##### 待つ女 #####  ずっと待っている。窓際に座って。  激しい雨足で木々がまるで煙っているようだ。熱帯の雨期は暑く、そして長い。  私は待ちわびていた……何をだろう? この3年間にしてきたこと。生ける屍にならないためにただ戦い続けてきたこと。圧倒的物量に勝る帝国軍の目を盗むように、人々の間に抵抗運動の灯を絶やさぬように果てるともなく戦い続けてきたこと。それが終わること?  終わるのだろうか。そう暗い密林をガラス越しに見つめながら、薄く映る自分の不機嫌そうな顔に問いかけてみた。不機嫌そうにワザと歯を剥き出してもみる。まるで獅子のように。  ふと、バカバカしくなって止めてみる。その時部屋のドアがノックされた。 「シルヴィア少尉、入ってよろしいですか?」  許可を得て入ってきた大きな黒いポニーテールが揺れた。2年前から私の副官として働いてくれているエンドラ・マクナリード伍長である。歳は18になったはずだ。私には勿体ないほどに細々と気の付いてくれる女性で、このゲリラ拠点の指揮にあたっても彼女がいなければ、こうまで上手く教化出来ていないだろう。MSのメンテナンス手配から物資の支給、スペシャルズの動きの情報収集に至るまで、実務面のサポートを全て彼女が取りまとめてくれるお陰で、私は作戦指揮と訓練指導に専念することが出来ている。  一度エンドラ伍長に言ったことがある。「軍には私のような一介の戦争屋が10人いるよりも、伍長のような優秀な実務官1名がいてくれたほうがよっぽど役に立つというものだな。」  私のファンだと言ってはばからないこの少女兵は顔を赤らめて答えた。「そんな……私なんて銃を撃っても当たらないし、弾が飛んで来るって思っただけで足がすくんじゃって……私、そんな戦場で敵に恐れられている少尉は憧れの的です!」  そんな恐がりが軍人をやっているというのも変な話だが、彼女も旧連邦軍の士官を父に持ち、ジャミトフに粛正されたという意味では私と同類だった。そういう意味では、彼女にも十分に戦う理由があるのだろう。  エンドラ伍長が入ってくると私は子供っぽい不機嫌さを隠すかのようにあわてて表情を改める。彼女の報告にはいつも信用が置ける。私は短く返事をすると、彼女が口を開くのを待った。 「少尉、クワトロ大尉の本部から例のRX-79G用の補給パーツが届きました。」  補給の話を聞いて思わず笑みが浮かんだ。待っていた補給である。RX-79Gの利点は多いが、活用できる武装が多いことは特筆すべき点だ。ジェネレーターにRX-78のと同等レベルのものを積んでいるが故である。 「そうか……準備は出来ているのか? すぐにでも見てみたい。」旧連邦の夏服を改造した軍服の胸元を留めると、私は伍長に先立ってMS倉庫に向かった。  追いついてきた伍長が答える。「とりあえず今シンディ曹長が指揮して補給物資のMSへの装備作業を進めて下さっています。少尉のRX-78Gにも。」  私は唇を舐めた。雨期の湿度にも関わらず興奮のため乾いていたからだ。  装備が追加されただけで愛機の先行量産型陸戦用ガンダムはオーバーホールされたかのように調子が良く感じられた。エネルギーゲインの比率も上々だ。これなら十分に実戦で役に立つだろう。  倉庫内で新装備の取り回しをゆっくりと試してみながら『とりあえず使ってみないことにはどうしようもないな』、そう考えていたときのことである。倉庫の入口から、少々スコールに濡れた伝令兵が幌付きのジープから降りて駆け込んできた。 「シルヴィア少尉、シンディ曹長、例のスペシャルズの補給部隊ですが1日繰り上がって出発した模様です! 襲撃作戦に関して変更の指示をお願いします!」  スペシャルズの補給部隊には幾つか種類がある。パターンLと読んでいる生活必需品中心の部隊と、パターンBと読んでいる弾薬・兵器パーツなどの類の部隊だ。