##### 決別、そして……#####  『夜・・・作戦終了後』   コンコン、部屋のドアをノックする音が通路に響く。  その薄暗い部屋の中には端末に向かいキーボードを叩く人影がディスプレイの光に照らされて浮かび上がっていた。 「どうぞ、鍵は開いてるよ。」  手を休めドアの方に向きながら答える。と、同時にキーと音を立てながらドアが開く。 「まだ起きてたかい?ザッフェ」  声の主は素早く体を室内に滑り込ませると、そのままの姿勢で後ろ手にドアを閉める。 「ああ、ちょっとする事があったんでね。ちょうど良かったよ、一段落付いたらそっちに行こうと思っていたんだ・・サラ。」  ザッフェは部屋を訪ねてきた彼女・・サラ・ハーミルトン・・を見やりながら、そう答える。  この時の彼女の服装はもう非番の時間らしくTシャツに短パンというラフな格好で、  健康的に日焼けした瑞々しい肌を惜しげも無く曝け出していた。  そんなサラを愛しげに見ているザッフェはと言えば、Gパンに長袖シャツという極普通の格好だった。  そしてその眼には長時間端末を相手にした事だけが原因では無い、それ以外の為の疲労が浮かんでいた。 「今日あんな事があった割には元気じゃないか。もっと落ち込んでるかと思ったけれど。」  いつものいぢわるな笑みを浮かべつつサラはそう言うと、  部屋に備え付けられている小さな冷凍庫まで歩いて行き氷とグラスを2つ取り出す。  それぞれのグラスに氷を3つ4つ放り込みウイスキーを注ぎ始める。 「サラ、ダブルで頼むよ。」 「へえ、珍しいじゃないか。普段はシングル以下なのに。」  サラはザッフェのリクエスト通りダブルの氷割を作ると、端末の前で椅子に座ったままのザッフェにそのグラスを手渡した。  二人はごく自然に無言のままグラスを軽く合わせると、軽やかで乾いた音が部屋に響く・・。  彼の傍らでウイスキーを飲むサラ。そんな彼女を見ながら、ザッフェも度の強いアルコールを口に含む。  その間も彼の頭脳は休む事をせず、今日の出来事を思い出していた。  『旧友とは・・』  ・・その日の午前、ザッフェは彼が所属しているA10地区隊の司令官の部屋にいた。  この基地のメンバーは先の侵略戦争において連邦軍に所属していた地元の人間がほとんどである。  敗戦後は司令官が上手く全体を纏めた事もあり、そっくりそのままゲリラ化し後にLiFEに加わっている。  それゆえに基地の全体的な意識としてこの特定地区の解放を目指す専属の守備隊という雰囲気に包み込まれていた。  それに対し、敗戦後にこの基地に加わったザッフェやサラは直接この土地とは繋がりが無い。  彼らと共に地区内での活動を行う傍ら、  周辺のゲリラグループやLiFEの別支部から要請を受け側面支援を行う遊撃隊の任務もこなしていた。  もちろん、だからと言って基地内の他のメンバーから余所者と見られ仲が悪い様な事も無く、  むしろ侵略者と直接戦った経歴を持つ者として一目置かれた存在となっていた。  その様な経歴を司令官も考慮してくれているのか、何か事あるたびに遊撃側代表となるザッフェと  地元の者で守備隊隊長を務めているデーヴィット・デーヴィス少尉を自室に呼んでは協議を行う事が多かった。  敗戦後の部隊処理の手際の良さが見て示す通り、実行力豊かで柔軟性に富んだ頭脳を持つ司令官・・  ジェリー・クリッチャー大尉と、彼を補佐し堅実な用兵を行うデーヴィット少尉らとの協議は  大体において意見の対立は起こらなかった。  だがこの日はいつもと少し様子が違っており、ザッフェは二人から厳しく責立てられていた。 「いつまで意地を張るつもりだ、ザッフェ准尉。これは命令なんだぞ。」  壁に掛けられた大きなパネル式地図を背に椅子に座っているジェリーの声が室内に響いた。 「そうだ。それにこれは本来喜びこそすれ拒否する類のものではないぞ。」  その大尉の前にある机の端に軽く腰掛け腕組しているデーヴィットが、大尉に続き声を掛ける。 「しかし、承諾出来ません。俺の機体はまだ使える。