなる太古、絶対なる三者と戦い、そして敗れた。我ら、永き眠りについたれど、ヴィローの死期近きを悟り、再び目覚めたり』
 彼らの師、ヴィローは人ではなかった。遙かな昔、機動兵器の生体中枢として生み出された存在だったのだ。
 死期を悟ったヴィローは、自らの代わりとなる生体中枢を求めた。しかし地球の人間は、ナタラージャの眷属たる八の天竜ならまだしも、その長たるナタラージャの生体中枢になるにはブラーナが不足していた。
 そこでヴィローはナタラージャを二つに分離させ、アースゲインとヴァイローズとして「二人の」後継者達に与えた。いつの日か、二人が真のナタラージャのパートナーに成長することを願って。
『汝等、我が生体中枢としてふさわしきまでに成長せり。唱えよ。「機神合一」。我、真なる姿取り戻さん』
 ブラッドは勢い込んでカーツの方を振り向く。
「おい、やってみようぜ!」
「……ああ。いいだろう。ここまで来たら毒喰わば皿までだ」
 次の瞬間、自分の機体のコクピットで目覚めた二人は、声を合わせて叫んだ。
「カーツ! あれをやるぞ!」
「あれか……いいだろう。いくぞッ! 唸れ! この身に満ちる猛き闘気よ!」
「天よ竜よ、八部の鬼神よ! 我ら一命を賭して成就せんッ!」
「招雷せよ! 全てを滅却せんがため!」
「冥府の鬼に語って聞かせよ!」
「我らが半身よ! 真なる姿を取り戻せ!」
「機・神・合・一!!!」
 凄まじい稲妻がアースゲインとヴァイローズを呑み込み、次の瞬間、彼らのいた場所には巨大な機動兵器が立っていた。
 複座となったコクピットの中で、カーツは感慨深げにコクピット内部を見渡す。
「これが……ナタラージャか」
 しかしブラッドはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「……ナタラージャなんて辛気くさい名前ごめんだな。よし! 今日からこの機体はスーパー・アースゲインだぜ!」
 カーツは呆れたというようにブラッドの顔を眺める。
「お前という奴は……まあ、良いだろう。好きにしろ」
(スーパー・ヴァイローズの方が良いとも思うが……)
 カーツのつぶやきは、はしゃぎ回るブラッドには届かなかったようだ。



《サンクキングダム国境・森林地帯》

「この攻撃でどうかしら!?」
「あたらないわよ!」
 エルブルスから放たれた連装ミサイルを、スィームルグがライトニングソードで切り払う。お返しとばかりマナミが放ったアッシャークルーもまた、軽快に宙を舞うエルブルスを捉えきれずに虚空へと消える。
 二機の赤い機動兵器は、華麗なダンスを踊るが如く戦っていた。アイシャが引き連れてきたMDトーラス隊は、いちごクレヨン隊に阻まれてマナミに近づけずにいる。
「アイシャ! あなたはどうしてデルマイユ公に味方するの!? 」
「一度裏切っておきながら、厚かましくもロームフェラに舞い戻り、今再び裏切った恥知らずなあなたに、言われたくはありませんわっ!」
「恥知らずなのは、コロニーに毒ガスを注ぎ込んだデルマイユじゃない! それに私はOZを裏切った覚えはないわ。OZの心ある人たちは、大塚長官やレディ・アン特佐のもとに集い、反デルマイユの旗を揚げたわ。……アイシャ、あなたなら一緒に来てくれると思ったのに……」
「……リッジモンド子爵家は……お父様はデルマイユ公に従うことを決断したのですわ。由緒正しきリッジモンド家が、レジスタンス上がりの大塚長官や、名誉を失ったトレーズ様に従えるはずがありませんわっ!」
 その言葉とは裏腹に、スクリーンに映るアイシャの表情には苦渋の色がにじむ。
「私の聞きたいのはリッジモンドの叔父様の考えじゃないわ。アイシャ、あなただってわかっているはずよ。罪もない人々を何百万人も虐殺したデルマイユ公に正義なんかないって。そんな人に人々は付いてこないわ。今からでも遅くない! アイシャ、私と一緒に来て!」
 マナミの言葉に、アイシャはきつく唇をかみしめる。
「わかっていますわっ! でも……でも仕方ないじゃありませんこと! お父様が決断した以上、一族の者は従う義務がありますわ! どんなに納得がいかなくても、リッジモンド家を……家族を裏切るわけにはいかないのですわっ!」
 アイシャの叫びと共にエルブルスの機体がまばゆい光を放つ。
「マナミさん、勝負ですわっ! ノーブルフェニックス!!」
「アイシャのわからずやっ! ……ローレンス、武器選定デストラクションブーメラン!」
「設定完了です。お嬢様」
「いくわよアイシャ! デストラクションッ! ブーメランッ!!!」
 輝く光の刃が、突進するエルブルスと激突する。ブーメランはその瞬間粉々に粉砕されたが、その衝撃でバランスを失ったエルブルスは、きりもみ状態で森林地帯へ墜落する。
「きゃぁぁーっ! もう… だめ…」
「アイシャぁぁぁぁっ!!?」
 バーニアを全開にし、アイシャの墜落地点に急行するマナミ。白煙の上がるその場所でマナミが目にしたものは、胴を半ば貫かれて活動を停止したレイリル・ハーヴェルのノーブルグレイスと、その両腕にしっかりと抱きかかえられたエルブルスの姿だった。
「レイリル……あなた……」
 呆然とするマナミを尻目に、エンカイ・ナンジョウジがアイシャとレイリルを機体から救出する。
「…ね、おねがい… あなたが、マナミさんのお友達なら…仲間なら… ……ううん、地球の未来の事を想うなら… その白い翼で、マナミさんと共に、未来へと羽ばたいて……」
 うわごとをつぶやくレイリルの顔を見つめていたアイシャは、マナミがスィームルグから降りてくると両手を上げた。
「……アイシャ・リッジモンド。カラバに投降いたしますわ。……戦い敗れて捕虜になるのは貴族の常。……お父様には申し訳ありませんけど」
「アイシャ……」
 アイシャを抱きしめるマナミ。アイシャは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「私のことより、その子を早く病院に連れて行って差し上げるのですね」
 今の戦いで弾薬も残り少なくなっている。マナミは、アイシャとレイリルの後送をティアに指示し、エンカイとガルに傷付いた2機の機動兵器を回収させて、一度後方に下がる決意をした。



