《小惑星帯・アステロイド要塞跡》

 大小の岩塊に混じって、機動兵器や艦艇の残骸が浮遊していた。
 原形をとどめぬまでに破壊されたモビルドール。ねじくれた砲身を天に突き上げる機動巡洋艦。
 しかし浮遊している残骸のほとんどは、それら地球の兵器ではなく、明らかに異星のものと知れる機動兵器だった。
「ようやく片づいたか。手こずらせおって!」
 銀河帝国軍先遣艦隊司令であるガンダルは、漂う残骸を忌々しげに睨みつけた。
 銀河帝国とは、核恒星系に本拠を置く、銀河系最大最強の星間国家である。
 銀河系は、この銀河帝国とムゲ・ゾルバドス帝国の二大超大国によって二分された状態にある。
 銀河帝国の支配者、ズール皇帝は、太陽系に置いてムゲが敗退したとの情報を得るやいなや、ガンダルに地球人類の抹殺を命じたのである。
 こんなちっぽけな星一つにどのような価値があるのか、いささか疑問なガンダルだったが、帝国に置いて皇帝の意に反することは死を意味するが故に、疑問を棚上げにして先遣艦隊司令の任務を受け入れたのだった。
 地球圏を席巻すべく、大艦隊を率いて進軍してきた彼は、この宙域でデルマイユ公爵率いるOZ艦隊と接敵し、多くの犠牲と引き替えに、これを撃破することに成功した。これで地球圏への道は開け、彼の艦隊を阻むものはなくなった。
「ガンダル司令。地球人どもは、衛星軌道上の暗礁宙域に艦隊を集結させています。そのほかには宇宙空間に目立った戦力は確認されていません」
 偵察行から帰還したブラッキー隊長の報告に、ガンダルは顔を上げた。
「よかろう。その宇宙艦隊の相手はワシが引き受けよう。ブラッキー、貴様はギシン星の方々を護衛して地球に降りろ。マーズとガイヤーの確保が最優先だ! ジャネラ殿。確か地球には、反逆者追撃部隊の残存勢力が基地を作っていましたな。貴殿には残存勢力との合流と、橋頭堡の確保をお願いする」
 現在の地球には、二組の銀河帝国人が存在する。その一つは、ズール皇帝直轄の主星、ギシン星出身のマーズという男だ。
 彼の持つ機動兵器、ガイヤーに仕込まれた反陽子爆弾を起爆させれば、地球そのものが跡形もなく消し飛ぶことになる。
 もう一組は、遙か昔、皇帝ズールに反逆してこの地に逃れた、とある超能力者を追撃するために派遣されたキャンベル星の部隊だ。
 銀河帝国の従属国であるキャンベル星は、この先遣艦隊にも女帝ジャネラ自ら率いる部隊を派遣してきている。
 ジャネラが頷くのを見て、ガンダルは満足げな笑みを浮かべる。
「よろしい。それでは戦争だ! 地球の猿どもを踏みつぶしてくれよう!」



《北米大陸・某所》

 大自然に抱かれた、とある山荘。男は、何も言わず眼下に広がる雄大な景色を眺めていた。
 不意に男の背後のドアが開く。
「閣下。ここにおられましたか。……カラバに参加した同志からの情報です。ついにこの地にも銀河帝国の魔の手が伸びました」
 入ってきたのは精悍な面持ちの若い男性だった。彼は、自らの言葉に何の反応も見せない男に、一瞬苦渋の表情を浮かべたが、そのまま言葉を続けた。
「奴らは敵対する種族の存続を許しません。…私は、この星を守るために立ちます。奴らは元々、我らグラドスの仇敵、閣下! ご決断下さい!」
 しかし閣下と呼ばれた男は、振り返ろうとはしなかった。
「……ゲイルよ。今地球人どもは、旧怨を捨てて一つになる道を、必死で探している。そこに私が出て行けば、どうなる? ……奴らのことを思うなら、私はこの地を動かぬ方が良いのだ」
 若い男性……グラドスのエースパイロット、アーマス・ゲイルは、かつての上官に敬礼をし、足早に去っていった。
 やがて山荘の背後に広がる森から、一機のSPTが飛び立つ。
 男は、小さくなっていく機影をいつまでも眺めていた。



《極東・宇宙科学研究所》

「ついにこの星にも奴らが来よった。……この星を、ご先祖様の星と同じ末路をたどらせるわけにはいかんじゃろう。ワシらは、勝兵達が学校から戻り次第、手はず通り出撃する。大介君達の準備はどうじゃ?」

 研究所の長、宇門博士は、モニターに映る神北兵左ェ門に、力強く頷いて見せた。
「ええ、大介もマリアも、いつでも出撃できます。……そうですね。1600時に、相模湾上空でランデブーと言うことでいかがでしょうか。私たちはそれまでに、グレンダイザーとガッタイガーの最終調整をしておきます」
 神北兵左ェ門たち神ファミリーは、ビアル星人の子孫。宇門博士の養子である宇門大介ことデューク・フリードと、その妹マリアは、フリード星人。共に銀河帝国によって母なる星と同族を滅ぼされ、地球に逃げてきた者達である。
 彼らは立ち上がる。第二の故郷となった地球の未来を勝ち取るために。失われた星々の守護神達と共に。
「大介……マリア……」
 通信を終えた宇門博士の頬を、止めどなく涙が流れる。愛する子供達を戦地へ送り出さなければ行けない親の涙。
 できることならば代わってやりたかった。愛する子供達を死地に送りたい親などいはしない。
 やがて博士は、涙を袖でぬぐうと、研究所に設けられた格納庫に向かった。
 大介とマリアが命を預ける、二体の巨大ロボットが間違っても故障など起こさぬよう整備するために。住み慣れた家に二人が帰ってきてくれるよう、精一杯の祈りを込めて。


『その名はエピオン』
OZ・作戦1VSOZ・作戦2
 この時代、地球圏最大の勢力であったOZは、真っ二つに分かれて抗争を繰り返していた。
 デルマイユ公爵、ジャミトフ伯爵ら、OZの指導層に対し、トレーズ派と呼ばれる一段が反旗を翻したからだ。
 では、そのトレーズ派とはいかなる一団だったのであろうか。
 まず、レディ・アン特佐を筆頭とするOZの青年将校達。時のOZ総帥トレーズ・クシュリナーダに忠誠を誓い、彼の解任に納得できず、立ち上がった者達である。
 そして大塚茂OZ長官率いる国際警察機構や、OZに吸収された旧地球解放戦線機構の構成員達。地球圏を異星人やその他の侵略者から守り、治安を回復するためにOZに参加しながらも、30バンチをはじめとするOZ指導部の強硬路線に相容れないものを感じ、離反した者達である。
 そして彼らを強力にバックアップする、アナハイム・エレクトロニクス、サナリィをはじめとする軍産複合体と、ロームフェラ財団の非主流派企業。
 この抗争をビジネスチャンスとして捉え、トレーズ派に対する積極的な投資を行っている。
 これら三つの集団の力は大体において拮抗しており、それ故に、存続するためには微妙なパワーバランスを必要としていた。
 統一意志を持たぬ大いなる武力。迷走する頭無き大蛇。それがトレーズ派の実態だった。
 しかし新たな異星人軍が大挙して地球に来襲するに及び、トレーズ派の者達は、ついに自らの頭を奪回する決意を固めた。
 トレーズ・クシュリナーダ奪還作戦の開始である。



《北欧・トレーズ邸》

 広壮な屋敷の応接間に、トレーズと、彼を解放したトレーズ派の一部、及びマーチウィンドの面々が集まっていた。
「よく来てくれた。マーチウィンドの諸君。我が愛する平和の使者よ。心から歓迎する」
 マーチウィンドを代表して、アムロ・レイが進み出る。
「トレーズ。俺達はあなたに、もう一度立ってもらいたいと思っている。デルマイユやジャミトフのやり方では、新たに来襲した異星人には対抗できない」
 しかしトレーズは静かに頭を振る。
「……君が戦い続けることに、限界を感じているとはな。だが事実、この時代の流れは誰にも変えられまい」
「あなたなら変えられるだろう。かつて歴史の主導権はあなたが握った。同じ事をもう一度やれば済むことだ」

「フッ。私にその気持ちはない。私の戦いは既に終わっている」

 トレーズがその言葉を口にした直後、ユウキ・エイガ一級特尉が拳を固めてトレーズに殴りかかる。
 しかし彼の行動は、彼とトレーズの間に飛び込んできた小柄な人影によって阻止された。
「閣下を罵り殴る事で、何か一つでも世界の事態が好転するのなら幾らでも行えば良い。だが貴様の行動がただの憂さ晴らしだったと言うのならば、今すぐこの舞台から立ち去れ。今は貴様ごとき大根役者が出しゃばって良い場面ではない!」
 ユウキの腕にしがみつきながら、アルト・クィレル上級特尉が叫ぶ。しかしユウキは顔を真っ赤に染めて言い返した。
「閣下殿。貴方が一人、勝手に負け犬になるのは構わねぇけどな! アンタを信じて付いてきた沢山の人間を裏切って、其のまま舞台の裏に引っ込もう何てのはムシが良すぎるンじゃねーか?! 人類の解放を謳うなら、ネオジオンの連中の事もひっくるめて、人類を一つに纏め上げて見せろよっ! 異星人が再び来襲した今こそ、そ、その時だろ!? 今は人間同士が戦ってる場合じゃ無い筈だ。そして、この戦いの原因はアンタにあるンだ。 だから、責任持ってこの状況を何とかしろよ…ッ! 3年前の悲劇を……親を失う子供が、家族を失う大人達が、増える歴史をまた繰り返させるなぁっ!!」
 ユウキの言葉に、ヒイロ・ユイが前に進み出る。
「この男の言うとおりだ。終わってなどいない。今もお前のために、何人もの兵士が死んでいる。少なくとも、お前の戦いは終わってはいない」
 ユウキの腕から手を放したアルトも、トレーズの方に向き直る。
「閣下…戦いに参加しない者は敗者にも勝者にもなれません。なれるのはただの臆病者です。もし許して頂けるのなら…私は貴方の戦いを、そしてどのように負けるのかを見届けさせて頂きたく……有り体に言えば…貴方の側にいたいのです、トレーズ様!」
 トレーズは、泣いてすがりつくアルトの肩を離し、一同の方に向き直った。
「君達と語り合えたこの時が、私の人生最大の幸福だった。そして私は理解した。私の死は君達と共になければならない。互いに認め合った上で、私は神に召されよう」
「……それでは!?」

 トレーズはアムロに頷いてみせる。
「私は私を支持してくれる者達を率いて、地球を侵す者達と戦おう。そして……ヒイロ・ユイ。ここに、君の今後の生き方を示す道しるべがある。ついて来たまえ」
 一同はエレベーターを降りて、屋敷の地下にある格納庫に向かう。
「新型か」
 ヒイロ・ユイは、目の前に屹立する深紅の鉄巨人を見上げた。炎の悪魔を連想させる禍々しい姿。しかしその頭部は、この機体がガンダムと呼ばれる機体の一種であることを物語っていた。
「名を、エピオンと付けさせてもらった。この機体は、戦う敵の姿と、そして、自分自身の未来をパイロットに見せてくれる。私は戦い続けることが人間の存在意義だと考えていた。だがそこに答えを見いだすことはできなかった。私の戦いが再び始まるというのなら、戦いという行為に回答を見つけねばならない。その為のモビルスーツとして、ガンダムがもっともふさわしいと考えたのだ。そして私は、勝者と敗者に祝福を与えたい。これはそれを可能にする機体だ」
「神でも作ったつもりか」

 ヒイロの皮肉は、しかしトレーズには通用しなかった。
「かもしれん。このエピオンは、戦士に純粋な戦う意志がある以上、迷いを消す機能がある。迷いのない戦士は崇高で美しい。ある意味では、神に最も近い存在といえるだろう」
「俺は神など信じない」

「ヒイロ・ユイ。一つだけ忠告しておく。その機体に乗って勝者となってはならない。ガンダムエピオンは兵器ではないのだ。君が敗者として帰還することを望む」

「俺もそれを望んでいる」

「ヒイロ。私を殺すまでは、勝手に死ぬことを許可しない。故に自爆装置は解除する」

 ヒイロがエピオンに乗り込んだ瞬間、敵軍の襲来を告げる警報が鳴り響いた。
「さあ、見せてくれたまえ。君達の戦いを。君達の未来を」
 戦士達は非常階段を駆け上がり、表に駐機した愛機を目指す。OZ分裂後最大にして最後の大会戦が始まろうとしていた。



《トレーズ邸上空》

 真っ赤に染まったバリュートが次々と弾け、機動兵器や艦艇が減速を開始する。宇宙要塞バルジに終結していた、レディ・アン特佐率いるOZトレーズ派の敵前降下が開始されたのだ。
 降下中は一切断たれていた彼らの通信回線が拝復すると、そこに予期せざる画像が映し出された。
『古き良き伝統とは、人間の奥深い感情が築き上げた、いたわりの歴史。私は、戦うことが時に美しいことと考えると共に、命が尊いことを訴えて、失われる魂に哀悼の意を表したい……』
 ムゲ圧政の画像をバックに、デルマイユ公に語りかけるトレーズの姿。デルマイユ派の宣伝工作である。
『美しく思われた人々の感情は常に悲しく、重んじた伝統は弱者達の叫びの中に消え失せる。戦いにおける勝者は、歴史の中で衰退という終止符を打たなければならず、若き息吹は敗者の中より培われていく』
『トレーズ、何が言いたい?』

『私は、敗者になりたい』

 放映が終わった瞬間、トレーズはの兵士達からどよめきが走る。
「うおおおおっ!! トレーズ様万歳!!」
「トレーズ様に栄光あれっ!!」

 彼らの誰もが、デルマイユ派の行った非人道的な作戦に強い嫌悪感を持っていた。この映像は、彼らにはトレーズが職を賭してデルマイユ派の政策に異を唱えた姿にしか見えなかったのだ。

「……期待した効果は出なかったようだな」
 デルマイユ派の旗艦であるビッグトレーの司令官公室で、映像を眺めていたジャミトフ伯は、傍らに立つロバート・ラプター准級特佐に声をかけた。
「愚かな連中です。この映像を見て、トレーズをトップにいただくことの危険性を理解できないとは」
 肩をすくめるロバートに。ジャミトフは静かに語りかけた。
「気にすることはない。責任は、作戦を許可したワシにある。そんなことより、貴公に内々で頼んでおきたいことがある」
 ジャミトフは声のトーンを落とす。
「我が盟友デルマイユ公が命と引き替えに稼いだ時間、決して長くはない。戦況が不利であっても、撤退して立て直すだけの時間は無いのだ。この一戦で全てを決しなくてはならぬ」
 ロバートは無言で続きを促す。ジャミトフは自嘲的に口元を歪めた。
「我らが勝利すれば問題はない。……しかし、もし万が一敗れた場合、我が軍の将兵をまとめて、速やかにトレーズ派に合流して欲しい」
 再び地球圏に襲来した侵略者達。その魔の手から逃れて地球人類が生き延びるためには、一兵でも多くの戦力が必要となる。しかし、敗れたとはいえ、手のひらを返したように、寸前まで殺し合っていた相手に寝返ることなど、容易くできるものではない。
「貴公には撃墜王としての名声と、終始我が軍のために働いてきた実績に対する、兵士達からの信頼がある。その貴公が呼びかければ、兵士達も無駄な抵抗はするまい」
 ジャミトフの言葉に、ロバートは不吉な予感を覚え、返答を保留した。



《作戦概説》

 今にも火ぶたを切らんとするOZの両派。彼らはこの戦いで何を得ようとしているのだろうか。ここで、両軍の作戦目的を確認してみよう。
○目的
 OZデルマイユ派:トレーズ派首脳陣を決戦により撃破、無力化することでトレーズ派に従う兵士を取り込み、OZを再統一して異星人との戦いに備える。
 OZトレーズ派:トレーズを奪回して組織に統一意志を持たせる他、デルマイユ派首脳陣を決戦により撃破、無力化することでデルマイユ派に従う兵士を取り込み、OZを再統一して異星人との戦いに備える。
 両軍は、共に異星人の脅威を強く感じていた。それ故に、この作戦は短期決戦とならざるを得なかった。彼らの作戦計画はどうであったのか。
○作戦計画
 OZデルマイユ派:モビルドールの大量投入により、物量作戦で正面決戦を制する。
 OZトレーズ派:森林地帯という地形とミノフスキー粒子の散布で敵軍を混乱させ、トレーズ邸そのものを囮に使うことで、迂回機動により敵司令部を直接叩く。
 両軍共に奇をてらわない、王道とも言える作戦である。勝利の女神は、どちらの陣営に微笑むのであろうか。



《トレーズ邸南方・森林地帯》

 ジャミトフは主力のモビルドール部隊を、広く、厚く展開していた。欧州の工業地帯から出荷されたモビルドール達は、受領後直ちに熟練兵顔負けの戦闘力を発揮することができたが、弱点もあった。
 攻めるもOZ、守るもOZという混乱した状況では、モビルドールのイメージ認識能力に頼って自律戦闘を行わせることは危険すぎた。ミノフスキー粒子の散布濃度も濃く、木々に邪魔されて視界も通らない中、モビルドールを指揮する有人機を前線近くまで進出させて、レーザー通信で指揮管制する必要があった。
 自らもモビルドールを運用するトレーズ派、レディ・アン特佐はそこに目を付けた。

 レーザー通信用のポールを木々の上に出したバーザムが、不意に直撃を受けてよろめく。レディ・アンが森林の要所に配置した、アサルトドラグーン部隊による狙撃である。
 速射性には劣るものの、長射程と静粛性では他の火器の追随を許さないビットガンを手武器とするアサルトドラグーンは、この戦場ではまさに姿無き殺人者だった。
 指揮統率する者を失っても、モビルドールは直前に指定された優先命令に従って戦闘を継続するが、戦線の動きは一見してわかるほど鈍くなる。
 レディは、機動兵器壕や地雷を多用してデルマイユ派に出血を強いつつ、迂回機動を行う機動部隊に全てを賭けていた。

 迂回に成功したトレーズ派の機動部隊は、ジャミトフの本営を守るデルマイユ派の精鋭部隊との死闘を開始した。
「すまんな…。付き合って貰う………」
 ジャンヌ・ベルヴィル准級特佐のガンダムMkVイグレイは、ナーディル・アブドゥフ上級特尉とロプトウィンド隊の援護の下、ジャミトフの座乗するビッグ・トレーに突撃を敢行する。
 アークライト・ブルーも、新たなる愛機アシュクリーフでジャンヌに続く。
 その彼の目の前で、イグレイの巨体が直撃弾を受け、地響きを上げて倒れ込んだ。
「ジャンヌ特佐!?」
「バカ野郎! 止まるな!」

 一瞬呆然とするアークを、ナーディルが叱咤する。
「特佐は俺達の隊長だ。何としても拾って帰還する。だからお前はお前の仕事をしてこい!」
「……はいっ!」

 アシュクリーフの機体から、ネオジオンのファンネルに似た無数の小型砲台が分離する。
「頼んだぞ。スプラッシュ・ブレイカーっ!!!」
 オールレンジ攻撃による火網がビッグ・トレーの巨体を包み込む。陸上戦艦の装甲は、その程度の火力ではびくともしないが、搭載した対空防衛火器やセンサー類は集中砲火を受けてそのほとんどが沈黙する。
「ジャミトフ! 聞こえているなら返事をしろ!」
 アークはOZの回線でビッグ・トレーにレーザー通信を送る。
「お前達の負けだ! 部下達に武器を捨てて投降するように命令しろ! 異星人が攻めてきてるんだぞ! こんなところで戦ってる場合じゃないはずだ!」
 まもなく、アシュクリーフのモニターにジャミトフ伯爵の姿が映し出される。
「こんなことをしている場合ではない、か。……青いな。小僧。貴様達は何もわかってはおらん。恒星間を旅行することもできない我ら地球人が、銀河系に巨大な版図を持つ星間帝国と戦うということがいかなる事か。……それがどれほどに絶望的なことなのかをな」
「……何を? 何を言っている!?」