使える機体を持っているのに乗り換える必要はないでしょう。」  二人のいる机から少し距離がある本棚に持たれかかった状態でザッフェは答えた。  彼は今使用しているコアブースターから新たに配備される陸戦型ガンダムへと乗換えを行うように幾度と無く言われていた。  3年前の戦いではまだ実戦使用に耐えたコアブースターも戦後着々と進む技術進歩に逆らう事は出来ず、  今となっては各地との連絡用など極めて限定的にしか運用出来ない状況に追いやられていた。  その事は上官である二人に言われるまでも無く実際に使用しているザッフェ自身がもっとも正確に理解していた。  だが、彼は断固として首を縦には振らなかった。 「新しい機体が配備されるのならデービット少尉の隊に配置すれば良いと思いますよ。  では、午後より例の作戦に加わります。準備もありますのでこれで失礼します。」  素早く敬礼をすると、足早にその場を立ち去るべく歩き出した。 「待て!ザッフェ、まだ話は終わってないぞ!おい・・」  カチャ。ザッフェは背後から掛けられる声を無視して部屋を出て行った。  部屋に残っている二人はため息混じりに話す。 「まったく、意固地な奴だ。他の事は極めて理性的に判断出来るのに・・どうして機体にだけはこだわるんだ?」  ジェリーはデーヴィットに尋ねるが、 「私にも解りかねます・・が、一つはっきりしている事は、このままでは遅かれ早かれ彼は落されてしまいます。 何らかの手はうっておいた方がいいでしょう。まだ彼を失うわけにはいきませんしね・・。」  そう言うとデーヴィットは机の上の内線電話の受話器を取り、どこかへ繋ぐ。 「私だ、デーヴィットだ・・至急サラ曹長に司令官の部屋まで来るように伝えてくれ・・もちろんだ、頼んだぞ。」  受話器を置くて間もなく、ドアがノックされる。 「サラ・ハーミルトン曹長、入ります。」  彼女は申告して司令官の室内へと入ると、二人に敬礼する。  新しく配備されたMS・・陸戦型ガンダムの最終点検をメカニックと共に行っていた最中で、  彼女のその服装は油で所々汚れていた。デーヴィットはそんなサラに静かに話し掛けた。 「サラ曹長・・貴女に頼み事がある。実はザッフェ准尉の事だが・・」  司令官の部屋を後にしたザッフェは、その足で格納庫へと向かった。  格納庫の片隅では彼の愛機であるコアブースターが、午後からの出撃に備え整備が進められていた。  ザッフェが近づいて来るのを整備兵が見つけると小走りに走り寄ってきた。 「ザッフェ准尉、推進器回りの部品ですが消耗が激しく交換する必要があります。 ですが今は予備が無い状態なので工作班にて内作中です。作業終了まで2時間ほど掛かります。」  敬礼しつつ、彼は申告した。まだ20代前半位でザッフェと同じ年か若干下の若い整備兵だ。 「わかったよ。3時間後に出撃予定だから、2時間位なら十分間に合う。だが出来るだけ急いでくれよ。」    ザッフェは機体の近くにある小さな椅子に腰掛け、腕を組み、眼をつむる。考え事をする時によくする姿勢である。 (コアブースターが時代遅れな事は誰よりも俺が分かってるよ。だけどな・・だからこそ余計に手放せないんだよ・・。  戦闘機は死ぬまで戦闘機なんだ。戦えない戦闘機なんて・・可哀想だもんな。最後まで・・俺が・・乗ってやらないと・・。)  ザッフェ自身はアメリカ生まれのアメリカ育ちだが、彼の父親は日本人である。  そんな日本人である父親の影響を当然のごとく彼は強く受けて育っており、長く又は愛着を持って  使用した物には魂が宿るという考えが本人も意識しない間に植え込まれていた。  まして幾度となく共に死線を越えて来た機体であり、  古くなったという理由だけでとても『はいそうですか』と乗り換える事などは出来なかった。  それは長い間連れ添ってきた古い友人を見捨てるにも似た行為で、許容出来なかった。 「・・・ザッフェ准尉、ザッフェ准尉!」  出し抜けに名前を連呼され、肩を激しく揺さぶられた。  どうやら考え事をしているうちに、そのまま寝てしまっていたらしい。