全ての補給部隊を叩くことはマンパワー的に不可能だし、あまりうるさく叩けばスペシャルズもゲリラ狩りに重い腰を上げることになる。その為パターンLは適度に安全行軍させてやるのだが、パターンBに関しては優先的に叩く対象だった。要はスペシャルズの作戦活動を行いにくくすることである。そしてこの補給部隊は情報によるとパターンBだった。  実はこのパターンB襲撃に関しては、まだ誰が襲撃をかけるかが未定だった。少々の沈黙の後シンディが口を開いた。「よーし、じゃあ私がやろう。シルヴィアのガンダムは新装備のテストを済ませてからのほうがいいだろう。」  私はそのシンディに言葉を返す。「……いや、待って頂戴。とりあえず実戦でテストしてみたいわ。雨天下での減衰率を実感してみたいこともあるし。」  思えばこの時に私は何らかの予兆を感じていたのかも知れない。  今回のパターンBの補給部隊は念の入ったことに3部隊に別れていた。しかしシンディの情報網で全部筒抜けになっているようでは意味が無い。却って各個撃破しやすいだけのことであった。  あの後シンディと打ち合わせ、先行した第1部隊をA-10X基地のザッフェ小隊、第2部隊がシンディ小隊、そしてテストを急遽終わらせた私の小隊が第3部隊を襲撃する手はずとなった。  ザッフェとシンディのことだ。万が一にも補給部隊如きに遅れを取ることはあるまい。例のショウ・ヒロシ・アフィーネ・ロジャーに関しても別基地にて待機命令が下っているらしく、近隣の前線基地には駐屯していないとのことであった。残るはスペシャルズの階級意識に凝り固まった腰抜け青二才ばかりである。  私は第3部隊襲撃の小隊指揮を執るため拠点を出発する。同行するのは陽気なエイブラハム伍長と古参のウィルビー軍曹の駆るRGM-79が2機。エイブラハム伍長は180mmロングライフルキャノン、ウィルビー軍曹は100mmMSマシンガンを装備している。  そして先日本部から赴任してきたシホ・キサラギという曹長が駆るMS-09。シホ曹長は同じドム使いのシンディのお墨付きがあるパイロットだった。スペシャルズの護衛部隊は十分に手玉に取れるだろう。 「シンディ達に笑われるわけには行かないわよ。」私は薄く笑ってレーザー通信を3機に送ると、陸戦型ガンダムのスロットルを引き絞った。  護衛部隊はまるでお話にならなかった。護衛のSPT、ドトール3機はエイブラハム伍長とシホ曹長の奇襲を受けた段階で士気を崩壊させて蜘蛛の子を散らしたのである。挟み撃ち役のウィルビー軍曹と私の出る幕は無かった。私はスペシャルズの訓練科に普段どういう訓練を施しているのかほとほと呆れ果てた。 「これが私欲のために銃を取る輩の典型的な姿か。」私は改めて民衆にあぐらをかき特権を享受しているスペシャルズの弱兵を心から軽蔑した。  しかし護衛部隊が逃走したといっても戦いが終わったわけではない。弾薬・兵器パーツを回収している歩兵部隊の警護を行いながら、まもなくやってくる近隣基地の迎撃部隊を迎え撃つ必要があった。素早くエイブラハム伍長とシホ曹長を所定の場所に潜ませ、周囲に偵察兵を張り付けて時間との戦いをする。幸いにも雨期特有のスコールが降り始める。おまけに雷まで鳴り始めてくれたため、隠密行動にはもってこいの環境になってきた。  ほぼ回収作業が終わり歩兵部隊が撤退に入った頃、偵察兵からの有線通信が入った。「スペシャルズの迎撃部隊です! OZ-07AMS2機!」  ……エアリーズか。先日ショウにも悩まされたが、高度という地の利を持ったエアリーズはドトールよりも強敵だった。しかし数が少ない上に、散布した高密度のミノフスキー粒子のお陰で密林内のこちらのMSはまだ発見できていないようだ。互角以上の戦いが出来るだろう。  