《サンクキングダム国境・山中》

「アリンディーネさん、狭くてごめんなさい。もう少し我慢してくださいね」
「……ええ。早くあの方を止めないと……」
 ソルフデファーのコクピットで、アークライト・ブルーは後部補助シートのアリンディーネに声をかける。
 人質にされていた彼女を、イン・バックスタッバーやレラの協力を得て救出したアークだったが、なにぶん戦場は広大だ。司令部から最優先で情報を廻してもらっているとはいえ、なかなかエルリッヒに接触することができない。
「アサルト・ドラグーンは、MSに比べて数が多くないから、きっと見つかりますよ」
 エルリッヒ・シュターゼン上級特尉。アークの人生にもっとも大きな影響を与えた男。
(エミリア……あの時からまだ何ヶ月もたってないのに……)
 あの日、アークは世話になっていた叔母夫婦と、幼なじみの少女、エミリアを失った。帝国軍のレジスタンス狩り……その実態は、民間人を無差別殺傷するよう設定された無人機達による一方的な虐殺だった。
 レジスタンスが回収していた帝国軍の試作機動兵器、ソルフデファーに偶然乗り込んだアークは、目の前に現れたエルリッヒを、大切な人々を殺した敵として激しく憎み、以来幾度となく砲火を交えてきた。
 今のアークにはわかっている。あの時スカルガンナーやターミネーターポリスを放ったのは帝国の正規軍であることが。エルリッヒは帝国軍による無差別攻撃の名目を奪うため、レジスタンスからこの機体を取り返そうとして果たせなかったのだと言うことが。
(エミリア……ごめん。俺、あの人をもう恨めないよ)
 OZに合流し、カリフォルニア攻略作戦で初めて味方として出会った生身のエルリッヒは、理知的な好青年だった。
 トレーズ派の有志からの情報で、彼の恋人が人質に取られていることを知ったカラバ司令部は、救出チームを派遣した。そのメンバーにアークが選ばれていたのも、アークとエルリッヒの因縁を考慮してのことだろう。
 後部の補助シートで、アリンディーネが身じろぎする気配がする。ADのコクピットはMSのそれと比べて余裕があるが、基本的に単座機であるために二人乗りはいささか苦しい。
(大切な人を人質に取る……か。俺にはもう……)
 幼なじみの少女が死んだ時、アークの人生もまた死んでしまったのかも知れない。帝国が地球圏から撤退し、エルリッヒへの復讐心も失った今、彼は自分が何のために戦っているのか、明確な理由がつかめずにいた。
(地球圏を人類の手に取り戻し、再び平和な世界を築くために戦う……エルリッヒさんはそう言っていたな)
「クライマースリー、聞こえるかい? こちらクライマーツー。魚は網にかかった。漁場はブラボー・デルタ・タンゴ。繰り返す。魚は網にかかった。漁場はブラボー・デルタ・タンゴ。以上だよ!」
 不意に偵察中のレラから通信が入る。エルリッヒの機体が捕捉されたらしい。
「クライマースリー了解! 直ちに急行する!」
 アークは後部座席のアリンディーネに頷いて見せ、全速力でエルリッヒの目撃地点に向かった。
 失うことの悲しみと喪失感を知っているからこそ……彼女を、アリンディーネをエルリッヒのもとに送り届けなければならない。戦う目的を失ったアークに、久しく与えられなかった戦いの意味だった。



《サンクキングダム・市街地近くの森》

 カラバ軍の機動防御戦術により遅滞を強いられていたOZ軍だが、新型モビルドールビルゴを先頭に立て、おびただしい犠牲を払いながらも着実に進撃を進めていた。
 一方のカラバは、主として武器弾薬の欠乏から徐々にではあるが押され続け、後わずかで市街地という地点にまで迫られていた。
「ここを抜かれれば市街戦になる。……まだ市民の避難は完了していないのか。まずいな」
 ヴァルキュリアソードでビルゴの胴をなぎ払いながらセレインはひとりごちる。
 第一陣のビルゴ部隊はこれで殲滅できたが、その後方から彼女のスヴァンヒルドに似た機体を先頭に立てた第二陣が現れたのだ。その機体に彼女は見覚えがあった。……それこそ嫌と言うくらいに。
「来たか……“不死人”」

「ほほう、セレインちゃんか。よくよく縁があるねえ。……お前ら、行くんなら今だぜ?」
 後のないカラバから撃ち込まれる鉄と炎の嵐の中で、防御線に穴を開けたリッシュ・グリスウェル上級特尉は、後に続くユウキ・エイガ2級特尉らに声をかける。
「チィッ! やらせるか!」
「おおっと。こいつらはちょっと訳ありなんでね。悪いが通してやってくれないかな」
 ユウキたちを攻撃しようとしたセレインだったが、リッシュから浴びせられる援護射撃に妨害されて照準がうまく定まらない。
 舌打ちしたセレインは、カラバのMS部隊に追撃を任せ、リッシュらとの交戦に専念する。
 ユウキたちをかばったことで、リッシュのシグルーンは数発の砲弾を受けていた。
 ヴァイタルパートこそ無事だったものの、衝撃でバランサーがいかれたらしく機体の動きが鈍い。
(けっ、そろそろ俺の豪運も尽きかけてきたかよ。ここいらでしまいにするのもいいかもな……)
「セレイン、聞こえるか」
「……なんだ」
「これで最後にするぜ。だからよ、最後に一つ、聞いてくれないか」
「何が言いたい」
「何度も言うが、俺がお前に惚れてるってのは、こりゃマジだぜ。俺もこれまでかなり好きに生きてきたがよ、おかげでずいぶん、妙なことになってきちまった。俺としたことがな」
「……それで?」
「ま、俺はお前の敵だった。だから、どんな結果でも、そりゃあ仕方ねえ。だけどな、俺がお前に惚れてた男だったってことだけは、覚えておいてくれ」
「……いいだろう、覚えておいてやる。……ならば私も言いたいことがある。いいか、一度しか言わないぞ。お前にその気があるなら、マーチウインドに来い」
「おっ?なんだ、お前も俺に惚れてたのかよ」
「違う」
「ちっ、そんなにあっさり否定するこたあないじゃねえか」
「お前は、少なくとも連中とは違うと思った。だから言っている。マーチウィンドはまだ生まれたばかりの組織で、我々は戦い続けるために戦力が必要だ」
「お前の口からそれが聞けるとは、涙が出るほどうれしいねえ。が、まだ俺はOZの士官だ。また生き残れたら、そうさせてもらうぜ」
「どういうことだ、リッシュ・グリスウェル?」
「悪いな。俺にも一応、俺なりのこだわりってもんがあるのさ。なに、俺も“不死人”と呼ばれた男だ。そう簡単にゃくたばらねえよ」
「そうか……ならば撃破する」
 セレインはそう言ってシグルーンに容赦のない猛射を浴びせかける。サンクキングダムを巡る戦いは、なお一層激しさを増していた。



《サンクキングダム・王宮前広場》

「あ〜らら。俺様ちゃんとしたことが、ちょっとやばいかもね」
 何とか防衛陣地をすり抜けることに成功したレイ・セト1級特尉だったが、王宮前広場にたどり着いたところで彼の悪運もつきてしまったらしい。
「もうちょっと、作戦練り込んでおくんだったよ。まいったねこりゃ」
 彼の前には赤と青に塗り分けられた二体の機動兵器が立ちはだかっている。
 メリクリウスとヴァイエイト。その強さは圧倒的で、彼の引き連れていたモビルドール部隊は、既に無惨な残骸となって転がっていた。
「……次はお前だ」
「この身に賭けて、リリーナ様には指一本触れさせん!」
 あまり嬉しくないお言葉を無線機がはき出す。いささか疳に障ったレイが無線を切ろうとした瞬間、信じられない命令が飛び込んできた。
「全部隊に次ぐ。我が軍はこれより全ての攻勢を停止。撤退する。繰り返す。我が軍はこれより全ての攻勢を停止。撤退する」
 カラバの防衛網は各所で突破されつつあった。マーチウィンドは強力無比だが数がいない。後少しでサンクキングダムを蹂躙できるという時に撤退命令とは……
「まあ、命令とあればしょうがないやね。引き上げるといたしますか。……この人達が素直に逃がしてくれればだけどね」
 ニュータイプの勘で横っ飛びに避けた彼のすぐ隣り、一瞬前まで彼のいた空間を、ヴァイエイトのメガカノンが空気をイオン化させながら貫いていく。脱出は突破戦以上に手間取りそうだった。



《サンクキングダム討伐艦隊旗艦・アレキサンドリア》

「なぜですか閣下! あと一押しで山賊どもを蹴散らせるというこの時に撤退など!」
 指揮官のジャマイカンに詰め寄るリュクエア・ステイフォワード。従卒のレオン・ブラッド上級特士がリュクエアの剣幕にはらはらしている。
 ジャマイカンは暗い表情でうつむいたままだ。
「……忠誠心の高い貴様だから教えてやろう。……言うまでもないが、今から話すことは部外秘だ」
 ジャマイカンが静かに口を開く。
「……ジャミトフ閣下から連絡があった。アステロイド要塞跡に設置されたセンサー網が、未確認の敵艦隊を捕捉した。奴らはこちらの誰何に一切答えず、一方的に攻撃してきたためにこちらのモビルドール部隊が応戦、一端は撃退に成功したらしい」
「まさか……ムゲが……帝国がもう!?」
「そこまではまだわからん。撃破した敵の艦と機動兵器の残骸は調査中だが、知られているムゲ・ゾルバドスの技術体系とは別種の技術で作られているらしい。……いずれにせよ、我々にはこんなところで山賊どもと遊んでいる余裕がなくなった。……そう言うことだ」
 顔面蒼白となったリュクエアらを乗せ、アレキサンドリアは静かに離陸した。