腕時計で時間を確認すると2時間弱が経過していた。 「機体の整備、完了致しました。いつでも出れます。」 「了解。ご苦労さん。ところでサラ曹長は今何処に居るか知っているか?」  整備兵の肩に手を掛け労いの言葉を掛けると、整備の終えた機体を見やりながらサラの事を尋ねた。 「この度新しく配備された陸戦ガンダムの試乗の為、1時間半ほど前に出撃されていますが・・」 「そうか・・後詰めを頼もうかと思っていたが・・まあいい。あと1時間ほどしたら出る。  食堂で何か食べてるから、用事があればそちらに連絡してくれ。」  椅子からのろのろと立ち上がると、格納庫のすぐそばにある食堂に向かい歩き出した。 「ザッフェ・カイン准尉、出ます!」  作戦開始時間20分前、ザッフェは機上の人となっていた。オペレーターに申告すると一気にエンジンの出力を上げる。  一瞬で加速したその機体は瞬く間に空中を駆け上がり小さな点となって消えていく。 「無事帰って来れば良いが・・」  オペレータールームから出撃の様子を見ていた司令官のジェリーは誰に言う訳でもなく一人呟いた。  『夜・・・回想』 「ザッフェ・・どうしたんだよ!」  サラに肩を叩かれて我に返った。 「んっ?・・あ、ああ、今朝ジェリーやデーヴィットに言われた機体変更の事を少し思い出していた・・。」  飲み干して空になったグラスを机の上に置くと、ザッフェの顔を覗きこむ様に話すサラの頬にそっと左手を触れさせる。 「あの時、意地を張らずに機体の乗換えをしてればサラにもいらん苦労を掛けずに済んだかもな。」 「ばか・・あたいは苦労だなんて思っちゃいないよ。だけどね・・正直肝を冷やしたよ。 あんたがさ、エアリーズにコアブースターごと突っ込んで爆発した時はね・・」  サラは頬に当てられた左手を包み込むように右手をかぶせる。  あの瞬間を思い出したのだろうか・・彼女の瞳は少し潤んでいて室内の間接照明の光が乱反射していた。 「ああ・・もう少し運が悪けりゃ死んでたな、ありゃ・・。」  『旧友との決別』  今回の作戦・・ガンダム強奪・・は同じLiFEのメンバーであるシンディから提案された作戦である。  新たにスペシャルズ基地に配備される3機のガンダム・・白い悪魔・・を奪取する。  それは1年戦争の英雄、ニュータイプと噂されたアムロ・レイが使用した機体である。  その機体性能の高さにパイロットの技量が加味されて連邦軍からは賞賛、ジオン軍からは恐怖の対象となった。  そのガンダムを奪い取ることは戦力増強のみならず政治的効果も十分あると判断され、実行に移された。  この作戦は大きく二つのグループに分かれる。潜入・強奪後逃げる者とそれを援護する者。  潜入・強奪には工作兵としての技量も要求される事からインなど絞られた数名のみが実行。  それ以外の者はシルヴィア指揮の下、撤退の援護を行う。  ザッフェも当然の如く援護側に回ったが、白兵戦が出来ない機体でもありシルヴィア達とは  別経路で敵基地に接近し敵の注意を此方側にも向けさせて戦力の一部を割かせるのが役目である。  敵MSに対しても空中戦のみに限って言うならばそこそこのレベルなら戦闘をこなせない事も無い。  ただ装甲の薄さは致命的であり、結局の所引き付けて逃げるのが精一杯である。  それでも数機のMSを相手に出来るという事は、運用次第でならまだ使用に耐えられると言えた。  機体を巡航速度で固定し、一路スペシャルズの基地に向かう。  機体の調子はすこぶる好調であったが、空模様はあいにくの曇り空で、積乱雲が低く立ち込めていた。 「どうやら雨の中の作戦となりそうだな・・まあ逃げる側にすれば好都合ってとこだな・・。」  操縦席前面の電子パネルに設けられている時計が時間を刻んでいく。 (そろそろ予定では潜入した連中がガンダムに乗り込んでる最中か・・予定通り行ってればいいが・・。)  無線機のバンドはLiFE共通に合わせてある。何か動きがあれば把握出来る様にはなっていた・・。  基地まで10分位のところで無線機ががなり立てた。 『ガガ・・ガンダム・・別方向に・・急げよ!』  