Cracken's report #2 「解体のエレジー」  俺の名はカンタ・G=クラッケン。職業は歴史学研究助手兼リンクバトラー。  最近はリンクバトラーとしての活躍すら滞ってしまっている様にも見えてしまうが、自分のルーツを探る為の本業の歴史学研究はきちんと行っている。  だから今日も呑気者の教授に代わり、大学のある月面都市からわざわざ地球の奥地へとやって来た。  地球の雄大過ぎるくらいで余りにも複雑な自然は、悪くない。前に来た所は山がちで植物が多かったが、サバンナに似た今いる原野も、地球には増えている事に気付かされる。記録によれば、戦争の前は川沿いに動植物が多くいたらしいが、戦争でこの様に気候が変わったようだ。それでもある程度ならバランスを取って、生き物が生きられるレベルにしてしまうのは、正直驚く。無論、ある程度の人的操作は為されているらしいが。  ただ、月面都市と違う乾いた気候は苦手だ。俺はレンタルしたオフロード型のエレクトリックカーを、急がせた。  俺が辿り着いたのは、山間の小さい集落。戦災の後に財を成した者が、売り捌けなかった色々な物を溜め込んでいる倉庫があるらしい。  事前に承諾を得て訪問した倉庫付きのこじんまりとしたお屋敷で俺が借り受けたのは、何枚かの光学データディスク。こちらは転売目的だったらしく、意図的に厳重な保管がしてあった。  要求された結構な謝礼を渡してからそれを受け取り、今回は本当に社交的な意味で礼をした。大学に言った額を上回った分は俺が支払ったからだ。善意でも悪意でもなく、単なるビジネスだから。  だが、前回の調査で現れた、俺の先祖かもしれない姉弟の弟の方の、足跡らしい物を別の資料に見つけた。それがこの辺りだ。  だから、この資料は駄目元でも、見てみたいと思った。  早速大学の研究所へ持ち帰って、解析作業を始めよう。  記録は、どんな人生を語り継いでくれるのか……                 ◇◇◇  AC195年6月、地球・中国大陸の、どこかの荒野。  整備士のツナギ服を着て、アンドリュー・クラッケンは、見張りを兼ねて座っている装甲車の前部で、寂しげに歌っていた。  スペースコロニーでは流行らない、旧世紀の日本のブルーズ・ロック。ウッドベースを中心に据えた薄暗いビートに歌われる、エレジーに据え付けられた固有名詞が、日本にかつて在った地名である事に、アンドリューは気付かない。  別のゲリラの遺した物を回収したモビルスーツを乗せたトレーラーを3台ほど引き連れたその先頭車両で、しかし、その歌は寂しげだった。 ++++  姉の言い付け通り、捕虜としてムゲ・ゾルバドス帝国に恭順し、彼はB級市民として登録された。  しかししばらくして後、彼は他の数人の市民と共に、脱走を試みた。  他の市民に誘われた事が最大の動機ではあったが、地球人を管理目的に選り分け、帝国に従わない者や能力の低い者を切り捨て、気紛れに殺す帝国の手段に、彼は少なからず嫌悪感を持っていた。  電気自動車を、夜闇に紛れ込ませ走らせた。  脱走に無関係な市民の密告に後押しされた、光波に依らない監視手段に容易く見咎められ、すぐに銃声が追ってくる。  車輪を破壊され横倒しになる車体から抜け出す。彼を強制的にしんがりにしようとする他の市民に脚に切り傷を負わされ、しかしその者を打ちのめす気概は持てず、しかしその者を助ける余裕も持てず。  彼はあまり早くない足で、僅かずつ血を流しながら、懸命に逃げ出した。  他の市民がどうなったか、知らない。  彼に脱走を持ちかけた、有り合わせの町で地上の歌を教えてくれた青年の事も気になったが、しかし、共に逃げる余裕も無く。  彼は大きな植物の生えない山中に逃げ込んだ所で、血を流しきって、意識を失った。  遠のく意識の中で、声が聞こえた。 