《サンクキングダム・王宮前広場・翌日》

 OZの大軍は、潮が引くように撤退していった。カラバとマーチウィンドには既に追撃戦を行う余力はなく、撤退は速やかに行われた。
 市内には、まだ市民の姿はない。安全が確認されるまで、カラバの難民キャンプに収容されているのだ。まさかのOZの再侵攻に備え、カラバ・マーチウィンド連合軍は防御陣地の再構築やパトロールに追われている。
「……こんな時に呼び出しとは。アランは何を考えている」
 セレインは不機嫌な顔でクジラに向かっていた。昨夜到着したマーチウィンドのアラン・イゴールに呼び出されたのだ。
 連合軍はこの戦いで大きな損害を被った。エルリッヒやアイシャ等、OZ軍からの投降者が多く、彼らの監視にも人手を割かざるを得ないため、今は深刻な人手不足なのだ。
「よお、我が愛しのセレインちゃん。わざわざ出迎えてくれるとは、涙が出るほどうれしいねえ」
「……ばかな」
 不意に声をかけられたセレインは、とんでもない人物を見て絶句する。
「な……何で貴様がここにいる!」
 当惑するセレインを見て、リッシュは満面の笑みを浮かべた。
「なんでって……お前が言ったんだぜ、マーチウインドに来いってよ」
「私が言っているのは、そんなことじゃない!貴様はあの時、死んだはずじゃなかったのか!?」
『くっ……やられっちまったか……へっ、生きてたらまた会おうぜ、セレイン、じゃあな……』
 リッシュのシグルーンは、セレインの猛射を浴びて爆散した。……どう見ても脱出した形跡はなかった。
「ひどいな、勝手に殺すなよ。とはいえ、さすがの俺も死にかけたのは事実だがな。お前が誘ってくれたから、つきかけてた俺の運も戻ってきたとみえる」
「だいたい、しかもなんでここにいる!?」
「俺の豪運のたまものだ。お前らの偵察隊の金髪娘に拾われてな。そいつにマーチウインドのもんでセレインの知り合いだって言ったら、ここまで案内してきてくれたって訳だ」
「……レラの奴」
「ま、そういうわけだ。これからよろしく頼むぜ」
「…………」
 ちょうどそこに彼女を呼び出したアランが通りかかる。
「ああセレイン、いたのか、ちょうどいい」
「何か、アラン」
「彼は、しばらく保護観察ということで同行を許可した。管理は君に任せる」
「は? 私はパイロットです」
「しかしな、自分の言葉には責任を持つべきだとは思わんか?」
「……はい」
「リッシュ・グリスウェル特尉、そういうことだ。我々としても優秀なパイロットは欲しい。期待している。後日改めてデルマイユ派のことについて聞きたいが?」
「別に奴らに義理立てする理由もない。かまいませんよ」
「そうか、助かる」
 アランはそう言ってセレインの方に向き直る。
「君を呼んだ理由はもう一つある。付いてきてくれ」
 アランはセレインとリッシュをクジラの格納庫に案内する。そこには見慣れない機動兵器が屹立していた。
(ん?なんだ、見たことのない機体があるな。私の機体に似ているようだが……)
「どれ……おいおい、ありゃ“TYPE33”じゃねえのか?」
 リッシュが声を上げる。セレインはいぶかしげな目でリッシュを見た。
「……“TYPE33”? おい言え、なんだそれは」
「まだ帝国がいた頃に、Z&R社で開発していたヴァルキュリア・シリーズの新型だ」
「新型のヴァルキュリア……」
「ああ、お前のが3機だけ作られた試作型の“TYPE27”、俺のがその正式型の“TYPE28”、“TYPE33"は、“TYPE28”の再設計型の“TYPE29”をベースにした重装機だ。だが、“TYPE29”は、まだ量産ラインがもたついててリリースされてない筈なんだが」
 “TYPE29”『シグルーン後期型』は、ライバルのFE社製AD『ノウルーズ後期型』が順調に生産数を増やしているのに比べ、生産ラインの確保でもたついて未だに軍への引き渡しは行われていない。
「その通り。あれは我々で製作した、いわば“TYPE33改”とでもいうべきものだ」
 アランが説明する。OZの分裂で、OZの取引企業は苦境に立たされた。元々ロームフェラからは外様扱いされていたZ&R社は社運を賭けてOZトレーズ派とカラバに肩入れすることにしたのだ。
 FE社もその動きに追随したため、現在は両社の間で激しい受注合戦が繰り広げられている。
「FEの新型AD、『アシュクリーフ』も持ってきた。こいつ同様戦いには間に合わなかったがな」
「なるほどな。それで合点がいった。で、あれのパイロットはどこだ?」
「パイロットは君だ、セレイン」
 セレインは唖然とした顔でアランを見つめる。
「私はスヴァンヒルドを降りるつもりはない。あれには、私の癖が記録されている。今更他の機体になど移れない」
「だからこそ、あれにはお前が乗ってくれないと困るんだ。改良型だといっただろう。あれはお前の操縦データを元に、シミュレーションして開発された。お前の癖は全部知っているし、お前でなければ使いこなせない」
「いつの間にそんなことを……アストナージめ、私に黙って、データをコピーしたな」
「ははっ、まあいいじゃないか。それより、せっかく持ってきたんだ、乗ってくれるだろうな?」
「いいだろう、使わせてもらうとしよう。しかし、スヴァンヒルドはどうなるのだ?」
「俺の機体の予備パーツ……と言いたいところだが、Z&Rのおかげで部品は十分ある。それにヴァルキュリアのファンは意外と多くてな。乗りたがる奴は多いと思うぜ。データを消去してから、お前がこいつを任せられると思った奴に譲ればいい」
 リッシュが口を挟む。
「お前は黙ってろ!……といいたいところだが、それが常道か」
 アランも、「その辺は任せる」と言う風に頷いている。
「……で、アラン。あれの名前は?」
「”TYPE33改”ラーズグリーズだ」
 ラーズグリーズ……北欧神話に伝わる戦乙女の名で、その意味は「計画の破壊者」。
 彼女の登場と歩調を合わせるが如くOZデルマイユ派の企てた対帝国抗戦プランは破綻した。
 OZ軍が突如撤退した真の理由……大塚長官経由でマーチウィンドやカラバがそれを知るのは数日後のことだが、セレインはこの機体を見ながら禍々しい未来の足音を聞いた気がした。
 まもなく人類は絶望との戦いを強いられることになる。新たな戦乙女は、新たなる戦雲の先触れだったのかも知れない。


▼作戦後通達
1:OZ軍が撤退し、サンク・キングダムは崩壊を免れました。
2:リッシュ・グリスウェル、アイシャ・リッジモンド、エルリッヒ・シュターゼン、カーツ・フォルネウスがマーチウィンドに加わりました。
3:新たな異星人襲来の知らせが、数日後両軍に通達されました。
『浄化』
カラバ・作戦3VSネオジオン・作戦3
《北アフリカ・ZAK移動司令部》