 モニターの中でジャミトフは自嘲的に笑った。
「国力が違うのだ。兵力が隔絶しているのだ。この地に集うOZの大軍団、奴らはこの数十、数百倍の戦力を動員できる。そしてそれすらも、奴らの持つ軍事力の、ごくごく一部にしか過ぎないのだ。そんな相手と戦おうというのに、話し合う? 力を合わせる? 寝言は寝てから言えばいい」
 ジャミトフは言葉を続ける。
「強大すぎる敵と戦うためには、人類は完全に一つにならねばならんのだ。緩やかな連帯では各組織のエゴが先走って、強敵と戦うことなど出来はしない。そして人類が速やかに一つになるためには、手段など選んでいる余裕はない。なぜそんな簡単な理屈がわからん?」
「簡単な理屈がわかっていないのはあなたの方だ!」

 アークは反射的に叫んでいた。
「人には心があるんだ! 大切な人を失えば悲しみもするし憎みもする! 罪もない人をたくさん殺して、力ずくで無理矢理言うことを聞かせて、そんなことで本当に人類が一つになれるもんかっ!」
 アークの脳裏を、エミリアの笑顔がよぎった。もう二度と会えない、大切な人たちの笑顔が浮かぶ。地獄と化した故郷の町……耐え難いまでの悲しみと憎悪が蘇る。
「……感情論か。まあ、よかろう。全ては過ぎたことだ。今となっては力による統一などできはしない。……死にたくなければこの艦から離れるがいい。この艦はまもなく自沈する。貴様達のやり方で人類が生き延びることができるか、地獄から見守っているとしよう」
 ビッグ・トレーから、乗員達が脱出していく。
 アークが叫ぼうとした時、アシュクリーフは何者かに弾き飛ばされた。
 数秒後、かろうじて立ち上がったアークの目の前に、赤いガンダムが立ちはだかっていた。
「エピオン……ヒイロさん!?」
「……アーク。話は終わりだ。エピオンが教えてくれた。この男は殺さなければならない」

 ヒイロはそう言って巨大なビームサーベルを振りかぶる。
「待って! 殺さなくてもその艦は……ジャミトフは!」
「……戦い続ける者……全てが敵だ」

 エピオンに搭載されたゼロシステムに翻弄されたヒイロは、ビッグ・トレーの巨体を一刀両断にする。
 ジャミトフは、炎に包まれた艦橋からアシュクリーフを眺めていた。
「ワシとデルマイユは失敗した。……若いの。地球を、人類を頼んだぞ……」
 彼の姿は炎によって覆い隠され、やがて弾薬に引火でもしたのか、ビッグ・トレーは大爆発を起こした。



 ジャミトフの死によって、戦いはトレーズ派の勝利に終わった。
 ログレス・ファングバード以下の説得により、デルマイユ派の将兵は、そのほとんどがトレーズ派に帰順した。
 やがて、ロームフェラ財団本部で行われたトレーズのOZ再統一宣言によって、OZの内戦は一応の決着を見ることになる。
 再び地球圏最強の勢力に返り咲いたOZ。しかしその前途には暗雲が立ちこめていた。

▼作戦後通達
1:OZは再び統一され、トレーズ・クシュリナーダ総帥の下に再編成されました。
2:ジャミトフ・ハイマン、ジャマイカン・ダニンガンは戦死しました。カミーユ・ビダンに説得されたロザミア・バダムの身柄は、カミーユに預けられました。
3:ヤザン隊、ジェリド、マウアーの五名は、戦闘終結後姿を消しました。
『獣戦機基地 総攻撃』
OZ・作戦3&カラバ・作戦1VS銀河帝国軍
「目覚めよ。マーズ。この日のために地球に送られたマーズよ」
 禍々しい声だった。OZの士官である明神タケルは、どことも知れぬ空間でその声を聞いた。
「貴様はどこの誰だ!? 俺は明神タケルだぞ!」
 依然として声の主の姿はない。ただ、嘲笑の気配だけが伝わってくる」
「違う。お前はマーズ。銀河帝国皇帝、このズールの息子だ。よいか。地球は今や危険な存在となった。これ以上彼らの宇宙への野望を見過ごしては居られぬ。マーズよ。地球を破壊するのだ」
 あまりにも途方もない話に、思考の方が付いていかない。
「俺はお前のような父を持った覚えはない! まして地球を破壊するなんて、そんな!」
「お前は銀河帝国に所属するギシン星の人間だ。その宿命から逃れることはできない。地球爆破のカギは、お前の命令で運命を共にするロボット、ガイヤーにある」
 相手の言っていることが理解できなかった。新たな敵である銀河帝国については、まだ上層部ですら詳しい情報を持っては居ない。
 ギシン星が銀河帝国の主星であり、ズールがその元首にして絶対専制君主であることなど、OZの一士官であるタケルの理解を超えていた。
「やめろ! 消え失せろ!」
 タケルは必死になって禍々しい気配を振り払おうとする。
「!?」
「俺は地球人だ! 消えろ! 悪魔めっ!」
「ワシに逆らうつもりか? マーズ! 銀河帝国皇帝のこのワシに逆らった者で、生き延びた者は居ないぞ! 命令に逆らえば殺す!」
 凄まじい衝撃がタケルを襲う。タケルが死を覚悟した瞬間、彼は自室のベッドの中にいる自分自身に気づく。
「夢か……この地球を、美しい地球を破壊するなんて……しかし、どうしてあんな夢を?」



《サンクキングダム・某山荘》

「ノイン君から話は聞いとるよ。Esperanzaの司令が、ワシの力を借りたいようだ、とな」
 ドクターJは、そう言ってロジャー・ウィルダネスに椅子を勧める。
「我々とあなた達の間には共通点がある。それはOZと言うあり方に対して共に生きていくことが難しいということだ」
 ロジャーは、そう言ってOZに過度の力が集中することの危険性を説く。
「我々は無駄な戦闘はしたくない、だが、戦ってでも守りたいものがある。その守りたいものは同じではないだろうか?」
 ドクターJは、手にしたティーカップを、静かにソーサーに戻す。
「それで……ワシにどうせよと言うのじゃな?」
 ロジャーは、持参したファイルをテーブルの上に広げた。サナリィとのスポンサー契約書である。
「あなた方に求める物は、ズバリウィング系ガンダムの開発と生産だ。あれだけの高性能機、多少コストはかかっても量産するだけの価値があると思うが、いかがか?」
「ウィングを量産化しろと言うのかの?」
 ドクターJは嘲るような笑みを浮かべる。
「かつてトールギスの高性能に目を付けた地球連邦軍は、その量産命令を出した。多少の性能低下には目をつぶると言ってな。そしてできあがったのはリーオーじゃ。性能の低下は多少どころの騒ぎではない。どうしてかわかるかな?」
 ロジャーは答えず、ただ続きを促す。
「部品公差の問題じゃよ。トールギスは、事実上ハンドメイドに近いモビルスーツじゃった。部品も一つ一つが手作り同然。当時の最新鋭の工作機械を作っても、一つの適合部品を作るために99を無駄にした。
それを、何とか許容範囲を広げるべく設計を手直ししたのがリーオーじゃ。当時の工作機械では、あれが限界じゃった。今は工作機械の性能も上がっておろうが、それでもガンダムの顔をした、多少はましなリーオーを作るのが関の山じゃ。
ウィング系ガンダムは、元々量産には不向きなのじゃよ。一から新しいモビルスーツを作った方がましなくらいじゃ」
 ロジャーの目が、メガネの奥できらりと光る。
「なるほど。それは結構だ。では早速取りかかっていただこう。他の四人の博士にもご協力いただいてね」
「……おぬし、何を聞いておった? ウィングは量産に向かぬと……」
「そう、貴方は確かにそう言った。そしてこうも言ったのではなかったかね? 『一から新しいモビルスーツを作った方がまし』と。大変に結構な話だ。早速設計に取りかかっていただこう。既存のガンダムを手直しするのではなく、現在の工作機械でも製造できる、量産に最適化された高性能モビルスーツを。
リーオーの失敗は、およそ量産には向かぬ機体を無理矢理量産化したことにある。ならば、既存の機体に囚われず、量産に適した機体を作ればいい。簡単な理屈だと思うがいかがか?」
 ロジャーは、アタッシュケースから、数枚の記録媒体を取り出す。
「生産を請け負ってくれるサナリィの生産ラインの情報は、ここに全てある。何か、質問はあるかね?」
 ロジャーの言葉に、ドクターJは呵々大笑した。
「さすがと言うべきかの。食えぬ男じゃ。いいじゃろう。設計の方は任せておけ。ただし、一からとなるとそれなりの時間はかかるぞ」
「言うまでもないことだ。……ただ、我々にも、地球そのものにも、あまり余裕のある状況ではないのでね。最善を尽くしてほしい」
 ロジャーはドクターJと握手を交わし、足早に山荘を立ち去った。
(余裕がない……たしかにそうじゃの。……ならば時間稼ぎにあの機体でも送っておくかの)
 ドクターJは含み笑いを漏らし、山荘の中へと消えた。



《極東・獣戦機基地》

 朝食を終えたタケルは、その足で医務室へと向かった。
 ここには、彼らが守るべき重要人物、シズマ博士が収容されているのだ。
 病室のドアを開けたタケルは、付き添っている少年、草間大作に気づく。
「おはよう、大作君。博士の様子はどう?」
「おはようございます。明神さん。博士は……相変わらずです」
 医務室のベッドの上で、シズマ博士は膝を抱えて震えていた。
「シズマ博士……貴方は俺達OZとカラバが、命に代えても守ります。だから、教えてください。あのアタッシュケースの中身が何なのかを」
 先日のパリでの攻防の結果、カラバはBF団から一人の科学者を救出した。それがここにいるシズマ博士だった。彼は、脱出の際にBF団が極秘裏に進めていたGR計画の、あるサンプルの入ったアタッシュケ−スを持ち出していた。
 液体の詰まったガラスの筒、それはそう見えた。そしてその中心部に浮かぶゲル状の球体。OZ技術陣の必死の調査にもかかわらず、その正体は一切不明だった。
「大作君、明神君。君達が機動兵器を操縦するような勇気が、私にはもうないんだよ。……そう、あれは人類が触れてはならないモノだったのだ」
 シズマ博士の顔が苦悩と恐怖に歪む。 「大作君。君のお父上、草間博士はこうおっしゃった。『幸せは犠牲なしには得ることは出来ないのか。時代は不幸なしには越えることは出来ないのか』と。あれは確かに大いなる力だ。しかし……あれを御しきることなど出来るはずもない。頼む! 私をそっとしておいてくれ!」
 シズマ博士の剣幕に押され、タケルは大作にあとのことを任せて病室から出る。
 すると、まるで彼を待っていたかのように、館内アナウンスが流れた。
『明神タケル二級特尉、明神タケル二級特尉。お客様がお見えです。正面玄関ロビーまでお越し下さい』

 タケルを待っていたのは、スーツ姿の若く美しい女性だった。
 赤い髪と気の強そうな視線が印象的な女性だが、タケルは彼女に会ったことなどなかった。立ち話も何なので、タケルは彼女をロビーに併設された喫茶コーナーに案内する。
「俺が明神タケルですが……どちら様ですか?」
 美女はタケルを見てくすりと笑う。
「私の名はバレン。ギシン星の超能力者です。明神タケル、いえ、ギシン星人マーズ。私は貴方を迎えに来ました。貴方の故郷で父上様、皇帝陛下がお待ちです」
 タケルは愕然とした。それは今朝の悪夢の話ではないか。
「バカな! 俺は地球人、明神タケルだ! なぜ貴女が今朝の夢の話を知っている!?」
「それは夢などではありません。皇帝陛下御自ら、テレパシーで貴方にお言葉を伝えられたのです。貴方の無礼な態度に陛下は大層お怒りでしたが、なにぶん貴方は寝ぼけていたでしょうし、突然のことで理解が追いつかなかったのであろうと、私を派遣されたのです」
 彼女の話は、タケルの想像を超えるものだった。タケルは、赤子の時に、ガイヤーというロボットと共に地球に派遣されたギシン星人だという。早くから地球の文明に関心を持っていたズールは、万一地球文明が銀河帝国にとって脅威になる場合に備え、地球圏そのものを吹き飛ばせる反陽子爆弾を積んだロボットを、地球文明の監視者であるマーズと共に送り込んだというのだ。
「しかし、手違いがありました。地殻変動で貴方の入ったカプセルが地上に出現し、カプセル内でコンピュータに養育されるはずだった貴方が、人の手によって育てられたのです。それでも、ギシン星人であり、銀河帝国の皇子である貴方には、皇帝陛下のご命令に従う義務があるのです」
 バレンはそこまで一気に喋ってから、運ばれてきたコーヒーを一口飲む。
「反陽子爆弾のことでしたら心配有りません。私達の宇宙船が近くまで来ています。それに乗って安全圏まで離れてからガイヤーを起爆させれば、貴方に危険はありません。さあ、私と一緒に参りましょう」
 タケルは思わず椅子ごと後ろに下がる。
「冗談じゃない! 俺は地球人でOZの軍人だ! 地球と、そこに暮らす人々を守る義務がある! 貴女の話が仮に全て本当だとしても、そんな命令に従うわけにはいかない!」
 タケルの言葉に、バレンはちらりと悲しげな表情を浮かべる。
「そうですか、残念です。陛下は、貴方が従わぬならこの場で処刑せよとのご命令を下されました。皇族といえども容赦はいたしません。お覚悟を」
「ばかな! ここをどこだと思っている。何かあればたちまち警備兵が飛んでくるぞ。バカな真似はやめて……」
「あら、私のことはご心配には及びませんよ。何の備えもなく敵中に乗り込むほど、ギシン星超能力コマンドは愚かではありませんから」
 バレンの目がきらりと光ったとたん、基地の各所で大爆発が連鎖的に起き、基地は大混乱に陥った。



《獣戦機基地・作戦司令室》

「一体何事が起こったのだ!」
 基地司令を務めるロス・イゴール将軍は、司令室に仁王立ちして獅子吼する。
「わかりません! 何者かが基地の各所に爆弾を……」
「居ました! 玄関ロビーに侵入者です!」
「なんだとっ!」
 司令部要員が端末を操作すると、玄関ロビーで戦うバレンとタケルが映し出される。
 超能力を使い、超人的な体術の冴えを見せるバレンに、タケルは次第に追いつめられていった。
「ええい! 増援は送れんのか!」
「不可能です! こうも指揮系統がずたずたにされては……っ!?」
 イゴール将軍は、傍らにあった小銃をわしづかみにすると、無言で司令部を出て行こうとする。
「将軍、どちらへ?」
「私が打って出る!」
「まさか……将軍が!?」
「君たちは、一刻も早く指揮系統の回復に努めたまえ。……この基地で誕生の時を待つ竜を、奴如きに好きにさせるわけにはいかん!」
 しかしその時、どこからともなく声が響いた。
「お待ち下されイゴール将軍。このようなことで閣下自ら動くこともございますまい。ここは、我らにお任せを」
 不意にイゴール将軍の眼前に現れた玉が、疾駆する二人の戦士を映し出す。
「おおっ! 君たちは! 一清君に楊志君!」
 その姿は、紛れもなく国際警察機構のエキスパート、一清道人と青面獣の楊志に間違いなかった。
「我らただいまそちらに向かっておりますが故、しばしのご辛抱を!」
「ああ、頼んだぞ!」
 一清は、馬に姿を変え、楊志を乗せて疾駆する。
「でやぁぁぁぁぁっ!! 急ぐぞ一清!」
「応!」
「敵は異星の超能力者!」
「だが、我々二人が命を賭けて挑めば死中に活あり!」
「おうさ! 悪漢どもに目に物みせてくれるわ!」
 人の姿に戻った一清が、目にもとまらぬ速さで印を結び、呪文を詠唱する。
「今こそ欲する我が正義! 天に十六! 地に八方! ウォーフーツーベイ……イィィィチャンッガッッッ!!」
 一清が投じた巨大な数珠が、楊志の体と重なり、バラバラになって四方八方へ飛び散る!
『悪漢どもに御仏の慈悲は無用!』



《獣戦機基地・玄関ロビー》

「ここまでのようですね。さあ、死んでください!」
「うわぁぁぁぁっ!!」
 タケルののど笛をつかみ、エネルギー衝撃波を放つバレン。しかし、不意にバレンは、とどめを刺さずにタケルを放り出して飛び退く。
 その一瞬前まで彼女のいた空間を、無数の玉が貫通する!
「何者です! 出てきなさい!」
 バレンの誰何に応えたかのように、巨大な矛を水車のように振り回しながら楊志が突撃する!
「はぁぁぁっ! 青面獣の楊志見参!」
「邪魔はさせません! 消えなさい!」
 バレンのエネルギー衝撃波が楊志を捉えると、楊志の体は風船のように弾けて消える。
「っ!?」
 次の瞬間、無数の楊志が現れてバレンを包囲する。
「奇怪な! 地球人の超能力者だとでも言うのですか!?」
「フハハハハッ! 主は既に、我が仙術に陥っているのがわからんか? こうなれば、例え超能力者といえども簡単に抜け出ることはできぬぞ!」
 バレンの前に巨大な一清の幻影が現れる。思わず身構えたバレンを、不意に強力な衝撃波が襲う。
「……バレン……貴様の好きにはさせない……」
「マーズ!? ……そうですか。眠っていた超能力が目覚めたというわけですね」
 肉眼でも捉えられるほどのオーラを立ち上らせてバレンをにらみ据えるタケル。バレンは、無数の楊志と巨大な一清を一瞥してくすりと笑う。
「なるほど。さすがと言うべきでしょうね。私もあなた方を見くびっていたようです。ならば本気で潰させてもらいます! ブラッキー隊長、作戦開始です! そして……出てきなさい! 我が愛機バキュームよ!」
 巨大な鋼の腕が天井を突き破って現れ、一清がうめき声を上げて無数の札へと分解する。
「機動兵器!? ……さすがは超能力者か。ワシのいた位置を読んでいたとはな」
「崩れるぞ一清! タケルを!」
「応!」
 次の瞬間、玄関ロビーは、大音響と共に崩れ落ちた。



《獣戦機基地上空・メカ要塞鬼艦橋》

「ロジャー司令の留守中に敵が来襲するなんて、タイミングが悪いですね」
 艦長のコウジ・ツキガセのぼやきに、傍らに立つ胡蝶鬼が苦笑する。
「何を言っているの。シルヴィア隊長は、もうカタパルトデッキで待機中よ。あの人の指揮能力が、決してロジャー司令に劣る物でないことは、貴方も知っているはず。さあ、私も出るわ。私達エスペランザ隊の実力、OZの連中に見せつけて上げましょう」
 走り去る胡蝶鬼を見送ると、コウジは自信のなさそうな声で、鬼兵士のオペレーターに命じる。
「カタパルトデッキ、解放しちゃって。……あ、対空対地戦闘用意でお願いします」
 メカ要塞機を中心に編隊を組んだ、カラバの移動要塞群は、一斉に機動兵器部隊の発艦を開始した。