「ねぇ、人、倒れてない? 兵隊じゃないっぽいよ?  見てくる見てくる……  ……ねぇ、まだ生きてるよ!? 顔真っ青だけど、まだ生きてるよ!? ねえ!?  ――」 ++++ 「あ、その歌知らない。あのバンドの歌?」  装甲車中央上部の副搭乗ハッチが空く。  アンドリューに声をかけたのは、ゲリラの少女兵。  短い黒髪とアンドリューより低い年相応の低身長の、東アジア系と思しき少女であるが、栄養状態の問題か、髪は茶色がかって、痩せ型のせいか目も大きめに見える。  今アンドリューが行っている、粗悪な車載センサーに代わって広く地面を見る仕事を、元々行っていた彼女は、時々その仕事内容を気遣うように、アンドリューに声をかけていた。  1週間ほど前に、行き倒れているアンドリューを彼女が発見した事に、それが関係しているかどうかは、分からない。 「……あ、うん。『ムサシノ・エレジー』って曲。  前に街にいた時に、『あのバンドの有名な歌だ』って聞いたんだけど……アルミナさん、知らないの?」 「だから、キショいから『さん付け』はやめてって言ったじゃん」 「あ……ごめん」  少女兵の名は「アルミナ・リィレン」。有り合わせの言葉を名に、外見から想像される人種に「ありそうな」名字を姓に持つ、戦災孤児だった。 「あ、早めに戻った方がいいって。ガス出す地雷とか埋まってたら危ないから」 「ゲリラ狩りでそんな高いケミカルなの使うって聞いたこと無いんだけど。バイオ兵器の地雷なら一回あって、3日ぐらい寝込んだけど、それぐらいだから大丈夫だって。  どっちみち、仕事あるからすぐ戻るんだけど」 「大丈夫? タフだなぁ……細菌兵器を3日って」 「そうじゃなきゃ、地球で不法居住者なんてやってらんないって」  地球連邦に管理されたかつての地球の街には、地球連邦の許可を得た者達が特定の目的の下で生活していた。  その外で。スペースコロニーへの強制移民を逃れるなどして、連邦の管理を掻い潜り山野に暮らす者もいた。  そういった者達が、地球がムゲ帝国に制圧された後も、生きるために細々と戦いを続けているのが、現状だった。 「だから、そーゆーのが嫌なら、監視よろしくね? あたしより眼はいいんしょ?」 「いや、そりゃちゃんとやるけど……」  背中越しにひらひらと手を振って、アルミナは副搭乗ハッチから車内に戻っていった。 「……何なんだろうなぁ……」  宇宙の閉じた筒の中で生きてきた青年と、地球の頼るもののいない荒野で生きてきた少女とで、考え方にギャップがあるのは仕方が無い。  しかしそれ以上に、やる事に中途半端さを抱えながら、それでも虚勢を張らずにはいられない彼女のスタンスに、自分と同じ至らなさを感じて、アンドリューは、嘆息した。  その発想が、これまで誰かに頼りすぎていた自分の弱さに共通している事も思い出して、彼の歌声も、止まっていた。  視線はただ、戦乱に捻じ曲がった地表の不自然さを、探すだけだった。  夜。窪地に張られたゲリラの野営で。 「アンドリュー。交代の時間だ」 「あ、はい」 「よろしくな」  野営テントに入ってきた、左手に包帯をぐるぐる巻きにした年配のゲリラ兵に夜の見張りを告げられ、アンドリューは残る夕食の皿の上を口の中へ浚い、着替えとして貰い受けた整備士用のツナギ服をTシャツとハーフパンツの上から纏い、図案化した彼の名のイニシャルの入った帽子を被った。 「なんだい? その帽子」 「俺の姉ちゃんが、名前を刺繍してくれたんです。  見ての通り、人種の割りに落書きみたいな簡単な顔しちゃってるんで、これ被ってないと気付いてもらえないかな……って」 「お姉さんは行方不明かい? なら、大事にしな」  「兄弟姉妹と生き別れ」というのもこの時代では珍しい事ではないらしく、ゲリラ兵は背の低いアンドリューの頭を帽子ごと、ぽん、と右手で叩く。 