いずれにせよ一当てせねば歩兵部隊の撤退に影響が出る。私は有線通信で3人に指令を飛ばす。「オシメの取れていないスペシャルズのエリートパイロットさん方に、密林戦の極意を教育して差し上げろ。」 「Yes,Lady!」全員の返事と共にシホ曹長のMS-09が動き出す。  シホ曹長の役目は囮である。機動性に優れるMS-09の能力は常に動き続けることによって最大限に発揮される。密林内から打ち出されるジャイアント・バズーカの砲弾は、上空のエアリーズの出鼻を挫く。  エアリーズも良い機体だ。奇襲とはいえ、ミノフスキー粒子の濃さから伏兵は予期しているだろう。初弾は何とか避わすが、そこに狙い澄ましたエイブラハム伍長の180mmロングライフルキャノンが襲いかかった。  轟音。命中したエアリーズは落下していった。爆散こそしないものの、エアリーズの最大の利点である機動性は大いに削がれたはずだ。これで敵の戦力は25%ダウンしたと見て良い。  もう一機の相方は慌てて密林に潜むライフルキャノンの狙撃手に向けて射撃を行うが、Fire&Runは狙撃の原則である。狙撃した場所にいつまでもいるわけがない。狙撃された場合は即応せず、身を潜めて狙撃手の場所を特定しなければならないのだ。そんなことも教えていないのかとスペシャルズの練度の低さにほくそ笑む。  とりあえず応射したエアリーズも密林に降下した。エアリーズの地上形態はあまり恐るるに足りないのだが、こうなるとミノフスキー粒子を撒いたお陰でこちらも場所を特定できなくなる。 「2人とも、撒き餌を撒いてみなさい。腹が減っているなら食いついてくるかも知れないわ。」  私とウィルビー軍曹は第3の伏兵になるべく、2機の友軍の後方に出るように接近していた。移動しながら飛ばした指示でシホ軍曹が撒き餌を撒き始める。  ドムがエアリーズの降下した辺りを遠巻きにするようにホバーで移動、蛇行を行う。深いジャングルの木々に、雷雨に煙るドムの姿は肉眼では補足しづらい。案の定腹ペコであった2機めのエアリーズは餌に食いつき、目くらめっぽうミサイルを乱射し始めた。  ミサイルであっても、このミノフスキー濃度で有視界で捕らえられていない目標に対しては初速の遅いロケットランチャー以下であった。そこで慌てずエイブラハム伍長の180mmキャノンが火を噴く。エアリーズの右肩が持って行かれた。損害無しの我が方に比べて、この迎撃戦は圧倒的勝利のように思われた。  しかしエイブラハム伍長と私には慢心があったのかもしれない。伍長のミステイクは黙ってトドメを刺さなかったことであった。 『わざわざご丁寧に自分の位置を知らせてくれて助かったよ』エイブラハム軍曹は片腕のエアリーズに180mmキャノンを突きつけたのだ。  私のミステイクは、最初に落下したエアリーズをウィルビー軍曹とシホ曹長に追わせなかった事である。その後悔はエイブラハム伍長のジムが爆散してから襲ってきた。  最初にアポジモーターをやられたエアリーズがエイブラハム伍長の背後まで迫ってきていたのだ。チェーンライフルの連続音がその後に続く爆発音でかき消された。 「……ウィルビー! シホ! 奴らを生かして帰すな!!」  私の怒声と同時に2人の機体も動いていた。扇型を描くようにアポジモーターをやられたエアリーズを挟む2機。 『残念だが、ここから逃がすわけにはいかない』ウィルビー軍曹の声。それにシホ曹長の声が続いた。 『我々は帝国に荷担する寄生虫を見逃すほど寛容ではない』  エアリーズが僅かに身じろぎするのと同時にシホ曹長のジャイアント・バスがエアリーズの腹部を持っていく。そして私の陸戦型ガンダムも新装備のビームライフルの引き金を引いていた。  ……ビームライフルの雨天下での破壊力は証明された。一撃でエアリーズの頭部を霧散させたのだから。  