 マンフレート・ロンメル中佐は、頭上にとどろき渡る航空機の爆音に仮眠の邪魔をされ、窓から上空を見上げた。
 ガウ攻撃空母の大編隊が、箱形防御陣系を組んで北方目指して飛行している。
「……ケッセルリンクの航空艦隊か。時間通りだな」
 ネオジオン軍参謀本部が策定した対OZ作戦『砂漠の剣』に参加するジオン軍は、アドルフ・ケッセルリンク中佐率いる第2航空艦隊と、マンフレート・ロンメル中佐率いるZAK(ZionsAfrikakorps:ジオンアフリカ軍団)の2部隊から成る、一大打撃部隊だ。
 彼らの上級指揮官であるノイエン・ビッター少将も、後方のザンジバル『キンバリー』で待機している。
「……ビッター閣下も、前線のことは我らに任せて、後方でじっとしていてくれればいいのだが」
 ノイエン少将が聞いたら、彼にだけは言われたくないと思うに違いない。
 ロンメルは、『デザート』の異名を持つ砂漠戦の達人で、戦闘となれば常に最前線に出て行くことで有名な男だった。
「司令。ビッター閣下より入電です」
 副官のバイエルライン中尉が入ってくる。
「キレナイカ周辺で、コーストウォッチャーがゴラオンとグランガランらしき大型艦を発見したとのこと。おそらくアレキサンドリアのカラバ部隊との合流を目論んでいるのではないかとのことでした」
「……ご苦労。ならば我々は、予定通りカッターラ低地からエル・アラメインを目指そう。機動兵器部隊はいつでも出られるようにさせておけ」
「了解です。ジークジオン!」
「ジークジオン」
 ロンメルはバイエルラインが去ると、部屋を出て機動兵器デッキに出た。
 この移動司令部は、元々OZが装備していたビッグ・トレー級陸戦艇である。キリマンジャロ攻略時に鹵獲した車両を、改造して使用しているのだ。
 旧ジオン軍が装備していたダブデ級陸戦艇に比べ、指揮管制機能が充実しているので、ロンメルはこの車両に『マムート』と名を付けて愛用している。
「……これが本国の送って寄越した新兵器か。……何度見ても慣れんな」
 デッキに着いたロンメルは、新しい自分の愛機を見上げて嘆息した。
 その機動兵器の名はライネック。ショット・ウェポンが開発した新型オーラバトラーである。
 現在、アフリカに本拠を置くネオジオン地上軍機動兵器部隊は、従来のMSからABへの装備変換を急速に進めていた。それにはネオジオンの兵器開発事情が関連していた。
 旧ジオン公国軍は、地上への侵攻を試みるに当たり、必要と思われる各種兵器の開発を前々から進めていた。
 制空戦闘機のドップ、主力戦車マゼラアタック、陸戦艇ダブデ、爆撃機ドダイなどの兵器は、MSザクと連携し、地球連邦軍を翻弄した。
 しかし戦後、これらの兵器のほとんどは生産中止となり、地球圏から姿を消した。宇宙要塞アクシズに逃れたジオン技術陣は、宇宙艦艇やMS、MAの開発は行っていたものの、こういった地上戦用兵器を開発する必要性を感じてはいなかった。
 ネオジオン建国後、アフリカ大陸のほとんどをネオジオンが制し、ロンメルらを含む数多くの旧ジオン地上軍残党がネオジオンに合流することになって、真っ先に問題となったのはそれら地上戦用兵器の問題だった。
 MSはそれなりの数を用意できる。しかし、その内容が問題だった。アフリカ大陸は、そのほとんどの地域が砂漠化している。宇宙空間で開発されたネオジオン軍の新型MSの大半は、砂漠という過酷な環境の中では稼働率が大幅に落ちてしまったのだ。
 ドワッジなどの旧式MSに近代化改修を施すことで急場は凌いだものの、それではOZの新型機動兵器には対抗できないのは明らかだった。
 その窮地を救ったのが、新たなる同盟国、アの国がもたらしたオーラバトラーだった。
 小型で、耐久性も抜群。操縦は簡単で、空まで飛べて航続距離も長い。生産に必要な強獣の外骨格や筋肉は地上では入手不可能だが、地上にはそれに代わる高分子加工技術やバイオテクノロジーがあった。
 オーラバトラーは宇宙空間では実力を十分発揮できないこともあり、生産された機体は最優先で地上軍に配備されている。今回の作戦にもドワッジなどのMSを装備した部隊も参加しているが、その主力はやはりオーラバトラー装備の部隊だ。
「7年か……砂漠は何も変わらなかったというのにな。我々は時代の流れから取り残されていたのか……」



《アレキサンドリア市郊外・メカ要塞機艦橋》

 臨時にカラバ部隊の指揮を執ることになったシルヴィア・ランカスターは、モニターに映し出されるシーラ、エレ両女王と会談を行っていた。
 ゴラオン、グランガランを中心とするマーチウィンド艦隊は、このアレキサンドリア近くの砂漠で、メカ要塞機を中心とするカラバ艦隊と合流する手はずになっていた。
「ジェリル・クチビ……彼女のオーラ力が、この地にまで影響を及ぼしています。悪しきオーラ力が……嫌な感触です。この戦い、己のオーラ力に呑み込まれてはなりませんよ」
 予知者であるエレは、この戦いの前途に待つ暗い影を感じ取っていた。
「エレ様のおっしゃること、わかります。しかし、アフリカのみならずヨーロッパまでも、ジオンやドレイクの好きにさせることはできません。この北アフリカの地で、奴らの野望は食い止めて見せます」
 カラバ部隊の背後には、ヨーロッパには、パリやサンク・キングダムで戦う戦友達がいる。パリでビショット軍が行った暴虐の数々は、カラバにも伝わっていた。カラバ艦隊は、差し違えてでもドレイク軍を止めるという決意を固めていた。
「シルヴィア司令。……憎しみのオーラは、敵のみならず自らをも滅ぼします。ご自制ください」
 シーラにたしなめられたシルヴィアは、苦笑して自制を誓う。
 会談を終えたシルヴィアは、艦長のコウジ・ツキガセに命じて全軍に出撃準備を指示させる。バイストンウェルのオーラマシンによる、史上空前の戦いが始まろうとしていた。



《北アフリカ・ゲア・ガリング艦橋》

「ビショットよ。帝国の敗走以来連絡がなかったのはどういう事か。先の戦いには援軍を寄越しもせず、ワシは聖戦士ジェリルを失った。今になってのこのこ出てきた理由を聞こうか」
「ドレイク王、異な事をおっしゃる。我が軍は帝国との同盟を堅守し、信義のために戦っただけのこと」
「王たるもの、味方に不審を抱かせるがごとき行動は控えるべきだと思うが? ならばその信義のため、この戦いの先鋒、ショットと共に見事務めて見せよ」
「良いでしょう。兵士に動揺を与えるのは、私としても本意ではない。見事先鋒を務めてご覧に入れる」
「それでこそビショット王。ワシの後継者だ。期待しておるぞ」
 通信が切れると、後方に控えていたルーザ・ルフトがビショットのもとに歩み寄る。
「早まった真似をなさいますな、ビショット王。戦いに勝った後の勢力配分を考えなくては」
「いや、ドレイクは全て知っている。我々の関係もな。嫌みなことをしてくれる。……今は言われたとおり戦ってみせるしかない」
「……ドレイクが、私がここにいることを知っているのであれば、この艦は今しばらくは安全でしょう」
「どういう事だ?」
「ドレイクは、自らの手で私を八つ裂きにするまでは、他の者には手出しをさせないだろうと言うことです」
 艦橋の隅で、母ルーザとビショットのやりとりを眺めていた、リムル・ルフトの握りしめられた拳が白くなる。
 少女期特有の潔癖さを割り引いてさえ、母の存在を許せぬと思い詰めたリムルは、そっと艦橋を抜け出した。
「お父様に……お父様にお伝えしなくては」



《ゲア・ガリング・格納庫》

 ネオジオンから派遣された連絡将校、シャイン・ローバンス大尉は、新たな暗号表をゲア・ガリングに届ける役目を終え、ウィル・ウィプスに帰還するべく、愛機ガ・ゾウムに乗り込もうとしていた。
「地上のお方、お待ちください!」
 振り返ったシャインの前に、簡素なドレスを着た少女が立っていた。
「私に何か?」
 その少女、リムルは意を決したように口を開く。
「ドレイクの娘、リムル・ルフトです。……父に急ぎ伝えねばならぬ事があります。……お願いです。ウィル・ウィプスまで同乗させてください」
 リムルのただならぬ雰囲気に、シャインは彼女をコクピットに導き入れる。
「お国のオーラバトラーのようには行きませんが、我慢してください。……発艦します!」
 MA形態に変形したガ・ゾウムは、ゲア・ガリングを飛び立って砂漠の空へ消えた。