シルヴィア以下複数の通信が飛び込んでくる。内容を聞く限り、ほぼLiFE側の思惑通りに事は進んでいるらしい。  と、ほぼ同時にかすかだが有視界で低空を飛行している機体をザッフェは確認した。  かなり速度が遅いのだろう。見る見る間に近づいていく。 「ん、あれは・・エアリーズか!」  素早くコンピューターで機体照合を行う。スペシャルズの可変MSで飛行形態とMS形態の両方に変形出来るタイプ。  本来であえばまともに渡り合うのはかなり危険な相手であるが、どこか故障しているらしく不安定な飛行を続けていた。 「妙にふらふらしているな・・出力が安定していない様だし・・」  実はこのエアリーズは各駆動系の油圧回路に損傷が発生し、かろうじて動いているというかなり酷い状態であった。 (本来の趣旨とは少し外れるが、ここでの交戦も陽動にはなるか・・)  素早く決断すると機体の高度を一旦上げ更に接近した後エアリーズの頭上から攻撃を仕掛ける。    エアリーズのパイロットもザッフェの接近に気付いたらしが、反撃ではなく回避行動に移る。 「遅い!」 少し遠距離ではあったがビームランチャーとミサイルの射撃を行う。 付近に隠れている仲間が居ないとも限らないし、エアリーズの動き自体が擬態の可能性も否定出来ない為である。 攻撃後、回避行動を取りつつ離脱する。と同時にエアリーズが飛行する付近の森からビームライフルの攻撃を受ける。 機体を捻り攻撃を避けるが、一撃が左翼の表面を軽く焼く。ルクスと共に偵察に出ていたメイリーンからの攻撃だった。 一方ザッフェの攻撃もクリーンヒットとはいかないが、ミサイルが数発当たったらしく機体からは黒煙が上がっていた。 「やっぱり仲間が潜んでたか・・しかしどうやら1機だけだな。ならば!」 ザッフェは再度攻撃を行うべく機体を旋回させエアリーズの正面に回りこむ。 『・・そこの機体・・ザッフェか?』  不意に通信機から声が聞こえてきた。聞き覚えのある声で、射撃ボタンから思わず指が離れる・・。 「ルクス、お前なのか?」  ザッフェの機体は攻撃を加える事無くエアリーズの横を通り抜けていく。 『今時、コアブースターに乗ってるとはな・・エンブレムも以前のままとはお前らしい・・』 「ルクス、多くは言わん。なぜ、帝国の片棒を担ぐ?そして、なぜその走狗に成り果てたスペシャルズに荷担する!」 ザッフェは機体を上空に逃がし、地上から距離を取った。 『現実を見てみろ・・・あの攻撃により地球はその70%近くの都市を失いぼろぼろになっている。 地球連邦が倒れ帝国による支配が行われているがそれを良しとしないゲリラが無駄な抵抗をする。 それによって再び戦乱が起こり一般市民が幾度となく巻き込まれている・・・今は地球のいち早い復興が大切なんだ。 今の状況ではゲリラは帝国に勝てない・・・お前達にその力があるか?』 「だからと言って、今後ずっと帝国の監視下に置かれてびくびくして生きていけと言うのか? そんな圧政下で生活を続けても真の幸せは得られない!自由な生活は得られない!」 ルクスとの交信を続けている間にもメイリーンからの援護射撃がザッフェを狙い打つ。 ひとまず攻撃を止め避ける事に専念する。 『それでは今現在帝国の支配に耐えている人々はどうなる? ・・・この地球の危機を乗り越えるためにも、時には我慢も必要だ・・・何故それが分からん?』  ルクスの指摘は確実にザッフェを追い込んでいく。  実のところ、ザッフェは深い使命感を持ってゲリラに身を投じた訳ではない。  彼がゲリラを選択した理由はもっと単純だった。  突然宇宙の彼方から現れて、瞬く間に武力で制圧した帝国軍。  そんな訳の解らない奴らに従うのは嫌だ、というおよそ感情からの反発に過ぎなかった。 「ルクス・・俺は・・土足で人の家に上がりこんで好き勝手な振る舞いをする様な奴に我慢ならなかった。 ただそれだけだ。シルヴィアのように大きな理想をかかげて戦っている訳では無い。 だけど、俺は自分の感覚を信じている。今の帝国の下では安心できる生活は無いとな!」 