「おう! みんな! カラバの連中、来おったで!」
 リュウキ・オカノ上級特尉は、指揮下にある獣戦機基地の機動兵器部隊に声をかける。
 彼ら獣戦機基地駐屯機動兵器部隊は、突如現れたブラッキーの大軍団を相手に、絶望的な戦いを強いられていた。カラバ来援の報は、崩壊寸前の彼らの士気を、一気に向上させる効果をもたらす。
「かつての敵である山賊どもが来るのが、こんなに嬉しいなんて、皮肉な物ですね、特尉どの!」
 リュウキのソルフデファーの傍らで戦う部下のノウルーズβから通信が入る。リュウキは苦笑して回線を開いた。
「あほぬかせ。俺もアロマも、そこにおるフォトンも、お前の言う山賊の出や! しょうもないこと言わんと、さっさと敵さんしばかんかい!」
 リュウキの似非関西弁が冴え渡る。しかし、その心中は決して穏やかではなかった。
(シローさんはきっと仲間同士で戦うなんて望んでへん、俺もその気持ちは一緒や…、今一人の仲間も失わんように、獣戦基地を救援にいく…アーク、お前の元相棒は違う戦場やけど・・・やっぱり仲間同士で戦うなんて、俺は耐えられへんねん…)
 彼らのやりとりを、アロマ・ブラックは無表情に聞いていた。
(俺の死に神よ……連れて行くなら俺にしておけよ……)
 一瞬の思考の後、彼のガンキャノンはバケツを逆さにしたような火箭を上空の敵めがけて放ち始めた。



《獣戦機基地・玄関ロビー跡》

「あははははっ! もうあきらめたらどうです? 私と、このバキュームから逃げ切れるとでも思っているのですか?」
 機動兵器バキュームの分厚い特殊装甲は、タケルのエネルギー衝撃波も、楊志の槍もまったく受け付けなかった。
 超人的な体術でバキュームの攻撃をかわしていたタケルだったが、遂にその巨大な鋼の手に捉えられる。
「さあ、捕まえましたよ。さようなら、マーズ!」
「うわぁぁぁぁぁっ!」
 バキュームがタケルを握りつぶそうとした瞬間、バキュームの巨体は、何者かの体当たりを受けて弾き飛ばされる。
「ちぃっ! 地球人の機動兵器ですか……いや違う!? ガイヤーか!?」
 バレンの目が驚愕に見開かれる。
 彼女の機体を弾き飛ばしたのは、赤い人型機動兵器……十数年前、赤子のマーズと共に地球上へ送り込まれたガイヤーに間違いなかった。
 ガイヤーはトラクタービームを放ち、タケルをその体内へと転送する。
「うぉぉぉぉっ!」
 ガイヤーはタケルのエネルギー衝撃波を増幅し、バキュームの巨体に叩きつける。
「うあああ……こ、このっ……あああ!?」
 ダメージを受け、何とか立ち上がろうとしたバキュームを、巨大な鉄腕が、文字通り殴り飛ばす。
「いいぞロボ! もう一発ハンマーパンチだ!」
「ま"っ!」
 再びジャイアントロボの全力パンチをたたき込まれたバキュームの腹部プロペラが、異音を発して砕け散る。
「うぐぅ……ダメージを受けすぎましたか。マーズ! 勝負は預けます! この攻撃から生き延びられたらまた会いましょう!」
 バキュームは巨大な炎の固まりとなって、猛スピードで上空へ消えた。



《獣戦機基地上空》

「全軍方陣を組め! 奇策はなしだ。正攻法で行く! 敵の軍団を分断せよ!」
 エスペランザ隊の指揮を執るシルヴィア・ランカスターは、カットグラUの大剣を抜き放ちながら命じる。
「宣戦布告もなく、自分達の意見にそぐわない者は全て敵とみなし攻撃する。貴様らも地球を狙う悪魔どもという訳か。エスペランザは人を殺さない。ただ、その悪のみを憎む! 全軍突撃!」
 クロス・ステンバーグ、シホ・キサラギら、精鋭パイロットを切っ先として、方陣を組んだカラバの編隊が敵の大部隊に突っ込む。
「あはははは、まだ、まだまだ!! こんなじゃ物足りませんよ!! もっと!  もっと! もっと! 私と殺し合ってください♪」
 自他共に認める狂戦士、シホ・キサラギが哄笑と共に敵を屠れば、ヴェゲナー・ライフォードの槍がミニフォーを田楽刺しに葬り去る。
 フォトン・ライトニングら、OZ部隊と合流したカラバの方陣は、一端は見事敵陣の分断に成功するが……
「分断したいならさせてやる! 全軍、包囲戦に移行! 奴らを左右から押しつぶしてしまえ!」
 ブラッキーの命令一下、数の優位を最大限に生かし始めた銀河帝国軍に、連合軍は次第に劣勢に追い込まれる。
「畜生! 次から次へと! 落としても落としても切りがねえぜ!」
 ライムント・バルテンが吐き捨てる。帝国の大軍団から成る死の顎は、OZとカラバの戦士達の必死の勇戦も空しく、彼らをかみ砕こうとしていた。



《獣戦機基地・玄関ロビー跡》

「天地より万物に至るまで、気をまちて以て生ぜざる者無き也……邪怪禁呪 悪業を成す精魅…天地万物の理をもちて禁ず!」
 一清道人の手から放たれた呪符が、円盤獣達の頭部に張り付く。
「十五雷正法・四爆!!」
 大爆発を起こした符に、頭部を吹き飛ばされて崩れ落ちる円盤獣。しかし上空から、増援のミニフォー隊が襲いかかる。
 いつしか、獣戦機基地は紅蓮の炎に包まれていた。



《獣戦機基地》

「これが私の! 命を賭けた償いだぁっ!!」

 銀河帝国の猛攻を受け、炎上する獣戦機基地を背景に、シズマ博士はアタッシュケースから取り出したサンプルを、渾身の力を込めてジャイアントロボの端子に突き立てた。

「ロ、ロボ……? ……うわぁぁぁっ!!」
 次の瞬間、ロボの全身から凄まじいエネルギーが噴出し、草間大作は博士と共に吹き飛ばされ、大地に叩きつけられる寸前にシンサク・タケミカヅチによって抱き留められる。

「ロボ……一体何が……」
「GR……GodRelaytionSystem(ゴッド・リレーション・システム)だ。ロボはこのシステムのために作られたBF団の最終兵器だった……」
 シズマ博士は、ごぼっと血の塊をはき出しながら、大作に微笑んで見せた。
「……この銀河には、神と呼ばれる存在がある。その名はアル=イー=クイス……神と言っても、今は失われた高度な科学が生み出した存在だがね。……ヴァルディスキューズ……このシステムは、アル=イー=クイス最強と呼ばれる存在にアクセスし、その絶大な力をエミュレートさせることができる……」

 大作には、ロボの姿に重なるように、銀髪の美しい女性の幻影が見えた。

『アイスストーム』

 幻の女性がつぶやくと、押し寄せる円盤獣群がことごとく氷の彫像に変わり、粉々に砕け散る。
 カラバやOZの部隊と戦っていた銀河帝国軍は、新たな脅威の出現に気づいて攻撃を集中する。そして……

「……だが、アレはワシら人間が手を出して良い代物ではなかった……」

 それは既に戦争ではなかった。殺戮ですらなかった。

『ソウルブレイカー』

 顕現した機械仕掛けの神は、銀河帝国とカラバOZの区別無く、その場にいる者を、無機質に、無感情に、淡々と『処理』していった。

「心なき神は人間の制御など受け付けない。それはただ、滅びをもたらすだけのもの…でも大作君。君ならば……君とロボならば!」

 シズマ博士は、大作とロボの絆に賭けたのだ。大作とロボであれば、GRシステムを御し得ると。
 大作は小さく頷くと、腕時計型リモコンを口元にかざす。

「もうやめるんだロボ! 敵は逃げていく! これ以上の戦いは必要ない!」

 ロボの動きは一瞬止まるが、また歩きはじめる。しかしその歩みは、ロボの目の前に現れた一群の機動兵器によって止められる。
 舞踏王と八の天竜。その中には、迦楼羅王ガルダと契約したツバサ・カゼノベと、比婆王マホーラガと契約したシンサク・タケミカヅチの姿もあった。

「大作君。スーパーアースゲインによると、こいつらとそこのお姉ちゃんは、ちょっと訳ありの関係らしいんだ。よくわかんねえけど、君がロボに呼びかける間こいつを押さえておけってスーパーアースゲインが言うんだ。こっちの方は任せろ!」

 勇を鼓してロボに呼びかける大作。ようやくロボがその動きを止めた時、銀河帝国軍は壊滅的な打撃を受けて撤退し、カラバ、OZ両軍もまた深刻な被害を出していた。


▼作戦後通達
1:ジャイアントロボは、北京支部へ送られて封印されることになりました。
2:明神タケルに対する一般兵士の不審感は根強く、糾弾の動きはクラッシャー隊内部にも見られます。
3:ロジャー・ウィルダネスの働きで、カラバに次回限定機が供給されます。
『死闘! ランタオ島大決戦』
カラバ・作戦2VSデビルガンダム軍団
 薄闇の中に、突如巨大な立体映像が浮かび上がる。
 シャッフル同盟と、彼らと行動を共にするカラバ部隊が、香港島に到着したのだ。目抜き通りを行軍する彼らを一目見ようと、沿道には住民が詰めかけて歓声を上げている。町はお祭り騒ぎだ。
「聞こえるか? デビルガンダムよ。あの歓声が」
 地下空洞に巨大な陰がうごめく。ギアナ高地で大破したはずのデビルガンダムがうずくまっている。自己再生、自己増殖、自己進化の三大理論を内に秘めたその巨体には、ギアナで受けた傷などみじんも残されてはいない。
「己の足元も見ず何知らぬ者達が、相も変わらず騒ぎ立てよる。だが、今となってはあの声こそ! お前が完全復活する祝いにも聞こえるわ!」
 東方不敗マスター・アジア。前シャッフル同盟の総帥だった老拳士は、愛機マスターガンダムの頭上からデビルガンダムに語りかけた。
「そしてお前が完全に蘇れば、その為に戦い続けてきたワシも報われるという物……いや、報われなんでも良い。…だが、このままにだけは……このままにだけはっ!!」
 画面上に映し出された群衆に憎悪の視線を向ける東方不敗。しかし、その彼自身もまた、別のモニターに映し出されていた。
「フフフフッ、東方先生。夢を見るのは勝手ですが、デビルガンダムはあくまで私の物。分はわきまえていただきたいものですね」
 ウォン・ユンファは、自らの執務室でグラスを傾けながら、嘲るような視線をモニターに注いだ。
「シャッフル同盟も、先生、あなたも、そろそろ目障りになってきました。邪魔な方々には、ここでまとめて消えていただくとしましょうか」



《香港島・ビクトリアピーク》

「マナミさん、アイシャさん! バラバラに攻撃を仕掛けてもダメだよ… 二人で力をあわせて、一緒に戦わなきゃ!」
「わかってはいるのだけど……タイミングがつかめないのよ」
 マナミの直属小隊員である、レイリル・ハーヴェルの声に、マナミ・ハミルは情けなさそうな声で答えながら、デスバーディの放ったビームをやっとの事でかわした。
 突如としてホンコンシティに襲いかかったデスアーミー軍団。カラバ部隊はウォン・ユンファの要請で市民を守るために出撃した。
 ドモン以下シャッフル同盟はランタオ島に先発しており、マナミ率いるカラバ部隊もデスアーミー軍団を撃退し次第後を追う手はずになっていた。
「マナミさん! ちゃんと軸線を固定してくださいな! 衝突して死にたいんですの!?」
 マナミのスィームルグとアイシャのエルブルズには、当初設計に存在した合体ギミックが取り付けられており、これを機に合体しようとした二人だったが、なにぶんろくな訓練もせずに合体など出来る物ではない。
「ご大層な名前の周りにァ雑魚がいるのがお約束ッてねェ。合体なんざァ努力根性義理人情ッ! プラス度胸! ひゃははー!」
 イム・バラムホークの援護射撃で、最後のデスバーディが撃墜される。ついに合体を成し遂げることが出来なかったマナミが、失意の視線をランタオ島に向けた時、それは起こった。
 ゴゴゴゴゴゴ……
 突如ホンコンを襲った大地震に、転倒する機動兵器が続出する。
「ラ、ランタオ島が!?」
 ミキ・オニガワラの声に、皆が息をのむ。
 ランタオ島の海岸線全てに、無数の巨大なポールが地中から出現し、島全体をバリアで覆ったのだ。
「畜生。奴らドモンたちと俺達を分断する腹か!」
 サンシャインガンダムの乗り手、レイ・タケダが歯ぎしりをする。
 バリアを破壊するべくカラバ部隊のあらゆる火器が火を噴くが、頑強なバリアが揺らぐことはなかった。



《ランタオ島海岸部・バリア内》

 当然ながら、ランタオ島に上陸したドモンたちシャッフル同盟も異変に気づいていた。
 強力なモビルファイターに乗った彼らなら、バリアを内部から破壊するのはさほど難しくはない。しかし、その余裕を彼らに与えるほど東方不敗は愚かではなかった。
「ふはははははっ! ドモンよ。待っておったぞ!」
「東方不敗!?」
 山頂からドモンたちを見下ろすマスターガンダム。さらなる地鳴りと共に、その背後に巨大なデビルガンダムが姿を現す。
「そう! ワシはこの日を待っていた! 
このワシと、再生したデビルガンダム。そしてドモン! お前が一同に出会うこのときを!」

 東方不敗がさっと手を挙げると、新たに三体のガンダムが姿を現す。
「ネロスガンダムとジョンブルガンダム、それにあれは……ノーベルガンダム!? アレンビー・ビアズリーか!?」
 可憐な女性型ガンダムは、かつてホンコンでドモンと心を通わせた女性ガンダムファイター、アレンビーの愛機に間違いなかった。
 そして三機のガンダムはDG細胞の力で急速な変化を始める。
 天翔る『天剣絶刀・ガンダムヘブンズソード』。大地を圧する『獅王争覇・グランドガンダム』。そしてアレンビーの機体は、かつての可憐さをかけらも止めぬ、異形の『笑倣江湖・ウォルターガンダム』へと変貌を遂げた。
「さあ、ここへ来い。ワシと戦いたければここへ来い!
こやつらを倒してな!」

 東方不敗の言葉に、拳を真っ白になるほど握りしめるドモン。その拳に刻まれたシャッフルの紋章は、発火寸前に赤熱していた。
「さあ、行こうぜドモンの兄貴! 奴らを倒すのが俺達シャッフルの仕事だ!」
「あのレディを助け出すには、まずあの機体の動きを止めなくてはなりません。それが出来るのは私たちだけなのです。戦いましょう。ドモン・カッシュ!」
 サイ・サイシーとジョルジュ・ド・サンドの言葉に、ドモンは力強く頷く。
「さあ行くぜっ! ガンダムファイトっ! レディィィィッ!!」
「「「「「ゴーッッッッ!!!!」」」」」



《ランタオ島海岸部・バリア外》

 カラバ部隊のバリアへの攻撃は依然として続いていた。
「畜生! なんて強力なバリアだ!」
 ター・ラグナロクが毒づく。
「……もう、私たちじゃダメなのかな」
 V−MAXをはじき返されたティア・ブルフィナが、か細い声を漏らした時、突如全員の無線機に通信が入った。
「あきらめるのはまだ早いぞ!」
「そのバリアなら突破する方法があるわ!」
 飛来したのは二機のモビルファイター。ネオドイツのガンダムファイター、シュバルツ・ブルーダーの駆るガンダムシュピーゲルと、以前ドモンが乗っていた、シャイニングガンダムに似た新型モビルファイターであった。
「レインさん……だか?」
 ミキ・オニガワラの問いに答え、レイン・ミカムラが頷くと、その動きをトレースしたライジングガンダムが首を縦に振る。
「みんな聞いて。そのバリアを力ずくで破壊するのは難しいわ。でも、皆さんの協力と、このライジングガンダムがあれば突破する方法はあるの」
 レインの説明はこうだった。強力な二機のスーパーロボットがフルパワーを出し、バリアにピンホールを開ける。そのピンホールから、ライジングガンダムがライジングアローでポールを射抜けば、理論上島中のバリアは全て消える。
「そう言うことだ。諸君の機体で最大のパワーを持つ物に協力して欲しい」
 シュバルツの言葉に、カラバ陣営からマナミが進み出る。
「大出力のジェネレーターを持つドモンたちのガンダムはランタオ島にいるわ。ここに残った機動兵器では、私のスィームルグが一番強力だけど、出力が足りるかしら?」
 レインがスィームルグのデータを検討した結果、スィームルグ単体では出力が足りないものの、エルブルスと合体してスィームルグSになれば、十分な出力が得られることがわかった。
「そうとわかれば話は早いわ。アイシャ、早速合体しましょう!」
「……残念ながらそう簡単にはいかないようだ。……私の目はごまかせんぞ。出てくるがいい!」
 シュピーゲルが放ったメッサー・グランツが海面に突き刺さり、巨大な機動兵器が海を割って踊り出る。
「ぐはははは。良いことを聞かせてもらった。そこの小娘の合体さえ阻止すれば、デビルガンダム様は安泰なのだな!」
「ほっほっほ。ここは邪魔させていただくわよ!」
 突如出現したネオギリシャのゼウスガンダム、そしてネオインドのコブラガンダムは、並み居るカラバの軍勢にそう言い放つと、デスアーミーの大部隊が彼らの背後に現れる。
「へへっ! 上等じゃねえか! みんな! レインさん達を守るぞ! 俺に続け!」
 釘バットを振りかざしたレイ・タケダのサンシャインガンダムを先頭に、カラバ部隊はデスアーミー軍団と真正面から激突した。



「オン・バザラ・ダド・バン! サンシャインフィンガーっ!!」
 巨大な光輪を背負った、エンカイ・ナンジョウジのサンシャインガンダムは、赤熱した両腕で、二体のデスアーミーの頭部を同時に握りつぶした。
 しかし恐れを知らぬゾンビ兵は、倒しても倒しても続々と押し寄せてくる。
「御仏のご加護がある限り、おぬしら不浄なる悪鬼には指一本触れさせん!」
 デスアーミーの射撃が、エンカイの機体に集中する。しかしエンカイはそれをかわそうとはしなかった。彼の背後にはマナミ達がいる。バリアを破壊しうる最後の希望がいる。両腕を開き、その場に仁王立ちしたエンカイのサンシャインガンダムは、ビームの集中砲火を浴びて倒れ伏す。
 邪魔者を排除したと確信したデスアーミーが、エンカイ機の隣を通過しようとした時、不意にその頭部をわしづかみにされた。
「ナウマク…サマンダ・バザラダン……センダマカロシャダ……ソハタヤ・ウンタラタ・カンマン!」
 幽鬼のように立ち上がったエンカイ機は、赤熱した両手でデスアーミーの頭部を握りつぶすと、凄絶な笑みを浮かべた。
「ぬはは、拙僧の悪運も尽きぬものだ! そんな腕では戦場に出ぬ方が御主の為ぞ!」
 そしてさらなる集中砲火がエンカイ機に突き刺さる。しかし装甲がはじけ飛び、全身に火花が散る残骸となりはてながらも、サンシャインガンダムは頑として倒れはしなかった。
 やがて、エネルギーの尽きたデスアーミーは潮が引くように撤退していく。
 魔神像のように立ちはだかるサンシャインガンダムのコクピットで仁王立ちしたエンカイは、凄絶な笑みを浮かべたまま意識を失っていた。