《エル・アラメイン》

「シルヴィア隊長、お願いです! メカ要塞鬼の戦力でドレイク軍を押さえている間に、シーラ様にドレイク軍への呼びかけを行っていただけるようお願いしてください!」
 ドレイク軍との会敵が迫る中、メカ要塞鬼の艦長、コウジ・ツキガセは、必死の形相でシルヴィア・ランカスターに懇願する。
 しかしシルヴィアは首を横に振った。
「……もう作戦は動き出しているのよ。不用意な作戦変更は味方の混乱を生み、味方の混乱は無用な犠牲を招くわ。……それにドレイク軍も、半端な覚悟でこの戦いに臨んでいる訳じゃないってことはわかるでしょう?」
 この提案が無茶なことは、コウジにもわからないではなかった。しかし、彼はそれを言わずにはいられなかったのだ。
 肩を落としたコウジは、傍らに立つ胡蝶鬼に語りかける。
「これが、俺の戦い方…完全平和主義のように武器を捨てることは出来ない…。だからって、多くの人がそうするように敵だからと割り切って戦うことも出来ず、分かり合えるという道を捨てきれない…中途半端な奴なんだ、俺は。それでも、一つでも多くの命がこれで残るのなら…俺は、俺の戦い方を捨てられない…甘い、かな」
 胡蝶鬼はにこりともせずに話を聞いた後、口を開いた。
「……甘いわね。ロジャー司令も言っていたでしょう? この時代にあって、そんな理想論は馬鹿げているわ。むしろ、その甘さで失われる命の方が多いかも知れない」
 胡蝶鬼は、無感動に言葉を続ける。
「私は生まれながらの鬼。戦い、殺し、焼き尽くすことしか知らない鬼。あなたの言う命の大切さは、私にはよくわからない。……でも、甘い男は嫌いじゃないわ。だから私はここにいる」
 その時、ミノフスキー干渉波レーダーを見ていたヒカル・コウガが声を上げる。
「シルヴィア隊長! 敵地上軍、及び航空艦隊です!」
 ヒカルの言葉に、シルヴィアはすっくと立ち上がる。
「総員戦闘配備! 機動兵器部隊は準備ができた隊から順次発艦せよ! ……ヒカル、マーチウィンドにも敵の位置と進路を送って!」
「了解です!」
 北アフリカの砂漠で、戦いの火蓋は切って落とされた。



 愛機ライネックを駆り、先鋒部隊のゲア・ガリングを飛び立ったトッド・ギネスは、傍らを飛ぶトモヨ・アッシュとザナド・ポジョンに通信を入れる。
「この戦い、狙いは聖戦士のショウとジョクだ。奴らを落とせば戦況は変わる。ザコには目もくれるなよ!」
 それを聞いたトモヨが、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「聖戦士、アタシらはアンタの下に入ったつもりはないね。言われなくてもジョクのカットグラはアタシらが落とす! 邪魔はさせないよ」
 それを聞いたトッドは、軽く肩をすくめてみせる。
「まあ、好きにするさ。ショウ以外の奴に興味はないんでね。ま、頑張りなよ!」
 トッドはトモヨらと別れると、ショウ・ザマのビルバインを求めて戦場の空を駆けた。



「ショウ!」
 トッドの執念は報われた。派手な塗装を施されたビルバインは遠目にもよく目立つ。仇敵の姿を目にしたトッドは、ミサイルランチャーを斉射しながら突撃する。
「トッドかっ!?」
「性懲りもなく!」
 ショウとチャムが口々に叫ぶ。ビルバインのオーラライフルを両断したトッドは、続けざまの斬撃でショウを追いつめる。
「ケリをつけるぜ! ショウ! ……ぐっ!? ダンバインか!」
 ダンバインのオーラショットをバリヤーで凌いだトッドだったが、その隙を見逃すショウではなかった。ビルバインのワイヤークローがライネックの左腕を絡め取り、ダンバインのワイヤークローが右腕に巻き付く。
「こいつ!」
「マーベル!」
「チャンスよショウ!」
「腕を引きちぎっちゃえ!」
 完全に動きを封じられたかに見えるトッドのライネック。しかし次の瞬間、トッドの肉体から凄まじいオーラ光が噴出する。
「なめるな! こんなことで負けるもんか!」
 猛烈なオーラ光を噴出しながら、急速に巨大化するライネック。その両腕を戒めていたワイヤーは引きちぎられ、ハイパーライネックとなったトッドは、腕の一降りでショウ達を振り払う。
「トッドが……ハイパーになる!?」
 肌にびりびりと伝わる圧倒的なオーラ力におびえるチャム。
「見てな、ママ! 俺の力でこいつらを落としてみせるぜ! そうすりゃママも楽ができるってモンだ!」
「……やらせるか! 行くぞ! マーベル!」
「わかったわ。ショウ!」
 ショウのビルバインとマーベルのダンバインは、この怪物に決死の覚悟で戦いを挑む。そしてトッドが放つオーラ力は、さらなる悲劇の引き金を引こうとしていた。



 ジョクのカットグラの手にした剣は、その腕の動きに合わせて、青白い閃光を放ちながら、その光で次々とクの国の艦隊を薙いでいく。
 この剣はただの剣ではない。ジョクがエ・フェラリオの長、ジャコバ・アオンに授けられた聖戦士の剣なのだ。
 剣の放つ光は、それ自体巨大な刃であるかのようにクの戦艦群を一太刀で両断し、爆散させていく。
 六隻のブル・ベガーを一瞬で屠ったジョクは、新たな敵を感じて顔を上げた。
「ジョクぅぅぅっ!!」
 ザナドのガベットゲンガーは、剣を大上段に振りかざして、ジョクのカットグラに吶喊する。しかしその憎悪のオーラ力に反応したジョクは、半ば無意識に聖戦士の剣を振るっていた。
「来たかよ!」
 ザナドの気が入り、放出される。しかしその気に誘導されるように、カットグラから発した光がザナドを襲う。
 光は、ザナドには白から赤に変わったかのように見えた。そして次の瞬間、ガベットゲンガーは両断されて爆散する。ザナドの命と共に。
「よくもザナドをぉぉぉっ!!!」
 ジョクは、襲いかかってきたピンクのガウベド、トモヨの放つ憎しみのオーラ力に圧倒される。
「くそっ! こんなところでやられるわけにはいかない!」
 度重なる聖戦士の剣の使用は、ジョクの肉体にも大きな負担となっていた。消耗で萎えかけた闘志を奮い立たせるジョクの耳に、聞き覚えのある幻聴が聞こえる。
『……先輩っ!……』
「美井奈かっ!?」
 それは間違いなく、ジョクと共にバイストンウェルへ飛ばされ、数奇な運命にもてあそばれて若い命を散らしたジョクの後輩、田村美井奈の声に間違いなかった。
『殺気を発揮するより、無に向かって自分を突進させるってことは、極度に積極的なアクションなんですよね……それをやれっていっても、先輩には無理かなあ?』
 美井奈の言葉は理解しづらかったが、彼女の言わんとすることは何となく理解できるような気がした。
「己を……無に向かって……」
 精神を集中させ、無と同化するジョク。その中を、ピンク色の軌跡が走ってくるのが見える。ジョクは易々とそれをかわした。
「南無三っ!」
 上空から振り下ろされた光の刃が、トモヨ機を吹き飛ばし、その下方の砂丘を巻き込んで盛大な砂煙を上げる。
「……っ!? こ、これは……」
 砂煙の中のそこここに、チリチリと稲妻状の光が煌めく。
「オーラ力が……憎しみのオーラ力が集中していく!?」
稲妻は天空に雲を呼び、巨大な稲妻の柱となって、オーラバトラーやオーラシップを次々に打ち砕く。
 その震源地とも言うべき空域の、稲妻の固まりは、渦巻く雲を背景にして、くっきりと一つのものを描き始めた。
 笑う女の顔らしいものを形成する稲妻の固まりは、嬌声を発する女の表情になった。その女の笑い声が、雷鳴と化して天変地異を呼んでいるかのようだった。
 雲が、濁流のように天頂と水平線から立ち上がり、ねじれ、重なり合い、稲妻の作るものを際だたせていく。
「美井奈っ! 見ろ! 女が笑っている……トモヨというパイロットだ!」
 ジョクには、直感的にその女の顔が、先に落としたガウベドのパイロットの、変わり果てた姿だということがわかった。
「オーラ力の暴走は……こんな天変地異すら引き起こすのか!?」
 ジョクはその事実に愕然となり、戦慄した。