『そのために今の生活でも満足できる人々をまだ危険に晒すのか? 己の思いだけで戦い続ける・・それはエゴでは無いのか?』  ザッフェには反論が出来ずに居た・・。現実を見た場合、ルクスの指摘は決して間違いとは言えないものだったから。  言葉に詰まった時、警戒が一瞬おろそかになる。その隙を狙ったかの様にメイリーンの攻撃がメインエンジンを貫いた。 「しまった!」  機内で一斉にアラームが鳴り響く。一気に推力が落ち、機体が失速する。 「くっ、制御不能!脱出を!」  座席そばの緊急脱出用レバーを引く。が、何も起こらない。二度三度と引く。結果は変わらなかった。 「どうやらここまでか・・ならばせめて!」  大きくバランスを崩したコアブースターはきりもみ状態で落下していた。  まだ生きている補助バーナーで僅かに方向を修正する。その先は・・ルクスのエアリーズ。  元々の故障に加え、先ほどの攻撃でほとんど動けなくなっていたエアリーズにコアブースターを避ける事は不可能だった。  コアブースターがエアリーズに衝突する直前、一つの奇跡が起こる。  故障したと思われた脱出装置が作動し、ザッフェは座席もろとも空中に投げ出された。 「な、何だ!急に動きやがった!」  背中に背負っていたパラシュートが自動的に開き、ゆっくりと地上に降りる。  その間にコアブースターと激突したエアリーズは火災を起こし完全に沈黙していた。  ルクスも衝突直後に脱出ポッドで脱出していたが、それはすでにジャングルの中に消えており気配も感じられなかった。  呆然と佇んだままザッフェはジャングルと燃え盛る2体の機体を眺めていた。  そんなザッフェに追い討ちを掛ける様にどんよりと曇っていた空から大粒の雨が落ちてくる。  それはあっと言う間に激しくなり、辺り一面の視界を極端に悪くしていた。  そのザッフェの背後に一機のモビルスーツが接近してくる。  緊張の面持ちでゆっくりと振り返るザッフェの瞳には、雨のせいでMSのシルエットがぼんやりとしか見えなかった。 「ザッフェ・・大丈夫かい・・怪我は無いかい?」  スピーカーを通じて伝わるその声は・・陸戦型ガンダムの試乗の為に出撃していたサラだった。 本来であればサラはこの場にいるはずは無かった。と言うのもサラは今回の作戦参加を見送っていたからである。  それは新たに配備された陸戦型ガンダムへの機種変更に伴う各種調整がちょうどこの作戦と重なった為である。  しかし事前に最悪の事態を懸念していたデーヴィット少尉によりタイムスケジュールは前倒しで行われ、  何とか最終チェックの状態にまで仕上げられていた。そして試乗を兼ねてザッフェの援護として出撃していたのである。 「サラ・・か」  サラに拾ってもらったザッフェは、狭いコクピットでサラと折り重なるように座る。 「無線機の通信を聞く限り、うまくいったみたいだよ。ガンダムは三機とも奪取に成功したって・・・ザッフェ、ザッフェ?」  雨と精神的疲労がザッフェから体中の体力と気力を容赦無く奪い取っていた。 「・・・サラ、済まない・・しばらく、何も話したくないんだ・・。」  ヘルメットを脱ぎ捨て片手で顔全体を覆うと、短くサラに言い放つ。その声にはいつもの張りがまったく感じられなかった。 「ああ・・わかったよ。」  サラもそれ以上は何も言わず、辺りを警戒しつつ全速で基地へと帰投を開始した。   サラの陸戦型ガンダムが雨の中に姿をかき消すと同時に、別方向から一機のMSが姿を表す。 それは、先ほどの作戦でスペシャルズから強奪した三機のガンダムのうちの一機だった。 「・・・今回は無傷で持って帰るのを優先して援護は出来なかったが・・・面白い事を聞かせてもらった・・。」 ガンダム強奪に当たってシンディから推薦されたパイロットの一人・・ナーディル・アヴドゥフ少尉である。 「・・・土足で人の家に上がりこむ無礼な奴を許すことが出来なかっただけ・・か。 ふっ、意外と単純熱血な奴だったんだな・・以前の俺の様に。・・・覚えておこう、ザッフェ・カインか・・。」    