「……そっスね」  帽子は大事だが、子供にするように頭に手を乗せられた事は、あまり良い気分ではなかったらしい。  アンドリューはそのままテントを出て、窪地の周囲の高台に上がった。  前もって監視場所として指示されていた高台の上に、岩が少し窪んだ自然の見張り台があった。  地球に降りてから年単位で時間の経っているアンドリューは、硬い岩の上や土の上に直接座る事にも、特に躊躇を覚えなくなっていた。スペース・コロニーに持ち込まれた消毒済みの珪素と炭素の屑とは違い、そこに生き物が生きられる「土壌」として使われているその役割を思えば、親近感は覚えられずとも、今はその上で生きられるようにしなければと、義務感では思うのだ。  灯りの無い山地。ムゲ帝国軍の駐留部隊の宿営も近くには無く、パトロールの機動兵器のサーチライトや機動音も感じられない。  その一帯の大地を満たすのは、沈殿物のような黒い闇と静寂だけ。 「……………」  「監視する意味あるのかなぁ」という心境が音波でぼやきになるのを押し殺して、アンドリューは広がる闇を見据える。三日月より細い月も僅かな光しか出さず、山地の稜線が星空の境界線になって辛うじて判るだけ。 「お疲れで〜す」  甲高い声が、静寂の方だけを殺した。 「え」  闇に目が慣れて微量の反射光波でも対象の大まかな輪郭が視認できるようになったアンドリューは、その甲高い声を発したのが若干小さめの姿の少女兵である事に気づいた。  監視業務に充てられているアンドリューのもとへやってきたアルミナは、若干アルコールを呑んでいるらしく、暗闇で顔色こそ伺えなかったが随分と上機嫌で現れた。 「お疲れで〜す……美少女アルミナたんが一人慰問に来てやりましたよぉ?」 「何言ってんだよ……酔っ払ってるなら早く寝ちゃった方がいいって」 「あ、酷くなぁい? 一人じゃ孤独死しちゃいそうな仕事だから、わざわざ手伝いに来てやったのにぃ〜」 「……それぐらいで生きられなくなるんだったら、ここまで逃げてきた意味なんてないじゃんか」  憮然とした顔で、アンドリューは答えた。 「コロニーにいる時みたく、誰かにやる事を押し付けてばっかりじゃいけないって、思ったから」 「……ダサくない?」 「ん?」  困惑そのものの表情で、アンドリューはアルミナを見た。 「『周りがちょうどよくない時に、自分が悪いって事にしとけば乗り切れる』みたいな態度ってさぁ、かっこ悪いじゃん。  全然優しくなんか無い世界に、自分から合わせてったら、最後は部品にされて使い捨てられて、ってさ、かっこ悪いよ」 「そんなつもりで言ってないよ。  それに……かっこいいとかかっこ悪いとかで動いてられるほど、世界は簡単じゃない。かっこ悪くたって、生きるために必要な事なら逃げらんない事もたくさん……っていうか、そういう事ばっかりじゃん。  たった一人でも、カッコ悪くても、我慢しなきゃいけない事はいっぱいあるよ」 「……分かってるよ。あたしだって、たくさんの事、我慢してんだから。  でもでも、そればっかりじゃ、自分に回ってきたチャンスとかも取り逃しちゃうじゃん! そんなの、ダメだって……」 「わかってるよ! わかってるけど……」  一瞬だけ興奮した調子で。しかし、それきりアンドリューは黙ってしまう。  我慢しているのは自分だけじゃないんだ。だから、それがわかってるから、これくらいで音を上げそうになる自分の今の状態がどうしようもなく許せなくって、また意識は潜り込むんだ。 「あー……もう!  言っててもどうにもできないのにぃ!」  青年の姉のように解決に導くようでもなく、単純に、解決策が見えなくなってしびれを切らす形で。  しかし、苛立って声を上げたアルミナの指先は、闇色の空に向いていた。 