「……何が……なにが起こっているというの? これは……」
 小隊のメンバーと共に、カナメ・ジェダ中尉のドラムロを追いつめていた、ブリューナク隊のエミィ・ユイセリアは、攻撃の手を休めて呆然とあたりを見渡す。
 天変地異は、今や戦場全体を席巻していた。どの軍も、既に戦いどころではない。荒れ狂う稲妻が、己の機体を直撃しないことを祈るだけだった。
 そしてひときわ巨大な稲妻の固まりが、あの女の顔をした稲妻の中核が、ゲア・ガリングを直撃する。
 ビショット、ルーザを始め、艦内の全乗員はその一撃で即死し、稲妻の固まりは廃艦となったゲア・ガリングそのものを憑代として、なお一層荒れ狂う。
「何だってんだこれは!? 一体全体どうなっていやがる!?」
 ショウとマーベルを追いつめていたトッドは、周囲の機体が敵味方問わず、次々に稲妻に打ち砕かれるのを見て慄然とする。
 そしてひときわ巨大な稲妻が、ショウのビルバインを目指して宙を奔る光景を見たトッドは、反射的に動いていた。
「……ショウをやるのはこの俺だ! ……うぐぁっ!!?」
 その巨腕でビルバインを払いのけたハイパー・レプラカーンを、巨大な稲妻が直撃する。いかにハイパー化しているとはいえ、巨大なオーラバトルシップすら焼き尽くす稲妻の直撃だ。ただで済むはずがない。
「トッド!」
 稲妻に焼かれ、薄れる意識の中で、トッド・ギネスはニヤリと笑った。
「良い夢を……見させてもらったぜ……」
「これが……良い夢でたまるかよっ!!」
 ショウの、絞り出すような声が、長年戦い続けた好敵手への惜別の言葉となった。
「ママ……うわぁぁぁっ!!」
 遙かボストンで息子の帰りを待つ母の面影を見ながら、トッドは逝った。



《ウィル・ウィプス艦内》

 リムルは、ウィル・ウィプスの長い通路を、必死になって走っていた。
「これは……一体何? ……ハイパーとも違う……この世の終わりだとでも言うの!?」
 傍らを走るシャインの表情にも焦燥の色が濃い。
 艦橋の入り口にあるドアに触れようとしたリムルは、その扉の発する熱気に、思わず手を引っ込める。
「……熱っ!?」
「……姫様、下がっていてください」
 シャインがパイロットスーツの手袋を二重にはめ、何とかドアを引き開ける。
「……そ、そんな……お父様……」
 へたへたと座り込むリムル。稲妻の直撃を受けたらしい艦橋内部は焼き尽くされ、生きて動いているものは誰もいなかった。



《ゴラオン艦橋》

 荒れ狂う稲妻の暴虐を見ながら、エレは覚悟を決めていた。
「……あれは……憎しみ……怒り……欲望……そういった悪しきオーラ力の集合体……ジェリルの憎悪が……トッドの妄執が……そしてドレイクやビショットの我欲が破滅を呼ぶ……でも、だからといって罪もない兵達や、ショウ、マーベル達までここで死なせるわけにはいかない……私がやらなくては……」
 艦橋に仁王立ちしたエレの小柄な体から、凄まじい霊力が迸る。
『その女! この世界から去れ!』
 稲妻の跳梁が、わずかにスピードダウンする。エレはさらに力を振り絞った。
「エレ様っ!」
「無茶よ! 無茶無茶!」
 ビルバインのコクピットで、ショウとチャムが口々に叫ぶ。
『下がれ……お前の拡散するオーラ力は、私が全て引き受ける! 下がれ! 消滅せよ!』
 稲妻……トモヨは、完全にエレを敵と見定めた。ゴラオンの艦橋に稲妻が直撃する。……しかし、その一撃はエレの霊力によって吸収され、艦橋のエイブ艦長達に危害は及ばなかった。
『失せろと申しておる! 悪しき……オーラ力の持ち主!』
 半端な攻撃では効果がないと見て取ったトモヨは、最大級の稲妻をゴラオンに放つ。
『……全て……私が受ける! う、う、……アアァァァァッ!!』
 巨大な稲妻を吸収したエレの体が宙に浮き、強烈な閃光を発して、着衣がはじけ飛ぶ。
 少女の華奢な肉体が、ハイパー化したかのように一瞬巨大化し、やがて全ての発光が収まると共に、壊れた人形のように床に落下した。
「エレ様っ! ……誰か! シーツを持ってこい!」
 エイブ艦長がエレを抱き起こし、シーツでその身を覆う。
「エイブ……」
「エレ様……」
「ゲア・ガリングを……邪悪なるものの憑代を……沈めて……」
 最期の力でそう言い残したエレは、眠るように息を引き取った。
「エレ様っ! ……くっ……グラン・ガランの、シーラ女王に回線をつなげ!」



《グラン・ガラン艦橋》
 シーラは、前方に見えるゲア・ガリングを見つめていた。
 エレに力の大半を吸い取られた稲妻の固まり……トモヨは、かろうじてゲア・ガリングに取り付いているだけの状態だが、放置すれば再び力を取り戻すのは明らかだった。
「この空域に……止めようもなく憎しみが渦巻いています。もはや私には、何の方法も残っていません。ゲア・ガリングと……討ち死にを敢行します。……グラン・ガラン。全速前進! ……はっ!」
「ゴラオンが突出します!」
 グラン・ガランの直援に就いていた、クロス・ステンバーグの声に、窓の方を見たシーラは、ゴラオンがグラン・ガランを追い抜いていくのに気づく。そして同時にエイブ艦長からの通信が入った。
「ゲア・ガリングは……我が方でとどめを刺します!」
「エイブ艦長!」
 物言わぬエレの体を抱きかかえたエイブ艦長は、穏やかな笑みを浮かべた。
「エレ様……バイストンウェルへ帰りましょう。そして、あの地を再び争いのない、平和な世界にいたしましょう」
 ゴラオンの巨体が、巨大なクサビとなってゲア・ガリングに突き刺さる。
 二隻のオーラバトルシップが大爆発を起こすと共に、稲妻の残滓もまた虚空へと消えていった。
 戦場に再び静けさが戻った。



《ウィルウィプス・艦橋》

「アとクの将兵に告げる! 私はリムル・ルフト。ドレイク王の娘である。私は、亡き父の跡を継ぎ、アの国の王位に就く! そして、ここに最初の命令を下す!」
 ウィル・ウィプスの艦橋からリムルの声が肉声と無線で将兵に伝わる。
「全軍、直ちに戦闘行為を中止、動けるものは動けないものを助け、母艦に帰還せよ! 負傷者を戦場に残してはなりません! これより我が軍は、作戦を中止してキリマンジャロへ帰還します!」
 既に戦える気力を持つものなど残ってはいなかった。間をおかず同様の命令がZAKとカラバ、そしてシーラ女王から発せられたらしく、両軍は負傷兵を収容し、忌まわしい戦場を後にする。
「……オーラの力……私たちは、パンドラの箱を開けてしまったんでしょうか」
 リムルは、遠くなっていく戦場を、ただじっと眺めていた。