 そのころ上空では、劣勢な航空戦力がデスバーディーの大編隊を相手に絶望的な戦いを強いられていた。
「合体はまだ成功しない……ハッツ、あれをやるわ」
「アラートメッセージ! 現状でV−MAXを発動シテモ、全テノ敵ヲ殲滅スルコトハ不可能デス! V−MAX発動後ノ作動停止時間中ニ撃破サレル可能性、98%!」
 ティア・ブルフィナの言葉に反対意見を述べるレイズナーの人工知能。しかしティアは首を横に振った。
「私たちが倒れても、この数の差をひっくり返せればみんながここを守りきることが出来るわ。ハッツ。命令よ。V−MAX発動しなさい」
「レディ! V−MAX発動シマス!」
 その瞬間、蒼き流星と化したレイズナーは、その進路上を飛行するデスバーディーをことごとく粉砕しながら、縦横無尽に天空を駆けた。
「アラートメッセージ! 作動限界突破! 全機関停止……」
(みなさん……ガル隊長……マナミさん達を頼みます……)
 石のように墜ちていく蒼いSPTの頭部で、ティアは静かに目を閉じた。

「貴様のようなヤツには、このオレがガンダムの神の裁きを下してくれるわっ!!」
 ゼウスガンダムのコクピットで大笑するクロノス・マーキロット。
 その戦槌に掛けられ、カラバのマーマンガンダムが壊れた人形のように弾き飛ばされる。
「ひるむな! ランタオ島ではドモンたちが俺達を待ってるんだ!」
 ガル・シュテンドウのボロットに続き、レイリル・ハーヴェルのノーブルグレイス、マコト・カグラのシャムスバルグがマーキロットに挑む。
 しかし力の差は明らかだった。マコトのビットガンの支援の元、ガルとレイリルが同時攻撃を仕掛けても軽くいなされ、戦槌の一撃で弾き飛ばされてしまう。
「ガル! レイリル!」
「マナミさん! こちらに集中なさいな!」
 直属小隊の危機に悲痛な声を上げるマナミ。そのマナミを叱咤するアイシャの顔色も紙の色だ。二人は身を焦がす焦燥を押し殺し、合体の最終シークエンスにはいる。
「させるかぁっ!!」
 ゼウスガンダムの雷霆が、正に合体しようとしている二体を目指して飛ぶ。しかし彼の戦槌が打ち砕いたのは、割って入ったレイリルのノーブルグレイスだった。
 その瞬間に見事合体を成し遂げたスィームルグSを見上げ、大地に投げ出されたレイリルはかすかに微笑み、意識を失う。
「よくも……よくもレイリルをぉ!」
 怒りに我を忘れかけるマナミを、アイシャが必死で押しとどめる。
「わたくし達の仕事はまだ終わってませんわ。……レイリルさんの犠牲を無駄になさるおつもり!?」
 歯を食いしばるマナミを、自らも必死で激情を押さえ込みながらなだめたアイシャは、ガルに通信をつなぐ。
「ガル隊長。聞こえて? あと3分で結構ですわ。何としても時間を稼ぎなさい!」
「承知!」
 打てば響くような答えが返ってくる。
 アイシャにはわかっていた。追いつめられたガル隊長が、いかなる手段で敵を食い止めるつもりなのか。それを知った上で、彼女は命じた。それは、心優しいマナミには決して出来ない決断。
(……あなた達だけを……死なせはしませんわ)
 ガルのボロットは、既に材料であるスクラップに限りなく近い状態にまで破壊されていた。それでもなお稼働しているというのは、構造がアバウトなボロットならではのことだろう。
「……マコトさん。一瞬でいい。奴の注意を引きつけてくれ」
「わかりました。……気を付けて」
 シャムスバルグの、あらゆる火器がゼウスガンダムめがけて火を吐く。マーキロットは戦槌を風車のように回転させてその猛打を凌ぐが、その一瞬の隙に、ガルのボロットはゼウスガンダムに組み付くことに成功していた。
「おのれ下郎が! 離せいっ! ええい、離れぬか!」
 ゼウスガンダムがフルパワーを出しているにもかかわらず、ボロットをふりほどくことが出来ない。それもその筈。ボロットという機体、戦闘力の面ではお話にならないものの、唯一その怪力だけは、かのマジンガーZに匹敵するのだ。
「マーキロット、悪いがつきあってもらうよ」
 ガルがコンソールの赤いボタンを押した瞬間、ボロットのジェネレーターが大爆発を起こした。
 ……数秒後、爆散したボロットが作り出した火球の中から、一体の機動兵器が歩み出てくる。装甲の大半を吹き飛ばされ、機体からのフィードバック現象で満身創痍となったマーキロットは、執念で戦槌を振りかぶる。
 目標は、今まさにバリアを破壊しようとしている無防備な三機の機動兵器だ。
 しかし……
「不注意でしたね。おかげで助かりましたが」
 不意に背後から掛けられた声と共に、マーキロットの背に焼け付くような激痛が走る。
「ぐおおおおおっ! き、貴様……っ!」
 ゼウスガンダムの背にヒートブレードを突き立てたマコトは、寂しげな笑みを浮かべた。
「……さようなら。私のシャムスバルグ」
 続いて起こった大爆発は、シャムスバルグもろともゼウスガンダムを粉々に粉砕していた。



《ランタオ島・中央山岳部》

 一方、ドモンらシャッフル同盟と、デビルガンダム四天王との戦いは熾烈を極めていた。
 ガンダムヘブンズソードとの戦いでは、アルゴ・ガルスキーとサイ・サイシーが。グランドガンダムとの戦いでは、チボデー・クロケットとジョルジュ・ド・サンドが、それぞれ敵と差し違える形で地に伏していた。
 そしてバリアを破壊し、チャンドラ・シジーマのコブラガンダムを蹴散らして駆けつけたカラバ部隊の協力で、バーサーカーシステムに翻弄されていたアレンビー・ビアズリーを救出することに成功していた。
 ドモンと再会したシュバルツは、彼に全てを語った。
 ドモンの父が、地球再生を目的としてアルティメットガンダムを作ったこと。しかしその研究に目を付けたウォン・ユンファは、研究所を襲い、アルティメットガンダムを強奪しようとしたこと。
 ウォンの兵士が放った凶弾で母は帰らぬ人になり、キョウジはアルティメットガンダムに乗って地球に逃れたこと。しかし、地球落下の衝撃でアルティメットガンダムのプログラムは狂い、恐ろしいデビルガンダムになってしまったこと。
 そしてデビルガンダムに取り込まれる寸前、キョウジは最期の力を振り絞り、DG細胞で自分のコピーを作り出したことを。
 分身とはいえ、兄との再会を喜ぶドモンだったが、その彼の眼前には最大の敵、東方不敗マスターアジアが立ちはだかっていた。

「…フフフフフフ…わしも哀れよなぁ。まさか自分の育てた弟子に、こうまで逆らわれるとは思ってもみなんだわ。……そうだ。貴様さえ、貴様さえあの新宿に現われなんだらどれ程良かったか…」
「し、師匠…」
 師の言葉に、かすかに動揺するドモン。その瞬間、マスターガンダムの放つ闘気が爆発的にふくれあがる。
「貴様も見たはず。廃墟と化したホンコンシティの裏の姿を! そうだ、世界が人間同士の戦争にうつつを抜かしておる間にも、あのような場所が世界の至る所に広がっておる! ローマを見なんだか? パリも、ロンドンも、貴様の祖国ネオジャパンのキョウトですら、滅びの一途をたどっておるのを忘れたかぁ! ……ドモンよ、貴様は地球の断末魔の光景を前に、何も学ばなんだのか!」
 マナミや、カラバの者達も皆一歩も動けなかった。長きにわたる戦争を戦い抜いてきた彼らは、疲れ果てた地球の姿を誰よりも知っていたから。
「……人間とはつくづく度しがたい生きものだとは思わんか? 人間など、もはやこの地球には無用の存在。そんなこともわからず、地球を死に追いやる行為に荷担して、何がシャッフル同盟よ! 何がキング・オブ・ハートよ! 
 そうだ……償いだ。犯した罪は償わなければならん。この手でなぁ……。そう、宇宙に浮かぶ大地…森…山…そして湖…。全てが偽物の世界の中で生きている愚か者どもから、この地球を取り戻す!」

 デビルガンダムの力で人類を抹殺し、地球を再生すること。これこそが東方不敗の真の目的だったのだ。
 しかしドモンは歯を食いしばって一歩を踏み出す。
「だからと言って、人間を抹殺していいはずがない!」
「まだ分からんのかぁ! なにが人類の独立だぁ! 何が自由のための戦争よぉ! 母なる自然を破壊し尽くした末の勝利が何をもたらす! 所詮はただの権力争いぞぉ!」
「だがぁ、侵略者の手でむやみに人が死ぬよりははるかにいぃぃ!」
「だからお前はアホなのだぁ!」
 対峙する二機のガンダムがハイパーモードに突入する。
「ダークネス!」
「ゴッドォ!」
「「フィンガー!!」」
 超絶の熱量を伴って激突する闘気と闘気。その衝撃で二人は弾き飛ばされる。
「うぉぉぉぉぉぉ! …あぁっ…こ、これは! 拳から深い哀しみが伝わってくる! 東方不敗の拳が……拳が泣いてる!? な、何故だ!」
 その瞬間、ニュータイプのそれに似た共鳴現象が、東方不敗の想いをドモンに伝える。
「俺の心に、悲しみがひびく! …そうだ! おのれの拳は、おのれの魂を表現するものと教えてくれたのは、この人だ! ……ならば、これが東方不敗の魂のひびきなのかぁ!?」
 ドモンは理解した。東方不敗の悲しみと絶望を。そして……
「東方不敗! あんたは間違っている!」
「なにぃ?!」
「何故ならば……あんたが抹殺しようとする人類もまた、天然自然の中から生まれたもの。いわば地球の一部! ……それを忘れて、何が自然の、地球の再生だぁ! そう、共に生き続ける人類を抹殺しての理想郷など、愚の骨頂!」
 東方不敗の前に、ドモンがとてつもなく大きく見えて立ちふさがる。
「…………っ! ふん! ならばわしが正しいか、お前が正しいか、決着を付けてくれるわぁ!」
「おおぉ! キング・オブ・ハートの名に賭けてぇ!」
 最終奥義、石破天驚拳を同時に放つ二人。石破天驚拳のぶつかり合いで、ゴッドの拳にひびが入る。
「はっはっはっはっはっ! ぐわっはっはっは! そこまでか! 貴様の力など、そこまでのものに過ぎんのかぁ! それでもキング・オブ・ハートかぁ!? 足を踏ん張り、腰を入れんかぁ! そんなことでは、悪党のわし一人倒せんぞ! この馬鹿弟子がぁ!
何をしておる! 自から膝をつくなど、勝負を捨てたもののすることぞぉ! 立て!立って見せぇぇい!」

「う、うるさぁい! 今日こそは、俺はあんたを越えてみせる! ハァァ!」
 ドモンの気が爆発的にふくれあがり、マスターの天驚拳を一気に押し戻す。
「石破天驚、ゴッドォォ・フィンガァァァ!! ヒィィィィト・エェェェェェェェェンドォォォッ!!」
 粉々に砕け散るマスターガンダムから、東方不敗が投げ出される。
 すぐさま待機していたトオル・タケミら、医療チームが東方不敗に駆け寄って手当を開始する。
 ドモンがガンダムを降りて師の元に駆け寄ると、東方不敗はうっすらと目を開けた。
「なぁ、ドモンよ……お前には教えられたよ……人類もまた自然の一部。それを抹殺するなど自然を破壊するも同じ。わしはまた、同じ過ちを繰り返すところであった……」
「あぁ……!し、師匠……!」
「……わしをまだ、師匠と呼んでくれるのか……!」
「俺は、今の今になって、初めて師匠の悲しみを知った……! なのに俺は、あんたと張り合うことだけを考えていて、話を聞こうともしなかった……! なのにあんたは最後まで、俺のことを……!!」
「何を言う……。所詮わしは大罪人よ。……一片たりともDG細胞には侵されておらん!」
「分かっていた! 分かっていたのにぃ!!」
 その瞬間、それまで不気味な沈黙を守ってきたデビルガンダムが、周囲に一斉砲撃を開始した。
「ふふふははははっ! 茶番は終わりましたかな? 東方先生、ご苦労様でした」
「……貴様…ウォン!?」
 不意にランタオ島に流された声。それはまさしく、ホンコンシティ行政官、ウォン・ユンファの声だった。東方不敗は重傷の身を押して言葉を絞り出す。
「バカな……ウォン! 何をする気だ!? キョウジの命はもはや風前の灯火! 新たなパイロットを乗せぬ限り、デビルガンダムの完全復活はないのだぞ!」
「いやいや、少しの間くらいなら、パイロットがいなくともデビルガンダムは動かせる。…そう、邪魔なあなた方を倒すくらいにはね! 
アレンビーは残念でしたが、代わりならいくらでも手に入ります。フフフ…東方先生。もうこうなれば、あなたはただの老人なのですよ。やれ! デビルガンダム! 全てを灰にしてしまえ!!」

 デビルガンダムの猛攻に、傷付き疲れたカラバ部隊はなすすべもなく海岸まで追いつめられる。
 無理矢理に動かされるデビルガンダムのコクピットで、キョウジが苦しげに身動きしたとたん、シュバルツが胸を押さえてうずくまる。
「いかん……意識が……私の命もまた、キョウジと共にある……もはや、これまでか……
いいや! まだ終われん! ……保ってくれよ! この身体!」

 シュバルツのガンダムシュピーゲルは、自らを黒い竜巻と化し、デビルガンダムめがけて突進を開始する。
「兄さん!? 何をする気だ!?」
「知れたこと! デビルガンダムを食い止めるのよ!」
「無茶だ兄さん!」
「黙って見ていろ!」
 突っ込んでくるシュバルツを最大の脅威と見なしたデビルガンダムは、全火力を彼の機体に集中する。
 シュピーゲルの手や足が千切れ飛び、機体が爆散する寸前に飛び出したシュバルツは、忍者特有の対術でデビルガンダムを駆け上がり、コクピットに飛び込んで、自らの本体であるキョウジを羽交い締めにする。
 しかし……
「いかん!? 私まで取り込む気だ!」
 コクピットからわき出した無数の触手が、シュバルツとキョウジを絡め取る。脱出不可能と察したシュバルツは、意を決してドモンに語りかける。
「ドモン、撃て! 私と一緒にデビルガンダムを! 早く! 私の体ごとコクピットを吹き飛ばすんだ!」
「そんな……嫌だ。ボクには出来ない!」
「甘ったれたことをいうな! その手に刻まれたシャッフルの紋章の重さを忘れたかぁっ!」
「紋章の…重さ!?」
「お前がこいつを倒すための礎となった、仲間達のことを思い出せぇっ!」
 ドモンの脳裏を傷付き倒れていった仲間達の姿がよぎる。
 波間に浮かぶ小舟の上で、呼吸が停止したティア・ブルフィナに、ミキ・オニガワラが泣きながら人工呼吸をしている。血みどろになったエンカイ・ナンジョウジを担ぎ、ゲンノジョウ・カンナギが荒い息をつきながら海岸部の医療テントを目指している。意識のないマコト・カグラを抱きかかえ、自らも全身に傷を負ったガル・シュテンドウが呆然と座り込んでいる……
「お前もキング・オブ・ハートの紋章を持つ男なら! 情に流され、目的を見失ってはならん! それとも…こんなキョウジのような悲劇が繰り返されても良いのか!? やるんだっ! デビルガンダムの呪いから私たちを解き放つためにも! 頼むドモン……デビルガンダムに最後の一撃を!」
「……わかった」
 再びガンダムに乗り込んだドモンが、決意を胸に構えを取ろうとする。
 その腕に、レイ・タケダのサンシャインガンダムがすがりついた。
「てめえドモン!! 何勝手に自己完結して終わらせようとしてんだよ! もう、お前だけの戦いじゃねえんだ!! 誰かが犠牲にならなきゃ手に入らない平和なんて絶対認めねぇぞ!!」
「…その方のおっしゃるとおりです」
 全員の視線が発言者のマナミに集まる。
「私たちは…あまりに多くの犠牲を払ってきました。……もうこれ以上! 誰も犠牲になんてさせない! ……スィームルグS! マキシマムパワーオン!」
 突撃を開始したスィームルグSの全身がまばゆい輝きに包まれる。
「お願いスィームルグS! 悲しみを切り開く力を! ブラッディィィィハウリングゥゥゥッッ!!!!」
 身に纏う光でデビルガンダムの砲撃をことごとくはじき返したスィームルグSは、キョウジとシュバルツをコクピットブロックごとえぐり取って飛び去る。
「今ですドモン!」
「ばぁぁぁぁくねぇつっ! 石破っ! 天驚拳っっっ!!!!」
 ドモンが放った巨大な光球は、デビルガンダムの巨体を巨大な残骸に変えた。


▼作戦後通達
1:デビルガンダム軍団は事実上壊滅しましたが、ウォン・ユンファは作戦終了後姿を消しました。
2:東方不敗、キョウジ・カッシュ、アレンビー・ビアズリーは、カラバの病院で治療を受けています。
3:デビルガンダムの残骸は、封印のためネオジャパンコロニーが回収しました。
『破滅への序曲』
ネオジオン・作戦1VS銀河帝国軍
  宇宙要塞ソロモン。かつてジオン公国宇宙攻撃軍司令、ドズル・ザビの手で築かれ、ジオン軍にとって宇宙防衛の要だったこの要塞は、一年戦争で地球連邦軍の手に落ちた後、三年前のムゲ・ゾルバドス帝国との戦闘で粉々に粉砕されていた。
 破壊されたソロモンの残骸は、ラグランジュ・ポイントに吸い寄せられた大小の岩塊と共に、小規模な小惑星群となって浮遊していた。場所は、正にサイド3防衛の要地と言うべき宙域である。キャスバルはこの小惑星群に目を付け、老練の将ユーリ・ハスラー提督を妹の艦隊から引き抜いて、この宙域に一大防衛拠点となるソロモン多島海浮遊要塞群を築き上げた。
 そしてこの要塞群の総司令部たる鎮守府が置かれた小惑星、サボ島。
 キャスバルはここで、予期せぬ来訪者と面談していた。



《サボ島鎮守府・司令官公室》

「……事情は飲み込めた。それで君たちは、我々に協力したいと言うんだな?」
 キャスバルの問いかけに、長いひげを生やした老人と、理知的な風貌の青年が頷く。ビアル星人の生き残り、神ファミリー代表の神北兵左ェ門と、フリード星の王子だったデューク・フリードこと、宇門大介である。
「三年前とは事情が違いますのじゃ。ムゲは、地球と地球の人間を支配はしても滅ぼしはせん。じゃが、奴らは…銀河帝国は違う」
 神ファミリーの故郷の星、ビアル星は、銀河帝国の放った殲滅部隊、ガイゾックによって宇宙の塵となった。
 フリード星は、当時友好関係にあったベガ星と共に、銀河帝国の侵攻軍と戦っていた。しかし、長きにわたる戦いに疲弊し、和議を申し入れたベガ星に対し、銀河帝国皇帝ズールが特例として認めた条件は、共に戦ったフリード星を自らの手で滅ぼすことだった。
 その凄惨な戦いを、ズールは特等席で見物していたという。
「……いいだろう。君たちの担当戦区は追って指示する。補給物資については、先ほど担当者に指示しておいた。リストを確認し、他に希望が有れば申し出てくれ。支援要員についても若いのを何人か回しておいた。出撃命令が出るまで英気を養っておいてほしい」
 キャスバルは、同席したハスラー提督と共に会談の席を立った。
「……あの異星人達、信用できますか?」
 廊下に出て彼らが視界から消えると、ハスラー提督が小声で話しかけてくる。
「悪意あるプレッシャーは感じなかった。当面、共通の敵を相手にしている間は信用しても良いだろう。正直、今は一兵でも欲しい時だ。ありがたく協力していただこう」
 キャスバルは話を切り上げると、リーブラへ向かうランチに乗るべく宙港へと向かった。
 ア・バオア・クーから到着したハマーンとの打ち合わせ予定時刻まで、もうあまり時間がない。この時、キャスバルは世界でもっとも多忙な男の一人だったかも知れない。