「え」  つられて仰ぎ見る。その素直さは、眼前の少女と同様にアンドリューが捨てきれないものだった。 「あぁ……!」  対象を決めずに空を見て、思わず上がったのは、感嘆の声か。  頭上には、満天の星。  幾千光年の彼方の別の太陽の光を隠さない一面の闇が、星の光を少しでも生きたまま降らせようとしていた。 「綺麗っしょ? 周りに邪魔な光が全然ないとこだと、こんな風にすっごい星、見えるんだよ? あたしもこれ見たくって来たみたいな感じだしぃ……」  自慢げに笑ってアルミナは、吸い込まれるように空を見上げ続けるアンドリューの背に、自分の背を預けてみる。 「ねぇねぇ、この『ぢめん』の事、好き?  ………?」  あらぬ事をまた自慢げな顔で尋ねて、そしてアルミナはその顔のままで、自分よりほんの少し年上の青年の姿を見る。 「……………」  アンドリューはそれでも、ソラに心奪われたように、星を満たした闇に見入っていた。 「……………!」  途端にアルミナは立ち上がり、アンドリューの帽子を取った。 「あ!?」  ようやくにしてアンドリューはアルミナを見た。 「勘違いしないでよ! そういうんじゃなく、宇宙から来たアンドリューさんに地球のいいとことか少しでも見せようって……  っていうか、二度もボケたんだからツッコんでよ!? これじゃ『自分で自分に『美少女』とか『たん』とか付ける痛いヤツ』って思われるじゃんかぁ!?」 「誰にだよ!?  っていうか、どこがボケなんだよ!? そんな訳分かんないの、漫才師でもないのにツッコめるかよ!? 『勘違いするな』って言ってる事のほうがよっぽど――  わっ!?」  無言でアルミナは、猛反論するアンドリューに深く帽子を被せ直し、不機嫌そうに見張り台を降りていった。 「……ワケ分かんないよ……」  帽子を正しく被り直して。しかしアンドリューはすぐ近くの寝床へ戻ったであろうアルミナを追いもせず、また闇の空を見ていた。 「……………」  それは、スペースコロニーの採光窓から見える闇色の宇宙に、あまりにそっくりだった。  翌朝。  その名も無きゲリラは、夜明けと共に移動を開始していた。  先頭の装甲車の前部でまた監視をしていたアンドリューに、 「――アンドリューさん! ストップ!」 「何を!?」  振り向いたら、昨日と別段変わりなさそうなアルミナの姿が、しかしハッチから慌てた様子で身を乗り出していた。 「あいや、ストップって装甲車が……」  その直後。  急停車する装甲車から、慣性加速度でアンドリューは投げ出される。 「──!?」  そのまま受け身を取り損ねて、座った姿勢のまま前のめりに、アンドリューは地に臥した。 「何マンガみたいな事やってんの!?」 「いや、こっちが聞きたいよ……」 「静かにしろ!」  別のゲリラ兵がハッチの中から声を上げる。 「レーダーに反応があった。哨戒機かもしれんが、このミノフスキー粒子濃度じゃ大きさしか判らん。モビルスーツサイズの奴が1機だが、機種が判らんから飛ぶ相手なのかどうか……」 「ソナーとかないんスか?」 「あるけど壊れてる。だから視認しなけりゃならん」 「誰が行くの?」  ハッチの中から伸びた手が、アンドリューとアルミナを指した。 「どっち?」 「二人で。」 「えぇ〜?( ̄△ ̄)( ̄△ ̄)」  二人は同じ顔で同じ抗議の声を上げた。  二人は、存分に力を発揮しないレーダーが指し示した位置を見渡せる、小さな岩山の頂の陰にいた。 「……」 「……」  頭の中で色々考えてしまうせいで、何をすればいいのかわからなくなってくる。集中力と意志力が噛み合わないから、リキッドの頭がハイドラみたいに枝分かれしてうねっている。  一人で黙々と仕事してる方が全然楽だ。 「……いる!」  