▼作戦後通達
1:両軍は共に作戦の続行が不可能なほどの損害を出し、兵を引きました。
2:この作戦の後、リムル女王とシーラ女王の間で停戦についての交渉が開始されました。
3:ドレイク・ルフト、ルーザ・ルフト、ビショット・ハッタ、トッド・ギネス、トモヨ・アッシュ、エレ・ハンム、エイブ・タマリが戦死し、ゴラオンとゲア・ガリングが沈みました。
4:ショット・ウェポンのスプリガン艦隊は、リムルに従わず、姿を消しました。
『震える山』
OZ・作戦4VSネオジオン・作戦4
 ついに特定された、アプサラス開発基地。イーサン・ライヤー特佐率いるOZの軍団は、アプサラスにとどめを刺すべく、圧倒的な兵力でアフリカの大地に侵攻する。
 サハリン家の兄妹の親代わりを自認するノリス・パッカード大佐は、アプサラス脱出の時間を稼ぐべく、配下のMS隊と共にイーサンの軍団に特攻をかける。
 ノリス隊はOZに大損害を与えるも、衆寡敵せず、次々にその命を散らしていく。
 ノリス自身も、シロー・アマダ特尉率いる第08MS小隊と死闘を演じ、全滅寸前にまで追いつめるも、シローのEz-08に撃破される。
「アイナ様の想い人と出会う……面白き人生であった!」
 ノリスが命と引き替えに稼いだ時間で、ついにアプサラスVの出撃準備が整う。
 アイナのアプサラスUと連携したその戦闘力に圧倒されるOZ軍団。アイナはイーサンに、アプサラスの自爆と引き替えに傷病兵を脱出させるための停戦を呼びかける。
 一端は停戦に同意したかのように見えたイーサンだが、その実バストライナー砲による狙撃を命じていた。
 一門のバストライナー砲が放った光条が病院船ケルゲレンを爆散させ、もう一門がアイナのアプサラスUを貫かんとした時、ギニアスのアプサラスVが割って入り、妹の盾となって爆散する。
 アイナはシローと共にイーサンのビッグ・トレーに特攻をかけ、爆炎の中へ消える。以後、アイナとシローの消息は不明である。

▼作戦功労者
 [ OZ ]
リュウキ・オカノ:ノリス隊に苦戦する08小隊を援護し、ノリス機撃破のきっかけを作る。
 [ ネオジオン ]
シンディ・ヤマザキ:大破したアプサラスVからギニアスを救出し、いまわの際にアプサラスの開発資料を託される。

▼作戦後通達
1:ギニアス・サハリン、ノリス・パッカード、イーサン・ライヤーは戦死しました。アイナ・サハリン、シロー・アマダは行方不明です。
『ガンダム強奪』
カラバ・作戦4&OZ・作戦5VSネオジオン・作戦5
 オーストラリア大陸、トリントン基地に搬入された2機のMS。それはサナリィが開発した次世代MS、フォーミュラの集大成とでも言うべきガンダムF90であった。
 フレームの換装であらゆる戦場に対応するF90だが、そのフレームの一つ、対異星人核戦争用フレーム、Nフレームの実験を行うため、多数の核兵器を貯蔵するこのトリントン基地に運び込まれたのだ。しかし、その情報は既にネオジオンの諜報網によってかぎつけられていた。
 OZの士官に化けて基地に潜入した“ソロモンの悪夢”アナベル・ガトーによって、換装を終えたばかりのF90Nは強奪されてしまう。
 ノーマルのF90で、決死の追撃を試みるコウ・ウラキ。標的役を務めるはずだったOZとカラバの機動兵器部隊もウラキに続くが、その前にネオジオンのMS部隊が立ちはだかる。
 ウラキの放ったビームライフルでガトーのHLVは爆散するが、ネオジオン潜水艦隊の支援を受けたガトーとF90Nは、太平洋にその姿を消した……

▼作戦功労者
 [ OZ ]
キサラギ・ユウ:F90Nが逃げ込もうとしたHLVを発見し、ガトーが宇宙に脱出することを阻止するのに貢献する。
 [ カラバ ]
サユリ・マホロバ:突然の襲撃にパニック状態になったパイロットたちの中にあって、いち早く落ち着きを取り戻し、ネオジオンMS隊と死闘を繰り広げる。
 [ ネオジオン ]
ドネ・アルフェ:OZの軍服や認識票を調達し、ガトーのトリントン潜入を支援した。

▼作戦後通達
1:奪われたF90Nには、戦略核弾頭が搭載済みでした。
2:基地司令のコーウェン特佐は、カラバ首脳と協議の上、アルビオン隊に奪われたMSと核弾頭の奪還を厳命しました。
『黒いアタッシュケース』
カラバ・作戦5
 国際警察機構のエキスパート、銀鈴と鉄牛は、シズマ博士を追うQボスの維新竜・暁の攻撃によって危地に立たされるが、遙か極東から飛来した大作のジャイアント・ロボによって救われる。
 しかし大作の救援は、二人には予想外のことだった。国際警察機構パリ支部が大作とロボに出撃を要請した事実はなかったからだ。
 全ては、ロボとアタッシュケースをもろともに手中に収めんとするBF団の陰謀だったのだ。十傑集三人を含むBF団と、ミケーネ諜報軍の戦闘獣軍団が大作達に襲いかかる。
 カラバ部隊が苦戦する中、突如三人の博士の遺体が晒されていたノートルダム寺院が隆起、地中から二体のGRが姿を現す。
 幻夜と、人工知能としてよみがえった幻惑のセルバンテスが操るGRの戦闘力は圧倒的だった。カラバと国際警察機構はかろうじてシズマ博士とロボを保護し、パリを放棄して撤退することになった。

▼作戦功労者
 [ カラバ ]
ガーゼット・シルバー:鉄牛の運転する貨物列車の貨車にゲットマシン状態で潜み、襲いかかるBF団のヘリ部隊からシズマ博士を守る。

▼作戦後通達
1:パリは完全にBF団の手に落ちました。
2:シズマ博士とロボは飛行船グレタ・ガルボで極東の北京支部へ向かいました。
『裁かれし者』
OZ・作戦6&カラバ・作戦6VSネオジオン・作戦6
 内部温度が上昇し、ゴムの焦げるニオイに悩まされながら、ユウ・カジマ1級特尉は荒く息をついた。
「グッド・ジョブ、カジマ1級特尉。敵ミサイル基地は全滅した。これで友軍はブルーデョスティニー2号機の打ち上げを阻止できるかもしれん。よくやってくれた」
 網膜投影型の堅牢なヘルメットから、内耳に直接聞き慣れた、だが好きになれないアルフ・カムラ技術特尉の声が響いて、ユウは無表情な眉間にわずかに皺をよせた。
「ところで1級特尉。ブルーの乗り心地はどうだ?」
「……とんだ殺人マシーンだ。こいつは敵と一緒にパイロットまで殺すつもりらしい」
 ひどい頭痛がする。頭が割れそうだった。
 ブルーディスティニーを奪ったニムバス・シュターゼンは、カリフォルニアベース近くの打ち上げ基地を占拠していた。
 その事を、ある匿名の格闘家からの情報によって知ったOZは、攻撃の際に最大の難関となる、ジオンのミサイル基地の破壊を、ブルーディスティニー3号機を受領したばかりのユウに命じたのだ。
 ブルーディスティニーは期待を裏切らなかった。
 そして、パイロットへの負担も、予想を裏切ることはなかった。
「降りるかね?」
「誰が」
「フフ。お前にもブルーの毒が回ってきたらしい」
「……何とでも言え。俺は、コイツの見せるモノの先に何があるか。それが見たいだけだ」
 EXAMの見せる、蒼い瞳の少女。裁くもの。

 ◇ ◇ ◇

「ミサイル基地が壊滅。敵軍はフタマルサンマルにこちらに到達します」
「HLVの燃料注入は?」
「間に合いません」
 オペレーターの報告に、ニムバス・シュターゼン大尉は顔をしかめた。
 強奪したブルーディスティニー2号機を祖国に持ち帰るには、まだ一仕事せねばならないらしい。
 だが、ミサイル基地から送られた最後の映像を見た時、彼の表情は一変した。
 蒼いガンダム。ブルーディスティニー3号機。
 歩兵を蹴散らし、ザクII改の胴を両断する姿を見て、彼は薄い笑みすら浮かべてみせた。
「迎撃する! ヴィオラ・クローエ曹長。俺のブルーを立ち上げておけ」
「イエス・サー! カラーリングは、すでにイフリートと同じにしておきました」
「ン。任せる。貴様の好きにしろ」
「イエス・サー」
 ニムバスは誰にも見られていないことを確認してから、怒りと笑みの混ざった表情を浮かべた。
(OZのEXAM、か……。さぁマリオン。お前の片割れを取り戻そう)