基地へ帰投したザッフェは報告の為に司令室へと向かう。  事前にサラから連絡が入っていたらしく司令官は何も言わず、体を休める事を命じただけだった・・。 『夜・・・明日の為に』 「長い間乗り続けた愛機との別れ、敵陣営に加わった親友との再会か・・」  サラがその細い指を折って数える。 「たった2つの事だけどね・・。」 「ルクスがスペシャルズに加入していた事は事前に十分予想をしていた。だから驚きはしなかった。  ただ実際に目の辺りにして少なからずショックを受けたのは事実だけどね。」  以前、スペシャルズの補給隊を襲撃した時に再会したロジャーやヒロシ等昔の仲間達。  そして数日前にはシルヴィアが再び同戦場にてスペシャルズ偵察隊と交戦し、  その時の小隊長がジャンヌだった事が情報としてザッフェには知らされていた。  これらの情報から、まだ再会していない他の知り合いがスペシャルズに身を寄せている可能性は十分に考えられた。  ザッフェにとって最も気になった事は、ジャンヌと同等に親しくしていたルクスもまたジャンヌと同じ様にスペシャルズに、  敵側に回っているかもしれない、という事だった。  彼はあれから何度となく頭の中でシミュレートを繰り返していた。実際に戦場で対面したときに引き金が引けるのか?  結果として彼は引き金を引いてはいない。今日の戦闘、最初の一撃はまだパイロットが誰か判明していなかった。  ルクスと判明したあとは、短い会話。そしてメイリーンによる狙撃。特攻。  しかし、次はこうはいかないだろうと判っていた。たとえ昔の親友と言えども、再び立ち塞がるのであれば・・ 「叩き潰す。それが戦場の習いだからな。」 「えっ、どうしたんだい。急に・・」  サラは驚いた顔でザッフェを見る。突然何を言い出したんだと怪訝な顔付きで・・ 「あ、ごめんごめん。つい最後だけ口に出ちまった。」 「ルクスの事さ・・いやルクスに限らず、スペシャルズ側に回った全ての昔の仲間の事さ・・躊躇せず、全力で潰す。  そうしなければ・・」 「そうしなければ、こちらがやられてしまう?」  サラが微笑みながら言葉の後を繋ぐ。 「そうだな。彼らには彼らの考えがあり、俺達には俺達の考えがある。百人いれば百通りの考え方があるように、  どちらが正しいなんて多分言えないのだろう。これは正義と正義のぶつかり合いなんだよ。  ただ、正義無き力が無力である様に、力無き正義も又無力だ。そして俺は自分の正しさを信じている。  だからもっと強くなるんだ。ルクスやジャンヌに負けないように・・。」  ザッフェは机の上に置かれたグラスに新たにウイスキーを注ぐ。  そのグラスを持って立ち上がると軽く一口飲み、ベッド脇の小テーブルに再びグラスを置き、ベッドに倒れ込む。 「それはそうとサラ・・知っての通り、先ほどネットに流した小隊に関する事なんだが・・」  ザッフェはベッド上で仰向けに寝、手を頭の下に組み、天井を見上げて別の話を振る。 「ああ・・それ見たよ。今後、LiFE本部から出される作戦遂行に当たって機動的に動ける小隊作りってやつだね。  すでにシルヴィアやシンディが小隊作りの名乗りを上げてた・・。」  最近になってパイロット以上のメンバーなら自由にアクセス出来るネットワークが整備されていた。  コンピューター端末から情報を出し入れする事が可能となり、小隊編成もそのネット上で行われていた。 「うん・・最初はシルヴィアの小隊に参加してもいいなって思ったんだけど・・  やっぱり自分で一小隊を編成する事にしたよ。すでにメンバー募集も行った。」  ザッフェの寝ているベッドの縁に腰を掛け、見下ろすようにサラが見ている。 「この前、シルヴィアやシンディと再会して思ったんだ・・。彼女らはこの3年間に確実に成長していたよ。  そう嫉妬するほどに・・。やはり数多くのゲリラを指導する立場がそうさせたのかと思った。  今までみたいにフリーや人の下で戦っているだけではダメだと思う。  俺に隊を率いる能力があるか無いかは正直判らないが・・やってみなければやはり判らないしな。  