《銀河帝国軍先遣艦隊旗艦マザーバーン・艦橋》

「閣下。地球軍は、目下戦力を暗礁宙域に集結中。また、脆弱な人工居住区群周辺にも防衛戦力を割いているようです」
 情報参謀の報告を聞いたガンダル司令は、満足げに頷いた。
「うむ。では、我が艦隊は全軍をもって暗礁宙域に潜むネズミどもを殲滅し、その後敵本星を叩く。人工居住区群は放っておけ」
「……お言葉ですが司令、地球人類は抹殺命令が出ています。この際積極的に叩くべきでは?」
 ガンダルは参謀の顔を哀れむような目で見た。
「居住区が無事なら、敵は少なからぬ戦力を防衛のために拘束されることになる。認めたくはないが、猿どもの機動兵器は性能が良い。こちらもブラッキーとジャネラの部隊を割いている。奴らの主力をたたきつぶす為には、数の差は大きい方が良かろう」
 国力で圧倒的に勝る銀河帝国に、ムゲ・ゾルバドス帝国がなんとか対抗できているのは、グラトス軍の持つ人型機動兵器、SPTの存在があったからだ。
 機動性に勝るSPTに翻弄され続けた銀河帝国軍は、それなりの機動性を持つミニフォーの大量投入で対抗してきた。今回の地球侵攻も、元ムゲの植民地と言うことで、SPTが出てくることは想定されていた。
 しかし、実際にアステロイドで彼の艦隊に痛撃を与えたのは、グラドス製のSPTではなく、地球独自の機動兵器だった。
(……あの機動兵器、性能的には平均的なSPTを大きく上回っていた。本音を言えば、なんとか手に入れたいものだな)
 ガンダルは、眼前のスクリーンの中で次第に大きくなる地球を、以前にも増して険しい表情で見つめていた。



《地球衛星軌道上・ネオジオン機動艦隊旗艦グワレイ》

 地上におけるネオジオン最大の拠点、キリマンジャロ・ベースから打ち上げられた機動巡洋艦は、衛星軌道上で待ち受けていた艦隊と、無事合流を果たしていた。
「少佐、ご苦労だった。このガンダムは、我々のこれからの戦いにおいて、大きな力となるであろう」
 機動艦隊司令のトワニング提督は、そう言ってガトー達をねぎらう。
 眼下では、ガザCに牽引されたF90Nが、グワレイに搬入されるところだった。アルビオンを脱出したオービル主任の指揮の下、これから奪ったF90Nの設定変更を行うのだ。
「なんのこれしき。志半ばで斃れたデラーズ閣下のご無念に比べれば、何ほどのことでもありません!」
『ガトーよっ! ワシの屍を超えて行けっ!』
 ガトーの脳裏に、三年前のあの光景が甦る。
 暗礁宙域からムゲ・ゾルバドス艦隊に奇襲をかけたデラーズフリートだったが、グラドス屈指の名将グレスコの指揮の下、奇襲による混乱から速やかに立ち直った帝国艦隊は、デラーズフリートを壊滅させてしまった。
 デラーズの座乗するザンジバルが爆散する光景は、今でもガトーの脳裏に焼き付いている。このトワニングの指揮するアクシズ先遣艦隊がいなければ、ガトーもデラーズのあとを追っていたはずだった。
「我が祖国が宇宙に光をもたらす、その時はもはや目前に迫っている。その為にも、二度と再び侵略者に屈してはならんのだ」
 眼下で行われている収容作業を見据えながら、トワニングの表情は依然厳しかった。



《宇宙戦艦リーブラ・第7モビルスーツデッキ》

「冷却ライナー良し!」
「チューブをつなぐぞ!」
「そこ! 回転をあげろ! 急げっ!」
「装甲板交換、急げって言ったろ!」
「ドライバーユニット予備をまわせっ! 133番っ!」
「よし! 良好!」
「IR入っているかあっ!」
「次ラスト!」
「はいっ!」
 メカニック達の戦場。整備班長の怒号。装甲を外されたギラドーガのモノアイが動き、その動作をチェックされる。
 むせかえる潤滑剤と人いきれの中、リョウ・クルート少尉は整備班長に押しつけられたチェックリストと格闘していた。
 作戦前に申請した休暇も却下され、不平不満は高まっているが、整備不良で死にたくなければここは協力するしかない。
 彼が情報端末に電子ペンで入力していると、向こうでフォウ・ムラサメと会話していたリヴァル・ミラー少尉がやってきた。
「やれやれ。デートに誘ったんだけど、断られちまったよ」
 リョウに渡されたレーションのパッケージからストローを取り出しながら、彼はおどけた口調で報告する。
 さすがに、カミーユをだしにOZへの亡命を持ちかけ、断られたことまでは秘密だった。
 彼女は記憶を取り戻すため、その葛藤を既に乗り越えてここにいるのだから、うまくいかなかったのも当然だが。
「彼女……いい娘だよな」
 リョウは、情報端末を整備班長に返しながらつぶやく。
 愛機、ギラドーガの整備もあらかた終わったようだ。
「おいリョウ。横恋慕は許さんぞ」
「ふふん。相手にもされなかった奴が何を言いやがる。スタートラインに並んだだけだぜ」
 他愛のないやりとり。生きているからこそ出来る会話。そのかけがえのなさが、戦場に出るたびに彼にもうっすらとわかってきたような気がする。
 整備班長が、全て完了したことを示すサインを送っている。これから彼らが向かうのは、不確かな生の世界……
 リョウは眼前にそびえ立つ愛機を見上げてつぶやいた。
「今日も頼むぜ。相棒」



《ソロモン多島海・決戦宙域》

 暗礁宙域内に籠もったネオジオン艦隊に対し、艦砲射撃で小惑星帯ごと破壊するのは効率が悪いため、ガンダルは機動兵器部隊を発艦させて、ネオジオン兵をしらみつぶしにすることにした。
 両軍の戦力差は五対一。圧倒的に銀河帝国軍が上回っていた。ガンダルは、この利点を最大限に生かし、機動兵器の数で地の利をひっくり返すつもりだった。
 一方ネオジオン側は、かつてのムゲ戦争で、宇宙要塞ソロモンが敵艦隊の艦砲射撃で破壊された戦訓を重視していた。
 一定の衝撃で砕けてしまう一年戦争期の小惑星改造要塞は、現代の宇宙戦争では防衛拠点たり得ない。それで彼らは、健在なア・バオア・クーではなく、敢えてソロモン多島海を戦場に選んだ。
 ここは、かつてムゲ帝国が小惑星帯に築いたアステロイド要塞群を参考に拠点化が成されている。元々、アステロイド要塞は人類と戦うためでなく、来るべき銀河帝国の侵攻軍を迎え撃つために作られていた。シャピロとの決戦に参加したネオジオン艦隊は、破壊を免れたムゲの基地から、多数の関係資料を押収していたのだ。
 銀河帝国艦隊の支援砲撃の元、雲霞のようなミニフォー部隊と円盤獣軍団がソロモンに襲いかかる。そして暗礁空域内では、彼らを迎え撃つべく無数のモノアイの輝きが一斉に点灯した。

「例え一歩たりとて引く訳にはいかない、私達の後ろにはコロニーがある! 貴様ら、総帥閣下と祖国のために死ね! 犬死には許さん! RED・CROSS隊突撃!」
「ヤヴォール、ヘル・コマンダー!!」
 シンディ・ヤマザキ大尉の赤いリックディアスを先頭に、ジェイソン・ランパード中尉、ヒデオ・クサナギ少尉ら、RED・CROSS隊の精鋭達が続く。
 ネオジオンのモビルスーツ隊は、高速で移動するスペースデブリを、あるいはかわし、あるいは足場にして、変幻自在の機動戦を仕掛けた。四肢を持たぬミニフォーでは、その動きになかなか追従できない。一機のモビルスーツが撃破される間に、六機のミニフォーが生け贄に捧げられた。戦況は、次第にネオジオン軍優位に展開していった。

 ビームソードを胸の前で垂直に構え、中世の騎士の如くアステロイド上に屹立する一機のギラドーガ。が有った。
「我こそはネオジオンの一番槍、ネチェプレンコ・マイグス! コロニーは我らの聖地、何としてでも守り抜く。さあ、命の惜しくない者からかかってこい!」
 残念ながら無線の周波数がまったく合わないため、敵にその言葉は伝わらなかったが、次の瞬間、彼の機体は腕に強い衝撃を受け、アステロイドの陰に引きずり込まれる。
「馬鹿野郎! 戦場で動きを止めるんじゃねえ! 死にたいのか!」
 ネチェプレンコのモニターに、深紅に塗装されたバウの姿が大写しになる。その背後では、さっきまで彼の機体が立っていたアステロイドが、敵の集中砲火で蒸発する様が映し出されていた。
「深紅の稲妻……ジョニー・ライデン少佐!?」
 バウのモノアイが、ネチェプレンコを無表情に見下ろす。
「いいか。俺は祖国のためなんて格好は付けねえ。俺自身の誇りのために戦ってる。だからって格好付けるなとは言わねえが、それ相応の腕を身につけてからにするんだな」
 ジョニー・ライデンのバウは、そう言ってアステロイドから飛び出し、ビームライフルの三点射で円盤獣を火球に変え、戦場の虚空へと去っていった。

 優位に戦いを進めているとはいえ、ネオジオン軍の損害も決して無視できるものではなかった。
「ここで死ぬわけには…脱出する!」
 ミニフォー隊の火網に捉えられ、リーブラの直衛に付いていたリョウ・クルート少尉のギラドーガが爆散する。彼と臨時にロッテを組んで戦っていたヴァレス・ベルメイン少尉のガ・ゾウムも、全身に被弾して火花を散らしている。
「クソが! 敵小隊の集中砲火を食らった! 戦闘続行不可能、これより母艦に戻る。おい、そっちに…だ動…るモビルスーツはあるか? 俺はまだやれる。この…ま引き下…れるかッ! ちッ……通信…にもト……ルが………――――」
 切れ切れの通信と共に、爆発炎上寸前のガ・ゾウムが、発着艦デッキに強行着艦する。
「消火班! 前へっ!!」
「手が付けられん! 畜生、爆発するぞ!」
「手空きのモビルスーツ! 爆発する前にその機体を投棄しろっ!」
 強制解放されたコクピットから助け出されたヴァレスは、救護班の手を振り払うと、格納庫で直ぐ使えそうなモビルスーツを物色する。
 彼の降りた格納庫はニュータイプ部隊が主に使っている場所らしく、ハンガーには何体もの高機動型ジオングが主を待っていた。
「…畜…生! ニュータイプ用の…機体さえ…有れば……俺だってっ!」
 リーブラの外は、かつてのア・バオア・クー戦もかくやという激戦になっている。消えていく命の叫びが、ニュータイプである彼の精神を打ちのめす。
 その焦燥感に押されるまま、手近なジオングに乗り込もうとした彼の目が、格納庫の一番奥に屹立する機体に吸い寄せられる。
 それは深紅の騎士を思わせる大型モビルスーツだった。
「……サザビーか」
 ヴァレスは、魅入られたようにサザビーのコクピットに吸い込まれる。制止すべきメカニック達は、ヴァレスが持ち込んだガ・ゾウムの爆発を防ぐために戦っている。
 シートに座り、機関に火を入れた瞬間、ヴァレスの意識は、途方もない何かに押しつぶされて消えた。



《宇宙戦艦リーブラ・艦橋》

「総帥。第7格納庫で事故が発生しました。無断で総帥のサザビーを動かそうとした兵士が暴走し、格納庫にあった機体は全て大破しました。奇跡的に、人員に被害はありません」
 ナナイ・ミゲルの報告に、キャスバルは眉をひそめる。
「……何者かの破壊工作か?」
「いいえ、現在憲兵隊が暴走した兵士を病院内で確保しており、意識が戻り次第尋問するとのことですが、その可能性は低いと見ています。……おそらくサイコミュとの拒否反応かと」
 自分専用に調整されていないニュータイプ専用機など、電気イスと大差ない。最悪の場合、サイコミュから逆流する精神波に、脳細胞が破壊されてしまう。その調整法が確立されるまで、ジオンでも多くの犠牲者が出ている。
「格納庫内の高機動型ジオング16機、ヤクトドーガ2機、サイコガンダム2機が全損、サザビーもサイコフレーム内のサイコミュ素子が焼き切れており、修理不能です」
 キャスバルは小さく鼻を鳴らす。自分の機体が失われたのは面白くないが、機体ならまた作ればいい。ニュータイプ部隊は貴重な予備戦力には違いないが、その程度の損害ならこの作戦には特に影響がない。
「……わかった、そちらについては任せる」
「了解しました」
 ナナイは務めて事務的に一礼した。
 ニュータイプ研究所所長としては、今回の事故はちょっとした痛手だった。新フラナガン機関では、高機動型ジオングに代わる次世代の量産型ニュータイプ専用機の実戦トライアルを行っていたのだ。
 エルピー・プル、プルツー姉妹の乗る、ツィマッド社製のキュベレイMkU、そしてギュネイ・ガス、クェス・パラヤの乗る、ジオニック社製のヤクトドーガ。
 今回の事故で、ヤクトドーガのデータは、バックアップごと失われてしまった。多くのジオングが失われた今、もう一度トライアルをやり直している余裕はない。
(ジオニック社には気の毒だけど、今回はデータの揃っているキュベレイを採用するしかなさそうね)
 OZから来た二人にも、新しい機体を用意しなければならない。いろいろと忙しくなりそうだった。



《ネオジオン機動艦隊旗艦グワレイ・ガンルーム》

 アナベル・ガトーは、窓辺に座って岩塊の漂う宇宙を眺めていた。
「…少佐」
「ん?」
「どこかお加減でも?」
 ガトーは、長きにわたり苦楽を共にしてきたカリウス軍曹の方に顔を向けると、寂しげな笑みを浮かべた。
「……いや。この海で散っていった、同胞のことを思うとな」
「……そうですね。直接少佐に続いて戦った者も、私だけになってしまいました」
 カリウスもまたガトーの見ていた星の海に目を向ける。
「この海は泣いているのでしょうか? 我々に何かを訴えたくて」
 ガトーは、静かに首を横に振る。
「迎えてくれているのだ。私には…それが聞こえる……」
 カリウスの腕で小さなアラーム音が鳴り、それを聞いたカリウスが敬礼する。
「出撃20分前です。モビルスーツデッキへおいで下さい」
「うむ。……征くか? 軍曹!」
「はい! この時のために皆、集まったのです」



《ソロモン近海・暗礁宙域》

 20分後。ガトーのF90Nと、カリウス達護衛部隊は、敵艦隊の反対方向から出撃した。
「……ここはまだ…ソロモン戦の名残がこれほど…」
 そこもまた暗礁宙域。砲塔もろともにひしゃげたボール、大破したザクの上半身などが無数に浮遊する周囲を見て、デューン・カーマイン少尉が息をのむ。
「好都合だ! これでは異星の連中も、我々を察知できまい」
 ガトーは不敵に笑う。
「フッ! ここから何度連邦の目を眩ませて出撃したことか!」
 ガトーに従うカリウスは、妙な既視感を覚えていた。ほんの数ヶ月前、彼は同じように核搭載ガンダムを操るガトーを護衛して、宇宙を駆けていたのだ。
 その時の目標は、サイド3に建設されたモビルドールプラントだった。作戦は失敗したが、もしあの時成功してサイド3が消滅していたら、今のようにネオジオンを核にして宇宙市民がまとまることはなかっただろう。
 しかし、今度という今度は成功させなければならない。異星からの侵略者達を排斥しない限り、人類に未来はないのだから。
 カリウスが決意を新たにした時、彼らの前に数体の円盤獣が現れた。
 後方を警戒していたらしい円盤獣達の一斉攻撃を、ガトーは軽快に回避する。
「このようなピケットなど!」
 しかし円盤獣部隊の攻撃は執拗だった。応援要請を出したのか、ミニフォーの部隊も飛来する。
「ここで手間取っては……大事に障る!」
 今まさにF90Nを捉えようとした円盤獣が、アルカード・レイディファルト少佐の放った有線ビーム砲によって爆散する。
「ガトー少佐! ここはお任せを! コンペイトウへ! ……いや、ソロモンへ!」
「頼む!」
 大加速を開始したF90Nには、ミニフォーでは追いつけない。
「死にたくなくば、そこをどけ! 我が行く手に立ちふさがるものには死あるのみだ!」
 悪化する戦況に、ガンダルの機動兵器は、ほとんど出払ってしまっていた。直援部隊も前方に重点配備されており、ガトーの突撃を阻止することは出来なかった。
「我々は……、宇宙市民の真の解放を掴み取るのだ!」
 F90Nのシールドからアトミックバズーカの砲身が分離する。
「地球からの悪しき呪縛を! 異星から伸びる魔の手を!」
 バックパックからせり上がってきたアトミックバズーカの砲尾と、先ほどの砲身が合体する。ガトーが安全装置を解除すると、自動挿填装置が作動し、核弾頭付きの砲弾が装填される。
「必ずや我々の理想を実現してみせる! 我が正義の剣によって!」
 次の瞬間、宇宙は白光に包まれた。



《宇宙戦艦リーブラ・艦橋》

 キャスバルは、戦果報告と、自軍の被害状況を聞いて眉をひそめた。
「……核を使ったとはいえ、自軍の五倍もの敵艦隊を殲滅したか。……しかし、我が軍の被った被害、決して小さくはない」
 それはまさに、一年戦争におけるルウム戦役の再現だった。赫々たる戦果と引き替えに被った甚大な被害。それはかつてレビル将軍が評したとおり、苦い勝利でしかなかった。
「もう一度同規模の侵攻が有れば……我が軍単独ではコロニーを守りきれんか」
 沈痛な面持ちの参謀に背を向け、キャスバルは窓の外に広がる戦場の宇宙を眺めた。宇宙は、どこまでも暗かった。

▼作戦後通達
1:銀河帝国軍先遣艦隊主力は壊滅しましたが、ネオジオン軍も甚大な損害を被りました。
2:ガンダル司令は戦死しました。
3:ネオジオンニュータイプ部隊において、次期主力モビルスーツがキュベレイに決定しました。
『スウィートウォーター防衛戦』
ネオジオン・作戦2VSコスモバビロニア軍
《サイド1・ロンデニオン》