残ったもう一機のエアリーズは凍り付いたように動かなかった。私は微かに哀れも感じたが、所詮戦争は殺すか殺されるかである。敵を躊躇無く殺すことも私がゲリラの拠点で教えてきた原則の重要な一つだった。  私はその原則に従いビームライフルをエアリーズに向ける……  とその時、ウィルビー軍曹のジムが前方に向かって倒れ込んだ。一瞬何が起こったのか把握しようと頭を働かせている間に、次に後方ダッシュしたシホ曹長のドムの左腕が吹っ飛んでいった。  ウィルビー軍曹の機体がミノフスキーシェルに包まれたまま核融合爆発を起こす。その爆発光にシホ軍曹に斬りつけた奴のシルエットが黒く浮かび上がった。  それはかつて「連邦の白い悪魔」と呼ばれた機体に良く酷似していた……    いやそれはむしろ「黒い悪魔」と呼ぶべきであった。その機体はまがまがしいスペシャルズ・ブラックに覆われて雷雨の中にそびえ立っていた。胸部エア・インテークは熱い蒸気を吐き出し、カメラ・アイはブルーの邪悪な透過光を甲高い発光音と共に浮かべた。そしてRX-78以上にスパルタンなフォルムはキャパシティの高さを感じさせるに十分な威圧感を備えていた。 「……スペシャルズの新型だと!?」私は思わず目を細めて呟いていた。習性で敵の襲撃に際してとっさに下がり密林に伏兵場所を確保していたつもりだが、その新型は迷わず私の隠れ場所に目掛けてビームサーベルで切り込んできた!  私はその時状況を把握した。スペシャルズに呪いあれ! 事もあろうにスペシャルズの部下2機は隊長機の巡行速度に合わせず、先攻して戦闘を開始したのだ! スペシャルズの軍規の甘さが役に立った例など今回が初めてだろう。巡行速度に劣るが圧倒的な戦闘能力を誇る新型機に乗った隊長が今やっと戦場に到着したのだ!  新型の奇襲は、戦力が半分以下になった当方にとっては致命的であった。 「そこ…隠れているつもりかっ!」敵隊長機から裂帛の気合いと共に、ビームサーベルが横薙ぎに襲いかかる!  敵隊長も女性か……この声は!?  たたらを踏みつつもかろうじてサーベルをシールドで受け流す。シールドには禍々しい悪魔の爪痕が刻まれる。  しかし轟いた雷鳴の中、私の意識はそんなことには構っていられなかった。 「…シル……? シルヴィア・ランカスター……?」 「その声は……ジャンヌ・ベルヴィルだと!? どういうことだ……何故貴女がその機体に乗っている? スペシャルズだと!? 馬鹿な……何故貴女が……」  先のセリフは敵隊長機から発せられたものであった。そして私の言葉……ジャンヌ・ベルヴィルだと!? 私は混乱した。最もスペシャルズであり得ない人物ではないか!!  一瞬、これは夢では無いかと自分の意識を疑った時、敵機から夢ではないというように言葉が降りかかってきた。 「…シル…生きていたのだな……お互いの立場からは素直に再会を喜ぶことは出来そうにないが……」  どういうことだ!? ジャンヌは自分がスペシャルズであることを納得しているとでもいうのか!?  あり得ない! あれほど戦いの意味に悩み、その素質とはうって変わって心優しかったジャンヌ・ベルヴィルが血の粛清部隊であるスペシャルズに所属しているなど! 殺人鬼の汚名は、地球圏の真の自立という大義名分の元に幾人もの帝国兵を倒してきた私のほうがむしろ似つかわしいだろう。  その間も新型機のジャンヌからの激しい攻撃は続いていた。私は必死に防ぎながらも『ジャンヌなら斬りかかることなど出来ないではないか!』という本能に近い意識で満足に体勢を変えることさえ出来なかった。 「何故スペシャルズに属している? あの戦うにはデリケートすぎるジャンヌが……これは悪夢だと信じたい!」  私の出来た能動的行動は、言葉を振り絞る事だけだった。血を吐くが如くだった。この言葉で悪夢をうち払ってしまいたかった。  