一方、護られる事にも護る事にも無頓着なフラットランダーの少女兵は、岩の隙間、やや遠くに見える無人の人型機動兵器をいち早く察知する。  声に反応して、アルミナの肩を掴みながらアンドリューは岩陰で機体に注視する。 「何掴んでんの。怖い?」 「そんな訳あるかよ。身体出し過ぎだって」 「口で言えば分かるよ。それくらい……」  電産装置のスイッチングのように効率的に通信が進まないもどかしさを表すように、不満げにアルミナは答えた。  その時、 「──!?」  アンドリューは咄嗟に、感知する。  ハードウェアの活殺と共にある者なら、目の当たりにした機体がなぜそう動作したか、経験から生じる思考のショートカットで理解できる。  考えている暇は、ない。 「──えっ!?」  驚いたアルミナはアンドリューに後ろから抱きかかえられて、岩の手間に飛び退かれていた。  四秒遅れて、レーザード・ガンの光線が大気を引き裂いて岩山の峰を掠めてゆく。  アルミナはそのまま、ツナギ服の青年を下敷きにして何度か石の尾根にぶつかり、下の足場に落ちた。 「──っ、」  一度冷静に、少女兵は自分の身体の無事を確認してから、 「あ、胸触った!?」  半分は緊迫感を乗せて、しかしもう半分はなぜか冗談めかして、自分を護ろうとしたのかもしれない青年に言う。 「……!」  反論しようにも、痛くて声が出ない。  一方のアンドリューは、苦悶に歯を食いしばって何も言い返せずにいた。 「……ちょっと、ツッコミ入れてよ。ウソなんだし……」  心配そうな顔になって、アルミナはもう一度問い掛ける。 「……ウソかよ……」  アンドリューが絞り出すように返した言葉は、あまりに不完全だった。  声を出す力は辛うじて取り戻し、彼は身体を起こす。 「!?」  ツナギの背が破れ、皮膚がナマクラの刃で斬られた様に裂けていた。 「血、出てる!  なんで……何でそんな事すんの!」  問い掛けにはならなかった。  少女兵は悲しそうに叫んでいた。 「……姉ちゃんが……」 「……え?」 「……俺の、姉ちゃんなら、目の前の友達を見捨てるみたいなマネ、絶対にしないから……  だから……敵の頭のセンサーが光ったのが見えたから、見つからないようにって……」  聞いて、 「……なんで……」  またアルミナは、悲しそうな顔になる。  この荒れ果てきった地上で。  誰かを信じたところで意味なんてない、  はずなのに。 「……もう!  みんなに報せにいかなきゃ!」  泣きそうな顔のまま、アルミナはアンドリューに肩を貸そうとして、しかし非力な少女は筋肉の多い青年の身体を支えられず。  アンドリューは速くない足で、アルミナに手を引かれていった。 「まったく、ムチャクチャをしやがる」  装甲車に連れ戻されたアンドリューは、左手に汚れた包帯をぐるぐる巻きにした車内の兵士に大雑把に包帯を巻く処置を受けていた。 「意外に筋肉があるから、衝撃を和らげて皮膚を大きく切っただけで済んだんだな……確か、乗りたい機体のために鍛えてるんだったか?」 「……アルミナは?」 「ザクに乗って出た。トレーラーの鹵獲機。」 「なんで!?  つーか、操縦できるんスか!?」 「ガンダムとかと違って、ザクは作業機械の延長だ。身長が140もあって手足と目がちゃんと動けば子供にも使えるように出来てる」  噂だけが先行する見知らぬ機体を比較例に挙げ、その負傷兵は続ける。 「それに、ここには怪我人も多い。トムが乗ってるのがもう一機出てるとは言え、帝国の無人機が相手じゃ出られる奴が出るしかないだろ」 「……だったら!」  言って。  しかし、人を諭す代わりに、血液が減って多少の痺れが残る両腕と両足で、包帯を巻かれた胴体を無理矢理に立ち上げる。 「……バールか、『バールのようなもの』でもいいんで、一本借ります」 「何言ってやがる。