 今は、コスモ・バビロニアの首都バビロンと名を変えたそこで、コスモ・バビロニアの建国、そして勝利を祝うパレードが催されていた。
 ブッホ・コンツェルン総帥、マイッツァー・ロナは、そのパレードの中心で、兵達の労をねぎらい、笑顔で敬礼を崩す事は無かった。70の齢を越えた老人としては、驚くべきかくしゃくさ、と言えるだろう。
 傍らには鉄の仮面を被った巨躯の男が、マイッツァーにこの度の戦果――コロニーへの人的被害、物理的被害が極力及ぼされなかった事、その為に敢えて戦死した兵への名誉など――が報告されていた。
 彼らは英雄だった。特に、今までOZにもネオジオンにも積極的に組せず、民間組織としてのカラバのみが唯一拠点を置いていただけであるロンデニオンは、その強力なまでの英雄性に心を沸かせた。
 彼らは占領は行ったが、略奪は行わなかった。コロニーに住む人々にも、今までどおりの職が保障され、惜しくも被害にあい、難民となった人々には難民キャンプまで用意された。
「デナン・ゲーだ! デナン・ゾンもいる!」  観衆が沸き立つ。ブッホ・コンツェルンが開発した新技術の一つ、ビームフラッグにクロスボーンの旗を掲げ、編隊飛行するMS隊もまた、人心掌握に非常に効果的であった。
 彼らは理想的だった。
OZにもネオジオンにも、共感できないというコロニー市民にとっては、降って沸いた新たな完全無欠の英雄の登場は、劇的だった。
 セシリー・フィアチャイルド、現ベラ・ロナは、軍服を模したであろう、礼服を纏い、その光景を迎賓館の窓から眺めていた。
 育ての父…シオの強引とも言える手引きでここにつれてこられ、今はこうしてここにいる。自分を連れ戻しに来た身勝手な母と、さもしい養父は共にそれぞれの理由でベラから引き離されていた。
 それが悲しい事だとは思っていない。家族の情は、育ての親の姿を見た事で切れていた。逆に、またあの親に連れ戻された自分を考えれば、それは酷く哀れに思える。
 そうして、セシリーは思う。学校の友人も、育ての親も居なくなった今、自分に出来る事は、このロナ家でベラ=ロナとして生きていく事しかないのだと。
   例えその貴族主義という思想に共感出来なくとも、ここには血の繋がった家族が居るのだから。
 そう自分に言い聞かせていた

《ネオジオン・アルテイシア艦隊 スペースアーク》

「セシリーがバビロニアの女王って、ほんとかよ?」
 モンドが工具箱を運びながら言った。
「ああ、そうらしいよ……シャングリラにいた、ジオンの人が情報を流してくれたって、言ってた」
 シーブックも、オーラバトラーの装甲板をクレーンに吊り下げる作業を終え、答えた。
「その人の話だと、シャングリラのあの辺りじゃ、パン屋のシオは娘をクロスボーンに売ったって噂らしい」
「あの親父、普通じゃなかったもんなぁ…本気で撃たれるかと思った」
「撃たれそうになったのは、運転席に座ってたイーノだろーがっ」
 エルがビーチャの尻に蹴りを入れる。
「痛ぁー!」
「でも、何でセシリーが女王様なのさ。そりゃぁ綺麗だったけど、有り得ないだろ、パン屋の子がさ」
 エルは、学園祭でメイクを施していた事を思い出していた。まぁしかし、セシリーは、文武両道で才色兼備だった事を思い出すと、女王ってのもアリ?と思わなくも無いが。
「なんでも、セシリーのお母さんって人はロナ家の人で、セシリーは連れ子だったらしいよ。だから、元の家に戻ったらああなるって事なんじゃないかな」
 そう言って、シーブックはF91の整備作業に向かった。アレのバイオコンピュータに関してはネオジオンに技術が無く、聞きかじりのシーブックでさえ呼び出される始末だ。
 それを見送るビーチャとモンドは、二人してなんだかなぁ、と言った。

「どしたの?」
「ほら、シーブックって、セシリーのボーイフレンドって奴じゃない?」
「意外とドライなんだなー、ってさー。敵の女王様なんだぜ? あれだけ最初は助けにいくーみたいなこと言ってたのにさ」
 アルテイシア艦隊は、クロスボーンが実験を行うといわれている、大量破壊兵器阻止の為、難民収容コロニーであるスウィートウォーターに向かっていた。それが、シャングリラから齎された一番大きな情報であった。
 最悪、セシリーが敵に回る事になる、というのは、薄々彼ら全員が思っていて、はっきりと口には出さなかった。
「こら、そこ。サボっているんじゃない」
「さっきまで働いてたから、休憩時間ですよ……って、なんだ、シアルナーラさんか」
 ビーチャは振り返ってため息をついた。シャングリラで知り合ったシアルナーラ=ヴァファー准尉であった。
「休憩時間は所定の時間があるでしょう」
「あんな短い時間、飯食ったら終わっちゃうじゃないですかぁ、勘弁してくださいよ」
「軍人はそれが普通です。イーノは整備の仕事をやって、今はリィズと食事の手伝いをしてるんだから、君達も見習いなさい」
 彼ら子供たち、通称シャングリラ・チルドレンは、彼らの意向を尊重する形で、正規兵ではなく、あくまでネオジオンのアルバイトという形で雇われていた。新型ガンダム2機と、シアルナーラを助けた功績が評価された事と、その境遇に元ホワイトベースのセイラ・マスこと、アルテイシアが同情の余地を示したからだった。
 しかし。

「……ジュドーは?」 
「あっちで盛大にサボってる。MSの訓練がキツイからって」
「……あの子は、また!」
 甘やかせば甘やかすだけ付け上がる状態の子供達に、シアルナーラは辟易としていた。こんな状態では士気に影響が出るし、彼らとしてもどんな処罰を受けるかわかった物ではないのだ。
「ジュドー……!」
 休憩室に怒鳴り込んだシアルナーラは、先に来ていたメイファ・タチバナウォン中尉に、ジェスチャーで静かに、と言われた。
 当のジュドーは休憩室で熟睡していた。

「……静かに。慣れない生活に、疲れているのは確かなのです。明るさを失わないだけ、好意的に見なければ」
「……しかし」
「このような子供達が戦争に駆り出されなければならないのは、大人の無能の証明なのですよ」
 F91を扱いきれなかったシアルナーラには、返す言葉が無い。
「……あれ? シアルナーラさんと……メイファさん?」
 ジュドーは起き出したようだ。
「食事。コムネットで教わったお雑煮をリィズと一緒に作ってみたから」
「うわ、マジ?! 今日は暖かい汁物なんて天国だ!」
 言うなり飛び跳ねるように食堂へ駆けていくジュドー。 「食べ終わったらさぼった分も仕事しなさい、ジュドー!」
「判ってるよ、やるってば!」
 シアルナーラは、またため息をついた。

 シーブックは冷静ではあったが、迷いは尽きなかった。助けようと思ったが、彼女が望んだ事なのだとしたら、そうでなくても彼女が女王になることを選んだとしたなら、自分は、それを助ける権利はあるのだろうか。と。
「セシリーが皆殺しの手伝いをするなんて……ウソだよな。俺、どうしたらいい……」
 ぽつり、と呻きのような呟きが漏れて、F91のコクピットの壁に木霊して消えた。

《クロスボーン・バンガード旗艦 ザムス・ガル》

 シーブックと時を同じくしてセシリーもMSのコクピットにいた。
「ザビーネ、色々と気を使ってくれてありがとう」
 ザビーネから送られた特殊コーティングの花束が、ビギナ・ギナの頬で揺れていた。
「いえ。ビギナ・ギナがデナン系よりも扱いやすいとおっしゃる…ベラ・ロナ様は真のニュータイプでいらっしゃるようですね」
 ザビーネ・シャル率いる、黒の部隊。そこにセシリーは居た。
 セシリーは何事も飲み込みが早かった。シーブック達のことを振り払う為に始めたMSの訓練も、数日で基礎をモノにしてしまった。ザビーネが驚くのも無理はないだろう。

「でも、妙ですね…アナタほどの人がザムス・ガルの全てを知らないとは…」
「艦長だって知りはしません。そういうものです」
「そう……父とはいえ、カロッゾにはどこか信頼がおけないのです。何か別のことを考えているように思えて…」
 セシリーは、結局家族への懐かしさこそ感じるも、家族を心から信頼する事はどこか出来なかった。理想に燃える祖父のマイッツァーにしろ、鉄の仮面を被った父、カロッゾにしても。
 まだ、ザビーネなり、ドレルなり、自らの目的がはっきりしている者達の方が、信用が置けた。

「ジレは鉄仮面よりですから彼の言動に気をつけていれば『バグ』のような暗号の意味もわかりましょうな」
「『バグ』?」
「組織の全てを知る事は難しいという例えですよ」
 ザビーネはそういいながら、一度言葉を切り、本題に入った。
「ベラ・ロナ様、今回の我々の任務は、ザムス・ガルが接舷する前に、ネオジオンの護衛艦隊を一掃する事にあります。我が黒の部隊が周囲からお守りいたします。余計な思惑はなさらないよう……ご安心を」
「…判りました。頼りにさせて頂きます」
 セシリーはそう言うと、兄のドレル=ロナが掲げたクロスボーンのビームフラッグに従い、美しい編隊飛行の輪の中に加わった。
「……あるがままを見ただけでその物の本質を洞察できるのがニュータイプというが…信じたくなった」
 まだザビーネは、編隊飛行をしろとも、そもそもフラッグが編隊飛行の目印だとも伝えてはいない。それを洞察できるベラ=ロナは、優秀だと思えた。
「ザビーネ! 黒の部隊、行くぞ!」
 セシリーの白いMS,ビギナ・ギナを囲む形で、黒いMS隊が発進した。半分は訓練のような任務であるが、この分なら戦果は上々だとザビーネは確信した。

《難民収容コロニー・スウィートウォーター》

 ショウ・フラック少佐は、自ら避難勧告の陣頭指揮を取っていた。
 本艦隊を陽動にして少数精鋭を先行してスウィートウォーターに向かわせたのは、ショウの提言とアルテイシア・ダイクンの英断だった。

「……シェルターが足りないとは、連邦の整備の悪さが伺えるな。避難を急がせろ」
 スウィートウォーターは、元々旧連邦が難民収容の為に作ったコロニーであり、お世辞にも設備の整ったコロニーではなかった。難民収容という性質上、人口は無政策に膨れ上がっており、それを収容するのは容易なことではなかったのだ。
 たかが難民。それは、コスモ・バビロニアが掲げる「不要な人類を抹殺する」という主義に一番非難が飛ばない『不要なコロニー』で、それを救援にいけるのも、救援を行うのも、コロニーが母体となっているネオジオンしか有り得ない。そこまでクロスボーンは見切っていたし、アルテイシアもそれは承知の上で危険を冒している。

「すいません……19番シェルターはどちらでしょうか? 地区で指定された18番が満員で…」
 思案していたショウは、母親と思われる女性に声をかけられた。後ろには子供が、珍しそうにショウの襟元の階級章を見つめていた。
「……案内させる。軍曹、19番の避難状況は?」
「はっ、まだ若干名の余裕があるようです」
 ショウはその軍曹に指示して、19番への避難民をまとめるようにさせた。その矢先である。
「フラック少佐、コロニー港の防衛に当たっていたドネ・アルフェ隊から入電! 謎の兵器により防衛線が攻撃を受けているとの事です!」
「MSではないのか?」
「いえ……それが、正体不明だと。円盤だとか、コマだとか、報告が混乱していて…」
「噂の兵器か…!?」
 ショウは、各機に出撃する旨を伝え、民間人の避難を急がせた。
 母親と子供が、心配そうにショウを見つめるのに敬礼を返して、ショウ・フラック少佐はガザに飛び乗った。
 ドネ隊の健闘もむなしく、兵器は雨のようにスウィートウォーターに侵入した。
 その数、百数十に上る。
 圧倒的な量で迫るそれを相手に、ネオジオンの機動兵器隊は奮闘した。
「機体を盾にしてでもッ!」
 エスナ・ラシエルのビグロが、それらを引き付けながらコロニー上を旋回する。
「止まったらダメだ、もっと動いて!もっと!」
 シーブックも必死に前に出る。
「ええい、どんな兵器だという!」
 レナ・ウォーカーが下がる。ギャンのミサイルは被害の拡大の為使いづらかった。
それは確かに円盤とかコマとか言う形容がふさわしい形の兵器で、周囲にチェーンソーが付いていた。それで体当たりして敵を切り裂くようだが、報告ではレーザーを撃ったとか、子機を出して自爆させたとか、さまざまな報告がひっきりなしに上がってくる。
 敵は無差別に破壊するわけではないが、破壊は行った。MSが出てくればそれを認識して襲い掛かってきた

「……レナさん、走ってた車がやられてるけど、止めてある車は何とも無い。多分、人だか動いているものだか、そんなのを狙うんだ」
「熱源感知か? 電波制御でこれだけの数は操れんな。意志も感じられん。自律兵器であることに間違いはなさそうだが……」
 シーブックの弁に、レナが背中合わせになりながら答える。
「そういう兵器…だから自動なんだ。多分、無差別なんだよ。人を殺す事に関しては…!」
「良心の呵責が発生しない、と言う事か…」
「こんな事を考えられる奴、どこに居るって!」
「親玉を倒さねば終らぬかッ!」
 二人のニュータイプは、それぞれが各方向から襲い来るバグを回転を持って相手どりながら、思案をめぐらせた。背後を付かれぬ為だ。
 その時、バイオコンピュータによって鋭敏になったシーブックの思考が、悲鳴を捉えた。

「え…………何だ、シェルターか!?」
 そちらに目をやった瞬間、シェルターのあった位置が爆発し、火の手が上がった。確か最後まで誘導を受けていた19番シェルターだ、とシーブックは思った。そこの人間が死んだことの方が先に判った気がして、ぞっとした。
「…………本当に、人だけを殺すんだ。だからああ言う所まで入り込む!」
「……センサーのレベルは超精度。熱源だけではない、人間を確実に識別している……そういう事だな」  二人は、すでに思考が一足飛びで伝達されている事に気が付かなかった。

 敵に意志は無く、退く猶予すら無い。スウィートウォーターはどちらかが全滅しなければ終わらない、そんな冗談の悪夢のような戦場であった。
 エリス・シルフィード少尉も、コロニーの為、仲間のため、最後まで戦いぬく事を誓っていた。

「……ピリピリする? 誰だ?」
 強化された知覚が、それを感じ取った。
「……壊す? 何故? 破壊して、引き付ける……」
 そうして、それを理解する前に、ミサイルの雨が市街の空で炸裂した。
「誰が市街地でミサイルを乱射などしているというの!」
 アルテイシアは、サイコドーガで自ら戦場を指揮していた。
「親衛隊所属ののギャンマリーネを確認、レナ・ウォーカーです!」
「レナ!」
「姫様、今は手段を選んでいるヒマはないのです!住民は避難している。コロニーはまた作ればいい!」

 バグは、熱源か視覚か、兎に角そういったことを感知することはレナの察した通りであった。
 ゆえに、レナ・ウォーカーはあえてミサイルをバグの群れに打ち込むことで、熱源と視覚を爆風で狂わせる事を提案した。というか実行した。
 バグからすれば、感知が不可能になる事象を発生させるモノを狙い、感知状態を正常に戻す事を第一義として行動する上、ミサイルの爆発は格好の「敵機」の目印であり、結果雨あられとばかりに爆風(を発生させる機体)に殺到した。
 ジュドー・アーシタのZZ、エリス・シルフィードのイフリートTXをはじめ、ミサイルを持つ機体はバグの群れにミサイルを降らせた。幸運な事に、ネオジオンにはミサイルユニットを装備したズサも配備されていた。
 物的被害は甚大で、復興費用は膨大だったが、人的被害は驚くべき程の最小限であった。加えてこの作戦が成功したことにより、ネオジオンは電撃的な反撃に移る事になる。


《スウィートウォーター外部宙域》

「バグからの応答が弱化……どれだけ落ちたのだ、バグは」
 ジレ・クリューガーは、ザムス・ガルのブリッジでそう驚きの声を上げた。鉄仮面からの視線を感じ、慌てて恐縮する。
「調査を送ります!」
「いや、私が出よう」
 歩き去っていく鉄仮面を見送って、ジレは呟く。
「……ラフレシアを使うというのか。偶然にも丁度いい最終テストの土壌と言う事なのか…」
 そのジレを直撃の衝撃が襲った。
「何事か!」
「敵艦が回りこんで来ています! 格納庫に被弾!」
「ええい、ネオジオンめ、護衛のザビーネ隊はどうしている!?」
「応答ありません!」
 ジレは、成り上がりめ、と吐き捨てた。
「ラフレシアはまだ出んのか!」
 手すりにしがみつきながら怒鳴るジレ。
「今出ました! ラフレシア発進!」
「後は鉄仮面に任せておけばよい、下がれ!」
「まだまだぁ、掠っただけだぁ!」
 エドウィン・ファン大尉は、自分の艦であるザンジバル改でザムス・ガルとすれ違いざまに撃ち合った。
 奇襲は成功した。部隊の放出も上手く行っていた。各機が残りのバグを掃討しながら交戦を開始している。

「旗艦を落とせば……なんだ?」
 ザムス・ガルから、赤い花が落ちるのをエドウィンは見た。
「……何だあのプレッシャーは! 撃ちまくれ!敵だ!」
 だが、それが命取りとなった。凶悪な思念がエドウィンを押しつぶすように迫る。
『フフフ…潰してやる!』
 その思念と共に、まるで花が咲くように、何本ものビームの火線がはじけた。
「本当に一機のMAか!? 奴の後ろには艦隊が居るのかぁーッ!」
 次の瞬間、ザンジバル改は航行不能なダメージを追い、エドウィンも意識を失った。
「フフフ、愚かしい兵士といえども感知できる脳波を発するらしいな…行け! バグども!!」
 ラフレシアのコクピットで、鉄仮面が吼えるたび、ネオジオンのMSが落ちていく。
「ダッセェ。結局、私、こんなんだ」
 エリス・シルフィードの視界がパリンと割れた。イフリート改が、EXAMを積んだ頭を破壊されて漆黒の宇宙に弾き飛ばされたと理解する前に、意識の方がとんだ。
「ザンジバルが落とされたのか……痛み分けだって思いたいけど!」
 それが気休めであることは、シーブックも判っていた。ラフレシアは次々とネオジオンの機動兵器軍を叩き落していく。
(このままじゃ皆死んじまう…!シャングリラの時より酷い!)
彼は正義の味方のような義憤があるわけではなかったが、死にたくなかった。生きていないとセシリーと二度と会えなくなってしまうから、それならば死なないほうがいいと思った。
 そう思ったら、多少なりとも戦う理由になった。
「……F91で、やれるか…!?」
 歯を食いしばって、ガンダムF91がラフレシアに向かった。
 
 クロスボーン艦隊もまた、その異様な光景に近づくことさえ出来ずにいた。
 戦争というのは、つまるところ殺し合いだ、と言われる。
 一方的に殺しているのは、既に戦争ではない、虐殺だ。
 ならばあの赤い花は何か。

「データに無い機体だが登録はされている……あれこそ真の「バグ」か」
 ザビーネ・シャルが呟く。なるほど、バグもあれも大量破壊兵器ではなく、大量虐殺兵器だ、とザビーネは納得した。
「ザビーネ、あれが父……いえ、鉄仮面なのですか?」
 セシリーはザビーネに尋ねた。
「……恐らくは。このような事、私も、ドレルも、恐らくはマイッツァーですら知らなかったに違いありますまい」
 そして、あんなMAを操れるのは、強化された鉄仮面しか居なかった。
「アレは妄執の塊です。とめなければ……!」
「ベラ様!?」
 ザビーネは飛び出すビギナ・ギナを静止しようとするが、力強くその手は払われた。
「あのようなモノがロナ家であるならば、私はもうベラ・ロナではありません、セシリー・フェアチャイルドです! 撃ちたければ撃ちなさい!」
 その言葉に、黒の部隊は誰一人として動けなかった。