だがコクピットに響く衝撃はこれがベッドの中の出来事ではないことを残酷にも示していた。  現実ならばシルヴィア、お前が戦士である以上、戦いを放棄することは最大の恥辱だぞ! そう自分の背中を後押しし、その気持ちを裏付けるため私は声に出して叫んでいた。 「……だが、目の前に立ちふさがる敵がいるのならば、おめおめと殺られるわけにはいかない!」  その言葉で後方にガンダムを跳躍させ、ビームサーベルを八双に構える。しかし斬りかかればいいのか!? 「……本気なのかジャンヌ? この3年間で何があった? よりによってこんな最悪の再会をするとは思わなかった……  私の残した手紙は読んでくれたのかジャンヌ? 私は今のようなスペシャルズの台頭を危惧していた。そして貴女だけには絶対に属して欲しくないと!  "物事の本質を見極める"とは何のために戦うかということだ。貴女が何を見、何を感じて今その機体に乗っているかは知らない。しかし私は、3年前に戦友達を殺し全世界の7割の民衆を罪も無く虐殺したムゲ=ゾルバドス帝国は許せない! ましてや地球人でありながら保身のために民衆虐殺に加わったスペシャルズはなおのことだ!」  私は頭を整理しながら必死に言葉を続けた。私の言いたいことを可能な限り具体的に問いかけたつもりだった。心の中のもやもやしたものを一気に吐き出した気分だった。「この機体でお前と共に戦いたい」ジャンヌにはそう言って欲しかった。 「お前の言うところの"本質を見極めた結果"だよ……これが、私の出した答え…私自身の信念でここに立っている………残念だがこれは夢ではない…」  ジャンヌの返事は余りにも残酷なものであった。私は更に訳が分からなくなった。私の言葉でなぜ彼女がスペシャルズに属す? 疑問はやがて緊張と共に一種の怒りへと変わっていった。 「この3年間で何があった? あの心優しいジャンヌがなぜそのスペシャルの方針に共感できる!?  分かっているのか? どんな名分を掲げていようと貴女がその引き金を引く度に、ムゲ帝王とグレスコがほくそ笑んでいるということをなぁ!!」  知りたかった。彼女の失った3年間という時間を。しかしそんなことを一瞬で悟れるわけがなかった。自分が神でないことを心から恨めしく思った。 「……3年か……色々とあったよ、あっと言う間だった……でも、私を変えるには十分な時間だったよ。  だが…これだけは言わせて貰おう…。  私は帝国にも、俗物のジャミトフにも愚物のデルマイユにも共感を抱いたことはない。強いて上げるならばトレーズ指令…いやトレーズ指令の"言葉"が私の信念の根幹だ…。  …私はスペシャルズを強くする! 私の信じている未来の為にっ!!」  トレーズ・クシュリナーダ! またその名前か……私の頭の中に超新星に似たものが爆発した。私から幾人の戦友を奪えば済む! もう奴の世迷い事は十分だ!! ジャンヌの機体に浮かんだその男の顔目掛けて私は怒号と共に斬り込んでいた!    二つのビームサーベルが再び激しくぶつかり合い火花を散らす。  スペシャルズのRX-78の後継機と思われる新型機は、阿修羅と思える反応速度とパワーを有していた。攻撃しても攻撃してもクリーンヒットにならない。後から考えてみれば、あのエース「魔女」ジャンヌ・ベルヴィルが操縦していた新型機だ。こちらが無事なことが不思議なぐらいだった。しかしこの時の私はそんな機体性能やパイロットの腕など忘れたように、攻撃が全ていなされることに膨大な怒りを感じていた。 「シル…このまま山賊行為を続けて本当に勝てる気でいるのか? お前らしくもなく無駄なことをしている……」  その時降ってきたのが、冷水のようなジャンヌの言葉だった。山賊行為だと!? お前は私がハイエナのように帝国の目を盗んで私腹を肥やしている程度にしか認識してくれないのか!? 