お前も怪我人だろうが」 「でも! 出れる奴が出なきゃいけないじゃないスか!  昔の俺達みたいな、子供を、盾にしたり色々押し付けたり、そんな事しなくてすむような大人になろうとしたっていいじゃないスか!!」  言ってアンドリューは、傍らの金梃子を取り、装甲車を飛び出した。 「おい! 生身で何ができるってんだ!」 「ミノが多いし敵に見つかっちゃうから電波通信もできない、岩がジャマでレーザー通信もできない……  今度こそ、一人で戦わなきゃ……戦わなきゃ……」  負傷兵に代わって勢いで量産機に乗ったはいいが、操縦経験のほとんどないアルミナは、長い固有名詞を奇妙な音節単位で区切って省略する癖はそのままに、複数あるサブモニタに視線を巡らせていた。  軍隊の持ち物でなくなったその量産機にはマシンガンなどの弾薬消費の多い兵装は装備されておらず、ヒートホークの他にはグレネードランチャーに榴弾を一発、申し訳程度に装備しているだけだった。 「……いた!」  コックピットの中だけで、素直なリアクションで声を上げる。  左10時方向の岩の隙間にに無人機の頭部が見えた。  しかして同じく9時方向の岩の山頂には、ツナギ服に包帯を巻いて金梃子を持った人影。 「……………は!?」 「ガンダムファイターになるつもりなら、生身で機体を仕留められるようにならなきゃらしいじゃんか……!」  白兵戦兵装のない中、アンドリューは単身、精密さを持たず剛性で仕事を果たす古典的な工具を手に、その無人の機動兵器に対峙せんとしていた。  前部の光学カメラと、複眼のように働くレーダーは、まだ索敵を続けているらしく細かく辺りを見回している。  考えている暇は、ない。 「……!」  無我夢中で、岩山から幾分か低い敵機の頭部に飛び移った。  自分の背丈より幾分も大きい頭部の、側部のレーダーと思しき部品の表面を、まずは金梃子で無理矢理に剥がす。  メンテナンス性より強度を優先した外装はボルトやビスよりも頑丈な接合をなされていたが、分解できないように作っては人に修理できない。その思想は青年が学んだものと同じだったから、外装の隙間に金梃子をねじ込んで、力任せに剥がす。押す力に抗うように造られた外装は、真空に近い宇宙の外向きの均一な圧力とは異なる、一カ所を引く向きの単純な力積で分離した。  続いて、装甲の中から内耳のように装置が出てくる。高い位置にありカメラもついている頭部にある以上は索敵の為か、もしくはその情報を利用する制御系の装置であろうが、それを考える間も惜しんで、アンドリューは装甲と同じようにその装置を剥がし落とす。 「次は目だ……!」  アンドリューは前頭部のカメラの破壊に移らんと前部の装甲を一枚、側部のそれと同じように剥がし取って、  やっと、無人機の後頭部の向こうにいるアルミナの乗る量産機が目に入る。 「──!  アンドリューさん、逃げて!!」  スピーカー越しに咄嗟に叫んで。  しかし、少女兵は、気づいていた。  飛び移った岩山は飛び上がるには高すぎて、他に飛び移る場所も無くて、  青年に最早、逃げ場所などない事に。  青年はカメラの周囲の装甲を剥ぎ取り、光学レンズに片手をかけていた。  そして無人機は、有人機のマニュピレータのように器用に兵士をつまみ上げられない代わりに、払い落とそうと手を上げて、対象の位置を確認しようとレンズの焦点を動かしていた。 「──!!」  安易に想像できてしまう恐怖に、思わず強く目を瞑って、  少女は、榴弾砲の引き金を引いた。 「え、」  無人機の頭部の反対側で、榴弾は炸裂した。  爆炎は丸い頭部を回り込んで、青年に分解された側頭部の中の電子部品と、前頭部に取り付いた青年とを、高熱のガスに巻き込む。 「──!?」  反応する暇も無い。  