 ◇ ◇ ◇

 打ち上げ基地強襲。20:30という夜更けに行われた作戦は、終始OZ側が押し気味で推移した。
 単純に戦力の差もある。頼みのミサイル基地を破壊されていたことも、ジオン側にとっては大きなマイナスとなった。ミサイルによる戦力の削減をアテにしていたからだ。
 だが、これをジオン側の作戦ミスと言うわけにはいくまい。誰がここまであっさりとミサイル基地が無力化されると考えただろう。
 蒼いゲッタービームがビルを倒壊させた。
「すみません、アウギリヤさん。俺の私情なんかに付き合って頂いて……」
 アウギリヤ・ユーカマスとともにニムバスを探していたイツキ・キリュウだったが、彼は結局、蒼いガンダムと出会うことはなかった。

 ◇ ◇ ◇

 戦場の趨勢が決まった頃、ユウのブルーディスティニー3号機が不意に硬直した。
 EXAMだ。
「フィリップ! サマナ! 俺に近付くな!! ……コイツが……お前たちを敵と認識してしまう!」
 ユウは僚機から離れようとした。できない。EXAMが操作を受け付けない。
『裁キヲ。全テノ罪深キモノニ裁キヲ!』
 あの声だ。
「違う! あれは敵じゃない! やめろ!」ユウは頭を振ってその声を払おうとした。が、できなかった。
 硬直したままのブルーディスティニー3号機が外部の音を拾った。
「全てのモノに裁きを。それがEXAMの力だ」
 逆光の中、シルエットが見える。ブルーディスティニー2号機。”赤い肩”。
「その力を拒むとは。OZのパイロットはよほど遠慮深いか。あるいは腰抜けか」
 ニムバス・シュターゼンはEXAMを起動する。2号機のカメラアイが赤く光り、一時的に画像処理速度を向上させた。
「そんなパイロットに、EXAMの力を操る資格はない!」
 スロットルを開ける。スラスターが唸りを上げ、2号機は突進した。
「マリオンの力、返してもらうッ!」
 かろうじて反応した3号機は、即座に応戦に入る。EXAMが起動し、双眸が輝いた。

 ◇ ◇ ◇

 戦いの中、ユウ・カジマはEXAMの記憶を知った。
 EXAMの、と言うよりも、EXAMの中に記憶を閉ざした、マリオン・ウェルチという少女の。
 彼女は、ある格闘家によって見いだされたニュータイプであり、クルスト・モーゼスによってEXAM開発に最も深く関わった少女であった。
 優れた感応力を持ち、優秀な成績を残す彼女に、クルストは恐怖した。やがて人類を上回ることになるであろう、ニュータイプに。
 そして作り上げられたのが、EXAM。その目的が平和ではないことに絶望したマリオンは、EXAMの中に心を閉ざした。
『EXAMはクルスト博士の恐怖と憎悪を体現するモノ。ユウ・カジマ。私は待っていました。裁きを。すべてのEXAMに解放の時を。ユウ! お願い! 私を解放して!』
「EXAMの力を理解せぬもの! 貴様にマリオンは渡さん!」
 ニムバス・シュターゼンにとって、マリオンは力の象徴だった。劣等感を、挫折をはねのけるための力そのもの。
 哀しい人ですね。
 かつてイフリート改にEXAMを導入しようとしていた時、初めて会ったニムバスに、彼女は言った。
(私を哀れむことはない。マリオン。私は今、幸福感すら感じている)
 そして、最後の交錯。
 3号機のビームサーベルが2号機を頭から切り下ろすと同時に、2号機のサーベルが3号機の頭部を貫いた。EXAMの入った頭部。
 2号機は爆散し、3号機は数度弾んで地面に叩きつけられた。
 ユウ・カジマは薄れる意識の中で宇宙を見た。
 宇宙は漆黒の虚無ではない。
 そこには意識が溢れている。だから蒼い。蒼い宇宙。

 そしてEXAMは、二度と起動することはなかった。

▼作戦後通達
1:EXAM開発は凍結されました。その研究レポートは何者かによって持ち出されています。公式には、EXAMが市場に流出することはなくなります。
2:アウギリヤ・ユーカマス、セリス・ローレンス 特士に、ブルーディスティニーが支給されます。
3:オー・エース 特士、ヒロタカ・ミフネ、ナッシュ・ヴォルネット 准尉に、EXAMが支給されます。
4:サミュエル・ボング 曹長に、イフリートTXが支給されます。




《極東・南原コネクション》

「超電磁・タ・ツ・マ・キーッッ!!!!」
 葵豹馬の叫びと共に放たれた巨大な超電磁のボルテックスが、マグマ獣の巨体を金縛りにする。
「超電磁・スピィィィィン!!!!!」
 天をも貫く槍と化したコンバトラーは、マグマ獣の分厚い装甲を紙のように貫いて爆散させる。
「うぬぬぬぬ…おのれいっ!! この次はこうはいかぬぞ地球人ども!」
 キャンベル軍の大将軍ガルーダは、歯ぎしりして飛行要塞グレイドンを急上昇させ、離脱にかかる。
 カラバ軍主力が極東地域を離れるのを待ち、満を持して行ったキャンベル軍の奇襲攻撃だったが、コンバトラーやゲッター、シャッフル同盟を主力とするマーチウィンド・スーパーロボット部隊の迎撃に合い、無惨な失敗に終わったのだ。
「豹馬、大体片づいたようだな」
 新たな半身たるゴッドガンダムを駆るドモン・カッシュは、頭部を粉砕したマグマ獣を放り出して豹馬に声をかける。
「へへっ! 俺様にかかればざっとこんなモンよ! ガルーダなんざ目じゃねえぜ!」
 有頂天の豹馬を苦笑しながら眺めるゲッターチーム。しかし彼らの関心事は別のところにあった。
「情報通りに奴らは襲ってきた。兵力規模、そして現れる時間に至るまで、全てがあの匿名情報の通りだった。……どういう事だ?」
 神隼人の疑問は当然といえた。この襲撃の全ては、事前に南原コネクションに届けられた匿名情報によって、全て予告されていたのだから。
 当初は敵の罠を疑ったマーチウィンドだったが、その情報の正しさに困惑を強いられていた。
「誰が……何の為に……」



《南太平洋・キャンベル軍地底基地》

「母上っ! 誠に申し訳ありませぬ。我が軍は地球人どもの伏兵に側背を突かれ……」
「……全ては見ておりました。ガルーダ、この無能者めがっ!!」
「ははあっ! 申し訳ございませぬっ!」
 オレアナ像から放たれる電撃に打たれ、もがき苦しむガルーダ。オレアナはひとしきりガルーダを痛めつけると、気が済んだのか電撃を止めた。
「此度の作戦は、我らが汚名を返上する最後の機会でした。……しかしながらこの体たらく。残念ですが時間切れです。……作戦中、本国から通信が入りました。いよいよ本国の軍がこの星に来襲します」
 キャンベル軍の本国……彼らの母星、キャンベル星を含む銀河系最大最強の星間国家、銀河帝国が、いよいよこの地球を次なる目標に定めたのだ。
「……陛下は無能な者を生かしてはおかぬ……我らも覚悟を決めねばならぬやもしれぬな」


次回予告
 銀河帝国先遣艦隊……その圧倒的な力に、人類はムゲの来襲以上の衝撃を受ける。
 敵の目的は、地球人類の抹殺。しかもその大兵力は、ほんの先触れでしかないのだ。
 予期せざる敵との死闘。そして大いなる眠りから蘇る異星の守護神達。果たして人類に未来は訪れるのか。
 次回War in the Eaeth、『破滅への序曲』

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