私達が泥水を啜って何のために何年も物量に勝る帝国軍に抵抗しているかを理解できていないというのか!? 私は熱い怒りが引き、自分の中に冷たい何かが膨れ上がってくるのを感じてきた。私は唇を舐める。 「無駄なことだと?」私の口からは自然と嘲笑が漏れていた。それはこれから倒すべき敵に対しての私の宣戦布告のシグナルであった。 「無駄かどうかはこの先で分かる。私達は単なる物資の奪取が目的で襲撃をかけているのではない。  ジャンヌ、ゲリラ戦には4つの鉄則がある。1つ、ゲリラを受け入れてくれる民衆がいること。2つめに退却できる地域があること。3つめに武器などを支援してくれる勢力がいること。そして最後に最終的に成長して決戦できることだ。  私達はこの4つの鉄則を満たせると判断した上で戦っているのだよ!」  そんな基本的なことを今ジャンヌにレクチャーして何の意味があるのだ? 私はどこか冷めている目で自分を見ながらも、ジャンヌに対して言い訳をしながら猛攻に転じていた。口で! 手で! 私はジャンヌに全てを訴えていた。ジャンヌに私の全てを知って欲しかった! 昔MSデッキで夜を徹して語り合ったように、今はこれが私の出来るジャンヌに対しての誠意だった! 「お前達ゲリラが帝国を刺激するから余計な犠牲が増えると何故分からない? 今、ここで私の軍門に下れば昔のよしみで命だけは助けてやらなくもないぞ……?」  コイツはジャンヌではないのではないか?と思いたくなる言葉が斬撃の間から突き込まれてきた。私の知っているジャンヌであれば、私が降伏など選ぶ人間などでは無いと分かってくれているはずではないか!  頭の中が空白になった瞬間にイニシアティブは逆転していた。それでも本能だけで防戦を成し遂げていたのだろう。後に整備兵が「……廃棄するまでのダメージは負っていませんね。時間はかかりますが、何とか元の性能を取り戻してみせますよ。」と言ってくれるほどには防ぎきっていたらしい。  空白になった頭がジャンヌの先般の言葉を再生するのにややかかった。そうか、本当に私が戦っている意味が分からないというのであれば、もう一度懇切丁寧に教育してやるまでだ!! 「単なる刺激? 違うな。帝国側の成長を遅延させているだけのことだ。  そして私達地球解放戦線機構は機が満ちた時点で一気に反攻に出る! 全ては勝算あってのことだ。  余計な犠牲? 私達は全員勝利を信じて戦っている! スペシャルズのような敗北主義者とは違う!  同感できる主張があるならいざ知らず、罪も無い民衆を虐殺する集団にどうして降伏できる? 例え私の矢が尽き剣が折れようとも、私の意志を継いで戦ってくれる戦士達のために、最後まで相手の喉元に喰らいついてくれるわ!」  私は自分に何度も確認しながら吠えた。自分に言い聞かせていた。何度多くの人間に今のジャンヌのような言葉で嘲りを受けてきただろう。その度に私達はお互いの目指すべきところを語り合いながら戦ってきたのだ。それは例えジャンヌであっても否定されるべきものではない!  否定されたくない! ジャンヌに理解して欲しい! その子供じみた怒りだけで私はジャンヌに斬りつけていた。 「ならばやってみろっ! 私の喉笛を食い破り、スペシャルズを潰し、帝国軍を退けてみろ!! お前の信ずるものが正しければ出来るはずだ!」  ジャンヌの応。私はアイデンティティーを守る為に必死に戦い続けた。それは永劫に近い地獄の時間だった。  その地獄を打ち破ってくれたのは父親の平手打ちのような一撃だった。  閃光。衝撃。轟音。全てがホワイトアウトした。  むせ返るコクピット……慌てて生きているサブ・モニタを探す。激しいスコールは遂に2機の愚かな機体に雷神の一撃を呼びつけたのだ。  アースされているとはいえ、数十万ボルトの電圧はMSの電気系統の大部分を葬送するのに十分な力を持っていた。 