難燃性のツナギ服を残して包帯は炎上し、アンドリューは火に締め上げられる。  無人機は剥き出しにされた電子部品を爆風に灼かれて、呆気なく膝をつき、  今度こそ、青年は、振り落とされた。  どんなに自分だけで頑張ってみても、「みんな」に分かって貰えないと、分かるようにやれないと、信じてもらえない。侮蔑や嘲笑しかしてもらえない。  モニタやスクリーンの中の理想なんて、嘘っぱちだ。  青年が、重力に引き込まれ落ちてゆく炎の中で、思ったのは、そんな事だった。  目を開けたアルミナが見たのは、  自分の一撃で崩れ落ちる敵機と、火達磨で落ちていく、さっき自分を助けた青年。 「──!?」  まだひとを殺した事のない少女は、恐怖に顔を引きつらせて、操縦桿を強く握りしめて。  叫び声も上げず、しかし、何かに縋ろうとするようにソラに手を伸ばしながら落ちていくその青年を見ていた。  無人機の腹の辺りに一度跳ね飛ばされた後、タイミングと、機動兵器の膝関節の摩擦の関係か、倒れる無人機が巻き上げた土埃混じりの空気に炎を吹き消されて、無人機の上体とほぼ同時に地に打ち付けられて。  青年は無人機の頭の向こうの地に落ちて横向きにしばらく転がり、  動かなくなった。 「……………」  アルミナは震えながら、量産機を倒れた青年に近づけ、右のマニュピレータを伸ばす。 「……だって、だって……だって、アンドリューさんのやってる事、まるっきり無駄だったから……  そんなことで、ヒーローの出来損ないみたいなマネで、生きてけるわけないじゃん……」  そのまま、マニュピレータで青年の体躯をそっと掴み上げる。  その、鉄の右手に。 「……………え……っ!?」  黒焦げの包帯を巻いた青年の手が、量産機の指を掴もうと、上がる。  少女兵は、量産機のモノアイを右手にまっすぐ向けた。  火に炙られ微かに焼けた帽子の下の目は虚ろげに開かれていたが、爆炎に皮膚を強く苛まれる事を避けた青年は、まだ動いていた。 「──っ!?」  何かが決壊したように、少女兵は嘆き顔で涙を零して。 「生きてる!アンドリューさん生きてる!」  通信機のスイッチを入れ、電波障害の中で叫んだ少女兵の声は、しかし、哀しそうに泣き叫んでいた。 「アンドリューさんだって悪いわけじゃないのに……殺したくなんてなかったのに……  助けて……誰か、助けて……!」  青年が意識を取り戻したのは、翌日の昼間らしかった。 「……まったく、ムチャクチャをしやがる。  というか、何でここまでやられて生きてるんだ?」 「こっちが訊きたいっスよ……ギャグキャラの脇役をやらなきゃいけないとは言え」  青年を奮い立たせる為に厳しい言葉を選んだ訳でもなく、単純に呆れかえった正直な感想を述べる左手に包帯をぐるぐる巻きにしたゲリラ兵に、青年は即座に答えた。 「……え……っと……!」  目覚めてすぐ、全身が鈍く痛む。  消毒液のついたガーゼと一緒に、顔を含めた全身に包帯を巻かれていた。 「爆炎が直で来なくて、作業用のツナギ服も燃え難く出来てるから、火傷は肌の表面を軽く炙っただけで大した事なかったからな。それより、地面に落ちて背中の傷が開いたのが堪えたろうに」 「……アルミナは?」  他人事としての冷静な分析を無視してまたも同じような事を聞く青年にゲリラ兵は、傍らに置いてある青年の被っていた帽子を示してみせた。  青年は弱々しく手を伸ばして、しかし大事そうにその帽子を取る。  額の刺繍は所々糸の向きが揃っていなかったが、彼の記憶に程近く色褪せた模様で残っていた。 「アルミナが……  ……うん、煤だらけになってたのを洗濯してな。目が醒めたら渡してくれって」  大事そうに帽子を眺める青年の様子を見て。  ゲリラ兵は、その刺繍を爆炎で焦がしてしまった少女兵が、似た色の糸で慣れない腕前で刺繍をし直したという事を言い出せずにいた。 