「ええい、虫が! あまり狙うな、兎に角撃て!」
 ザムス・ガルは後退を続けていた。鉄仮面に巻き込まれることを恐れたからだ。
 しかし、一度接敵してしまえば、オーラバトラーに戦艦が機銃を当てるなど不可能に近い芸当だった。
 いや、それとも度重なる砲火を潜り抜けたそのライネックのパイロットこそが賞賛されるべきなのか。

「あれの止め方、喋ってもらおうか」
 フォックス・アークライン中尉のライネックはザムス・ガルのブリッジに詰め寄り、その剣を構えた。
「私ではそんな権限がない!」
フォックスは、この場違いな男にあっけに取られた。
「そんな事を言っている場合か…!」
「バグのコントロールはラフレシアにあるのだよ!ザムス・ガルが落ちたとて、アレとラフレシアはどうにもならん!」
 これ以上の会話は無意味であった。
 バスン、とブリッジが爆発する。
後は、ラフレシアというMAを止めなければいけなかった。
 フォックスはしばし黙考した後、残っているMS全機に向かって伝えた。

「恐怖に囚われたものは帰れ。だがあの怨念の塊を見て、それでも尚戦う意志を捨てぬ者達よ……俺に続け!」
 さほどの時を要さずして、ラフレシアとネオジオンの決戦が始まった。

▼作戦後通達
1:この戦いで、一般市民に4875名の犠牲者が出ました。
2:コスモバビロニア政府は、この攻撃は鉄仮面の独断との声明を発表。ネオジオン政府に対し、強気の姿勢を崩しては居ません。
3:ラフレシアの残骸は、回収作業中に謎の爆発を起こし、行方不明となりました。
『アースライト』
OZ・作戦4&カラバ・作戦3VSニューディサイズ
 陥落するエアーズ市からマスドライバーによって脱出したニューディサイズ。月軌道艦隊を振り切ったエイノー艦隊と合流した彼らに、予想外の勢力が支援を申し入れてきた。
 ネオジオン……OZの仇敵とも言うべきコロニー連合国家。
 艦隊司令のトワニング提督は、ニューディサイズの全員をネオジオンに迎え入れたいとの意向を伝えてきた。  ブレイブ・コッド亡き後、首領代理としてニューディサイズを束ねるトッシュ・クレイは、この申し出に苦悩する。
 異星人との戦いを控え、一兵でも欲しいというネオジオンの申し出は理解できる。しかし、ニューディサイズの存在意義は、トレーズ・クシュリナーダ総帥に対する真の忠誠である。山賊同然の地球解放戦線機構や、カラバを重用するトレーズを諫めるため、敢えて反旗を翻したのだ。
 ネオジオンと組むことは、地球圏防衛というOZ本来の大義を達成することができる反面、自らの大義を捨て去ることにも繋がる。トッシュの一存で決められることではなかった。



《ネオジオン機動艦隊旗艦グワレイ・作戦会議室》

「結局は方法論の違いじゃないか。ネオジオンへ行きたい奴は行く。残りたい奴は残る。それで良いんじゃないか?」

 ファスト・サイドの言葉に、トッシュもまた頷いた。
「全員の気持ちはわかった。ニューディサイズは、本日をもって解散する。ネオジオンへ行く者を引き留めはせん。このまま私と戦闘を続けてくれる者はここに残ってくれ。互いに、別れる時は綺麗に行こう」
 室内は一時騒然としたが、沈黙を続けるトッシュの姿に、徐々に落ち着きを取り戻していく。やがて、一人の将校が立ち上がり、トッシュの前で敬礼した。
「お世話になりました」
「サオトメ君。ネオジオンを呼んだのは、君だな。エイノー閣下とエアーズ市の説得には感謝させてもらうよ。まさか我々の中にサイド3の出身者がいようとはね……」

「隠すつもりはありませんでした。皆さんと共に行動できたことは嬉しく思います。本当ならば、私も皆さんと行動を共にしたいのですが、私には私の故郷を守る仕事があります……」

 ネオジオン軍は、これから襲来した異星人軍との国家の命運を賭けた決戦を控えている。ニューディサイズ内部にも、ネオジオンに参加して異星人と戦うべしという意見は根強くあった。
 そうでもなければ、ネオジオンへの去就を巡って、これほどに紛糾はしなかっただろう。
「誤解しないでくれ。君は確かに我々がかつて敵とした場所の人間だった。しかし、君は今では我々の同志だ。本当に感謝している。ありがとう。しっかりやれよ」
 トッシュは、サオトメと固い握手を交わした。最終的にトッシュの元に残った隊員は、生き残りの約三分の二に当たる数だった。
「さて諸君。これからが大変だぞ。もうこれからはニューディサイズという組織ではなく、個人個人の戦いだ。残った我々で、できる限りのことをやってやろうじゃないか!」



《ネオジオン機動艦隊旗艦グワレイ・艦橋》

 トワニング提督は、遠ざかっていくニューディサイズ艦隊を見送っていた。
 ネオジオンのドック艦による突貫工事で、損傷した艦船の応急修理はかろうじて完了していた。マス・ドライバーで射出した時に破損した機動兵器も同様だ。
 彼の目が、巡洋艦に曳航されている桁外れに巨大な機動兵器に止まる。彼らが供与した試作型モビルアーマー、ゾディアックだった。
「ゾディアック……あんな物まで供与してやる必要があるのですか?」
 参謀の一人が話しかけてくる。
「テストの結果は上々だった。必要なデータを収集した以上、アレはもう用済みなのだよ」
「しかし……」

「……異星人との決戦の最中、OZに後背を突かれる事態だけは避けねばならん。彼らにはその間、OZの目を引きつけておいてもらわねばならないのだよ」

 非情なようだが、それが政治という物だ。もっとも、トワニングがニューディサイズに行った援助は、それだけが理由にしては、いささか過大な物だったが。
(……我々にできることはここまでだ。誇り高き戦士達よ。武運を祈る……)



《作戦概説》

 トッシュ・クレイは、残された戦力で可能な作戦の立案を完了していた。
 目標はOZトレーズ派本部、グラドスタワー。トレーズを惑わす君側の奸達の巣窟である。
 ここに、質量爆弾と化した超大型モビルアーマー、ゾディアックをぶつけようと言うのだ。
 ゾディアックは元々大気圏外からの強襲を目的にした機体であるため、大気圏突入能力を持っている。この作戦にはうってつけの機体だった。
 それに加え、ネオジオンの諜報網の協力が期待できたため、ニューディサイズが資源衛星コロニーのペンタを地球に落とそうとしているとの欺瞞情報を流してもらう手はずを整えた。
 この計画が現状で出来る全てである。完全奇襲による旧レジスタンス勢力の殲滅。よしんば討ち死にしても、彼らのアピールは出来る。
 そして、この時点でOZ・カラバ連合軍は、トッシュの策にまんまとはめられていた。
 彼らは奪われたペンタを奪回し、ニューディサイズを撃滅するべく艦隊を急行させていた。



《ペガサスV・格納庫》

「どうだ。スゲェだろ。こいつならニューディサイズの奴らなんか一捻りだぜ!」

 リョウ・ルーツが自慢げに指さした機体を見上げたガーネット・マリオンはため息をつく。
 Ex−SガンダムBst。通称ディープストライカー。既に原形をとどめないほどにオプションパーツを満載し、大型モビルアーマーと化したSガンダムの勇姿である。
 おそらく単機で一個大隊に匹敵する戦闘力を発揮するだろうその機体を見ても、彼女の顔から憂いは消えない。
「……ねえ。奴ら、本当にペンタを落とすと思う?」
「へ? 何言ってんだよ。だから俺達が行くんだろ? 心配すんなって! このディープストライカーなら、奴ら何ぞ一捻りだぜ!」

「……おかしいわね。ペンタを落とすとするなら、もっと先手先手で大規模な行動を起こしてもおかしくないはずなんだけど。コロニー一個移動させるのだって、推進用のブースターが要るし、かといって短期間の内にコロニーを落とす準備が出来るとも考え難い。……何企んでるのかしら。何も起きなきゃいいけど」
 かつてコロニー落としを計画し、実行したジオン軍。そのジオン出身の彼女の言葉には、曰く言い難い説得力があった。
 艦隊は粛々と進む。最後の決戦の地を目指して。



《資源衛星コロニー・ペンタ周辺宙域》

 ニューディサイズは、エイノー艦隊をペンタ周辺に展開し、保有するダンクーガMの全てを護衛に充てていた。その彼らに、カラバの持ち込んだ特機部隊、ゲッターロボやマジンガーを先頭に、α任務部隊の機動兵器部隊が襲いかかる。
「ペンタを……地球に落とさせはしないぜ!」
 アレス・ラングレイのZ−PLUSは、エイノー艦隊の対空防衛網を突破して、ペンタの管制施設を目指す。
 ペンタの宙港に強行着陸し、管制室に突入した彼の見た物は、静まりかえった無人の室内だった。
「畜生! やられたっ!」
 彼は艦隊に急を知らせるべく通信機に飛びつくが、通信機は完全に死んでいた。舌打ちしたアレスは、宙港の愛機を目指して走り出す。こうして、貴重な時間が空費されていった。



《ペンタ阻止限界点宙域》

「な…なんなのよアレはっ!?」

 特に願い出て策敵に参加していたガーネット・マリオンとアキラ・ランバードは、とんでもない代物を発見して愕然としていた。
「……モビルアーマーだとでもいうの? ……あんな巨大な物が……」
 教会の尖塔のようなその機体は、随伴する巡洋艦と比べても遜色ない巨体を誇っていた。巨大モビルアーマーの代名詞的存在、かのビグ・ザムですら、この機体と比べると大人と子供ほどの差があるだろう。
「あの形は…95%の確率で大気圏突入が可能!? この軌道…予想突入地点…出た! ガーネットさん、アイツは地球にカミカゼアタック掛ける気だよ!」
 転送された計算結果を見たガーネットは、背筋に冷たい物が走るのを感じた。ニューディサイズは、ペンタを落とすつもりなど無かったのだ。あれだけの質量を持つモビルアーマーが落着すれば…正に小型のコロニー落としだ。
「アキラ君、司令部に報告!少数精鋭による撃破を…って、どこも回す戦力ないじゃない!?」
 艦隊は、目下エイノー艦隊との死闘の真っ最中である。その上、艦隊の位置からこの宙域まではかなり距離がある。今から攻撃隊を編成して送り込んでも、彼らの到着前にモビルアーマーは大気圏に突入してしまうだろう。
 それでも、必死に報告を送るアキラ。幸運にも、その通信は近くを航行していた、別の策敵機にも届いていた。

「アフィーネ……これって……」
 通信を聞いて呆然とするヒカル・コウガを、アフィーネ・アーマライトが叱咤する。
「ヒカル!ボーっとしてる場合じゃないでしょ!」
「…大丈夫だけど、どうしても戦わないといけないって思うと…」

 ヒカルは、ニューディサイズの将兵に投降して欲しかった。敵機と遭遇したら、戦うよりもまず説得を試みるつもりでこの策敵行に志願したのだ。
 アフィーネは、愛機ガンダムMkV・ハーピュレイをモビルアーマー形態に変形させると、意を決してマイクを手に取った。
(ダメ元でも、やるしかないか)
「この回線聞こえる人いる?時間がないから手短に話すわ。ちょっと予定外のことがあってね。それが本当なら大変なことになるのよ。
それを阻止するためにカラバも何人か動いてるけど人数が足りないの。だから、こちらからも援護に出る。目標はけん制と護衛。
ただし、人数は最低限で戦線に穴を開けないようにすること。いい? これは上層部には無許可だけど、上層部に報告して指示を待ってたら間に合わないでしょ。現場の判断で私の独断。判断は各自に任せるわ。ついてきた人は私の命令に従っただけ。責任は私が取るわ。
それと、この通信後、私の通信機は壊れるから、通信は聞こえないからね。…またどこかで。以上。」


 アキラとアフィーネの通信を聞きつけ、近くにいた機体が集まってくる。その中に、リョウのSガンダムを発見したガーネットは驚いた。
「ちょっと! ディープストライカーはどうしたのよ!?」
「へっ! あいつは強えんだがよ、大気圏突入は出来ないってんで、整備の野郎脅して無理矢理ウェーブライディングボードに換装させたんだよ!」

 大気圏突入が可能になったことで、ニューディサイズが予想外の行動に出た場合にとれる選択肢が大幅に増えることになる。彼は彼なりに、格納庫でもガーネットの言葉を考えていたのだ。

 一方、可変機特有の大加速でガーネットとの合流を目指すアフィーネは、思いもかけない援軍の登場に困惑していた。
「やっほ〜! アフィーネ、水くさいじゃない♪」
「ヴァネッサ……」

 ハーピュレイに手を振るヴァネッサ・ギャラウェイのパラス・アテネ。そのヴァネッサを囲むように、同型のパラス・アテネとボリノーク・サマーン、そして見慣れぬ黄色いモビルスーツが接近してくる。
「君たちのような女性を部下に持てて光栄だ。作戦の責任はこの私が取る。君たちは戦闘に専念したまえ」
 艦隊指揮をペガサスVのストール・マニングスに押しつけたシロッコは、白い歯を見せて笑った。



《ペンタ阻止限界点宙域》

 ゾディアックの大気圏突入を目指すニューディサイズと、それを阻止せんとするわずか7機の機動兵器との戦いが開始された。
 絶望的な数の差を跳ね返したのは、シロッコの駆るジ・Oの悪夢の如き強さだった。
「ふははははっ! 墜ちろ! カトンボ!」
 彼と直属小隊の3人が、護衛モビルスーツ隊のほとんどを引きつけている隙を突いて、ガーネットはメガバズーカランチャーの発射態勢に入る。
 メガバズーカランチャーで狙撃することにより、敵モビルアーマーに回避運動を強要し、大気圏突入時の射入角を変えることで、モビルアーマー落としを阻止する。これがガーネットの考案した阻止作戦の根幹だった。
 エネルギー充填……軸線の固定……砲撃のタイミングは微妙そのもの。再充填にかかる時間を考えれば、射撃のチャンスは一度しかない。
 動けないガーネットの百式改に、ニューディサイズの攻撃が集中する。
「まだよ、大人のケリは大人がつけるッ!!」
 無数の着弾で、そこかしこで火花が飛び散るコクピットの中、ガーネットは凄絶な笑みを浮かべた。
 リョウ・ルーツを始めとする若い兵士に、戦う大人の姿を見せて背中を押してやる……ガーネットの想いは、若いパイロット達に伝わっただろうか。
「7年も経って、一年戦争何も変わってないなんて……大人が成長してないなんて言えるのか、あんたらはーーッ!!」
 メガバズーカランチャーが、目も眩むばかりの白光をはき出す。その凶暴なエネルギーの束を、ゾディアックはかろうじて回避したが、そのことによってグラドスタワーへの突入は不可能となっていた。
「えぇーい! 鬱陶しい!」
 トッシュのゾディアックから、返礼の大口径メガカノンが放たれる。
「あぶねぇっ! 避けろガー姐さん!」
 リョウのSガンダムが最大加速で駆けつけようとするが、既に彼女の百式改は回避運動を取ることすら出来なかった。
「ルーツ、アフィーネ! 貴方達のガンダムに後は任せるわ! 後のことよろしくっ!! ガンダムはヒーローなんだから恥ずかしい戦いぶりはしないように、以上! 行って来いッ!」
 次の瞬間、ガーネットの機体はメガカノンの直撃を受けて爆散する。
 その光球の先に、怒りの化身となったSガンダムの神々しい姿が、青い地球を背景に浮かび上がった。

ALICE ALICE ALICE ALICE

『あなた達は今、とても素直になった
虚勢を張るのは、相手が怖いから
他人に従順なのは、自分を否定されるのが怖いから
怖いから他人を巻き込む
敵がいるから、怖いから
そう、恐れを隠そうとするから、私の中に逃げ込んでくる
敵とは何?
恐怖とは何?
それはあなた達が自分自身で作り出した物なのに
わかったわ
私を犯すなら犯せば良い
私の心はそんなことではあなた達の物にはならない
もう、私は誰の物でもないのだから私は私
誰にも支配することはできない
誰を支配することもしない』

ALICE ALICE ALICE ALICE

 自我の確立。この瞬間、ALICEは確固とした自分自身を持つ大人の女性になった。
 完全体となった彼女の操るSガンダムがゾディアックを撃破したことにより、ニューディサイズは事実上の壊滅の日を迎えることになる。
 生き残りの兵士の多くは、ヒカルや、シンシア・アルマーグらの必死の呼びかけでα任務部隊に投降した。
 ALICEを含めて、今、全ての人々が確実に成長していた。それは大きな目で見れば極めて小さな、緩やかなものだったかも知れない。だが、これらの人々が、大きな満足感を抱いていたのは確かである。
 α任務部隊任務完了。

▼作戦後通達
1:ニューディサイズは壊滅し、反乱は終息しました。
2:アキラ・ランバード、アレス・ラングレイ、アフィーネ・アーマライトに、剣勲章が授与されました。
3:ガーネット・マリオンに日輪勲章が授与されました
『終わりなき追撃』
OZ・作戦5&カラバ・作戦4VSネオジオン軍/ネオジオン・作戦3VSOZ・カラバ連合軍
  戦略級核弾頭を装備したMS、F90Nを奪ったネオジオン軍を追撃するアルビオン。しかしネオジオンの目的が、侵攻してきた異星人に対する核兵器使用であるとの噂が広まり、艦内には深刻な不協和音が生まれていた。
 ネオジオンの勢力圏内に逃げ込まれれば、アルビオン単艦では追撃不能となる。そんな事態を打開すべく、シナプス艦長はある賭けに出る。
 モニカ・プティングの働きで発見し、そのまま泳がせておいたネオジオンの協力者、ニック・オービル技師を追いつめて脱出させ、ガトーと合流させることで、ガトーの位置を特定しようと言うのだ。
 ヤクモ・ハシバ1級特尉、イン・バックスタッバーらの偵察部隊は、モニカの誘導で首尾良くガトーの乗る潜水母艦を捕捉する。
 満を持して攻撃隊を発艦させるシナプス艦長。しかしここに至り、アルビオンが抱える内憂は頂点に達していた。
 ネオジオンの行動にシンパシーを抱くシン・ハセガワ2級特尉の妨害工作により、オービル技師はナッシュ・ヴォルネット准尉のゲルググに回収され、単機脱出したガトーも逃がしてしまう。
 やがてアルビオンのレーダーに、ネオジオン沿岸防衛艦隊の艦影が映し出され、シナプス艦長は無念の撤退命令を出すのだった。

▼作戦功労者
 [ OZ ]
ヤクモ・ハシバ1級特尉:ピンポイントの強行偵察で、ガトーの乗った潜水母艦を発見する。
 [ カラバ ]
モニカ・プティング:通信記録を常時モニターすることで、ネオジオンの協力者であるニック・オービル技師を特定することに成功する。
 [ ネオジオン ]
ナッシュ・ヴォルネット准尉:シン・ハセガワ2級特尉の行動を受け、ニック・オービル技師の回収に成功する。