『何とか動きはするか……』一つだけサブ・カメラを生き返らせた後、クール・ダウンして脱力した頭を働かせながらアイドリング状態から再起動させる。  クール・ダウンした頭は一つの結論を私に導き出した。もう目の前には昔の優しい泣き虫ジャンヌはいないのだと。  もう目の前にいるのはスペシャルズのトップ級の機体を駆るエース、LiFEの仇敵「魔女」ジャンヌ・ベルヴィルなのだと。    吐き気のする結論の中、私は自分にそれを言い聞かせるため機体を退かせて大声で言い放った。 「……ジャンヌ、本当にスペシャルズに付いて民衆を虐殺するのか!? それがお前の今の真意ならば……お前は私の倒すべき敵だ!!」  全てが終わった。私の3年前の穏やかな時間が……  そして私は悟った。『何を待ち続けていたのか』を。ジャンヌとの再会を、そして決着を。  そうして私は賭けに負けたのだと。  私は賭けに負けて泣いて逃げた。コクピットの中で涙を流したのは生まれて始めてのことだった。  シホ曹長のドムは片腕だけの損害で済んだ。シホ曹長は幸いにも心身ともに怪我は無く、ドムの左腕のパーツもすぐに取り寄せることが出来た。  ザッフェやシンディ達も大きな被害は無く、エイブラハム伍長とウィルビー軍曹の死が今回の作戦の唯一の被害であった。  シンディが亡くなったエイブラハム伍長とウィルビー軍曹の補充兵が来ると教えてくれた。コウジ・ツキガセ曹長とティア・カレス曹長。両方とも活きのいいパイロットだそうだ。RX-79Gも2機補充されるという。相対的に小隊の厚みは増すだろう。  ゲリラ流の葬送を行ったあと、私はシンディにジャンヌとのことを話した。シンディの返事らしい返事は無く(何か意味のある返事が返せるだろうか?)不味そうに煙草に火を点けただけだった。私はシンディに煙草を貰い、揃って不味そうに煙草を燻らせた。  ふと生前の父の言葉を思い出した。 「お前は軍人の"己の信じるものの為に戦う"という華やかな部分にばかり目が行っているようだが、軍人を続けていれば失うものが必ずある。お前もいずれ分かるときが来るだろう。」  こんな形で思い知らされるのは勘弁願いたかった。  ジャンヌが変わってしまったというのであれば、それはもう詮無いことだ。だが私はその運命に唯々諾々と流されるほど女らしくは生きられない。この不満はどこかにぶつけなければいけなかった。  トレーズ・クシュリナーダ。私の全ての不満はそこに集約されているように思えた。かつての数多くの戦友を、血の粛清の犬として騙して扱き使う男。全てを虚飾で誤魔化し、美麗字句で欺き、敗北主義をあたかも理想の人類論のように語る卑劣漢。今は父の敵のジャミトフより、悲劇の根元であるムゲ帝王より、私にとって最も憎むべき敵であった。  何時かこの手で殺してやる…… 私は煙草をアルマイトの灰皿にねじ込みながらいつもに増して冷たい目で決意した。      トレースを殺した上でジャンヌともう一度出会えば、また昔の泣き虫ジャンヌに戻ってくれるだろうか。それともトレーズに心酔するジャンヌは私を殺すだろうか。  ……殺されるならジャンヌだな。それ以外の奴に殺されるのはシャクであった。自暴自棄になっていた。 「……妙なことを考えるなよシルヴィア。お前はシホ曹長を初めとするLiFEの有望なパイロットを預かる身なんだからな。もう今までの気ままな私達じゃあない。」  紫煙を吐き出すシンディの声は私を見透かしているようであった。  雨がまた降り始めた。窓際に座って私は彼女との再会を待ち始めた。 (Fin)   Special Thanks:アキ氏&ケイト氏 ※他にも数人のPCの名前を拝借しています。問題ありましたらご連絡下さい。(endra@yahoo.co.jp)