「あ……で……」  血流量の少なさから回らない頭で、極めて省略された言い方しか使えずに、青年は少女兵の現状を聞かんとする。 「……あれ以来、部屋から出て来やしねぇ。  仕方あるまいな。人を殺した事のないあの子が、自分を助けようとした相手を危うく殺しそうになったんだ」 「あの子は悪くない!」  青年は興奮して上体を起こす。  すぐに、頭の血が足りなくなって、視界は白い粒に埋め尽くされ、崩れ落ちるように自分の膝に顔を埋める。 「俺は、できるかどうか分からない事で突っ走って、誰も助けられなくって、あの子を傷つけて……!」  漠然とした期待だけ人に課して、自分ではきちんとした事をやれないから、あの子に要らぬ傷を負わせてしまった。  そんな事させないために死力を尽くしたはずなのに。  力が欲しい。そんな事ばかりが頭の中を埋め尽くす。  そうして顔を上げられない青年に、ゲリラ兵は強めに、彼の頭に手を乗せた。 「……お前さんも悪くねぇよ。  誰も……悪くなんて、ねぇ」  この世界では、成長するために自分を責める事すら許されない。  生きる力を失った弱い者から順番に食い殺されて、単純に力の強い者や分らぬよう陰で人を陥れる者しか生き残れない、この世界では。  だから、詮無き事にしかならないから、ゲリラ兵はそう言って窓の外を指し示す事しかできなかった。 「どのみち、監視に引っ掛かれば俺達だけじゃ逃げ切れないからな。  同じゲリラでも、でかい組織に合流する所だ」  再び上体を起こしたアンドリューは、ぼんやりする眼で、輸送車の窓を見た。 「……ガルダ級……?」  ガルダ級輸送艦・アウドムラ。アンドリューが末端の整備士として辛うじて覚えていた艦種の揚陸輸送艦が慌ただしく着陸するその大規模な集団が、アンドリュー達の身の寄せ処となるようだった。                 ◇◇◇  なんじゃこりゃ。  解析後の編纂作業を終えて、俺はまたしてもそう言わざるを得なかった。  戦のカオスの中で、誇張されたような英雄譚が溢れるほど作り出される一方で、努力しても無駄になって消えてしまう者はその何倍もいる。  とは言え、説得力のない言葉で庇い合うとかは、偽善っぽくて嫌いだ。でもそれで、「作り話の表面だけなぞったり弱い者を狡猾に嵌めたりする事が正しい」みたいな価値観が罷り通るというなら、残念だが。  この青年はその後、大規模ゲリラ・カラバで期待も歓迎もされずに戦ったり休んだりを繰り返す。  そして少女兵の方は……  右隅の別の資料のウィンドウを開く。 「アルミナ・リィレン  アンドリュー・クラッケンらと共にカラバに合流。モビルスーツパイロットとして配属さる。  AC195年10月1日、『グラドスの刻印』発動と共に機体反応消滅、パイロットは生死不明」  俺は嘆息する。  残念だ。  だが、よくある話だ。  あとは、世界のこういう冷酷さに立ち向かって、生き抜ける人間になれるかどうか、それぐらいしかないのだから。 ++++  地球のどこか。  もはや鉄塊と化した機体から、少女兵は半日を要してようやく抜け出した。  味方かも知れなかった機体群も、それを数倍する帝国軍の機動兵器も、一切見当たらない。  しかし、自分の育った、帝国に蹂躙され尽くした赤茶けた一面の荒野が広がっている訳でもない。  見たことのない、緑の大地が、そこにはあった。 「……………なにココ」 ++++  そして。  両者には人間に戻る最後の機会を与えねばならない。  俺は傍らの、安物の光学データディスクを取った。 「さぁ、勝負といこうじゃないか。」                              >continue to next report