▼作戦後通達
1:アナベル・ガトー少佐と強奪部隊は、奪ったF90Nと共にキリマンジャロから宇宙に上がりました。
『魔神光臨』
カラバ・作戦5 VS銀河帝国軍
  反陽子エネルギーで動く機動兵器、ガイヤーを探し求める銀河帝国軍は、科学要塞研究所の地下に存在する大量の反陽子エネルギーを関知し、その確保のためにミニフォーに支援された円盤獣軍団を送り込んできた。
 迎え撃つダブルマジンガーと仲間達。しかし円盤獣の物量作戦の前に、ついにマジンガーZは大破してしまう。
 苦戦する仲間達を助けるため、負傷の身を押してTFOで出撃しようとする甲児。しかし、兜博士はそんな彼を押しとどめ、研究所の地下へと案内するのだった。
 そこで彼を待っていたもの。兜博士が、グレートマジンガーの後継機として開発しならも、その身に秘めた危険性故に封印した新たなる魔神、ゴッドマジンガーの勇姿だった。
 超合金NZを遙かに超える超合金GZでその身を覆い、反陽子エネルギーで動く最強の魔神。しかしその心臓たる反陽子炉は、ひとたび暴走すれば戦略級核爆弾すら凌ぐ大爆発を引き起こす諸刃の剣だった。
 ゴッドマジンガーのコクピットブロックであるオオカミ型戦闘メカ、マシーン・ウルに搭乗し、ゴッドマジンガーへの合体を成功させた甲児は、仲間達を助けるために出撃する。
 ゴッドマジンガーの力は圧倒的だった。数を頼んで押し寄せた円盤獣軍団は、ゴッドマジンガーにかすり傷一つ付けることができないまま壊滅に追い込まれる。
 かろうじて生き残ったミニフォー部隊も、急を知って駆けつけてきたカラバ部隊によって殲滅される。
 こうして科学要塞研究所は、最大の危機を乗り切ることに成功したのだった。

▼作戦功労者
 [ カラバ ]
エミィ・ユイセリア:ブリューナク小隊を率いてミニフォー部隊追撃に参加。敵部隊殲滅に貢献する。

▼作戦後通達
1:兜甲児は、新たなる魔神、ゴッドマジンガーに乗り換えました。大破したマジンガーZの修理は一応行われていますが、損傷は予想以上にひどく、修理の目処は立っていません。。
『女帝ジャネラの人間狩り』
OZ・作戦6&カラバ・作戦6&ネオジオン・作戦4VS銀河帝国軍キャンベル星部隊
  銀河帝国の属国、キャンベル星。その元首であり、母星では女帝と崇められるジャネラも、この銀河帝国軍先遣艦隊にあっては、単なる外様の一部将にしか過ぎない。
 彼女に与えられた任務……それは、かつて反逆者を追ってこの地球に飛来し、あろう事か反逆者に敗北したまま残留している、キャンベル星部隊と合流して橋頭堡を確保するという屈辱的なものだった。
 ブラッキー隊長率いる艦隊と連動し、OZが衛星軌道上に設置した防御衛星網を突破したキャンベル星部隊は、南太平洋上にある地底基地に入城を果たした。



《南太平洋・キャンベル軍地底基地》

「……オレアナ。よくもおめおめと、わらわの前に顔を出せたものじゃ。キャンベル星の恥さらしめがっ!」

 ジャネラの逆鱗に触れ、オレアナは言葉も出ない。体が彫像でさえなければ平身低頭していたに違いない。それでなくとも失態を嫌う銀河帝国の中にあって、反逆者に負けるわ、原住民の掃討はできないわ、これはもうキャンベル星の歴史に残る大失態である。
 このような状況でなければ、とうに八つ裂きにされていたに違いない。
 ひとしきりオレアナを叱責したジャネラは、背後で行われている作業に目をやった。
 基地に設けられた宇宙港では、既に大量の物資が輸送船から降ろされ、基地自体の拡充工事も本格化している。マニュアル通りの退屈な作業。兵站を軽視する悪癖の持ち主であるジャネラには、耐え難い光景である。屈辱に顔をゆがめたジャネラだったが、そんな彼女の脳裏にひらめくものがあった。
「オレアナよ。わらわはちと出かけてくるぞえ」
「……は? そ、それはどのような思し召しで……」

 主君の予想外の言葉に取り乱すオレアナに、ジャネラは冷笑で答えた。
「荷の積み卸しなど、無能なその方でもやり仰せられよう。長き船旅で、キバもガロも運動不足じゃ。たまには散歩させてやらねばの。ほ〜っほっほっほっ!」



《北アフリカ・中立都市トブルク》

 かつてローマ皇帝となったネロは、コロシアムで人に獅子をけしかけ、無惨に喰い殺される有様を楽しんだという。鬱屈した権力者の感性とは、悠久の時と星々を隔ててなお、共通する部分があるのかも知れない。
 二頭の獅子が、我が物顔で都市を跳梁する。女帝ジャネラがとある星で捕獲し、改造した機械仕掛けの獅子。名を、シシリスキバ、シシリスガロという。
 獅子と言っても、地球のそれとは根本的にサイズが異なる。その巨躯は、勢子を務めるマグマ獣部隊と比較しても遜色ない。
「ガォォォォンッ!!」
 逃げまどう人々を、鋼の獅子が追いつめ、引き裂き、食いちぎる。わずかに存在したトブルク守備隊のモビルスーツ部隊は、決死の覚悟でマグマ獣に立ち向かったが、戦力の差はいかんともしがたく、ことごとく撃破されてしまっていた。
 自衛の手段を失ったトブルク市長は、苦慮した末に北アフリカに駐留する各勢力に救援を要請する。
 市民の生命財産を守るためとはいえ、先日、この北アフリカを鉄と炎の嵐で覆ったカラバとネオジオンの一大決戦は記憶に新しい。まかり間違えば、トブルクという地名そのものが地図上から消えてしまいかねない。苦渋の決断であった。
 連絡を受けた三勢力としても、異星人の跳梁を無視できるはずもない。可能ならば、自制力の支配下にある地域に飛び火しないうちに撃破することが望ましい。
 OZ、カラバ、ネオジオンは、トブルクの救援要請を受けるや、直ちに軍事行動を開始した。



《北アフリカ・アレキサンドリア》

「ゲイル先輩! ……良く生きて……」

 アルバトロ・ナル・エイジ・アスカは、突然訪ねてきた面会人の顔を見て絶句する。
 アーマス・ゲイル元少佐。ムゲ・ゾルバドス帝国のエースパイロットであり、エイジの敬愛する先輩であり、姉、ジュリアの婚約者でもあった。
 そして……彼自らが命を奪ったはずの男……あの日の光景が、エイジの脳裏に蘇る。

『くっ……見事だ。お前の覚悟、確かに見せてもらった。……強くなったな、エイジ……』
『先輩……』
 あの日……レイズナーのV−MAXを受け、ゲイルの愛機、グライムカイザルは全身から火花を散らしていた。
『さらばだ、エイジ……生きのびろよ』
『ゲイル先輩ッ!? 脱出してください!』
 無駄だ、と知りながらも、エイジは叫ばずにはいられなかった。
『…………あぁ……ジュリア……』

 次の瞬間、グライムカイザルは爆発した。脱出した形跡はなかった。

「……私はあの時、意識を失った。次に気づいた時は病院のベッドの上だ。私の悪運も、どうやら捨てたものじゃないらしい」
 二人はあわただしく情報を交換する。
「そうか。……ジュリアがそんなことを」
「会ってあげてください。姉さん、どんなに喜ぶか……」

 しかしゲイルは首を横に振る。
「今はそれどころではない。エイジ、グラドスに育ったお前なら知っているはずだ。今、地球に攻め寄せている軍勢が、どんな奴らなのか」
 銀河帝国は、ムゲ・ゾルバドス帝国をも凌ぐ銀河系最大最強の星間国家だ。ゲイル達グラドスの人は、長年にわたってこの軍事大国の軍勢と戦い続けてきた。それだけに知悉しているのだ。この強大国の元首、皇帝ズールが、敵対する者達をどのように扱うかと言うことを。
「同じ事です。先輩。グラドスで報じられていたことが本当で、奴らが本当に敵対する者を皆殺しにするとしても、そうでないとしても、オレにできることはただ一つだけ。……この青い星を守って戦うことだけです」
 透き通った笑顔であった。
 悲壮感や気負いもなく、死を賭して戦うことを決意した者だけが浮かべることのできる、それはそんな笑顔だった。
「……男になったな。エイジ。お前のその顔を見ることができただけでも、生き恥をさらした甲斐はあったようだ。この俺も、及ばずながら力になる。よろしくな」
「歓迎しますよ。よろしくお願いします。先輩!」

 数奇の運命の果てに、一度は敵として砲火を交えた者達が、今再び手を取り合う……しかし、その感傷に浸るまもなく出撃を知らせるサイレンが鳴り響く。
 そして二人は走り出す。銀河帝国の脅威にさらされる人々を守るために。



《北アフリカ・中立都市トブルク》

「丸焼けにしたる! アトミックバーナー!!」

 浪花十三の叫びと共に、マグマ獣が灼熱の炎に包まれる。
 しかし炎上したマグマ獣は傍らにある民家を押しつぶして倒れ、その身を包む炎が市街地に延焼する。
「……あ」
「あ、じゃないでしょう! 何やってるのよ十三!」

 南原ちずるに非難されて小さくなる十三。市街地の戦闘と言うことで、大火力が信条のコンバトラーは、思うように力を発揮できない。
「はははははっ! やーい、怒られてやんの! ここはこの葵豹馬様にお任せってね! 食らえ! ビッグブラスト・ディ……」
「「「「やめなさい!」」」」

 面制圧用の大型散弾ミサイルを放とうとした豹馬に、チーム全員のつっこみが飛んだ。

 ここ、トブルクでは、本来敵対関係にあるはずのOZ・カラバ同盟とネオジオン軍が共同で作戦を遂行していた。
 カラバのカイン・ラファス、ヒロタカ・ミフネ、そしてネオジオンのクロウ・ユキ曹長らの必死の訴えを、上層部が是としたためだ。
 ドミニコ・リーバ特士のエアリーズや、シキ・タカスナのブレーンコンドルが空中から敵を攪乱し、ウェイ・ユンファン曹長、マル・ハナ曹長らのドムが放つジャイアント・バズの砲弾が、マグマ獣に強烈な一発をぶちかます。
 兵士達は、慣れぬ別陣営との連携を苦にもせず、マグマ獣を徐々に郊外へ誘い出しつつあった。二頭の獅子もまた、狩猟本能を刺激され、猛り狂って人類の誘いに乗る。
 上空に舞うレイズナーから、慎重にタイミングを計っていたエイジは、獅子とマグマ獣が予定のポイントに到達したのを確認して、合図のレーザード・ライフルを上空めがけて放つ。
「ロンメルさん、後は任せた」

 猛然と追撃していた鋼鉄の巨獣達は気づいただろうか。砂丘の稜線上に忽然と現れた巨大な機動兵器の大軍を。
 メルザ・ウン・カノーネ。通称ザメル。680ミリという史上空前絶後の大口径砲を装備した、砲撃戦用重モビルスーツである。
 本来放物線上の弾道を用いる間接照準射撃を行うこの機体が、ロンメル特製の照準儀を用いて、直接照準でマグマ獣の群れを狙っていた。
「待った甲斐があったというものだ。撃てぇっ!!」
 発砲時の爆風だけで、周囲にいる人間を八つ裂きにしてしまう、大口径砲の斉射が行われた。
 砲兵による直接火力支援。超音速で飛来する徹甲弾は、重量だけでも数トンというとんでもない代物である。いかに装甲の厚いスーパーロボットであろうとも、直撃を食らえばただでは済まない。
 マグマ獣部隊は、心ないハンター群の手にかかった野牛の群れのように屠殺されていった。
「おのれ地球猿ども! セント・マグマ発進じゃ! 目にもの見せてくれるわ!」
 激昂する女帝ジャネラ。今にもその巨大要塞で、こしゃくな人間どもを蹂躙せんとした彼女の元に、緊急無線が飛び込んでくる。モニター画面に現れたのは、若い女性型ハーフロイド、ミーアであった。
「…恐れながら申し上げます。地底基地は……壊滅いたしました! 地球人の奇襲攻撃で……オレアナ様は戦死され……」



《南太平洋・キャンベル軍地底基地・数時間前》

『ガォォォン!!!』

 オレアナにとって、悪夢としか思えぬ光景が展開されていた。
 集積した物資が、基地もろとも業火に包まれている。ハーフロイドの武官、ナルアとギルアの指揮の下、マグマ獣軍団は必死の防戦に努めているが、質量共に勝る敵…ミケーネ戦闘獣軍団の猛攻によって、防衛線は早くも崩壊しようとしていた。
 ミケロス級万能要塞艦隊から、陸続と出撃する戦闘獣軍団。ミケーネの誇る七つの軍団のそろい踏みである。
「猛獣軍団の精鋭達よ! 一番槍は我らがものぞ!」
 猛獣将軍ライガーンが獅子吼すれば、超人将軍ユリシーザーも、自ら剣を手に己が軍団の先頭に立って突撃を敢行する。
 頭上には怪鳥軍団や昆虫軍団の戦闘獣が乱舞している。覚悟を決めたオレアナは、ミーアを呼び寄せた。
「ミーア。……残念ですが、この基地はまもなく陥落します。地下の秘密格納庫に、グレイドンが一隻あります。あなたはそれで脱出し、ジャネラ陛下に急を知らせるのです」
「そんな! 私、行けません。オレアナ様とガルーダ様を置いてなんて……」

 巨像に宿るコンピューターであるオレアナの表情は変わらない。しかし、その目の放つ光は、心なしか優しくなったような気がした。
「ガルーダを入れたカプセルは、既にグレイドンに積み込んであります。……サイボーグ体のメンテナンス中だったのが幸いでした。……私は、ここでキャンベルの将として、自らを処さねばなりません。……ガルーダを、頼みます」
「そんな……オレアナ様!」

「行くのですミーア!」

 オレアナの絶対命令。ミーアは、己の意志によらずグレイドンへと転移していった。
「……ガルーダ。暖かい血の通う親子ではなかったけれど。母はあなたを愛していましたよ」
 オレアナの巨像が崩れ、中から女性型の美しいマグマ獣が姿を現す。オレアナの分身、ビッグオレアナである。
「我こそはキャンベルの将オレアナである! これより、貴様達の総大将に一騎打ちを申し込む!」
 今しも彼女の元に押し寄せんとした戦闘獣軍団の動きがぴたりと止まり、暗黒大将軍がゆっくりと歩み出る。
「オレアナ様〜っ?!」
 飛び去るグレイドンのモニターにすがりつくミーアの見守る中、死闘の末オレアナの首は宙に舞った。……その死に顔は、不思議と安らかだった。



 傷付いた二頭の獅子を回収したキャンベル軍団は、速やかに大気圏外に去っていった。
 ウェイ・ユンファン曹長の誘導で、避難していた住民達が町へ帰ってくる。戦闘が終わっても三陣営の兵士達の仕事は終わらない。救助活動、復興支援など、戦闘以上に大切な任務が彼らをまっているのだ。
 カラバのユウマ・ムツキは、ドールのコクピットで一発気合いを入れ、愛機を再び市街地に向けるのだった。

▼作戦後通達
1:トブルクの町は、最悪の事態に陥ることなく、三陣営の協力で救援されました。
2:キャンベル星人の地底基地は壊滅、オレアナ、ナルア、ギルアは戦死しました。
3:ジャネラは生き残りの部隊と共に、一度本国へ撤退した模様です。




《月面都市・グラナダ》

 会場を埋め尽くした報道陣が見守る中、調印は速やかに行われた。
 OZ総帥トレーズ・クシュリナーダ。ネオジオン総帥キャスバル・レム・ダイクン。そして破嵐万丈とアラン・イゴールに請われ、カラバ総帥に就任したブレックス・フォーラが、記者団の前で握手を交わす。
 グラナダ条約。地球圏を支配する三大勢力の、対異星人を目的とした軍事同盟が誕生した瞬間だった。
 条約には彼らの他、バイストンウェルからの来訪者であるアの国とナの国も加わっている。即時発効したこの条約により、コスモバビロニアを除く人類勢力は、一丸となって侵略者に立ち向かうこととなった。
 万雷の如き拍手の渦は、首脳達が立ち去ってもなお、鳴りやむ気配を見せなかった。



《サイド3・ズムシティ》

 街はお祭り騒ぎだった。肩を抱き合って涙を流す軍人が居る。祝杯のあげすぎで急性アルコール中毒を起こした市民が居る。この晩、ネオジオン主要都市の都市機能はほぼ完全に麻痺状態にあった。
 グラナダ条約発効により、ネオジオンが国家として正式に承認されたのだ。地球連邦政府とコロニー公社により、がんじがらめにされていた生活は既に過去の物となっていたが、かつてジオン・ズム・ダイクンが夢見た宇宙市民の自治権獲得は、市民を熱狂させるのに十分な衝撃を持っていた。
「……閣下」
 官邸の窓から市街を眺めていたキャスバルは、ナナイの声に振り返る。
「ジオニック社から報告がありました。ご指示通りカラバへのヤクトドーガ供給準備が整ったとのことです。私のところからもサイコミュ関連の技師を何人か向かわせます」
「結構だ。これでアムロの開発しているという例の機体も開発が進むだろう」
「……閣下。私には納得がいきません。確かにカラバから特機技術を入れれば、異星人の特機に対抗する上で利益となるでしょう。しかし、サイコミュ技術は我が軍のトップシークレットです。……おそれながら、閣下はアムロ・レイを意識しすぎておられるのではありませんか?」
 キャスバルはしばし沈黙し、視線を窓の外へ戻す。
「情けない機体に乗ったアムロを味方に付ける意味はないということだ。妙な勘ぐりはやめてもらおう。……特機の生産ラインは確保できているのか?」
「……現在、カーンズ閣下が陣頭指揮を執っておられます。物資の優先割り当ても行っておりますので、近い時期に朗報が聞けるかと」
「……結構だ。下がって良い」
 ナナイが一礼して去ると、キャスバルはコロニーのミラーに映る宇宙空間に目をやった。
「……アムロ。早く宇宙(そら)に上がって来い。ララァも喜ぶ」



《ズール星・皇帝宮》

「……マーズがワシの命に従うことを拒んだだと?」
「御意」
 銀河帝国皇帝ズールの御前で、ワール司令官は顔を引きつらせて先遣艦隊の敗北を奏上すると、ズールは予想に反してにやりと笑った。
「……地球圏で、グレンダイザーとガッタイガーが確認されか。……面白い。ベガ星のルビーナを呼べ」
 数時間後、ベガ星の女王ルビーナが参内すると、ズールは仮面越しに嘲弄するような視線を向けた。
「ワシはフリード星の人間を皆殺しにせよと命じた。しかし奴らはこの通り生きておる。さらに貴様の部下ガンダルは、未開の地球人どもに後れを取り、ワシの顔に泥を塗った。この始末、貴様自ら付けよ」
 ルビーナの顔が苦悩に曇る。グレンダイザーのパイロット、デューク・フリードはかつての彼女の婚約者だった。しかし、彼女にはベガ星の民に対する責任があった。逆らうことはできない。
「地球へはワシ自ら出陣する。貴様はガイゾックと共に先陣を務めよ」
 皇帝親征……星間帝国の主力艦隊が、遂に動き出そうとしていた。


次回予告
 遂に動き出した銀河帝国軍主力。あまりにも隔絶したその力の前に、人類は滅びの道を歩むしかないのか。
 それでも戦うしかない戦士達の姿に、いにしえの英知を知る聖女は、有る決意を固める。
 次回War in the Eaeth、『クスコ絶対防衛戦』

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