そういう意味で集まってくれるメンバーによっては不安が大きかったんだ。今の所応じてくれたメンバーは  フェイヒカイト・クロイツファルト曹長、ナーディル・アブドゥフ少尉、キョウカ・アオツキ少尉。これに俺とサラで合計5名。」 「少尉が二人って・・ザッフェより階級上じゃないか。問題無いのかい?」  サラの疑問は当然と言えよう。階級の低い側が高い側を指図するのは普通ありえない。 「ああ、これは特例らしくてね・・本人が承諾すれば問題は無いらしい。ナーディル、キョウカ両少尉とも快諾してくれた。」 「ふ〜ん、そうなのかい。・・・だけど、あたいは三人ともあまり面識ないな・・。」  サラが呟く。 「実は俺もなんだ。ナーディル少尉とキョウカ少尉は火星脱出時から同じグループに所属してたが、  ほとんど会話らしい会話は無かったと思う。だけど腕は確かだ・・。このメンバーなら不安は無いよ。」  ベッドに寝転がっていたザッフェは上半身を起こすと、縁に座っていたサラの手を取る。 「フェイヒカイト・・フェイ曹長は最終戦のみ参加。年齢はまだ20歳だし、彼女はこれから伸びる人だろう。  上手く育ててやる事が出来ればいいんだけどな・・。」 「ナーディル少尉って・・今日の作戦に参加していたよね・・確か?」 「ああ、ガンダムに搭乗して逃げる役目だった・・そのナーディル少尉は確かすぐに返事をくれたよ。  空きがあれば是非加わりたいって・・。」 「どうしてだろ?何かあったのかい?」 「いや・・作戦前のミーティングにも参加していたが、特別何か話した訳でもないし・・  まあ、どうしても気になるんなら赴任後に直接聞いてみるのが一番早いかな?  多分、この一週間以内には全員集合となるだろう・・」  ザッフェは、黙ってサラを見つめる。  サラもじっとザッフェを見つめていた。そして口を開く・・。 「ザッフェ・・笑顔が辛そうだよ・・。やっぱり・・あんな事があった後だしね・・。」  ザッフェは胸をえぐられた様な感じがした。  出来るだけ顔には出さないように心がけてたが、あれだけの事の後では到底無理な事であった。 「そう驚かなくてもいいじゃないか・・3年も一緒にいりゃ、それ位判るよ・・。今のあんたの心の傷の大きさがさ・・」 「サラ・・」 「あたいが居るよ。それじゃ・・ダメなのかい?」  しまったな・・とザッフェは思った。自分のせいでサラまで悲しめるようじゃますますダメになってしまう。 「サラ・・ありがとう。そうだ、俺にはまだ貴女がいる・・そう何よりも大事な人が・・。」  ザッフェはサラを両手で抱きしめると耳元で囁く。 「きっと・・きっと明日になれば元に戻れる。だけど・・今日はちょっとダメだ・・。だから・・慰めてくれ。」  そう言うとザッフェはサラと一緒にベッドへと倒れ込んだ・・。  ザッフェの長い一日がようやく終わろうとしていた。  End --------------------------------------------------------------------------------  後書き  え〜、アキさんの『魔女の帰還』に触発されて思わず書いてしまいました。  本編までのいくつかの出来事・・機体乗換えと小隊編成・・に関しては、当初リレーSSでの書き込みを行うつもりでした。  が、本編の作戦申請が始まった事もあり時期を逃すと一生書かないだろうと思い、筆を取りました。    書き終えて思った事は、やはり文才が無い事を改めて痛感した次第です。  まあ、楽しく読んで頂ければ幸いに存じます。  この場を借りまして協力&出演して下さった以下のお三方に厚く御礼申し上げます。  サラ・ハーミルトン (めいぽろ様) ザッフェ君の恋人として存分に絡まさせて頂きました。  ルクス・フィスト  (紅麗様) ルクス君は静か〜のイメージなので、台詞の応酬も地味めに(笑)。  ナーディル・アブドゥフ (シグ様) 強奪作戦に参加されてたので小隊絡みで少し書かせて頂きました。  ありがとうございます。  またのお付き合い、お願い致します。